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-064- 勇者、そして一方

 西の大陸の最北端、アイシスアイセ。最暖期であっても氷点下を下回るその氷国は幻想的で美しく、街全体が芸術といえる。

 冷たい印象を受ける建物の中から漏れる温かな光は、厳しい寒さに凍えていた旅人の心を癒す。


 ナツノたち、勇者一行はアイシスアイセへと来ていた。


「魔力で体を覆っていても、さすがに寒いですね」

「西の大陸で最も寒い国だからな」


 ナツノの言葉に、"獅剣王"ハトサブル・タルトが答える。

 魔力の扱いに長けているものは、それを纏うだけで周りに適応することが可能だ。灼熱の中でも寒気の中でも快適に過ごすことができる。

 とはいえ、その調節機能にも上限はある。アイシスアイセは卓越した魔力操作技術をもつナツノやタルトの魔力を貫通するほどに寒冷であった。


「東の大陸は寒冷地帯ばかりだからね。ここで慣れていくといい」


 アイスロット・レイがそう言った。

 勇者一行はスイト王国を出発してから北進し、アイシスアイセを経由してから東西を隔てる山脈の麓、バゼル王国に行く予定だ。

 アイシスアイセを経由する理由は、東の大陸――魔王の支配下にある大陸が寒冷地帯だからだ。寒さへの対応を憶え、氷や雪への装備を整える。そのために、彼らはここにきた。


「おめぇたち、ここまでくるのに疲れただろう。今日は真っ直ぐ宿行ったらどうだ」


 そう言ったのは、ランド・ゾム。勇者を支える斧使い。 


「そうですね」


 長く雪の中を歩いていて、体力をかなり消耗している。

 ナツノはゾムの言葉に従い、手配している宿へ直行した。


 ◆


 偉大なる勇者が泊まるのだから、アイシスアイセは当然国で最も優れた宿を提供した。

 ナツノ個人としてはもっと質素な方が過ごしやすいのだが、自分の立場を弁えているため何も言うことはない。


「……ほんとうに、綺麗な街ですね」


 豪華な椅子に座り外の景色を眺めながらナツノは言う。

 スイト王国を出発してからの1年間、いろいろな街を訪れたが、これほど見事な街は初めてだった。


「アイシスアイセは氷の国。氷を活用した建築を見れるのは、世界でもここだけだ。世界一美しい街とも言われているよ」


 レイがそう説明する。

 ナツノはふぅんと小さく溢してから、無言で街を眺めていた。

 これは、何千年と人類が積み重ねてきた文化なのだと、ナツノは思う。長い時間をかけ、発明と工夫を繰り返しながら環境に適応した結果なのだ。それは後世に遺されるべきであり、破壊されることなどあってはならない。


(魔物は、なぜ人間が築いてきたものを破壊するのだろうか)


 ナツノは思案する。

 魔物は目の前にいるものが人間であろうと動物であろうと、さらにいえば生命であろうと非生命であろうと破壊の限りを尽くす。人類が生み出したこんなにも美しい文化を破壊せんとする魔物が、ナツノには理解できなかった。


(いや、そもそも奴らの破壊活動に理屈を求めることが間違っている)


 魔物にとって、破壊は本能。理屈など存在しない。

 やはり魔物は根絶やしにするべきだ。

 ナツノはそう結論づけて思考を止め、寝室へと戻っていった。


 ◆


 その日の夜。

 最初に目覚めたのはランド・ゾムだった。

 彼の五感は非常に鋭く、パーティの索敵を担っている。たとえ睡眠中であったとしても、そのアンテナをしまうことはない。

 そんな彼が、大地の響きを聞いた。


「全員起きろ、魔物だ」


 その言葉に、3人はすぐさま意識を覚醒させる。


「位置と数は」

「南に数百体……かなりでかい群れだ」

「わかった。いくぞ」


 戦闘の指揮はタルトがとっている。

 ナツノ、レイ、ゾムの3人も宿を飛び出したタルトの後を追った。


 南門に着いた頃には、魔物の群れは視認できるところまで来ていた。


「ナツノ、わかるか」

「はい」


 タルトの問いかけに、ナツノは間髪入れずに答える。

 目の前には千近い魔物。だが、そのほとんどは取るに足らない存在であり、彼らの眼中にはない。


「3体、危険な個体がいます」


 他とは一線を画した、明らかに上位の魔物がいる。そしておそらく、知性を有している。

 知性を持つ魔物はミルフィユ学園襲撃の際に初めて確認されてから、その後複数体確認されている。彼らの共通の特徴として、戦闘能力の高さがあった。


「タルト、国の騎士を待たなくていいのかい?」

「騎士が来たとして、俺たちとすぐさま連携できるわけでもねぇだろ。今すぐ戦闘に入る」


 タルトには卓越した剣技があることに加え、冷静な戦況分析、そして的確な判断ができる。勇者パーティに抜擢された所以だ。

 タルトが判断を下したのなら、他3人はそれに従うのみ。文句はない。


「なに、そんなに騒ぎを大きくする必要もねぇ。早いうちにかたをつけるぞ。俺、ナツノ、ゾムは一体ずつ強個体の相手。レイは雑魚の始末と俺たちのサポート」

「「了解」」

「いけるだろ、ナツノ?」

「問題ありません」


 魔物の大群と4人の間に夜風が吹き通る。

 世界一美しい冬景色の中、月に照らされ、静かな夜の戦いが始まった。


 ◆


  アイスロット・レイは氷を得意とする魔術師。故に、アイシスアイセで戦うにあたり非常に有利であった。

 まわりの環境にあった属性の魔術は自然に後押しされ強化される。逆に環境にあわない属性ならば自然に打ち消される。

 しかしレイは油断することはない。一瞬の気の緩みで死んでいった仲間たちを大勢みてきたから。


 レイは広範囲に氷魔術を展開させる。それは地面から氷柱とも呼べる棘を地面から生やし、一瞬にして多数の魔物を串刺しにし絶命させた。

 異常なまでの魔力コントロール。彼が絶命させた魔物の中にはレベル5――上級戦力10人分にも相当する魔物も含まれていたが、特級である彼の前では皆等しく無力だ。

 文字通りの一騎当千。世界最強の氷魔術師。ついた二つ名は”青薔薇”。それを体現するかのように、アイシスアイセの地に生えた無数の氷棘は、青き薔薇であるようだった。


 ◆


 ランド・ゾムは自身と同じ大きさの巨大な斧を扱う。その一撃一撃の重さは特級、"獅剣王"タルトを超える。

 ゾムは目の前の魔物を見据える。ここ最近確認される知性ある魔物。彼らは危険度を示す"レベル"では足りない強さを持つ。人々はそうした魔物を"厄災"と呼ぶ。

 目の前にいる狼の魔物は、間違いなく厄災の魔物だ。そこらへんの上級剣士、魔術師では太刀打ちできないだろう。

 厄災の魔物が出現した際には特級戦力に出動が要請される。特級という称号は剣士か魔術師に与えられるため、斧使いであるゾムは正確には特級戦力ではないのだが、実力だけ見ればタルトやレイと遜色ない。


「オマエヲ……噛ミ切ル」

「ふむ、あーしを噛み切ると」


 ゾムは好戦的な笑みを浮かべた。


「やってみな」


 その言葉を合図に狼の魔物は走り出す。

 スピードを緩めることなくゾムに襲い掛かる。ゾムは向かってくる魔物を斧で弾いた。


(ぶった斬るつもりでやったが……硬いな)


 魔物の毛皮は鋼鉄のように硬く、火花が散る。弾かれた魔物は、すぐに体勢を立てなおし再び向かってくる。

 同じように魔物を弾く。それを繰り返しているうちに、ゾムは気づく。


(こいつ……加速している)


 狼の魔物は走り続けながら、さらに加速し続けている。まるで黒き稲妻のような速さで、ゾムへの体当たりを繰り返す。

 やがてそれは鈍重な武器を扱うゾムの対応可能速度を凌駕した。


「ククク……オ前はノロイ。俺ニ勝ツノハ不可能」


 ゾムの周りをグルグル周る。捉えようのない、音速で。

 ゾムは斧に力を込める。強固な密度の魔力を纏わせ、構えた。


「カウンター……スルツモリカ? 無駄ダ、俺ガイツ飛ビカカルモ分カラナイノデハ、反撃シヨウガナイ」


 狼は高笑いしながらゾムの周りをグルグル周る。

 ゾムは黙って意識を集中させていた。

 ゾムの五感は非常に鋭い。そしてそれはなにも、索敵のためだけに使われるわけではない。


 魔物は素早く方向を変え、ゾムへと突進する。

 反応することさえできるはずがない。ましてや、カウンターなど不可能だ。

 そう、思われた。

 しかし、ゾムは魔物の突進がわかっていたかのように斧を振り下ろした。


 戦闘の最中、敵が発する情報は無数にある。臭いや音、さらに視線。筋肉の動きからわずかな瞳の揺れまで。

 ゾムはそれらを知覚し、未来予知にも近い精度の攻撃予測が可能だ。


 最高速度に達していた狼の魔物はどうすることもできない。

 巨大な斧で、胴体を真っ二つに切断された。


 ◆


 熊の魔物は、1人のニンゲンと相対していた。熊型の魔物というのは往々にして危険度が高い。図体がデカく、力が強いためだ。この魔物も同様で、巨大な体を持っており、さらに膨大な魔力も保持していた。言うまでもなく、厄災の魔物だ。

 しかし、熊の魔物は恐怖していた。目の前の、1人のニンゲンに。


「どうした? そんな怖いものでもみたような顔して」


 ニンゲンは、一歩、歩みよる。


「チ、近ヅクナ!」


 一歩下がりながら、叫ぶ。

 自分でも訳の分からない感情が、魔物を支配していた。

 本来圧倒的強者であるはずの自分が、たかが1人のニンゲンに恐れるなど、あってはならないのだ。

 しかし、目の前のニンゲンの圧は、まるで獅子のそれだった。今まで出会ったどの生物よりも重く苦しい。こんなのを目の前にしたら、平伏しざるを得ない。


「近づくなって……最初に来たのはお前らだろうが」


 からりと笑うニンゲン。だがその目は冷徹に、常に魔物を捉えていた。

 ニンゲンはさらに一歩近づく。

 魔物は焦り始める。逃げたとしても、逃げ切れる未来が全く見れない。戦う以外、選択肢はない。


「グワーッ!」


 魔物はやけくそにニンゲンに襲い掛かった。しかし、戦いの中で冷静さを放棄したものの末路は言うまでもない。


「あーあ、もったいねぇ。言葉喋れるくらいの知性があっても活用しなきゃ無いのと一緒だぞ」


 魔物は自覚する間もなく首を落とされた。


 速さ、重さ双方において突出している剣士。

 対峙するだけで相手を消耗させる百獣の王が如き人間。

 名を、”獅剣王”ハトサブル・タルトという。


 ◆


 ナツノの相手は、比較的人間の形に近い魔物だった。しかし頭から角が生えており目は充血していて体のところどころが変形し歪んでいる。明らかに魔物の類だった。


「オマエ、勇者ダナ?」


 魔物が問う。


「そうだ」

「殺ス」


 答えた瞬間、魔物は襲い掛かった。ナツノは冷静に剣で迎えうつ。相手は厄災の魔物。だが、それと対等に戦えるくらい、ナツノはこの一年で強くなっていた。

 緩急をつけ、適切なタイミングで爆発の魔術を行使する。

 ナツノは剣と魔術の両方を極めて高いレベルで使用することが可能だ。それぞれについてはまだ特級とまではいかないが、総合的な実力で言えば特級レベルといっても過言ではない。

 ナツノの成長スピードは凄まじい。剣も魔術も、それぞれが特級となるのは時間の問題だろう。


「なぁ」


 ナツノが語りかける。


「お前たちはどうして人間とその文化を破壊する」

「理由ナド関係ナイ。我々ハ魔王様ニ従ウノミ」

「そうか」


 魔物の答えにもとから期待していなかったナツノは無感情にそう答えた。

 これ以上、会話の余地はない。

 ナツノは少し距離をとって魔術を使用して戦いはじめた。そして、それと同時に剣に魔力を纏わせる。


(ナントイウ魔力量……!)


 魔物はナツノの魔力量に目を見開く。

 ナツノは制限なく魔術を使っている。こんな贅沢に魔力を使っていたらすぐ底を尽きるはずである。

 しかし、これだけ魔術を乱発しておいて、まるで底が見えない。


(ヤハリ勇者ハ極メテ危険。必ズココデ殺ズ)


 そう思いナツノとの距離を縮めた。

 しかし、ナツノはこのタイミングを待っていた。

 一閃、剣をふる。そして斬撃が放たれる。

 推進力を得ていた魔物は体をよじりかろうじて致命傷を回避することしかできない。

 命中を回避した安堵も束の間、激しい苦しみが全身を襲う。

 ナツノは勇者。勇者の魔力は、魔のものを蝕む。勇者が勇者たる所以。勇者とは、魔物にとってどうしようもないほど理不尽な存在なのだ。


「クッ……ナニヲシタ!?」


 ナツノは答えない。

 死にゆく存在と言葉を交わす必要はないのだ。

 そのまま、ナツノは魔物の体が崩れ去っていくのを黙って見ていた。


 ◆


 アイシスアイセの騎士団が到着したころには、すでに魔物の群れは全滅していた。騎士団長、マック・ヘルメスは絶句する。


「おう、騎士団長。安心しろ、もう全部片付いた」


 タルトがヘルメスに言う。


「いや……だが……」


 魔物の数は千体と報告を受けていた。

 だが、それは見る影もなく。

 報告からまだ一時間弱しかたっていない。その間に全滅させたのか? たった四人で?

 にわかに信じ難いことだが、目の前には千の魔物の死体。納得するしかなかった。


「感謝する。貴殿らのおかげで街への被害はゼロだった」


 ヘルメスは、騎士団長としてお礼を言った。


「……奴らの目的は勇者である俺です。自分で自分の始末をする……当然のことです」


 ヘルメスはそう言ったナツノをまじまじと見る。

 ごく普通の、一般的な少年に見える。だが、この少年はヘルメス自身よりずっと強いのだろう。


「そうか。……私個人としては無責任なことしか言えないが、魔王の討伐を、よろしく頼む。我々も、君を全力でサポートする」

「はい、ありがとうございます」


 そんな様子を横目に見ながら、タルトは思案する。


(間隔が短すぎる)


 スイト王国を出発してから知性のある魔物に襲われるのは四回目だ。ナツノたちは常に移動していたのにも関わらず突如として厄災の魔物が湧き、彼らは何故かナツノたちの位置を知っている。


(知性ある魔物はどこからきたんだ……? 東の大陸からだとしたら、東西での情報伝達が早すぎる。それに直前まで目撃情報がないのはおかしい)


 そして、考えられる一つの事実。


(西の大陸の各所に、奴らの拠点があると考えたほうがよさそうだ)


 タルトはそう結論づけた。


 その後、彼らはすぐにアイシスアイセをたった。

 次の彼らの行き先は東と西を隔てる山脈――人魔山脈の麓、バゼル王国。

 また、数ヶ月の道のりである。


 ◆


 東の大陸、魔王城――謁見の間。

 その玉座に、一人の男が座っている。

 彼の名はフロンティア。

 現在世界を騒がせている、魔王その人である。


「魔王様、報告です」


 部下がやってき、跪く。


「勇者はアイシスアイセを出発した模様。次の目的はバゼル王国と思われます」

「そうか。引き続き襲撃をつづけろ。失敗作ならいくら動員しても構わん」

「はっ」

「それと、魔法陣の設置状況はどうなっている」

「すべて設置するには……もう少し時間がかかりそうです。――あと、2年ほど」

「そうか」


 魔王フロンティアがそう言うと部下は礼をして謁見の間を去った。

 フロンティアは玉座から立ち上がりバルコニーに出て空を見上げた。


 前代未聞の、知性ある魔王。

 彼は突如として東の大陸に現れ、秩序と技術をもたらした。

 すべては、彼の野望のために。


「……あと2年」


 2年。それは彼自身が行動を開始するまでのタイムリミットである。

 ずっと思い描いてきた彼の熱い野望があと2年で完成する。

 高くそびえる山脈の向こう側で、ひっそりと着実に、事態は進行している。

魔物のレベルの設定をもう少し固めておきます。


レベル1:中級1人or初級5人

レベル2:中級3人

レベル3:上級1人or中級5人

レベル4:上級5人

レベル5:上級10人


 それぞれのレベルの魔物を倒すのに必要な戦力です。


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