-060- 魔法
シフォンがアメリアに連れられて部屋を去った後、残されたロールとオランは喧嘩していた。
「だからー、ロール姉は甘え過ぎなんだって! シフォン姉に迷惑かけないようにしようって約束したじゃん!」
「迷惑なんてかけてないよ! お話ししてただけじゃん!」
「限度があるって! ずっと引き留めてたじゃんか!」
「むぅ……オランだってお姉ちゃんに甘えたくてうずうずしてたくせに」
「……関係ないだろ」
「お姉ちゃんの前だけ大人ぶっちゃって、そんなことしても意味ないよ?」
「うるさい!」
オランは不機嫌に立ち上がった。
「ちょっと、どこいくの?」
「トイレ」
それだけ言ってオランは部屋を出ていった。
まったく生意気な弟だ。
姉と自分との態度の違いに腹が立つ。
自分に対してと同じくらい生意気か方がシフォンは喜ぶのではないかとロール思うのだが、それを言っても絶対納得しないから口に出すことはない。
暇だし、本でも読もうかと棚に手を伸ばすと、部屋の扉が空いた。そこにいたのは、ばつの悪そうなオランだった。
「……ロール姉」
「どうしたの?」
「……廊下、暗いから……」
「うん?」
「……一緒にいこ」
少し恥ずかしがりながら言う姿に、ロールの頬が緩む。
シフォンはオランを大人びているなんて思っているが、全然そんなことはない。暗いところが怖いし、意地っ張りだし、生意気で素直じゃない。
でも、それすべてひっくるめてかわいい弟だとロールは思う。
「いいよ。一緒にいこっか」
「……うん」
オランがこんなにロールに甘えていることを知れば、シフォンは嫉妬するだろう。
でも、知られることはない。オランにとってシフォンは大切な家族であると共に尊敬の対象であり、こんな締まりのない姿を見せるわけにはいかないのだ。
◆
用を済ませたあと、ロールとオランは暗い廊下をゆっくりと歩いていた。
「……ロール姉、何か聞こえない?」
オランがそんなことを言い出した。
耳をすませてみると、確かにガリ、ガリと何かを削るような音が聞こえる。
「ほんとだ」
そう答えると、オランはロールの袖を強めに掴んだ。
さしずめ、幽霊じゃないかとでも思っているのだろう。
「だいじょーぶ、ねずみとかだよ、きっと」
ロールはとりあえずそう言っといた。
だが、歩いていくにつれその音は大きくなっていった。
「ねぇ、こんなに大きい音、ねずみなわけないよ」
オランがロールの袖を握りながら言ってくる。
たしかに、動物の類ではなさそう。
規則的に、ガリ、ガリと音がしている。
隣のオランの顔が青くなっていくのがわかった。
ロールはオランの手を握った。
「だいじょうぶ」
「でも……」
「だいじょうぶだから」
返事をするように、オランは黙ってロールの手を握り返した。
そのまま音のする方に歩いていくと、ひとつの部屋にたどり着いた。その部屋はドアが開いており、中から光が漏れていた。どうやらその部屋から音がでていたようだ。
二人は中を覗く。
ひとりの少年が机に座ってなにやら作業をしていた。
「(フランさんだ)」
「(なにやってるんだろう)」
ガリ、ガリとなにかを削っているように見える。
なにをしているのだろうと、前のめりになりすぎてドアがギイと音を立てて開いてしまった。
「誰?」
音に反応し、フランが振り返った。
二人と目が合う。
「あの、すみません……ガリガリ音がしてたので……」
「君たちか。ドアが開いてて音が廊下に響いてたのか。ごめん、うるさかったね」
その言葉に一気に緊張がほどけ、二人で顔を見合わせて安堵した。
「あの、なにやってるんですか?」
オランが尋ねる。
「見る? おいで」
フランは二人を中に入れた。
その部屋はなにかの作業場のようで、木材や石材が積まれていた。
「これは、明日の実験用の命令式を刻んでいるんだ」
「命令式……」
机の上に大きな石板があり、それには変な線が刻まれている。
二人はそれをまじまじと見る。
「ふたりとも、魔法陣の存在は知ってる?」
「はい。フランさんは、古代魔法陣の研究をおこなっていると、お姉ちゃんから聞きました」
「そう。……命令式を削るのはかなり集中力が必要でね。ミリ単位でも本物と違えるとうまく発動しないんだ」
「……」
ロールとオランはフランを前にして少し緊張していた。
フランには、独特の雰囲気があった。この人の周りだけ、世界が静かになるような。さらに中性的で美しい容貌なこともあり、ミステリアスな雰囲気も漂わせていた。
騒がしい所が好きではないオランは、フランの静けさを気に入っていた。知的でゆとりがあり、常に冷静。自分の理想の一つの形であった。
不思議な魅力にひかれ、二人の心にフランと話してみたいと気持ちが湧いてきた。
フランは肩の力を抜いて口を開く。
「長時間やってて、ちょっと疲れた。……ねぇふたりとも。気分転換に、少し、おしゃべりに付き合ってくれないか?」
ふたりは、静かに頷いた。
◆
「ロール君は、剣術専攻なんだっけ?」
「はい! これでも中級剣士なんですよ!」
「小3で中級……すごいな。オラン君も中級魔術師なんだっけ」
「はい」
フランはそんな二人を前に苦笑する。
「君たちきょうだいは、なんていうか……異常だな。小学低学年で中級……将来が楽しみだよ」
「フランさんは、何級なんですか?」
「魔術は上級。とはいえ、戦闘は苦手なんだ。鍛錬を怠って、こんな研究ばかりしてるから」
逆に、こんな研究ばかりしていて上級魔術師である時点でフランも十分異常なのだが、ここにそれを指摘するものはいない。ロールもオランもまだ幼くて、上級の卓越性を十分に理解していないのだ。
「ふたりとも、この研究所の図書室の本、自由に読んでいいからね。……魔術の本ばっかりだから、ロール君には役に立たないかもしれない」
「いえ、勉強させていただきます」
ロールとオランは礼儀正しくお辞儀をした。
「そっか。剣士については詳しく知らないけど、魔術師として大成したいのならば魔術に対する勉強は必須だよ。人生をかけて知識と技術を蓄積し、自分の魔術をつくりあげる。それが魔術師だ」
「はい。心得ています」
「そう。さすがだ」
それから、だんだんお互いに打ち解けていき、話が弾むようになっていった。最初は緊張していた二人も、自然と笑みをこぼすことができるようになった。また、フランにとっても将来有望で聡明な二人と話ができて、とても充実した時間となっていた。
「フランさんは、どうして古代魔法陣の研究を?」
「理由は……うまく説明できない。とにかく、魔法陣が引き起こす現象に魅せられたんだ」
「……」
「君たちは、古代魔法陣が引き起こすもののように現代では再現できない魔術をなんていうか知ってる?」
古代魔法陣は、現代の技術を超越した摩訶不思議な現象をつくりだす。
それは現代人からすると神の技としか思えない、解析解明のしようのない術。
世界最高の知恵、技術、才能があったとしても再現不可能な過去の遺物。
「魔法」
誰の手も届かない、神の領域。
先人が遺した理屈を超越した魔術。
人々は、それを魔法と呼ぶ。
「小さい頃、父に魔法を見せてもらって、ロマンを感じた。それからというもの、古代魔法陣を探しては命令式を解析し、刻む練習をして魔法を使えるようにがんばった。小学生のころは、馬鹿みたいに魔法のことしか考えていなかったよ」
「フランさんは……魔法が使えるんですか?」
おそるおそる、オランが尋ねる。
「使えるよ」
透き通った声でフランは答えた。
「小さい頃、古代魔法陣から僕はいくつかの魔法を発見している。たぶん、世界で僕しか知らない魔法。……でも、人前では使えないよ」
「どうしてですか?」
「国に知られれば、おそらく戦争に使われる」
魔法は強力である上に、命令式さえ刻むことができれば魔力を流すだけで誰でも使える。
「ま、僕が魔法を使うとするのなら、それは魔物とかが攻めてきて自分と大切な人を守る時だ」
当然、そんな時は来ないのが一番なのだが。
◆
「ありがとう。楽しかったよ」
「「ありがとうございました」」
お礼をして二人は部屋を出た。
「やっぱり、フランさんはすごい」
「ね! お姉ちゃんもすごいけど、同じくらいすごいよね」
会話を経て、二人の中にはフランへの尊敬の心が芽生えていた。また話したいと二人は思う。魔術以外も、文学や芸術、天文学など、彼は博識だった。そういう部分も、フランの魅力の一つなのだろう。
「ふたりともどこ行ってたの? 心配したよぉ!」
部屋に戻ると、すでにシフォンが帰ってきていた。
二人を見るなり抱きついてくる。
「えへへ、フランさんとお話ししてた!」
「え、フランと?」
意外そうな顔をしているシフォンに、オランが頷く。
「うん。すごく楽しかった」
ロールとオランはフランがすごいだとか、話が興味深くておもしろかっただとか、そういうことをシフォンに話した。
シフォンは笑顔で聞いていたが、内心フランへの嫉妬心を暴れさせていたのは言うまでもない。
魔法の使い方
1.古代魔法陣を見つけ、再現したい現象を決める。
2.その現象を引き起こしている命令式を特定する。
3.命令式を紙や木、石など、何かしらの媒体に刻む。
4.魔力を流す。
魔法は理屈がわからない魔術のことを指します。古代魔法陣も魔法のひとつです。理屈はわからないけど魔力を流せば使える、それが魔法です。
魔法を使える者は、古代魔法陣を研究しつくしたごく少数の人のみです。自らが発見した魔法は彼らの財産であり、彼らは魔法を広めることはしません。そもそも、命令式を刻む技術を持つ人が極端に少ないので、魔法を広く普及させることは不可能です。




