-059- フランの両親
秋休みも目前というころ。
空が高く雲が綺麗なある日のことだった。
私はフランとアメリアと一緒に魔術訓練場で、古代魔法陣の実験を行なっていた。と言っても、私は魔力を流すだけなのだが。
いつもなら、魔法陣を起動させると黒焦げになったりなにも起こらなかったり、あからさまに失敗だってわかるのだが、今日は違った。
「これは……」
今、フランが研究しているのは転移の魔法陣。
そして今、魔法陣を起動したところ、置いてあった石が一瞬で別のところに飛ばされた。
「成功だっ! シフォン、アメリア、やったぞ! ようやく研究が前進しそうだ!」
フランはかつてないほどハイテンションにこちらを見た。
「やりましたね先輩!」
アメリアも目を輝かして喜んでいる。
正直、私は何が起こったのか理解していないが、二人が喜んでる姿を見ていると私も嬉しい気持ちになり、つい頬が緩む。
「この実験を複数回やって同じ結果が得られればこの命令式に転移が含まれているのは間違いない。ここまで絞ればこっちのもの。詳しい命令式の内訳も芋づる式でわかるぞ……! まずはここ、次はそこの命令式を試して……ああ、やることがいっぱいだ」
フランが珍しく饒舌だ。
「今日はもう解散にしよう。僕はやるべきことをまとめてこれからの計画を立てる。今日はありがとう」
興奮収まらぬうちにフランは足早に去っていった。
「あんなにはしゃいでるフラン、はじめて見た」
「私も、過去に一回くらいしか見たことありません。そのときも確か実験が成功したときだった気がします」
「フランはほんとに研究一筋なんだね」
そういうと、アメリアは少し拗ねたような表情になった。
「良くも悪くも、そうですね。私としては、もう少し構ってほしいくらいです」
「……アメリアには同情するよ」
だって今、フランは研究が恋人みたいになってるもん。
フランに恋愛感情とかあるのだろうか。
フラン、顔も頭もすごくいいんだから、恋人なんてつくろうと思えばいくらでもつくれるでしょうに。
「でも、実験が成功したことは素直にうれしいです」
そう言ったアメリアも、私に見せた中で一番の笑顔だった。
◆
翌日。
フランに呼ばれて図書館に来た途端、ぱちんと両手を合わせ、頭を下げてきた。
「シフォン頼む。秋休み、僕の実験を手伝ってくれないか」
すごく申し訳なさそうな顔をしている。
「そんなにかしこまらなくたって、手伝いくらいいくらでもするよ」
「いや、違うんだ。集中的に行いたいから、うちの研究所で泊まり込みの実験になるんだ」
「あー……手伝うってそういうこと」
秋休みはベニエ村に帰る予定だったけど、絶対帰らなきゃいけないわけでもないから、私は別に大丈夫だ。ただ……ロールとオランががっかりするがしれない。ベニエ村で一緒に暮らす約束をしているから。
「……君の貴重な時間を奪うことになるのは重々承知している。だけど、これは僕の夢なんだ。協力してくれかいか……? もちろんお礼は僕にできることならなんでも!」
「フラン、だからそんなに頭下げないでって。……あのさ、私はいいんだけど、妹と弟がなんで言うかわからないからちょっと待ってもらっていい?」
「わかった」
そう言って私は図書館を出た。
初等部の校舎に行きロールとオランを探す。
ロールは剣術訓練場で友達と打ち合いしており、オランは中庭でひとりで訓練していた。
二人を集めさっきの話をすると、やはりというか、渋い反応をした。
「え〜、春休み一緒に住めないの〜?」
「ううん、まだわからない。ロールたちが決めて?」
フランには悪いけど、ロールとオランが嫌っていうようなら断るつもりだ。
「うぅー……お姉ちゃんと一緒に住めないのは寂しいけど、お姉ちゃんにはお友達を優先してほしい……」
ロールはしょんぼりとしつつもそう言った。
うー、心が痛む……。フランに協力してあげたいのは山々だが、ロールがこんなに悲しむなら……
「じゃあさ」
そんな様子を見てたオランが口を開いた。
「僕たち3人でフランさんの研究所に泊まらせてもらえばいいんじゃない?」
「たしかに……」
それならばフランの協力もしつつロールとオランと一緒に住める。
「ロールはそれでいい?」
そういうとロールは顔をぱぁっとさせ、
「うん!」
と大きく頷いた。
その後、フランにロールとオランも連れて行っていいか尋ねると二つ返事で快諾してくれた。
というわけで、秋休みに私たちきょうだいはフランの研究所へお世話になることになったのだ。
◆
フランの研究所は街から離れたところにあり、ぽつんと大きな建物だった。
フランとアメリアに迎えられて中に入った。
「ここが、シフォンたちの部屋。3人だと少し狭いかも」
「ううん、十分! ありがとう!」
案内されたのは8畳くらいの部屋。3人なら十分だ。
この研究所、建物は大きいけど研究所としては小規模らしく働いている研究員は10数人。だけど、それぞれがものすごく優秀で、少数精鋭で研究しているとのこと。
また、この研究所はアメリアのような孤児を引き取って高水準の教育をしているらしく、裏の建物には数人の子供たちが住んでいる。フランやアメリアもそこで育った。
フランに案内され実験室に入る。
広めの部屋で紙や本が散乱している。
「まず、実験の進捗状況を確認しておこう。僕たちの目標は転移の命令式系の特定。今まで、調査する部分を徐々に狭くすることで転移の命令式系の存在する部分を絞ってきた。そしてこの前の実験の成功で、転移を引き起こす命令式を100個以上の命令式の中から7個の命令式に絞ることができた。転移の命令式系は必ずこの7個の組み合わせの中に存在するし、必ずこの7個の中で完結する」
私とアメリアは頷いた。
「つまり、今回の実験回数は127回。プラス、重要そうなところを複数回やるつもりだ。1日に13回のペースを目指す」
「私は魔力を流すだけでいいんだよね?」
「ああ、シフォンにやってもらうことは、僕が刻んできた命令式に魔力を流すこと。僕とアメリアが実験結果を記録するから」
「わかった」
「……この実験、一番負荷がかかるのはシフォンだ。なにしろ、大量の魔力を消費するんだから。具合が悪くなったら必ず言ってくれ」
「うん」
そうして、実験がはじまった。
◆
1日目の夜。
座ってただけなのにちょっと疲れた。久しぶりにこんなに魔力を使った。今2割程度しか残っていない。
今日やることは終わり、フラン、アメリア、私、ロール、オランで食卓を囲んでいた。
「みんな、お疲れさま。それじゃあ料理をいただこうか」
「「いただきます」」
ちなみに、料理をつくってくれたのはアメリアだ。実験の後半にフランに記録を任せ、料理しに行ってくれていた。
「おいしい!」
アメリアの料理はほんとうに美味しかった。完璧な味付けに完璧な盛り付け。お金を払ってもいいくらいだ。
「アメリアすごいよ、料理人になれるよ」
「いえ……さすがにそこまでは」
アメリアを褒めちぎっていると、フランが口を開いた。
「アメリアは昔から料理が上手だよ。学園の寮でもアメリアの料理が食べれたらいいのに」
その言葉に、アメリアは口をごにょごにょさせた。フランに褒められて、たまらなく嬉しいのだろう。
「アメリアの旦那さんになる人は幸せだね!」
フランにそう言ってみたが、「そうだね」と返すだけ。アメリアが何かを求めるようにフランを見つめるが、無視。むぅ、つまんない。
◆
ふと、気になったことがあったので私は口を開いた。
「ねぇ、フランのご両親はこの研究所にいないの?」
途端、フランとアメリアの動きがピシッと止まった。
「ここにはいないよ」
すぐにフランが答える。
「へぇ。やっぱりフランの親なだけあって魔術を研究しているのかな?」
「さぁ、僕もなにをしているのか知らない」
少しの沈黙。
謎の緊張感が部屋を漂う。
フランの様子はいつもと変わらないのに、フランはこの話題を拒絶しているように見えた。
私はそっと、別の話題に切り替えた。
◆
夕食後、私はロールとオランと布団の上でおしゃべりしていた。
久しぶりのお泊まり、ものすごく楽しい。
そこへ、アメリアがやってきた。
「シフォン先輩、少しいいですか」
そう言ってアメリアの部屋まで連れていかれる。
ひとつ、深呼吸してからアメリアは口を開いた。
「シフォン先輩には、遅かれ早かれ伝えることになると思いますので、今言います」
「なにを?」
「フラン先輩のご両親についてです」
「……」
夜ご飯のときから、なにか事情がありそうだと思っていたけど、やっぱり……
「これは、私がシフォン先輩を信用しているから話すことです。絶対に口外しないと誓ってください」
「わかった」
そして、また一呼吸置いた後、ゆっくりと口を開いた。
「フラン先輩のお母様からお話しします。フラン先輩のお母様は特級魔術師でした」
「え……特級……?」
「名前は、アンネルクス・マリア」
「えぇ!?」
アンネルクス・マリア。それはかつて史上最強と謳われた世界最高の魔術師。ついた二つ名は、"神の子"。神からの祝福を一心に受けたとしか思えない完璧な存在。身体能力に魔術の才能、さらに容姿に至るまで。まさに最高傑作。それが美しき魔術師、神の子マリア。
おそらく、歴史上でトップレベルに有名な魔術師だ。
フランの母親がそんなにすごい人だったなんて……
「でも、マリアって……」
「はい。14年前に他界しています」
「……」
つまり、フランは生まれてすぐに母親を亡くしたのか……
「シフォン先輩はマリアの死因を知っていますか?」
「え、確か病気って……」
「それは、国が流した偽の情報です」
「……」
「マリアは、スイト王国と敵対していたアンドル帝国からの暗殺者により殺されました」
「暗殺者……」
「マリアは絶対的な力を持つ故、一人で国家間の勢力バランスを崩します。だから、アンドル帝国は産後の弱った時のマリアを狙いました。この上なく、卑劣で姑息な所業です」
アメリアの拳に力が入るのがわかった。
産後を襲うなんて、信じられない。
やりようもない、激しい怒りが湧いてくる。
「でも、何故スイト王国は病気なんて嘘を……」
「……アンドル帝国は強大な軍事国家です。マリアがいれば話は違違ったでしょうが、マリアがいないスイト王国では帝国に勝てる可能性は低い。だから、スイト王国は戦争を避けました」
「……っ!」
「つまり、マリアを殺されたと発表するのではなく、病気で亡くなったと発表しました」
国宝とも呼べるマリアを殺されたなんて発表したら、国民は怒り狂い、戦争は不可避だ。だから、国民に伝えなかった。
「……これに一番激怒したのは、当然フラン先輩のお父様です。何度も国に訴え国民に事実を伝えようとしますが、国民に嘘を暴露されるのを恐れたスイト王国は彼を王立研究所から追放しました」
「……」
「そしてこの研究所にフラン先輩を連れてやってきました。……しかしフラン先輩が5歳くらいのころ、お父様は行方をくらましました」
「え、それって今も……」
「はい、今も行方不明です」
フラン、普通な顔して「僕もなにをしているか知らない」って言ってたけど、こんなに辛い過去があったなんて……
「……ごめん、今日迂闊に話題に出して」
「知らなかったんだから、仕方ないです。……シフォン先輩はこの話を聞いて憤りを感じたかもしれませんが、それは堪えて、いつも通りにフラン先輩と接してくれると嬉しいです」
「……わかった。話してくれて、ありがとう」
「……フラン先輩はすごい人なんです。でも、その逸脱性のために、理解者がいませんでした。私は、フラン先輩と肩を並べ対等な関係を築いているシフォン先輩にリヒテヌート・フランというひとりの人間の理解者になって欲しく思ってます。……すみません、気にしないでください、私の勝手な気持ちです」
「……そっか」
その後、もやもやふわふわした気持ちのまま、部屋に戻った。
思えば、私はほんとうに恵まれている。両親はどちらも戦闘に携わる職業なのに五体満足で元気だし、身近な不幸を未だ経験していない。
フランの理解者になってくれと、アメリアは言った。
だけど、こんな恵まれた私が、フランの理解者になんてなれるだろうか。




