-005- 決断
さて、みんな魔術が成功したところで、私の努力の成果の発表とでもいきましょうか。みんなが練習している間に、私は複数の魔術を組み合わせてあらたな技を開発した。今日はそれをお母さんにお披露目しよう。
「お母さん、見てて!」
私はお母さんを野原に連れて行き、魔術を使った。
まず、土を生成。その後水を含ませ、物体操作術で混ぜ合わせる。泥沼の完成だ。初めて見つけた泥沼の魔術だが、水と土の比率で大分粘度が変わるので、この一ヶ月は一番足止めに適している比率を研究した。
「シフォンが見つけたの? すごいわねぇ」
お母さんはそう言って褒めてくれる。
「それだけじゃないよ!」
私はこの一ヶ月間でもう一つ魔術を開発していた。まず、温度操作をして暖かくした風を風魔術でおこし、周辺の気温を引き上げる。同時に、温度操作をし温度を高くした水、つまり水蒸気を発生させ湿度を上げる。十分にそれらの操作を行ったら今度は冷たい風を起こす。ぐーんと気温を下げるとあら不思議、白くもやが発生した。つまり、霧だ。
「どう? お母さん!」
お母さんの方を見ると、少し驚いた顔をしていた。
「これ、霧の魔術じゃない。これもシフォンが見つけたの?」
「うん」
普通にずるいかもしれないけど、前世の知識を存分に使った。転生者ってチートだなとつくづく思う。
「すごいわシフォン! さすが私とタルトの子だわ!」
「えへへ」
お母さんの称賛に思わず頬が緩む。もしかして、これは世紀の大発見だったり?
「シフォン。さっきあなたがやってくれたのは複合魔術っていう複数の魔術を掛け合わせたものなの」
あ、名前ついてるんだ。
「中でも霧魔術は中位の風、水魔術ができないと使えない。二系統の魔術を中位まで到達するにはかなりの訓練が必要だから上級者向けの魔術なの。それを知識が無い中編み出すなんてほんとにすごいわ!」
いや、知識はあったんですけどね。実力の伴わない称賛にちくりと胸が痛む。ていうか、霧の魔術ってすでに編み出されているのか……。この世界は文明レベルが低いとはいえ、魔術の研究に伴い地学や化学も想像より進歩しているのかもしれない。ていうことは、もしかして……
「複合魔法がたくさん載った本とかあるの?」
「あるわよ」
それを聞き、私はガクッとうなだれる。
「私の努力は一体……」
すでにあるならお母さんに聞いて練習すればよかった。そうすればもっと早く習得できただろう。そんな私の様子を見てお母さんがフォローをいれてくれる。
「シフォン、あなたの努力は無駄じゃないわよ。魔術教本を読んだだけで使えるようになった人もたくさんいるけど、そういう人の大抵は本質を理解していない。真に魔術を理解しているのは魔術を生み出す研究者って言われてるのよ?」
「うん……」
「そうね、これからは自然学の勉強もやってみましょうか。そうすれば複合魔術の理解も深まるわ」
「……はい」
こうして、毎日の私のルーティンに自然学の勉強が組み込まれた。正直、そこらへんは前世の義務教育で一通りさらってるから大丈夫だと思うけど、地球とこの世界で違うこともあるかもしれないから、大人しく勉強しておくか。お母さん、自然学も一通り修めているのか、博識だなぁ。
◆
季節は巡り、秋。朝起きて下におりると、笑顔のお母さんとお父さんが待ち構えていた。
「「シフォン、6歳の誕生日おめでとう!」」
「ありがとうお母さん、お父さん!」
そう、今日は私の誕生日なのだ。この国も、日本と同じく太陽暦を採用している。ただ、地球での太陽暦とちょっと違うところがあって、この世界はちょうど360日で太陽の周りを一周する(それがほんとに正確かは知らないけど)。それを12ヶ月に分けるところは一緒、でも一ヶ月は全部30日になる。今日は私の6歳の誕生日。つまり、私が生まれてから360×6で2160日経ったわけだ。
もうひとつ、大きく違う点は年のスタートだ。地球では、冬に1月1日を設置し、そこから12ヶ月を数えているが、この世界では春に1月にあたる月がくる。どうやら、春から活動をはじめる自然界にならってこの暦は作られたようだ。
「今年は2人でプレゼントを用意したんだ」
そう言ってお父さんは大きな箱をもってきた。箱を開けると、そこには立派な剣が入っていた。
「……剣?」
「ああ」
素人目にも立派なのがわかる。ピカピカと光沢のある鋼色の剣身には、白色の紋様が描かれて、どんと箱に収まるその姿には重厚感があった。
「この剣は俺たちの知り合いのとある名匠につくってもらった、特殊な剣なんだ。ここに、魔石が埋め込まれているのがわかるか?」
確かに、鍔の部分にクリーム色の魔石が埋め込まれていた。魔石とは、魔力濃度の高い石のことだ。魔術師の杖に埋め込まれることが多い。
「つまりだな、この剣は、杖にもなる」
「……!」
「お前が知っている通り、剣で戦いながら魔術を使うのは難しい。これは、それを可能にする夢のような武器だ」
なるほど、この白い紋様は剣に魔力を通すためのものか。
「正直、これは子供に渡すような代物じゃない。子供に渡すには価値が高すぎるし、危険すぎる。でも、」
お父さんは私の頭にぽんと手を置いていった。
「でも、シフォンには、これを持つ資格がある。そう思ったから、つくってもらったんだ」
「シフォンは剣術も魔術もすごく頑張ってるものね」
「そこでだ、シフォン」
お父さんは少し声音を硬くして言った。
「お父さんと、お母さんから、提案がある」
提案? なんだろう。2人の雰囲気に少し緊張する。
「シフォンは、なぜ剣術を俺に教えてもらおうと思った? なぜラフティーに魔術を教えてもらおうと思った?」
「どうして……」
私の脳裏に前世の死の瞬間がよぎる。まだ18歳だったというのに私が弱かったために死んでしまった。どうして私が2人に教えを乞いたのか。そんなの、決まってる。
「強くなりたいから。強くなって、生きたいから」
私はまっすぐと2人を見つめ、そう言った。お父さんは、静かに口を開く。
「そうか。なら、その環境の整った学校へ、行ってみないか?」
「学校? ベニエ村の学校じゃないの?」
「あそこでは、おそらくお前の望みは叶えられない」
「そうなんだ……」
「この国の中枢都市であるモンブライトにミルフィユ学園という学校がある」
「……」
「ミルフィユ学園は、剣術と魔術、両方を高い水準で学べる名門校だ。魔術だけ、剣術だけを学べる学校はたくさんあるが、両方を学べる学校はそう多くない」
「そこにはね、この国の素晴らしい才能を持った子達がたくさん集まるから、シフォンのライバルになれる子もいると思うの」
「そこに行けば、シフォンは確実に強くなる。もしかしたら、俺たちと肩を並べられる存在になれるかもしれない。どうだシフォン、行くか?」
すごく、魅力的な提案だと思う。正直、ライバルのような存在は欲しかった。それに、お父さんたちと肩を並べられるように……。でも、その学校ってモンブライトにあるんだよね?
「ここから通えるの……?」
「いや、通うんだったら学園の寮に入ってもらう。村のみんなとはお別れだし、ほんとに申し訳ないが俺たちも村に留まらなければならない。だから俺たちともお別れだ」
村のみんなとも、お父さんたちともお別れ……。それは確かに寂しい。
「時々、帰ってこれる?」
「ああ、長期休みに戻ってこれるはずだ」
「そっか……」
正直、ここでの生活に行き詰まった感じはあった。剣術にしても、魔術にしても、もっと基礎を固めてからお母さんとお父さんに教わらないとあまり意味がないのではないかと思うこともたくさんあった。今の私の実力では、2人から教えてもらうにはもったいない。学校でライバルと共にもっと鍛えてからの方がいいのだろう。……うん、決めた。
「お父さん、お母さん。私、ミルフィユ学園に行くよ」
「いいのか?」
「うん、決めた」
「そうか、決めたか。それじゃあ、手続きをしておこう」
「この村をでるのは次の春、つまり半年後よ。それまで村のみんなとたくさん思い出作りしなさいね」
「うん」
せっかく仲良くなれたのに、レミリーちゃんやリンリンちゃん、それにバオバ、カンタ、コルクともあと半年でお別れだ。でもしょうがない。この世界にきたときに、生きるために強くなろうと、決めたのだから。