-058- 仮面
モンブライトに戻った時迎えてくれたのは私の愛しい妹と弟だった。
「お姉ちゃん! 優勝おめでとう!」
「おめでとうシフォン姉」
「ロール〜! オラン〜! ありがとー!!」
嬉しくてたまらなくて、二人をぎゅっと抱きしめた。
「オランと話したんだけどねっ! 私たちが全国大会いくとき、絶対優勝するから! 見ててねお姉ちゃん!」
ロールはすごくテンションが高く、ぴょんぴょん跳ねている。
かわいい。
「うん! 楽しみにしてる!」
ロールと一緒にぴょんぴょん跳ねてると、オランが私の袖を引っ張った。
「どうしたの、オラン?」
「……いや、別に……」
オランはただ黙って袖を掴んでいた。
その様子を見てたロールがオランの頭を撫でながら言った。
「オランはお姉ちゃんに甘えたいんだよねー? オラン、いつもお姉ちゃんの前だと大人ぶるから、恥ずかしいんだよねー?」
「う、うるさい……!」
オランは顔を赤くしてロールの手を振り払う。
私はかわりにオランの頭を撫でながら言った。
「オラン〜、どれだけ甘えてもいいからね〜」
あぁ、なんてかわいいんだ私の天使たち。
オランは躊躇いながらも弱い力でぎゅっと抱きついてきた。
「シフォン姉、伝えたいことがあるんだけど」
「なぁに?」
「やっぱり、シフォン姉は、僕の憧れの魔術師だよ」
「〜!!」
なんだろう、すごく嬉しい……!
憧れ、あぁなんて甘美な響き。
「お姉ちゃん! 私も憧れてるからね!」
ロールもそう言って抱きついてきた。
やばい……人生で一番嬉しいかもしれない。
ロールは剣を、オランは魔術をがんばっていて、どちらも才能が開花している。
そんなすごい妹弟に認められ慕われて、それがとても嬉しくて、つい、涙がでてしまう。
ロールとオランは焦って、どうしたの、とこちらを見上げる。
ごめんね、うれしすぎて、と私は答える。
そんな姉の涙を受け入れるように、ロールとオランは優しく笑った。
今までたくさんがんばってきてよかった。
あぁ、幸せだぁ。
◆
それからしばらく3人で話して、私は自分の部屋に帰ってきた。
さすがに、疲れたなぁ。
馬車での移動に消耗の激しい大会。
二週間弱、この部屋を留守にしていた。
ベッドに入って目を閉じる。
大会ではいろんなことがあった。
リンリンに再会して、ペンに出会って、混合戦優勝、さらにロフラに勝って、ガナッシュに勝って個人戦優勝……
ここ数日を思い出していると、いつのまにか意識は遠く、すぅっと落ちていった。
◆
日課というものは恐ろしく、あれだけ疲れていても朝早くに私は起きた。いつも通り愛剣双葉を持って、鍛錬に行く。
早朝の空気が気持ちよく、心なしか足が軽い。
いつも通り郊外の野原に向かって走る途中、ひとりの少年を目撃した。
綺麗な顔立ちで、銀髪の少年……そう、ガナッシュだ。
ガナッシュは魔術の訓練をしていた。
その姿は、汗だらけで、泥だらけで、表情が険しい。
それは、とにかく懸命に努力をしている姿だった。
学校で見る余裕しゃくしゃくな姿からは想像もできない、がむしゃらなガナッシュ。
ガナッシュ……こんな顔するんだ。
少し躊躇ったが、私は声をかけることにした。
「ガナッシュ」
そう呼ぶと、ガナッシュは驚いた顔でこちらを見た。
「……シフォンさん」
「ガナッシュ、いつもここで鍛錬してるの?」
「……いや、今日はたまたま」
「そうなんだ」
ガナッシュは少しばつが悪いような顔をしている。
あまり、こういう場面を見られたくなかったのだろう。
ガナッシュは出会った時からそうだ。
常に余裕の表情で、負け戦をやらず、自分の弱いところをみせようとしない。完璧超人として振る舞い、たとえクラスメイトであったとしても隙を見せない。
私の中で、ふつふつとなにかが湧いてくる。
これは、ガナッシュの慌てふためく姿を見てみたいという、欲だ。おもしろいおもちゃを見つけたようないたずらっ子の気持ち。
今こそ、その分厚い仮面を剥ぎ取ってやろう。
「それにしても……ガナッシュってあんな必死な顔するんだねぇ」
からかうような声で言う。
「いっつも余裕な表情で、にこにこしてるのに」
「そりゃあ、僕だっていつも穏やかな表情をしてるわけじゃないさ」
ガナッシュはそれに応戦するようにがっつりと仮面を付け直した。
むぅ……もっと、ガナッシュの心を揺さぶることを言わなければ……
「そうだよね。いつも穏やかなわけないもんね。ましてや、大会で私に負けた後じゃ、余裕もなくなるよね」
う〜、さすがに性格わるいかなぁ。
でも、ガナッシュが表情を崩した。この路線だ。
「どう、悔しい? 私に負けて、悔しい?」
「……まあ、悔しいよ」
「そうでしょうそうでしょう」
私はわざとらしく頷いて見せる。
すると、ガナッシュは少しむくれた表情で口を開いた。
「ねぇ、シフォンさん」
「なんでしょう」
「勘違いしてるんじゃない? 小学生の頃僕が優勝して、今年シフォンさんが優勝しただけだから、スコアは1対1でシフォンさんはようやく僕においついただけだよ?」
「過去の戦績なんて関係ないでしょ、大事なのは今だよ!」
「そうだね。大事なのは今だ。じゃあ、今ここでもう一回戦おうか?」
「いいよ。これで負けたらもう言い訳できないね?」
「のぞむところだ」
ガナッシュは明らかにむっとしてる。
そのムキになっている姿が、いつもと違い子供っぽくて面白い。
でも、これ以上やるとほんとに怒っちゃいそうだから、ここまで。
「と、思ったけど、大会終わったばかりで疲れてるから、勘弁してほしいなぁ」
私は緊張を解きそう言った。
「シフォンさん……もしかしてわざと怒らせた?」
「バレた? 腹立つこと言ってごめんね。でも、ガナッシュの表情が子供っぽくておもしろくて」
「……やられた」
ガナッシュは手を顔にあてる。
「はぁ、なんかいつもと違うと思ったよ。そんなこと企んでたのか」
「うん。いつもさ、ガナッシュあまり自分の素を出さないから、見てみたくて」
それから、私は真剣にガナッシュの顔を見つめて言った。
「私はね、ガナッシュに怒った顔とか、悔しい顔とか、表だけじゃない、本心からの表情も見せてほしいって思ってるの」
「……」
「そりゃあ、ずっと穏やかな顔のほうがいろいろやりやすいと思うよ? でもさ、友達くらいには本心から接してよ。愚痴くらいなら喜んで聞くよ?」
ガナッシュはしばらく黙ってから、少し緊張した面持ちで口を開いた。
「じゃあ、話、聞いもらえる?」
「うん」
私たちは早朝の野原に座り込み、話し始めた。
◆
「僕の家、ラズベリル家は古くから魔術を研究していて、知見の蓄積がとても多いんだ。僕はそれを享受しながら魔術の鍛錬をしていた。いってしまえば、誰よりも恵まれた環境で魔術を学んでたんだよ」
「ガナッシュ、魔術の知識が多いもんね」
「……うん。だから、僕は誰にも負けちゃいけないんだ。こんなにいい環境を用意してもらいながら負けるなんて、先祖に合わせる顔がない。そういう、信念を持って今まで戦いに臨んでた。だけど……」
「……」
「混合戦ではクリオル・ロフラに撃ち落とされて、個人戦ではシフォンさんに完敗して……正直、気持ちが沈んでる」
そこまで言うと、ガナッシュはしゃべるのをやめてしまった。
私は黙って立ち上がる。
そしてガナッシュの頭をペシっとはたいた。
「子供かガナッシュは!!」
「いてっ、なにするの!?」
「はぁ……ガナッシュは大人びてるなぁとか今まで思ったけど、ぜんぜんだ。もしかしたらガレルよりお子様だよ?」
「はあ!? なんでさ!」
まったく……あの仮面の裏では、こんな幼稚なことを考えてたのか、こいつは。
私は仁王立ちでガナッシュにむかう。
「ガナッシュ、自分が世界の中心にいるって考えてるでしょ」
「考えてないよ!」
「い〜や考えてるね。だってあなた、私たちに勝って当然みたいな口振りじゃない」
「それは、僕の環境が恵まれてたからって話で」
「じゃあ言わせてもらいますけど! 私の方が恵まれてるから! 特級のお父さんやお母さんに直接小さい頃教わってるし、かわいいきょうだいもいるし、ライバルもたくさんいるんだから」
なにより、私には前世の知識と経験がある。
でも、負けたらそれは仕方ない。相手も同じように努力しているのだ。でもこいつは……
「ロフラの雷魔術だって生来固有のものだし、ペンの物体操作術も、ペンに特別な適性があるからなせる技。みんな、違うところでアドバンテージを持ってて、その上で努力してるの! 自分だけが長所を持っているわけじゃないんだから、負けることがあるのはあたりまえ!」
「……」
「ガナッシュは自分を特別視しすぎ。自己中心的。つまり、お子様。わかった?」
そこまで言うと、ガナッシュはかぁっと顔を真っ赤にさせた。そりゃ、こんな指摘されたらめちゃくちゃ恥ずかしいだろう。
しばらくの沈黙の後、ガナッシュはひとつ深呼吸してから口を開いた。
「……ごめん。僕が間違ってた。たしかに、僕は子供だ」
ゆっくりと、かみしめるように言葉を紡ぐ。
「……シフォンさんは、すごいね。優勝しても、謙虚に、自分を律している」
「……普通のことだよ」
そういうと、ガナッシュがすこし落ち込んだ。
……とはいえ、ガナッシュは実際天才ではあるし、特別なのに間違いはないから、そういう思考になるのも当然で、しょうがないのかもしれない。
それにしても……
さっきまでのガナッシュ、普段の余裕がまったくなくて、いつも感じる大人らしさがみえなかった。
こうみると、どれだけ魔術に長けていても、ガナッシュもただのひとりの中学生なんだなって思う。
「ま、簡単な話、実力が拮抗したもの同士の勝負なんて時の運なんだから、あんま気にせず、一緒にがんばろーねってこと」
「そうだね……っていいたいとこだけど、やっぱり悔しいものは悔しいよ」
ガナッシュは肩をくすめて言った。
「でも、ありがとう。随分と気が楽になった」
「そっか。ガナッシュが落ち込んでると私も調子でないから、いつも通りの腹黒で頼むよ」
「僕は腹黒じゃない。計算高いんだ」
「ものはいいようだね」
お互い顔を合わせてにっこり。
ガナッシュと出会って6年。今まで、彼との間には一定の距離を感じたけれど、今日、ほんとうの友達になれた気がした。




