-052- 門出
知性のある魔物の出現は、世界に大きな衝撃を与えた。
それは、今代の魔王が歴代とは違うことを示唆している。
世の人々の不安は日に日に増していった。
成長中の勇者を狙われたことも問題視された。
魔王討伐にあたって勇者を失うことは壊滅的な痛手になる。
今回は生き延びたからいいものの、もっと大勢の魔物を送り込まれていたら死んでしまっていたかもしれない。
さらに、勇者狙いで魔物を送り込んでいると仮定し、勇者がミルフィユ学園に居続けたら市民への被害も出かねない。
以上のことから、勇者ナツノは、予定より一年弱はやく魔王討伐の旅に出ることが決定した。
◆
学園の屋上。
私、ガレル、ガナッシュ、ナツノの四人は疲れた顔で夕日を眺めていた。
あの後、長時間拘束され、事細かに事情聴取を受けた。
魔物がどういう攻撃をしてきたのか、何を喋ったのか、どれくらいの知性がありそうなのか、など。
そんな尋問に疲れた私たちはなんとなく、この屋上に集まっていた。
「……出発はいつだ」
ガレルが言う。
誰に聞いたのか、言うまでもなく。
「明日だ」
「……急だな」
「判断が遅くなり、一般市民に被害が出ることを恐れたんだろう。しょうがない」
また、沈黙が訪れた。
急に訪れた、友人あるいは仲間との別れ。
それは、私たちの気分を落とすのには十分すぎることだった。
……こんな調子で別れてしまっては、いけない気がする。
ナツノには、この学園を笑って去ってもらいたい。
前世、友達の女の子が転校するときも盛大に遊んでお別れしたものだ。
……よし。
「みんな。繁華街に行こう」
「……? 今から?」
「うん」
「いやでも、寮の門限……」
「そんなの無視して、一緒に遊ぼっ!」
そう言うと、まずガナッシュがくすりと笑い、それからガレルもナツノも笑って、
「ああ、そうだな」
と、私たちは夜の繁華街に繰り出したのだった。
◆
お店で買い物して、たくさん食べて、夜の公園で遊んで、四人で朝帰りして、めちゃくちゃ怒られて。
そんな翌日。
私たちは晴れ晴れとした気持ちでナツノの見送りに来ていた。
学園の外ではすでに迎えの馬車が止まっていて、今まさに別れの挨拶をしているところだ。
「ガナッシュ。お前に何度も魔術を教わったな。お前のその卓越した技術には感服するばかりだ。勇者として、尊敬している」
「ありがとう。実をいうと、ナツノは成長がはやいから追い越されないかヒヤヒヤしてたんだよね」
「そうか」
次は、ガレルへ。
「ガレル。お前と剣を交える毎日楽しかった。今までありがとう」
「ああ」
「喧嘩っ早いガレルとそれを宥めるガナッシュは見ていて面白かった。もうこのコンビが見れないとなると寂しいな」
「お前そんな目で見てたのか」
みんなでくすくす笑う。
そして。
「……シフォン。俺がこの世界で戦う目的をくれたのは、お前だ。本当に、感謝している」
「うん」
「この世界に来たばかりのころ、俺は帰りたくて仕方がなかった。だが、お前のおかげでこの世界を守ろうと思うようになった。この世界を守り抜いた上で、俺は元の世界に帰るよ」
「頑張ってね」
「ああ」
ナツノはもう一度私たちの顔を見渡してから、
「それじゃ、行ってくる」
と、馬車に乗り込んだのだった。
◆
ナツノを見送ってから二人と別れ、私はある場所に向かっていた。
少し早歩きになるのは、嫌な予感が拭えないから。
ナツノの言葉の中で、どうしても、引っかかることがある。
私は目的地――図書館に着いた。
「フラン」
私が呼びかけると、フランは目線だけらこちらに向ける。
「質問がある」
「なに」
「ナツノを……勇者を、私たちは元の世界に送り届けられる?」
「現時点では、無理だ」
私は、息を呑んだ。
いつだか、ナツノは言っていた。
国からはは魔王を倒せれば元の世界に帰れると聞いている――と。
それが、引っ掛かっていた。
魔法陣の勉強をしているからわかる。
それは、非常に難しいことなのだ。
本当は、フランに確認するまでもないことなのだ。
「勇者召喚の魔法陣には、転移の命令式が必ず含まれているけれど、それには必ず対象、転移元、転移先の情報を記さなければならない」
フランが話し始める。
「それらの情報を人間が自由に操ることは、今の段階ではできない」
「……うん」
ふつふつと湧き出る、この感情はなんだろう。
頑張って魔王を倒しても、ナツノは元の世界には帰れない?
そう分かったとき、ナツノの気持ちはどんなに落ちるだろうか。
つまりだ。
つまり、国はナツノを騙していたんだね?
ナツノを元気つけるために、倒したら帰れるよ、なんて残酷な嘘をついていたんだね?
「……フラン。ナツノのためにも、魔法陣の研究、がんばろう」
「……そうだね」
私は、国に対して、どうしようもなく冷たい、あるいは熱い怒りを感じていた。
―――――――――――――
「ナツノ様。到着致しました」
馬車の運転手に促され、ナツノは馬車を降りる。
降りればそこは、立派な王城の目の前。
ここにくるのは、ナツノにとって二度目であった。
「久しぶりだなぁ、ナツノ」
ある男が声をかけてきた。
その男は、ナツノがこの世界に来たばかりの頃剣の指導をしていた者。
実に、一年半ぶりの再会だった。
「……お久しぶりです――タルトさん」
ハトサブル・タルト。
10人しかいない特級戦力のうちの一人で、獅剣王の名を冠する、シフォンの父親だ。
◆
「シフォンとは仲良くやってたか」
広く豪華な廊下を歩きながら、タルトはそんなことを口にする。
「はい。あいつには、すごく世話になりました」
「そうか。さすが俺の娘だ」
自慢げに笑うタルト。
ナツノはそんなタルトを観察する。
強い。
その一言に尽きる。
一挙手一投足に無駄がなく、毎日厳しい鍛錬を行なっていることがわかるその筋肉。
そして、なによりその存在感。
冒険者として今まで戦ってきたどの魔物より強い覇気を纏っている。
ついこの間戦った、あの喋る魔物よりも。
シフォンは幼少期、こんな人から剣を教わっていたのかと、軽く戦慄する。
ハトサブル・タルトは、そんな人物だった。
「もう皆集まってるぜ」
「タルトさん以外は、初対面ですよね」
「んー、そうかもなぁ」
部屋につくと、二人の人物がナツノとタルトを待っていた。
「来たか、勇者くん」
「ふむ……かなり仕上がっておるな」
一人は、金髪の男。
タルトと同じ特級戦力の魔術師、アイスロット・レイ。
もう一人は茶髪で、身長が低い、だけれどもガタイはいい、ランド・ゾム。
二人とも、タルトと同じで強者のオーラを放っていた。
「それじゃあ、行こうか」
金髪の男がそう言って謁見の間へと向かう。
これからナツノは王と謁見するのだ。
◆
「よくぞ集まった」
謁見の間にて。
多くの騎士に囲まれる中、四人は王の前で跪いていた。
「ハトサブル・タルト。アイスロット・レイ。ランド・ゾム。そして、タツキ・ナツノ」
王は四人の名前を呼んで、それから――
「お前たちに、魔王討伐の任を与えよう」
――彼らの任務を言い渡したのだった。




