-004- 妊娠
「ねぇシフォン、大事な話があるの」
いつもの魔術と剣術の訓練を終え、私が家に帰ると、お母さんとお父さんがなにやら神妙な面持ちで待っていた。
「なに?」
私は少し緊張しながら椅子に座る。お母さんはゆっくりと口を開いた。
「……今、私のお腹の中に、赤ちゃんがいるの」
……! 確かによく見てみれば少し膨らんでるかも。妊娠三ヶ月ってとこかな?
「えっと、それは私に弟か妹が生まれるってこと?」
「うん」
おお、やったぁ! 前世では末っ子だったから下の子ができるのはすごく嬉しい!
「私の弟か妹……楽しみだねぇ、お母さん、お父さん」
「ふふっそうね」
「ああ、そうだな」
「ね、ね、名前とか、どうするの?」
「ははは、気が早いよ、シフォン。妊娠が発覚したっていっても産まれるのはまだ先だぞ?」
そう言ってお父さんが笑う。
「でも、数ヶ月なんてあっという間よ? 確かに、もう考え始めてもいいかもしれないわね」
それから、家族でみんな仲良く晩ごはんを食べた。なんだか、家族の温かみを強く感じた時間だった。
部屋にもどり、さて寝ようかと寝巻きに着替えベットに入ろうとしてると、コンコンとノックする音が聞こえた。
「シフォン、いるか?」
どうやらお父さんのようだ。
「うん、いるよ。どうしたの?」
と、言って私はドアをあけお父さんを中に入れる。
「お母さんのことについて話がある」
「うん」
「あのな、シフォン。赤ちゃんを産むっていうのは、すごく体力を使うことなんだ」
「うん」
「だからさ、できるだけお母さんの負担を減らしてやってくれないか?」
「私が、料理とか掃除をすればいいってこと?」
「全部とは言わないけど、手伝いとか、な?」
「うん! わかった!」
私は元気よく返事をした。よーし、お母さんに楽させるようにがんばるぞー!
「お父さん、お母さんのことが大好きなんだねぇ」
「ああそうだぞ。もちろん、シフォンのことも大好きだ」
そう言って、お父さんは私を抱き上げてくれた。なんだかお父さんの腕の中はすごく安心感があった。
◆
「ねえお母さん、魔術のことで質問があるんだけど」
次の日の朝、私は村に出る前、お母さんに尋ねた。
「低位魔術ができるようになるまで、普通どれくらいかかるの?」
「そうねぇ……村の子たちは、一日どれくらい練習してる?」
「一日に一時間やるように言ってるよ」
「そう。それじゃあ三ヶ月くらいかしらね」
さ、三ヶ月……!
「そ、そんなにかかるの?」
「前にもいったでしょう? 魔術を習得するっていうのはシフォンが思ってるよりも大変なの」
お母さんは少々呆れ顔で言う。
「そ、そうなんだ……」
「魔術習得には普通の人で100時間、センスのある人で70時間かかるって言われてるのよ?」
100時間か……みんなに教えるのはいいけど、みんな飽きずに100時間もイメージする訓練やってくれるかな……
2日目のトレーニングも、当然というか、誰も成功者がでないまま終わった。
◆
ところがである。一週間後のことだった。私がいつもの通り複数の魔術を組み合わせて新しい技を開発していると、ビシャン、と音が聞こえた。驚いて音のした方を見ると、目を見開いたリンリンちゃんが、地面を見つめていた。地面は、水がまかれたように湿っている。
「え……リンリンちゃん、成功したの?」
「成功……したのかな……?」
リンリンちゃんは自分でもまだよく分かってない様子。
「リンリンちゃん、一回さっきと同じようにイメージしてやってみて」
「う、うん……」
リンリンちゃんは目を閉じ、手を前にだす。そして、数秒後。
ぷくり、と、水が空中に出現し、そのまま重力に従いビシャンと落ちた。
「す……すごいよリンリンちゃん! 一週間で成功するなんて!」
「あ、ありがとう……」
「え、リンリン成功したの⁉︎」
散り散りになって練習してたみんなが私の声を聞いて集まってくる。
「すごい、ちょっとやって見せてよ!」
「うん」
もう一度、リンリンちゃんは魔術を使う。
バシャン
慣れたのか、さっきより少し水が多くなった。
「す、すげぇ〜」
「いいなぁ〜僕も早く使えるようになりたい」
「よーし、リンリンに負けないよう、俺たちも練習かんばるぞ!」
みんなの士気が上がった。嬉しい誤算だな。
「リンリン、コツとかないの?」
レミリーちゃんがそう尋ねる。
「わからない。でも……」
「でも?」
「ぽつぽつと降る、優しい雨をイメージしたら……できた」
へぇ、リンリンちゃんはそういうイメージなんだ。他の人のイメージとか聞いたことなかったからちょっと面白いかも。
「雨のイメージか……ありがとう、参考にするねっ」
レミリーちゃんやバオバ、カンタ、コルクは自分の練習をするためにわらわらと散っていった。
◆
そして、3週間後。次の成功者が現れた。
「シフォン、できたよ!」
そう言ってきたのはコルク。もう一度やってみてと言ってみると、確かに魔術は成功している。
「すごいね……予想よりも全然はやい」
「ほんと? ははっ、うれしいな!」
コルクは小さい体でぴょんぴょん跳ねる。コルク、なんかくりくりしててかわいいな。
さらに次の日。
「おいシフォン、見ろよ!」
そう言ってバオバは濡れた地面を指さす。
「俺も魔術できたぞ!」
うーん、ほんとかなぁ? なんだか嘘くさい。
「ちょっとやって見せてよ」
「おう」
そう言ってバオバは目を閉じ、手を前にだす。
五分、十分。随分と時間がかかるなぁ。そして、十五分たったとき、バオバの手の前に確かに水が発生した。
「ほらみろ!」
「ほんとだ……」
疑ってごめんな、バオバ。
「どうだレミリー、俺はできたぞ!」
バオバはレミリーちゃんを煽りにいく。
「う〜なんで私はできないんだよう!」
「まあ、そう落ち込むな。俺が天才だっただけだ」
「見てろよ、絶対すぐ追いついてやるんだからね!」
仲良いなぁ、と思いつつ眺めてると、ちょんちょんと、リンリンちゃんが袖を引っ張ってきた。
「どうしたの?」
「シフォンちゃん……ちょっとこっち来て」
リンリンちゃんは岩場の陰までくると、
「見てて」
と言い、目を閉じた。数秒後、手の平上に、ボッと、火がついた。え、これって……
「火魔術?」
「う、うん。水魔術がイメージでできるんだったら、火魔術もイメージでできるかなって練習してみたら……」
「できちゃったか……」
どうやらリンリンちゃんはかなり魔術の才能があるようだ。
「ダメ……だった?」
「うんん、そんなことない! すごいよリンリンちゃん! でも、みんなの前で火魔術を使ったらダメだよ?」
「どうして?」
「火っていうのはね、すごく危ないの。ほんの少し火の扱いを間違えただけで取り返しのつかないことになっちゃうかもなんだよ? みんなリンリンちゃんができたって知ったら、自分もって練習し始めると思う。だからだよ」
「そうなんだ。うん、わかった」
リンリンちゃん、すごくいい子だな。
さらに三日後。
「で、できた……」
カンタがやっとという感じで魔術を成功させた。
「やったじゃないか、カンタ!」
「うん。よかった、僕に魔術の才能が無いとかじゃなくて……」
残るはレミリーちゃん。レミリーちゃんの方をみると悔しそうに魔術の練習をしていた。私はレミリーちゃんの後ろに周り、ぽんっ、と肩を叩く。
「力みすぎだよ、レミリーちゃん?」
「うん……」
「焦らなくていいよ、リラックスして」
「……うん」
触れてみた感じ魔力はちゃんと流せてるみたい。あとちょっとだよ、がんばれっ、レミリーちゃん!
そして1週間後。ついに、レミリーちゃんも成功した。
「やった! やった! できたよシフォンちゃん!」
レミリーちゃんは泣きながら喜んでいる。
「みんなすごいね、私の予想の3倍くらいはやいよ」
正確には、私のお母さんの予想だけどね。一ヶ月くらいで全員成功してしまった。
「ふふふ、実はシフォンちゃんが帰った後もみんなで練習してたの」
「え? そうなの?」
みんなの方を見るとみんな誇らしげに笑った。
「バオバなんか、夜遅くまで練習して何回朝寝坊したのかわからないよ」
「おいコルク! それはシフォンには言うなっていっただろ!」
コルクが茶化すように言う。そうか、みんな私の想像以上に頑張ってたんだな。
「……ちなみに、一日何時間くらい練習したの?」
「だいたい、5時間くらいじゃないかな」
毎日5時間! 恐るべき、子供の集中力……! とすると、みんな一ヶ月以内に成功できたのは妥当と言えるのか。魔術を成功させたみんなを見ているとなんとも言えない嬉しさが湧き上がってくる。なるほど、これが教育者の感動か……
「シフォンちゃん、そろそろ帰らなくて大丈夫?」
リンリンちゃんがそう聞いてくる。太陽を見ると、もう傾き始めていた。
「ほんとだ、じゃあみんな、バイバイ! また明日!」
「じゃあね〜」
みんなに見送られながら私は村をでた。私は早く帰って剣術と魔術の訓練を終わらせ、お母さんのお手伝いをしなければならないのだ! お母さんのお腹はこの一ヶ月でより一層膨らんだ。ふふふ、生まれてくるのは男の子かなぁ、女の子かなぁ。きょうだいのいる生活を想像するだけでニマニマが止まらない。楽しみだ。お母さん、私頑張ってお母さんに楽させるから、お母さんもがんばって!
シフォンは魔術の訓練をはじめて僅か10時間ほどで成功させました。これは、もちろんシフォン自身に才能があるということもありますが、地球で16年分の人生経験を積んでいるということが大きいです。もちろん、本人もこれは自覚しています。