-047- メリス・アメリア
フラン先輩に初めて会ったときのことはよく覚えている。
孤児院から研究所に連れてかれ、右も左もわからない。
そんな混乱している私に話しかけてくれたのだ。
最初は、フラン先輩と私はきょうだいのような関係だった。
四六時中一緒にいて、フラン先輩がどこにいくにもついていく。
何かあるとフラン先輩に泣きつき、嬉しいことがあればまたフラン先輩に報告する。
私はそんな妹だった。
でも、いつからか、私はフラン先輩のことを異性として好きになってしまっていた。
それは、落ち込んでいるとき、優しく慰めてくれたときからだろうか。
それとも、勉強を教えてくれたときからだろうか。
もしかしたら、初めて会ったあの日から惹かれ始めていたのかもしれない。
とにかく、私はフラン先輩が大好きなのだ。
◆
「僕、ミルフィユ学園に行くよ」
ある日、些細なことを報告するかのようにフラン先輩はそう言った。
だけど、私にとっては些細なことでは無かった。
「……ミルフィユ学園って全寮制ですよね?」
「うん。だから、この研究所を出て寮に入るよ」
「……」
つまり、フラン先輩と離れ離れになると。
それは絶対に嫌だ。
「すぐ近くの魔術工学学校じゃダメなんですか?」
「僕はミルフィユ学園の図書館に用があるんだよ。それに、優秀な魔術師が多い方がいいだろう」
「……そうですか」
フラン先輩は意見を変えそうにない。
考えてみれば、ミルフィユ学園を選択するのは妥当っちゃ妥当だ。
フラン先輩は魔術工学学校で学ぶことがすでにないほど優秀なのだ。
半端な学校に行くのは時間の浪費でしかない。
だとすれば、就職するか、最高峰の学校に行くか。
その二択をつきだされ、フラン先輩はミルフィユ学園を選んだのだろう。
……さて、どうやって説得しようか。
◆
「フラン先輩、研究所で働きましょうよ。そうしたら自分のやりたい研究を思う存分できますよ」
「……研究所だけじゃちょっと資料が足りないからミルフィユ学園に行くよ」
「……」
「フラン先輩、ミルフィユ学園の生徒って魔術や剣術の鍛錬ですっごく忙しいんですよ。研究の時間があまり取れないんじゃないですか?」
「僕は魔術を極めるためにミルフィユ学園にいくわけじゃないからね、研究の邪魔にならない程度に鍛錬するよ」
「……」
フラン先輩がミルフィユ学園に出願するまであと一ヶ月。
そんな具合で、全く説得できずにいた。
「……アメリア、僕のこと、ミルフィユ学園から遠ざけようとしているでしょ」
「……」
さすがにバレてたか。
「そんなに僕に研究所を出てって欲しくないの?」
「正直、絶対に離れたくありません」
そう言うと、フラン先輩は一つため息をついた。
「アメリア、僕が寮に入るからと言って何年も会えないというわけじゃないんだ。休日には帰ってこれるし、そんなに心配することじゃない」
微妙な頻度で帰って来られる方が余計に辛いのだ。
フラン先輩は分かってない。
「それに、君も来年ミルフィユ学園に来ればいいじゃないか。アメリアの実力なら選抜入試も大丈夫だろうし」
その一年が長いって言っているんですよ。
私が口を尖らせてフラン先輩を睨んでいると、また大きくため息をついた。
そして、「しょうがないなぁ」と言って私に一歩近づいてきた。
「アメリアも、はやく僕離れしろよ」
そう言って、私の頭を優しく撫でたのだ。
ああ、あったかい手が心地いい。
なんだか安心する。
フラン先輩は私の頭を撫でれば機嫌が直ると知っているのだ。
悔しいが、それは効果覿面だった。
「ほら、元気でたか?」
「……もう少し」
あと十二時間お願いします。
◆
フラン先輩はミルフィユ学園に行ってしまった。
週に一度は帰ってきてくれるけど、やっぱり寂しい。
私も今年絶対にミルフィユ学園を受験しよう。
◆
「そういえば、助手になってくれる子を見つけたよ」
フラン先輩がミルフィユ学園に入ってから数ヶ月、そんなことを言った。
「助手には私がいるじゃないですか」
「アメリアとは別のところで優秀なんだよ。凄い人でね、古代魔法陣を10回発動させても魔力切れにならないくらい魔力量があるんだ」
「それは……すごいですね」
ここで、私の中の何かが勘づいた。
「その人、女の人ですか?」
「……」
フラン先輩は固まり、黙ってこちらを見つめる。
そして、
「……そう、だけど」
「……ふーん」
フラン先輩はかっこいいからその人も虜になってしまうかもしれない。
ああ、はやく来年にならないかなぁ。
◆
私はミルフィユ学園に入学した。
入学してから数週間後、私はフラン先輩の助手だという女子生徒を目にすることになる。
名前は、ハトサブル・シフォン。
最初に会った時は衝撃を受けた。
女の人だとは聞いていたが、あんな可憐な人だとは知らなかった。
私の中で焦りの感情が芽生えてくる。
こんな愛らしい人と、フラン先輩は一年間一緒にいたのか。
まずい、フラン先輩が取られてしまうかもしれない。
そう思い、私はシフォン先輩にフラン先輩をどう思っているのか尋ねた。
恋愛対象として見たことないとは言っていたが、本当かどうかわからない。
私はシフォン先輩を要注意人物としてマークした。
◆
「明日から僕ちょっと遠出するからしばらく研究所に帰れないよ」
と、また、些細なことかのようにフラン先輩は言った。
「遠出ってなんですか?」
「シフォンの故郷に行くんだよ」
「……は?」
……は?
「それは、誰と?」
「シフォンと、シフォンのきょうだいと」
はっ、もしかして、シフォン先輩のご両親にご挨拶⁉︎
それはなんとしても防がなくては!
「私もついて行きます!」
「え? いや、シフォンに迷惑だから」
「それでも! むしろ迷惑になっている方がいいんです!」
「はぁ?」
そのあと、村に行く理由についていろいろ説明をもらい、誤解は解けたが、私は断固としてついていく姿勢を崩さなかった。
◆
シフォン先輩の村、ベニエ村では、シフォン先輩の家にお邪魔になった。
今回の旅で、シフォン先輩がすごくいい人だということがわかった。
シフォン先輩は私が落ち込んでいるとき、紅葉狩りに連れて行き慰めてくれた。
オラン君やロールちゃんも、とっても可愛くて、思わず抱きしめそうになってしまった。
なんてあったかいきょうだいなんだろう、と思った。
今までとげとげした態度をとっていたのが申し訳ない……
村を出る時、シフォン先輩に、
「馬車の中は、二人っきりで、相手に逃げれれる心配がない。つまり、フランの本心を聞き出すチャンスだよ」
と、耳打ちされた。
確かに……
私はシフォン先輩にお礼を言った。
◆
コトコトと揺れる馬車の中。
私とフラン先輩は向かい合って座っていた。
「……」
「……」
沈黙が続く。
さて、なんて切り出そう。
いや、言いたいことをズバッというか。
「フラン先輩」
「……なに?」
「私には言いたいことがあります」
「……」
フラン先輩は胡乱な目をこちらに向ける。
なんですかその目は。
「一応聞くけど、なに?」
「最近、私に冷たすぎるのではありませんか?」
「……そう?」
「今回の旅で、私は大層傷つきました」
「そうは見えないけど」
「慰めてもらったんですよ、シフォン先輩たちに」
「仲がいいようでなにより」
「誤魔化さないでください」
なるほど、馬車の中だと確かに逃げようがない。
この勢いで問い詰めよう。
「なんていうか、雑なんですよ、私の扱いが」
「……なんで今日そんなに強気なんだよ」
「さあ、どうしてでしょう」
「……シフォンの入れ知恵か」
フラン先輩は大きなため息をついて言った。
「確かに、最近は別のことで頭がいっぱいになって、アメリアのことを蔑ろにしていたかもしれない。それは、謝る」
「私は別に謝罪が欲しいわけではありません」
私がそう言うと、フラン先輩はより一層大きなため息をついて、私の隣に来てストンと腰を下ろした。
「……次の街までだからな」
そう言って私の頭に手をまわし、ゆっくりと、優しく撫でてくれた。
ああ、心地いい。
◆
秋休みも終わり、いつも通り図書館でフラン先輩のお手伝い。
今日はシフォン先輩は来ていない。
あの人は忙しいのだ。
「フラン先輩、こっちの資料まとめておきました」
「ありがとう」
カリカリと二人でペンを走らせていると、少し離れたところで二人の女子生徒がコソコソ話しているのが聞こえてきた。
「(あのシフォンって子、ほんとうにずるいわよね)」
「(まったくだよ。あの二人を独占するなんて。ほんと許せない!)」
それは、シフォン先輩の悪口だった。
あの人でも陰口叩かれることあるんだなーなんて思っていると、目の前のフラン先輩の顔が険しくなったのがわかった。
あの会話が聞こえたのだろう。
「……シフォン先輩はあのシャルロット・ガレルとラズベリル・ガナッシュの関心を独占しているといってもいい状態ですからね。こういうのがあるのはしょうがない面もありますが……」
それでも、やっぱり気分のいいものじゃない。
「シフォンは魔術も剣術も……それと、容姿も優れているからね。そういうのも妬まれる種なんだろうな」
あ、今遠回しいシフォン先輩を可愛いって言った。
ジト目を向ける私に気付くと、フラン先輩はそっと顔を背けた。
……私には可愛いって言ってくれないんですね。
私は、シフォン先輩に嫉妬した。




