-039- 告白
ナツノが転校してきて一週間ほど経った。
私たちは毎日のように話しかけに行っているが、心を開いてくれる兆しはない。
この1週間色々考えてみたが、ナツノは日本人ではないのではないかと思うようになり始めた。
そもそも、私が知っている世界は前世の世界と今世の世界の二つだけ。
他にももっとたくさんの世界が存在するかもしれない。
そうだとすると、黒髪黒目の特徴をもった人間なんて日本以外にもたくさんいるだろう。
それと、ナツノの戦闘能力が異様に高いことも引っかかる。
ものすごく速く走るし、高く跳ぶ。
剣においてはあのガレルと互角に渡り合う。
日本人だとしたら、あの戦闘能力の高さはおかしい。
このように、ナツノが日本人だという確証を得られないから私も転生者だということを打ち明けるか悩んでいる。
ナツノの故郷を知りたいのなら聞けよって話なんだけど、それを聞いたら思い出させて余計心を閉ざしちゃうかもだからね。
◆
放課後、今日も私はナツノの元へとやってきた。
ナツノはたいてい屋上か訓練場にいる。
今日は屋上にいた。
「やっほ、ナツノ」
「……君か」
ナツノはちょうど魔術を練習していたようで、水を生成していた。
「魔術を練習してるの? 魔術なら私得意だよ、教えてあげよっか?」
そう言うと、ナツノは少し悩んだ様子を見せてから答えた。
「……じゃあ、頼む。この教本に書いてある、温度を操作するっていうのがよくわからない」
「なるほどなるほど……。例えば、コップ一杯分の水を生成するのに100の魔力が必要だとする。これを、温度を高い状態で生成したいのなら150の魔力で、低い状態で生成したいのなら50の魔力で行うんだよ」
「……?」
「温度を高くしたければ、魔力をきゅーって圧縮して生成するイメージ。圧縮されて状態で生成すると、過剰な分の魔力が熱となって、熱い水ができあがる。逆に、低くしたければ、生成のときに魔力が足りない分周りから熱を奪うから冷たくなるの」
「……なんか化学の授業みたいだな」
化学。
ナツノがはじめてこの世界に無い言葉を発した。
私はそれに反応してみせる。
「カガク? なあに、それ」
「化学っていうのは、俺の世界では誰でも学ぶ、一つの学問だ」
「ふうん」
ナツノから地球の話を持ち出してきてくれた。
これは、チャンスかもしれない。
「ナツノの世界にも、魔術はあったの?」
「いや、なかったな。だから、この世界にきてびっくりした。物理法則に逆らって水が浮いたりしているんだから」
「そうなんだ。じゃあ、魔物とかもいなかったんだね」
「ああ、動物はいたけどな」
「ナツノの国はどんなところだったの?」
「……平和な国だったよ。外国と比べると、治安もよかった」
「へぇ、それじゃあ――」
「悪い」
ナツノの硬い声が、私の言葉を遮った。
「俺の世界のことは、あまり聞かないでくれ」
そんなナツノの顔は、寂しいような、悲しいような、暗い顔だった。
「ご、ごめん……。それじゃあ、私はもう行くよ。また明日」
「……悪い。また明日」
私は逃げるようにして屋上を去った。
やはり、ナツノは前の世界を思い出すような話はしたく無いのだろう。
……もし、ナツノが日本人なら、心を開くために私が転生者であることを明かすのが一番だろう。
だが、明かしたとして、ナツノが日本人じゃなかったら、一瞬でも私が同郷だと希望を抱かせてしまう。
ぬか喜びをさせてしまう。
そうすると、ナツノの心はより固く閉ざされるだろう。
変な希望を抱かせないために日本人にしか伝わらない伝え方で転生者であることを伝える方法を考える必要がある。
そういう方法なら、ナツノが日本人じゃなかたとしても、ただの会話として流せる。
そして、日本人だった場合はそのまま打ち明ければいい。
さて、どんな方法が最適だろうか。
◆
「はぁ……」
「そんなため息ついて、どうしたの、シフォンちゃん?」
私はブレッドのお店に来ていた。
「訳あってとある男の子を慰めなきゃいけないんだけど、それがど〜にも難しくてねぇ」
「ふぅん」
しばらく悩んでいると、ブレッドが言った。
「相手は男の子なんだよね? だったらさ、シフォンちゃんのこの前やってたっていう猫耳姿を見せてあげたら?」
「は⁉︎ 猫耳⁉︎ なんでブレッドが知ってるの⁉︎」
「あぁ、ロールちゃんから聞いたんだよ。『ものすごく可愛かった!』だってさ。僕も見てみたかったなぁ」
ロール……なんて余計なことを言ってしまったのだ……
あんなの黒歴史でしかない。
猫耳のまま一日過ごしていたなんて……
「男ならシフォンちゃんの猫耳姿でイチコロってわけ」
ブレッドはそう言ってドヤ顔をした。
なんだそのドヤ顔は。
いい案でしょ? みたいな。
相談相手を間違えたか。
ブレッドはこういうところあるからなぁ。
猫耳……
いや、ないな。
絶対にない。
でも……
「猫耳をつけたら、本当に元気になってくれるのかな?」
「うん、それは保証するよ」
「……まあ、考えとく」
私はパンをいくつかかってブレッドのお店を出た。
◆
一晩考えて、猫耳の案は採用することにした。
その理由は、ナツノが日本人じゃなかったときの言い訳がしやすいからだ。
猫耳をつけた状態で、日本人にしか伝わらないセリフを言ってみる。
それで反応があれば万々歳、無ければ猫耳で励ます作戦でしたーと、誤魔化す。
となれば、明日はあの猫耳カチューシャを持っていかなくては。
私はクローゼットの奥深くに封印してある猫耳カチューシャをとりだす。
よもやこのカチューシャを再び頭につける日が来ようとは……
◆
翌日。
私は放課後ナツノが屋上に向かうのを確認し、すぐに追う。
ガレルやガナッシュが来る前に済ませちゃいたいからね。
あいつらには私の猫耳なんて二度と見せないから。
さて、肝心の日本人にしか伝わらないセリフだが、全然思いつかなくて、結局有名な小説の冒頭を使うことにした。
シュチュエーション的に猫に因んだ言葉じゃないとおかしいから考えるのにすごい時間かかったよね。
「ふぅ……」
扉の前でひとつ深呼吸をした。
あー緊張する。
猫耳までつけて無反応だったら私泣いちゃうかも。
私は覚悟を決め、屋上へ出た。
扉の音に、ナツノが振り返る。
「ナ、ナツノ」
「……君か」
「ちょっとさ、見せたいものがあるんだけど、一回あっちむいててくれる?」
「? 分かった」
ナツノは言われたとおり私に背をむける。
その間に、私は猫耳カチューシャを装着した。
ぼふっ、と、何かが生えてくる感覚があるのがわかる。
「いいよ、振り返って」
ナツノはゆっくりと振り返る。
私はできるだけ猫らしいポーズをとって――
「わ、吾輩は猫である……」
――うわ恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい。
ナツノは目を見開いてこちらを見つめている。
なに、それ、どっち⁉︎
このセリフの意味わかってるの⁉︎
私の猫耳にドン引きしてるの⁉︎
な、なにか反応してよ!
「それ」
ようやくナツノが言葉を発した。
「それ、どういう意味だ?」
「え?」
「『吾輩は猫である』。どういう意味だって聞いている」
「し、知らない? 有名な本の冒頭なんだけど」
「知っているに決まっている。それよりも、君はなぜその本を知っているんだ!」
私はこの時点で確信した。
ナツノは――
――日本人だ。
「それは、私も読んだことがあるからだよ。千円札にもなった夏目漱石が書いたんだよね」
「っ、君――」
「ナツノ。私はね、実は日本からの転生者なんだ」
その言葉に、ナツノはより目を見開いた。
そして、しばらく私を見つめた後、口を開いた。
「……ほんとうか?」
「ほんとだよ。信じてもらえるまで何でも言うよ。五千円札は樋口一葉、一万円札は福沢さん。学問のすゝめの人だね」
「……ほんとうに、本当に日本人、なのか?」
「うん、そうだよ。この世界にいる日本人はナツノだけじゃない。だからさ、元気だして?」
そう言うと、ナツノは俯き、
「そうか……そうか……!」
自分と同じ日本人がいると知って喜んでいるようだ。
よかった、ちゃんと喜んでくれるんだ。
◆
「私が転生者だってこと、ナツノ以外誰も知らないから。絶対に言わないでね」
「あぁ、分かった」
ナツノが落ち着き、色々話し込んでいるとガレルたちがやってきた。
「お、ナツノ、お前いつもより顔色がいいな」
「あぁ、実はシフォンが猫耳で励ましてくれたんだ」
「わぁーーー!」
私は急いでナツノの口を塞ぐ。
「猫耳のことも言わないでっ!」
「おい、シフォン。猫耳ってなんだ」
ガレルが眉を顰めて問い詰めてくる。
なんでそんなに不機嫌なんだよ!
「おいシフォン」
「あーもう知らないっ!」
私がガレルからの追及に逃れようとしていると、ガナッシュが私の肩をポンと叩いて言った。
「僕のお土産の猫耳、使ってくれてるんだね。嬉しいなぁ」
その笑顔は、それはもう黒かった。




