-037- 名もなき新米教師
私はミルフィユ学園の魔術教師になるのが小さい頃からの夢だった。
そのために一生懸命勉強し、魔術もがんばった。
ミルフィユ学園の魔術教師になるためには、上級魔術師である必要がある。
そして数年前、何度も挫折と失敗を味わいながら私もやっとの思いで上級魔術師となり、憧れの職につくことができたのだ。
はじめての授業にとても緊張したのをよく覚えている。
でも、生徒はみんないい子で、教師としての毎日に充足感を感じていた。
私がミルフィユ学園の教師になった年と同時に、とある女の子が入学してきた。
名前は、ハトサブル・シフォン。
なんでも、獅剣王の二つ名をもつ特級戦力の剣士タルトと、同じく特級戦力である魔術師ラフティーの娘さんなんだとか。
この子は、一年生のころから目立つ子だった。
すでに中級魔術を扱えていたし、剣術も他より一線を画していた。
そのせいか、教師もよく注目しているらしく、職員室でシフォンさんの話題がよく上がった。
素行が良く、授業にも真剣に取り組むシフォンさんだが、取扱注意の生徒として扱われている。
取扱注意として扱われるようになったのは、間違いなくあの事件からだろう。
私がミルフィユ学園の教師になって四年目、つまりシフォンさんたちが四年生のころ、シフォンさんはガレル君という生徒を上級風魔術で吹き飛ばした。
上級魔術というのは、実際に戦争でも使われる人を殺せる威力だ。
当然、このとこは職員室でも問題になった。
「上級魔術を人に向かって撃つなんてありえない! そのシフォンとかいう生徒は退学だろう!」
「でも待ってください。シフォンさんは小学生です。正常な判断というのが難しかったのではないでしょうか」
「上級魔術を扱える判断力の無い子供なんて危なっかしくて仕方がない。もっと深刻なトラブルを起こされる前に学園と距離を置いたほうがいいのでは」
「あなたそれでも教師ですか! 子供を正しい判断力を持った大人に育てるのが学校というものでしょう! 判断力が無いからって学園を追放するのは間違っています!」
「そもそも、あの年で上級魔術を使えるのだ。この才能を野放しにはできんだろう」
それはもう激しい論争だった。
学園に傷をつけたくない教師と、生徒を正しい方向へと導きたい教師。
双方胸ぐらを掴まんという勢いだった。
ちなみに、私はシフォンさん擁護派だ。
他の教師はシフォンさんを見たことがないから退学だなんて言えるんだ。
シフォンさんはとっても優しく、喧嘩なんて滅多にしない朗らかな生徒なのだ。
あんなにいい生徒を、私は退学になんてしたくない。
ついに、職員室にも怒号が飛び交いはじめる。
学校でなんて声をだしているんだと思わなくも無いけど、双方とも自分の意見をもって論争をしているのだから、熱くなってもしょうがないだろう。
そんなヒートアップした教師たちを鎮めたのは、学園長だった。
「何を騒いでいるの」
この騒ぎに学園長は職員室へ駆けつけてきたようだ。
「学園長。……此度問題を起こしたシフォンという生徒についての処罰を話し合っているところです」
「なに、そんなこと」
やれやれ、と言った感じで学園長はため息をついた。
「ハトサブル・シフォンは退学させないよ」
その言葉に、退学を主張していた教師たちがどよめく。
「どういうことですか、学園長!」
「何を考えているんですか!」
「僕には人を見る目がある。この能力で学園長という地位にまで至った。その僕が、彼女は大丈夫だと言ってるの。納得して」
学園長がめんどくさ、と言った面持ちで言った。
「納得できるわけないでしょう! だいたい、それはあなたの主観でしかない。この際だから前々から思っていたことを言わせてもらいましょう、学園長。あなたは色々と適当すぎ――」
コンコン
学園長に反発していた教師の言葉を遮るように、扉が叩かれた。
一瞬にして、職員室は静まる。
近くにいた教師が扉を開ける。
すると、そこには神妙な面持ちをした四年のAクラス生徒たちがいた。
「あの、先生。シフォンちゃんを、退学にしないであげてください!」
「シフォンはいい子なんです。今回は、ちょっと失敗しちゃっただけで」
Aクラスの子たちは口々にシフォンさんを庇う発言をした。
これには、職員室にいた教師全員が驚いた。
さらに驚くべきことに、被害者であるガレル君が前へでてきて頭を下げた。
「すみません、先生方。シフォンが魔術を暴発させてしまったのは、俺のせいなんです。俺があいつの気持ちを考えていなかったから起こったことなんです。だから、だからどうか、シフォンを退学にしないでやってください」
頭に包帯を巻いたガレル君は、包帯の怪我をさせたシフォンさんのために、頭を下げた。
おそらく、これがシフォンさんの退学回避の決定打だっただろう。
「……納得した?」
学園長は先ほどまで反発していた教師に問う。
「っ、……はい」
唇を噛み締めながら、その教師は自分が間違っていたことを認めた。
かくして、シフォンさんは退学にならなくてすんだのだが、教師からは取扱注意の生徒と認識されるようになったのだ。
◆
教師になって五年目、私は自然教室の前日、学園長室に呼び出されていた。
学園長室に呼び出されるなんてはじめてのことだったので、緊張しながらも私は部屋へ入った。
「君、救護担当だったよね」
学園長は胡散臭い髭を撫でながら言った。
「はい」
「たぶん、魔物討伐実習の前でハトサブル・シフォンが体調不良を訴えてくると思うから、そしたらこれを飲ませて」
そう言って、枯れ草(?)を差し出してきた。
「これは?」
「万病に効く薬」
「⁉︎」
「って言っといて。もちろんそんなもの無いからね」
学園長はそれだけ言うと私を部屋から追い出した。
なんだったんだろう……と、疑問に思っていたが、自然教室当日、本当にシフォンさんが体調不良を訴えてきた。
しかも、枯れ草(?)を飲ませると治ったと言って戻っていった。
……???
仮病……ってこと?
学園長はどこまで見通しているんだ……
◆
教師になって六年目。
シフォンさんとガナッシュ君が上級魔術師になった。
正直、かなりショックだったよね。
私なんて、高校卒業してからさらに師匠の下で五年間修行してやっと上級魔術師になれたのに。
どうやったら小学生のうちに上級になれるんだろう。
シフォンさんは剣術も得意だし、もしかして私、今シフォンさんと戦ったら負けてしまうのでは……?
◆
教師生活七年目。
私は相変わらず初等部の先生を続けている。
シフォンさんは中等部に進級したというのに、初等部の教師である私の耳にまで噂がとんでくる。
どれだけ目立っているんだ……
そういえば、この前学園長室に行くと、大物客が来ていた。
「失礼しま――」
私が扉を開くと、二人の大男がソファに腰をかけていた。
「いいのか? タルト。子供たちに会わなくて。せっかくこの学園まで来ているのに」
「この前かっこよく別れたところなんだよ。こんなにはやく再会できるか。お前こそどうなんだよ、バルトーク」
「俺の子供は俺なんかに会ったところで嬉しくもなんともないだろうさ」
そう会話しているのは、王国騎士長シャルロット・バルトークと獅剣王ハトサブル・タルトだった。
「君たち、用が済んだら帰って。くつろがないでよ。ここ僕の部屋」
学園長が不満そうに二人に言う。
「ああ、悪かったな。それじゃ、学園長。例の件頼むぜ」
「あーはいはい」
そう言って、二人は去っていった。
すごい……本物を見たのははじめてだ。
迫力がすごい。
ていうか、学園長はあんな二人にも繋がりがあるのか。
学園長の謎は深まるばかりだ。
◆
来年、勇者が転校してくるやらなんやらでバタバタだ。
しかも、勇者はシフォンさんと同じ歳だから、同じクラスになる可能性があるらしい。
シフォンさん、勇者と同じクラスになったらどうするんだろう。
まあ、あの子なら当たり前のように仲良くなるかもね。
これからも、あの子の成長が楽しみだ。




