-028- 魔王誕生
魔王誕生が報告された。
近年の魔物の増加、活性化を受け、隣国であるバゼル王国が東の大陸へと調査隊を派遣した。
そこで、魔物の動きや種類から魔王誕生の痕跡が確認され、魔王が誕生したと断定した。
この報告により、およそ百年間続いた平和な時代は、幕を閉じた。
◆
「はぁ……」
なんてことない授業中。
ぼんやりと外の方を眺めため息をつく。
私は安全な世界で過ごして、今度こそ長生きしたいのだ。
なのに、魔王というやつが誕生してきて私の命を脅かそうとする。
ほんと、いやになるよ。
平和な時代が終わったという実感はまだない。
街の人も、学校の人も、みんなそこまで変わった様子はない。
得体のしれないこのどんよりとした気持ちは、前世、漠然と日本の未来を心配していたときの、もやっとした不安に襲われる感覚に似ている。
これから人類は勇者の召喚を待つしかない。
勇者。
それは、異世界より召喚されし強き力を持った英雄のこと。
魔王の力は強大だ。
勇者はそんな魔の力に対して特別な耐性を持っている。
だから、勇者無しでは、魔王討伐は不可能に近い。
勇者召喚において、スイト王国は世界で最も重要な位置にいると言える。
なぜなら、その召喚の魔法陣はスイト王国にあるからだ。
機密事項らしいので、具体的な場所は知らないが、勇者召喚はスイト王国が行う。
今頃王様はその仕事で忙しいんじゃないかな。
とにかく、いつこの危険な時代が終わるかは、勇者がどれだけはやく召喚されるかにかかっている。
王族の皆様。
がんばって、はやく勇者を召喚してください。
◆
ガレルとの月一の手合わせは健在だ。
今日も今日とて放課後の時間を使い訓練場で剣を打ち合っていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
これで何連敗だろう。
もう十連敗くらいじゃないだろうか。
ガレルはあれからメキメキと力をつけ、より隙のない剣士へと育っていた。
初めて負けたときはガレルの成長スピードについていこうって思ってたのに、置いてこぼりにされ、今ではもう大きな差が開いてしまった。
やはりガレルは天才なのだ。
「ガレル、最近よくフェイント使うよね」
「ああ。兄貴から教えてもらった」
ガレルのお兄さんであるルオさん。
鮮やかな赤髪をもつ爽やかなかっこいい先輩だ。
今は高等部一年生になるのかな?
ルオさんはガレルのような単純暴君残念イケメンではなく正真正銘のイケメンだ。
また会いたいな〜。
「シフォンは無駄に動体視力がいいからな。フェイントが有効であることに気づいた」
「……へぇ。じゃあ次は気をつけるよ」
「あとお前の悪い癖で――」
前はお互いアドバイスを与え合っていたのだが、実力差が開き、私が一方的にアドバイスをもらうようになった。
悔しいっちゃ悔しいけど、ガレルのアドバイスは的確ではあるので素直に受け取っておく。
「二人ともおつかれ」
そして今日は横にガナッシュが居た。
ガナッシュは時々私とガレルの手合わせについてくる。
そして見るだけ見て自分は何もやらないのだ。
「ガナッシュ、前から思ってたけど私達の手合わせ見て楽しいの?」
「んー? 楽しいよ。学ぶことも多いし」
「いやいや、見てるだけでは退屈でしょう。私が剣術の相手をしてあげてもいいんだよ?」
ガナッシュはにっこりと微笑み私の言葉を軽く流した。
ガナッシュって負け戦はやらない人だよね。
「……世界も、大変なことになったよね」
ガナッシュが言う。
「そうだな。うちの父親も忙しそうで、もう何日も家に帰ってこない」
ガレルの父親、シャルロット・バルトークは王国騎士団長だ。
魔王が現れたんだから隊を動かしたり魔物の動きを警戒し王族を護衛したりでそれはもう忙しいだろう。
「僕の家も何やら忙しなく動いているよ」
「ガナッシュの家はなにかあるの?」
「代々ラズベリル家は勇者召喚を取り仕切っているからね。今回もラズベリル家がいろいろと召喚の準備をするんだ」
「へぇ。ガナッシュは召喚について何か知ってるの?」
「いや、僕は何も。勇者召喚なんて100年に一回あるかないかの大切な儀式だからね。例え家族であろうと情報を漏らしてはいけないんだ」
「ふぅん」
ガレルもガナッシュも、すごい家の生まれなんだなぁというのをひしひしと実感する。
そういえば、私のお父さんやお母さんはどうなるのかな。
去年の秋休み言っていた重要な仕事というのは恐らく魔王関連だろう。
魔王誕生が確定した今、お父さんたちは王城で働く可能性が高い。
……王城に行っちゃう前に、会っておきたいな。
「どちらにせよ」
ガレルが口を開いた。
「俺たちはただ、今は強くなることに専念するべきだ」
「そうだね。私、死にたくないし」
前世のように早死にはしたくない。
今世では、普通に育って、結婚して、子供を授かって、育ててっていう人生を送りたい。
そして、たくさんの家族に看取られながら天国にいくのだ。
「シフォン」
私が未来の妄想に浸っていると、ガレルが硬い声で私を呼び戻す。
ガレルの方を見ると心なしが真剣な表情をしていた。
「それは、違うぞ」
「え?」
「俺たちは他の人よりも強い力を持っている。ただ、それは他人を守るためのものだ。断じて自分だけを守るためだけのものじゃない」
いつになくガレルが真剣だった。
その真剣さに私も一瞬たじろぐ。
「わ、わかってるよ。ただ、他人を助ける前に、私自身が死にたくないよなーっていう話」
「そうか。それは悪かった。お前が自分を守るためだけに力を求めているかのように言うもんだから、そうなのかと思った」
「……」
初等部四年生のころ、ガレルと初めて会ったとき、こいつはこんなに大人じゃなかった。
もっと、どうしようもない子供だった。
だけど、今は私よりも断然精神が出来上がっている。
「ねえガナッシュ」
私は小声で話しかける。
「ガナッシュは、どうして魔術の腕を磨いているの」
「……なに、ガレルが言ってること、気にしてるの?」
「いや別に、そういうわけじゃ……」
「そうだねぇ。僕もだいたいガレルと同意見だよ」
「……」
「人よりも強い僕らは他の人を守る義務がある。僕はそう思ってるよ」
二人とも、立派だ。
私なんて、自分のことしか考えていなかった。
釘を刺された気分だ。
生きるために強くなると誓った私だけど、そんなに強い信念は持っていない。
そうだな、私もこういうところは二人を見習っていかなきゃならないのかもしれないな。




