-018- 魔物討伐実習
魔物討伐実習。
私の班の班員は私とフィナとガナッシュとレオ(同じクラスの男の子)だ。
今は魔物が用意されている場所へと向かっている。
私たちの担当と思しき青年が私たちを先導していた。
「みんな、学校生活楽しいかい?」
青年は爽やかな笑みを浮かべて話しかけてきた。
「はい。いろんな人がいて、賑やかです」
「いや〜いいねぇ。僕も学生時代を思い出して懐かしくなってくるよ」
青年はお喋りな人だった。
おかげで、実習が始まるまで暇になることはなかった。
◆
「それじゃ、実習をはじめます。まず、この中で魔物と戦ったことがない人、挙手」
私とフィナが手を上げ、ガナッシュとレオはあげなかった。
「うっへー、二人とも倒したことあるのか。経験はやいねぇ」
「ええ、まあ。なんというか、家の方針で」
「あ、そうか。君はラズベリル家の子だったね」
ふぅん。
いい家のお坊ちゃんは英才教育を施されるわけだ。
大変そうだな。
「ま、女の子二人は倒したことないみたいだし、一から説明するよ」
「よろしくお願いします」
「魔術師は基本、後衛だ。剣士と違って攻撃をするためには魔力を練るところから始めないといけないから、スピード感のある戦闘ができないんだ」
そこらへんはお父さんから習った。
しかし、私にはあまり関係のないことだ。
確かに、魔術師は接近線に弱い。
でも、私は剣術の訓練も怠ってないし、なにより愛剣双葉が魔術と接近戦の両立を可能にしてくれている。
「というわけで、今日も定石に則り、離れたところから戦う。魔物はもうすぐそこだ。心の準備ができた人からついてきて」
すぐにガナッシュが動く。その次にレオ、そしてフィナ。
みんな心の準備はやすぎでしょ。
私1%もおわってないよ。
「シフォン、はやく」
フィナが急かしてくる。
……よし!
私は気合をいれ四人の後を追った。
「……シフォン、なんでそんなに私の服を掴むの? 歩きにくいんだけど」
「……安心して、フィナ。背中は私が守る」
「答えになってないけど」
気合を入れても怖いものは怖いのだ。
◆
「全員、戦闘用意」
青年が静かに告げた。
さっきまで朗らかな表情だったのに、今はビシッと引き締まっている。
切り替えのできる人なのだろう。
「約100メートル先に、魔物がいる。僕が接近戦で引きつけておくから火以外の好きな魔術を使って倒せ。僕のことは気にしなくていい、遠慮なく魔術を使え」
班のみんなはコクリと頷いた。
「では、実習はじめ!」
青年が声を上げると同時に、それは現れた。
禍々しい紫色のオーラを纏い、目の赤い、黒いいのししのような生き物。
仕草ひとつひとつが乱暴で、暴力的だ。
魔物。
これが、魔物だ。
魔物は青年に気がつくと低く吠え、走り出した。
怖い。
足が震える。
体が動かない。
言うことを聞かない。
動悸が激しくなる。
呼吸が乱れてくる。
怖い、怖い、怖い。
ああ――やっぱり私は、敵意や殺意というものがどうしようも無く怖いみたいだ。
私は魔物に背を向けてうずくまった。
そして、戦闘が終わるのを静かに待った。
◆
「シフォン、大丈夫?」
「どこか悪いの?」
戦闘を終えたみんなが、いまだにブルブル震えている私に声をかけた。
「……ううん、大丈夫、ありがとう」
私はそう言って立ち上がる。
みんな、ひどく心配そうな顔をしている。
ここまで心配させると、なんだか申し訳なくなってくる。
「……シフォンさん」
今まで黙っていたガナッシュがゆっくり口をひらいた。
「……なに?」
「もしかして、魔物とか、そういう怖いもの、苦手?」
私は、ゆっくりと頷いた。
「意外だな」
レオが不思議そうに私を見ている。
「シフォンさん、あんなに強いのに」
「あはは……でも、なんでか昔から苦手でね」
「シフォンさんにも苦手なものあるだ」
誰にでも苦手なものの一つや二つあるとは言え、敵意や殺意が苦手というのは危険の多いこの世界では不利すぎる。
はぁ、いつかは克服しないとな。
「よし、みんな無事だね」
魔物の死体の処理を終えた青年が戻ってきた。
「今日はこれで終わりだけど、魔物を倒す感覚は分かってくれたかな。君たちにはこのように魔物を倒せる力はあるけど、無闇に魔物を刺激したりしちゃいけないよ」
「「はい」」
こうして、私たちの魔物討伐実習は終わった。
◆
広場に戻ると、すでに剣士班が帰ってきていた。
私たちに気づいたガレルが駆け寄ってくる。
「なんだお前、そんな情けない顔して」
……私は今そんなにひどい顔をしているのだろうか。
「シフォンさんは魔物が苦手で今ちょっと気分が悪いみたいだよ」
ガナッシュがそう補足した。
「ふぅん、変なやつだな」
「……だって、怖いんだから仕方ないじゃん」
「なによ、シフォンったら、魔物がこわいの?」
いつのまにか近寄ってきたノーレが仁王立ちをして私を見つめていた。
「ふん、シフォンもまだまだね!」
ノーレはいつも通りだ。
魔物もずっぱずっぱ切り倒したのだろう。
「シフォン、お前魔物が苦手って、何のために魔術剣術を訓練してるんだ?」
うぅ……言わないでよ、今回ちょっと傷ついてるのに……
「……別にシフォンが戦えなくても、私が守ってあげるから大丈夫よ!」
ノーレはそんなことを言ってくれた。
……私は思っているよりノーレに嫌われてないのかもしれない。
「うん、ありがとう」
うーん、このトラウマ、なんとかしないとなぁ。