-017- 自然教室
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タイトルも戻しました。ややこしくてすみません。
夏だ! 山だ! 自然教室だ!
いや〜待ちに待った自然教室、とうとうやってきました。
私たちは山の上にあるキャンプサイトみたいな場所へ泊まりに来ていた。
小学生の自然教室と言えども、ここでやることは日本のそれよりずっとレベルが高い。
動物を捕らえる……てとこまではやらないが、用意された動物を解体し、料理する。
大きなテントだって自分たちだけでたてるのだ。
この世界は危険が多いから、小さい頃からサバイバル力を身に付けさせたほうがいいというのがこの国の教育方針のようだ。
それにしても、私たちが泊まりに来たここ、すごくいい場所だ。
近くには透き通った湖があり、その奥には群青色の山々が連なっている。
思わずやっほーって叫んでしまいそうだ。
「晩御飯の用意をはじめるので準備してくださーい」
先生の指示が聞こえてきた。
まだ昼過ぎなのにもう晩御飯の用意を始めるということは大分時間がかかるのだろう。
広場に行くとすでに事切れた動物たちが何頭も木のテーブルの上に置かれていた。
うん、怖いな。
動物たちの断末魔が聞こえてきそうだ。
それから私たちは先生に教えられながら動物を解体していった。
血を抜き、内臓を取り出して、皮を剥ぎ、肉を切る。
なかなかにグロい。
正直小学生にこんなことやらせていいのかと思うけど、血にも慣れておかなくてはいけない。
がんばろう。
晩御飯は解体した肉を焼き、食べた。
ちなみに、解体した動物は牧場から買ったやつで、野生ではないので安全は保証されているらしい。
いつもより生命に感謝していただきました。
おいしかったです。
◆
さて、晩御飯が終わったら1日目はあと寝るだけだ。
本日私が床を共にするのはフィナとノーレ。
ノーレは私と一緒なんていやかと思ったけど、私が誘いに行くと「そこまで言うんだったらしょうがないわね!」とOKをくれた。
「疲れたねぇ」
「そうだねぇ」
「なによ、あれくらいで。情けないわね」
ぐったりとしている私とフィナに対しノーレは元気そうだった。
「ノーレは動物を解体したことあるの?」
「あるわよ、何回も」
何回も、かぁ。
あの作業も慣れると楽なのかな。
それから私たちはテントの中で声を潜めて喋り込んだ。
友達とのお泊まりで喋ることと言えばひとつ。
「えぇ⁉︎ カルラとクリックって付き合ってるの⁉︎」
「らしいよ。クリックがカルラに告白して成功したっぽい」
「全然気づかなかった!」
そう、恋バナである。
私とて一端の乙女、そういうことに興味津々なのだ。
「はぁ〜私も告白とかされてみたいなぁ」
「え?」
「ん?」
「シフォン、告白されたことないの?」
「ない、けど……」
フィナとノーレはあからさまに意外という顔をした。
「ほんとに? 一回も?」
「ほんとに、一回も」
「……」
「……」
え、何この空気。
私なにか変なこと言った?
2人のこの反応……あ、もしかして……
「……まさか、2人とも告白されたことあるの⁉︎」
「あるよ」
「当然よ」
「えぇ!」
な、な、なんですと!
私だけ⁉︎
私だけが、告白されたことない⁉︎
「な、な、何回くらい?」
「私は3回」
「5回よ!」
フィナは3回、ノーレは5回……
そ、そうなんだ。
みんなもうそんなに……
「うぅ……なんで私だけ告白されないんだよぅ」
「……そりゃあシフォン」
「……なに?」
「あなたが強すぎるからよ」
「なんだそれ!」
なんだなんだ、男は強い女は嫌いなのか!
そんなのあんまりだよ!
「ふん、シフォンはまだまだお子様ね!」
私がわーわー喚き散らす横でノーレはそう鼻をならすのだった。
◆
自然教室二日目。
二日目は、魔物討伐実習がある。
山で魔物を狩る訓練をするのだ。
ぱっと見危険なように見える行事だが、魔物はあらかじめ捕獲してあるものを使い、経験豊富な剣士や魔術師を高い金で雇っているので安全はしっかりと確保されている。
とはいえ、実習に行くのは上から三つ、ABCクラスだけだ。
Dクラス以下は、危険というより戦闘技術が浅すぎて実習に意味がないのだという。
「それでは、班に分かれてください」
実習は剣士志望と魔術師志望の生徒で分かれ、さらに実力順でいくつかの班に分け行われる。
クラスのみんなは素早く決められていた班に分かれた。
「……」
私と言えば、そんな光景を少し離れたところから眺めていた。
影をうすーくうすーくして。
魔物。
魂を魔力に乗っ取られた魔の動物。
知性は低く、理性はない。
欲望のままに暴れ、攻撃し、そして殺す。
それが、魔物だ。
私は敵意というものが怖い。
魔物はその敵意の塊のような存在だ。
まともに戦えるはずがない。
魔物を前にした私の戦闘力は学年最底辺だろう。
うん、どうやってこの実習から逃れようか。
「シフォンさん、どうしたのそんなところで」
私がいろいろ思案しているとガナッシュが寄ってきた。
「……」
仮病だ。
うん、仮病にしよう。
シンプルだけど、それが一番いい。
「けほっ、けほっ。うぅ、喉が……」
「……」
「頭も、痛い……熱があるのかも……」
私はちらりと見る。
ガナッシュはびっくりしたような顔で私を見ていた。
「……シフォンさん、体調悪いの?」
私は辛そうに頷く。
「そっか。先生のところまで歩ける? 手、貸そっか?」
「自分で歩きます……」
ふっ、完璧。
仮病は前世から得意だ。
何回やってきたと思ってる。
私こそが仮病マスターだ。
「先生、シフォンさんの体調が悪いみたいです」
ガナッシュが先生にいろいろ説明してくれた。
なんだ、ずっと笑顔の何考えているかわからない奴だと思ってたけどいい奴じゃないか。
「そう、シフォンさん、ちょっとこっちに来て」
先生は私を椅子に座らせ、教師テントの中に入っていき、何かを持って戻ってきた。
「これ、飲みなさい」
そう言って枯れ草を渡してきた。
「……なんですか、これ」
「万病に効く薬よ。普段はこんな高価なものこの学園でも用意できないのだけど今回は何故か学園長が生徒のためにってくれたの。さ、飲んで」
あんの学園長!
余計なことしやがって!
「これ、ほんとに効きますか?」
「ええ、絶対に効きます」
うぅ、先生がこんなに断言している手前、飲んで治らないふりするのも憚られる。
……しょうがない、仮病作戦は失敗だ。
私はその薬を放り込み、魔術で水を生み出し飲んだ。
「……ありがとうございます。倦怠感がとれました」
「そう、それじゃあ班のところへ戻りなさい」
「……はい」
はぁ、どうやって実習から逃げよう。
……いや、もう腹を括るか。
私ももう小学5年生になったんだ、恐怖症もマシになってるかもしれない。
私がとぼとぼと歩いていると、何者かが私の肩をぽんぽんと叩いた。
「!」
驚いて振り向くと、穏やかな笑みを浮かべたガナッシュが立っていた。
「シフォンさん、体調治ったの?」
「……うん、薬で」
「そう、よかったね」
そう言ってガナッシュは可笑しそうに笑った。
……こいつ、もしかして私が仮病を使っていたって見抜いていたのではなかろうか。
「……ガナッシュ」
「んー? なに?」
「……いや、なんでもない」
尋ねても、どうせ真面目に答えないだろう。
私は心の中でガナッシュを腹黒認定しといた。
ちなみに、万病に効く薬なんてものは存在しません。