-014- 剣杖会
作品のタイトルを変えました。
剣と魔術の聖地、アフォール。
かつて術王クロノラティアと剣王アレスサンドラが戦った場所と言われている。
もともとは山岳地帯だったのだが、その激しい戦いにより中心部の山々が削れ盆地となり、聖地として栄えたらしい。
そんなわけで、アフォールは少々アクセスが悪い。
アクセス悪いなら剣杖会も別のとこで開けばいいのに。
アフォールはなんというか、固い雰囲気の街だった。
緑が少なく、建物は全て石造りで温度を感じない。
すれ違う人は屈強な剣士や年老いた魔術師が多い。
さすがは聖地というべきか、皆歴戦といった面持ちだった。
私たちが向かうのは街の外れにある剣杖会主催者が所持している屋敷だ。
屋敷というか、武道館だな。
パーティールーム付き武道館。
私たちがその屋敷につくと、すでにたくさんの人で賑わっていた。
「おい……あれミルフィユ学園の制服じゃねぇか?」
「ほんとだ……他とは雰囲気がちげえな」
ミルフィユ学園はスイト王国でも屈指の名門校なので注目が集まる。
さすがというか、先輩方はそんな視線にも臆さず堂々としていた。
ガレルもガナッシュも、そんなに視線は気にしていないみたいだ。
私もピシッとしておこう。
◆
剣杖会1日目、立食パーティをしながら他校と交流するという催しが行われた。
ミルフィユ学園だからかなり注目を集めるのではないかと危惧していたが、他の学校の視線は高等部の先輩方へと向かっていた。
まあ、冷静に考えると小学生なんてあまり注目されないか。
私は隅っこで影をうすーくうすーくしながら料理をちまちま食べていた。
パーティが始まって30分ほどしたら、ひとしきり他校との交流を終えたガレルが近づいてきた。
「なんだお前、そんな隅っこで」
「いいでしょ別に」
「そんなところにいたら誰も話しかけてくれないぞ」
「私はそれがいいの」
「……?」
ま、目立ちたがり屋のガレルにはこの気持ちは分からないだろう。
私とガレルがそんな会話をしていると、とびきり大きな声が聞こえてきた。
「おー、ガレル! お前そんなとこでなにやってんだ?」
中学生くらいだろうか、私たちよりもうんと体が大きく声も低い。
眩い笑みで白い歯を見せながら近づいてきた。
「……兄貴」
どうやらこの人はガレルのお兄さんのようだ。
「別に何かやってるってわけじゃないけど、シフォンがずっと隅っこにいるからさ」
ガレルがそう言うとお兄さんは私をまじまじとみた。
そして、
「ああ! 君がシフォンちゃんか! どうも、はじめまして。ガレルの兄、シャルロット・ルオという者です。」
礼儀正しく頭を下げた。
「ハトサブル・シフォンです」
私もぺこりと頭を下げる。
この人がシャルロット家長男、シャルロット・ルオか。
想像していたよりもずっとマイルドな人柄だ。
「いや〜シフォンちゃん小学校で調子に乗ってたガレルを打ちのめしてくれたんだって?」
「え……あ、あの、すみません……」
「いや謝ることじゃないさ、むしろ俺がシフォンちゃんに感謝しなくちゃ! ガレル、シフォンちゃんに負けたのが悔しかったのか、ちゃんと俺や父様の言う通りに訓練するようになったんだから」
「そうなんですか」
「こいつ、弱っちかっただろ? あんな性格だから精度を高めるための地味な訓練をさぼり気味だったんだよ」
「おい兄貴、もういいだろ」
ガレルが不機嫌そうにルオさんを遠ざけようとする。
「まあまあガレル、そう怒るなって。じゃ、シフォンちゃん剣杖会楽しんで!」
ニカっと笑い、手を振りながらルオさんは去っていった。
「ガレル……ガレル……」
私はガレルの裾をちょいちょいと引っ張った。
「ん、なんだシフォン」
「ガレルのお兄さん、超かっこいいねっ!」
自信に満ちた表情、すらりと細長い足、艶のある鮮やかな赤髪!
超かっこいい!
あれで剣の腕もすごいんでしょ?
性格もよくて戦える、完璧じゃん!
「……」
ガレルはなんだか微妙な表情をしている。
こいつまじか……みたいな。
「あんなかっこいいお兄さんいることなんで言ってくれないの! いいな〜私もああいうお兄さん欲しかった……あーなんかすごいドキドキしてきた」
「……シフォン」
「何?」
「兄貴はお前みたいなチビ相手にしないと思うぞ」
「うるさいわ!」
小学生なんだからちっちゃいのはしょうがないでしょー!
◆
話しかけてくる人をガレルやガナッシュを盾にしながらかわし続け、なんとか1日目は無事に終えた。
そして2日目、今日は魔術や剣術の知識、技術の交換会がある。
交換会といっても秘伝の技とかを曝け出すわけじゃなく、どう言った訓練をしているのかとかを言い合うそうだ。
そして、先生によるとこの会は別に参加しなくてもいいらしい。
なので私は参加しません。
「お前正気か?」
「それはちょっともったいないんじゃない? シフォンさん」
ガレルとガナッシュがそんなことを言ってくる。
「でも、私あまり他校の人と話したくないから」
他校の人、怖い。
◆
さて、みんなが交換会に勤しんでいる中、私だけ遊んでいるわけにもいかない。
私は少し歩いたところにある開けた場所に来ていた。
ちょっと実験したいことがあるんだよね。
私は制服のポッケから金属球を取り出した。
「ほいっと」
物体操作術を使い、空中に浮かせる。
そして、火魔術で金属球を炎で包む。
風魔術もつかいながら火力を強める。
しばらくすると、金属球は光りながら燃え出した。
金属の燃焼だ。
そしたらさっと金属球に触れないよう、水で囲む。
この水は、ガラスの代わりだ。
仕上げに、水の中の空気を抜く。
金属球は熱により光り続けた。
「いい感じだね」
水を球に保つのが難しいけど、慣れれば安定して使えそうだ。
そう、私は豆電球を再現してみた。
金属を熱エネルギーで光らせ、水の膜で真空の空間をつくり、熱が逃げるのを防ぐ。
これができれば松明いらずだね。
「その制服、ミルフィユ学園の人?」
うわっ、びっくりした!
いつのまにか剣杖会の参加者であろう女の子が近づいてきていた。
音が全くしなかった。
いや、私が実験に集中しすぎていたのか。
白い髪で、きれいな金色の瞳をもった女の子だった。
私と同い年かな? 背丈が私と同じくらいだ。
「う、うん。えっと、あなたはマロン学園の人かな?」
女の子はマロン学園のかわいい制服を身に纏っていた。
「うん」
ど、どうしよう。
何を話したらいいんだろ。
女の子は無表情で近づいてきた。
「さっきの光の球、あなたの魔術?」
あ、見られてたのか。
「うん、まあ」
「へぇ」
女の子は私の前を通り過ぎ、遠くの枯れ木に向かって手を突き出した。
「見てて」
女の子はそれだけ言って目を瞑った。
ビュウと風が吹きはじめる。
風が私の髪をかきあげた。
得体の知れない緊張感が私を襲う。
何が起ころうとしてるんだろう。
何が起きているんだろう。
女の子の手は枯れ木に向かって伸びている。
まるで女の子の手のひらと枯れ木が細い糸でぴんと繋がった、そう錯覚した瞬間、
バリバリバゴーン
白い稲妻が、女の子と枯れ木の間を猛烈な勢いで走った。
雷。
電気の魔術。
女の子が使ったのは、まさにそれだった。
「どう?」
女の子は澄ました顔で聞いてくる。
「すごいね……」
「そうでしょ」
「ど、どうやったの?」
「どうもこうもない。固有魔術」
「こゆう……? なに、固有魔術って」
「……知らない?」
私はコクリと頷いた。
初耳だ、固有魔術なんて。
「なんで人間が風、水、火、土の魔術しか使えないのかは知ってる?」
「うん。確か人間が昔から関わり深かったのがその四種だったからだよね」
「そう。でも、稀にその四種以外を使える民族や種族が存在するの。それは、その人たちの祖先が関わりが深かったものが子孫に伝わり、魔術として使えるようになったと言われているの」
「そうなんだ……」
「私の曾祖父さんがね、人生で7回雷に打たれたんだって」
「それは……すごいね」
「うん。そしてお父さんの世代から私の家は雷魔術を使えるようになったんだ」
なるほど、この女の子の曾祖父さんが複数回雷に打たれたことによって関わりの深い属性に雷が追加されたのか。
ところでさ、
「どうして急に固有魔術を見せてくれたの?」
そう言うと、女の子は不思議そうな顔をしてコテンと頭を傾けた。
「あなたがさっき使ってた光の球の魔術。あれも固有魔術でしょ? 私、偶然それを見ちゃって、覗き見てる感じであなたに悪いと思ったから」
「固有魔術……じゃないけど?」
「え?」
「え?」
女の子はぴきりと固まった。
「じゃ、じゃあどうやったの⁉︎」
「火、土、水魔術と金属球を使った複合魔術だよ」
「……」
女の子は唖然としている。
しばらくすると、顔を赤らめた。
「ご、ごめんなさい、私勘違いしてた」
「いや、いいよ」
「それじゃ、特訓を邪魔するのも悪いから」
と言って女の子は小走りに去っていった。
……すごくかわいい女の子だったなぁ。
今度会ったら名前聞いとこっか。
◆
固有魔術。
なるほど、そういうものがあったのか。
なら、あれも説明がつくかもしれない。
ガナッシュの雪魔術だ。
あいつの家はきっと雪と関わりが深く、雪を直接生み出せるんだ。
剣杖会が終わり、帰りの馬車の中、私はガナッシュに聞いた。
「ねぇ、雪魔術について質問があるんだけど、答えてくれる?」
「……質問によるけど、何?」
「雪魔術って固有魔術?」
ガナッシュは少し驚いてから「あぁ、なるほど、そうきたか、うん」とかなにやらぶつぶついっている。
しばらくしたのち、ガナッシュは私の方を向き、満面の笑みで言った。
「違うよ」
……うん、雪魔術の真相に近づくにはもっと時間がかかりそうだ。