-012- 休み明け
「えー、近年は魔物の数も増加傾向にあるため気をつけて――」
始業式。
秋休みが終わり、私はモンブライトに帰ってきていた。
ベニエ村ではお父さんにたくさん稽古をつけてもらい、お母さんにも魔術を指導してもらったのでまた一段と強くなれた気がする。
始業式が終わると私たちは教室に戻って秋休みの思い出話に花を咲かせた。
「シフォンはなにしてたの?」
「村に帰って妹と弟とわちゃわちゃしてた」
「ああ、きょうだいがいるんだっけ。何歳?」
「妹は3歳、弟は2歳。2人ともすごくかわいい。ほんと天使」
「楽しそうだね」
フィナはあまり興味なさそうだ。
むぅ……写真技術があれば今すぐ見せてあげれるのに。
「フィナは何してたの?」
「私はずっと母さんのお手伝い」
「わ、大変だね」
この世界は製紙技術はあっても印刷技術がない。
本を複製するのには写本が主流なのだ。
フィナの家はそれで生計を立てている。
写本というのは私が村をでるときリンリンがやってくれた、本を手書きで紙に写して複製する、あれだ。
「おかげで秋休み中ずっと手が痛かった」
写本は辛い。
そのぶん、本が売れたらかなりお金になるらしい。
また、写本して得るものも多い。
例えば知識。
フィナは図鑑を写本したことがあるらしく、この世界の魔物の知識が豊富だ。
それに字がすごく綺麗。
ちょっと羨ましい。
「シフォン!」
ちょっと離れたところから私を呼ぶ声がした。
声のした方を向くとガレルがずかずかと歩いてきているのが見えた。
なんだろう、嫌だなぁ。
ガレルは私に十分近づくと、ずいっと紙袋を突き出してきた。
「ハマナ王国に行ってきた土産だ」
「え……私に?」
きょとんとしているとガレルは顔を顰めた。
「なんだよ、いらないのか」
「いや、もらうけど……ごめん、ちょっとびっくりして」
私は紙袋を受け取ると、ガレルはそそくさと戻っていった。
「シフォン」
横から一連の流れを見ていたフィナが口を開いた。
「シフォンってガレル君とすごく仲良いよね」
「べ、別に全然仲良くないから!」
ちなみにお土産は南国フルーツのジュースだった。
包装がおしゃれすぎてびびった。
◆
「シフォン。手合わせをお願いしてもいいか?」
秋休みが終わって数日後、ガレルがそう言ってきた。
「うん、いいよ」
実は秋休みお父さんに鍛えてもらった剣術をはやく使いたくてうずうずしていたところだ。
ちょうどいい。
私たちは剣術訓練場へ向かった。
「「よろしくお願いします」」
お互いに木剣をもって向き合うと、腰を45度に曲げて挨拶をした。
ガレルはあの事件が起きてからというもの礼儀が良くなった。
試合の前にはちゃんと挨拶するし、負けても相手を睨まず、悔しさをぐっと堪えて手合わせの礼を言う。
人って成長するんだな。
そんなことは置いといて、今は手合わせに集中だ。
カーン
合図の鐘がなる。
私はガレルを真っ直ぐと見据える。
秋休み前よりも格段に隙が減った。
ガレルも毎日鍛錬を積んでいたのだろう。
ガレルは足にぐっと力を込め、勢いよく飛び出した。
一撃目。
凄まじいスピードの剣をしっかりと受けめてから次の攻撃に備えて素早く引く。
二撃目。
ガレルは一瞬の隙ができた右脇腹を正確に狙ってきた。
私は身を捻りその剣をはじいた。
そして、三撃目。
身を捻ったことによってできた隙をガレルは容赦なく突いてくる。
一見、私がやられそうに見えるだろう。
だけど、私はお父さんに教えてもらったことを試すためにわざとこの状態へ持ち込んだ。
ガレルの顔には、決まったという安堵と油断が入り混じった表情が浮かび上がっていた。
私は、お父さんの言葉を思い出す。
「すばやく重心を移動させるんだ。相手が油断したタイミングでそれをやると、相手は消えたと錯覚し、不意をうてる」
私は体を支えている足を一本床から外し、倒れるようにすっとガレルの後ろへ移動する。
そして、ほんとに倒れてしまわないようしっかりと踏ん張って後ろからガレルを打った。
「一本、私の勝ちだね」
「……ああ」
ガレルは悔しそうにしながらも負けを認めた。
「「ありがとうございました」」
◆
「シフォン、最後のどうやったんだ?」
「あれね、お父さんから教えてもらったんだ」
私たちは手合わせの後互いに感想を言い合うようになった。
負けを受け入れられるようになったのもガレルの成長だろう。
「体を支えてる膝の力をふって抜いて相手の視界から素早く抜け出す」
私はちょっとやってみせる。
「うお、すごいな」
「縮地っていう移動法を剣術に応用してカウンター技にしたみたいだよ」
「なるほどな」
「ガレルも、動きに無駄がなくなってたよね」
さっきの手合わせ、正直かなり危ない戦いだった。
一撃目は私の予想を超えたスピードで打ってきて、それに少し驚いてできた隙を二撃目で正確に狙ってきた。
私の対応があと0.2秒おくれてたら二撃目でやられてただろう。
「秋休み、兄貴と訓練してたんだけど、その時に剣筋の合理性を叩き込まれた」
「合理性か……確かに前のガレルは粗が多かったからねー」
「……そう思ってたんならはやく言えよ」
そうやってしばらく反省会をしてると訓練場の扉が開いて誰かがやってきた。
「あ、やっぱりここにいた。ガレルっちの使用人が来てるよ。今日シャルロット家でパーティがあるんでしょ?」
そう言って入ってきたのはガナッシュ。
どうやらガレルを呼びにきたらしい。
「ああ、もうそんな時間か。すぐ行く」
ガレルは荷物をまとめ、立ち上がった。
「じゃあなシフォン」
「うん、ばいばい」
そしてガナッシュのもとへと歩いていった。
「ほら、いくぞガナッシュ」
「あ、僕はもうちょい学校に残るよ」
「なんで?」
「シフォンさんと話したいことがあったから」
えっ、私⁉︎ なんだろう。怖っ。
「……話って?」
「いろいろ。それよりいいの? パーティ遅れちゃうよ?」
「ああ、じゃあな」
そう言ってガレルは出ていった。
ガナッシュはおだやかな顔を私に向ける。
えっ、話⁉︎ 話って何⁉︎
「シフォンさん、これ」
ガナッシュはポッケから小箱を取り出した。
「な、なに? これ」
「僕もガレルと一緒にハマナ王国へ行ってたからね。そのお土産」
お、お土産か。それにしても、ガレルは百歩譲ってわかるけどガナッシュが私に渡す理由がわからない。あんま接点なかったじゃん。
「ん? あぁ、公園で雪を降らしてたこと、黙っててくれたでしょ。そのお礼だよ」
怪訝な顔をした私から察したのか、ガナッシュはそう答えた。
「別に教室で渡してくれてもよかったのに」
「教室で渡したらちょっと視線を集めちゃうからね」
ああ、なるほど。
自分の注目度を良く理解していることで。
気の利く男だ。
「シフォンさんがもし周りに言いふらしてたらあの公園が大人たちの溜まり場になって雪の遊び場として使えなくなるとこだったよ」
「え、そうだったの?」
「いろいろいるんだよ。ラズベリル家と繋がりを持とうとする人とか、雪魔術を見物しようとする人とかね」
雪魔術……
何回考えても仕組みがわからない。
地球と同じ仕組みを魔術で再現してるのかな? って思ったけど残念ながら私雪ができる仕組み覚えてない。
もっと勉強しとけばよかったー……
「気になる?」
ガナッシュが少し意地悪そうな顔で聞いてくる。
……え、教えてくれるの?
「まあ、聞かれても教えないけどね」
ですよねー。
私はガナッシュから小箱を受け取った。
「それじゃ、僕も帰るね」
「う、うん。ばいばい」
「さようなら」
私は控えめに手を振っといた。
……ガナッシュは、ずっと穏やかな笑顔を浮かべていた。
その笑顔には安心感さえ抱くのだが、なんだろう……何を考えてるかわからなくてちょっと緊張しちゃうよね。
それに、私そんなに喋ってなかったはずなのに意思疎通ができていた。
表情から疑問を汲み取るのがうまいのだろう。
そんなガナッシュになんだか苦手意識をもってしまう私なのであった。
ちなみに、ガナッシュからのお土産は小さな可愛い瓶に入った蜂蜜だった。
あいつセンスいいな。
ハマナ王国はスイト王国の南にあるリゾート地として栄えている国です。果物がおいしいよ。