-010- ラズベリル・ガナッシュ
「暑い……」
スイト王国にも夏がやってきた。
太陽がカンカンと照り、私たちの身を焦がす。
こんな時期には海にいきたい!
でも残念、スイト王国は内陸国なのだ。
「暑いねぇ」
となりで同じAクラスの友達のフィナがそうぼやく。
「私の故郷ではね、こんな暑い日なんかに氷を砕いてよく食べたものだよ」
ああ、かき氷食べたいなぁ。
「へぇ。じゃあシフォンちょっと氷だしてよ」
「え〜、自分でだしてよ」
「次は魔術の授業でしょ。こんなところで魔力消費したくないよ」
「それは私も一緒」
こうも暑いと、何をするにもやる気がなくなる。
しばらくして、フィナが急に立ち上がった。
「そう言えば、面白い話を聞いたんだ」
「なに?」
「雪降る公園、って知ってる?」
「え、知らない。なにそれ」
「夏なのに、雪が降る公園があるらしいんだ」
「ふぅん?」
「しかも、雪が降るのはその公園だけ。周りの家や道には一切積もってないんだって」
「世の中には不思議なこともあるもんだねぇ」
「……シフォン、信じてないでしょ」
「だって、そんなのちょっと信じられないよ」
「じゃあ」
そう言ってフィナは私を見る。
「確かめに行く? 私たちで」
……雪降る公園か。信じられないけど、魔術があるこの世界だ。私の理解を超えることも起きるのかもしれない。
「うん、いいよ、行こう」
◆
放課後、私たちはその公園へ向かって歩く。
「近いの?」
「近くはない。寮から歩いて30分」
「へぇ」
激しい運動をしていないのに歩くだけで汗が滴る。
私が今住んでいる都市、モンブライトはベニエ村の遥か南にあり、村より暑い。
今考えると村のでの夏はかなり快適だったんだな。
それから歩くこと30分。
「……ここ、だね」
私たちは例の公園に着いた。
「……すごい」
目の前に広がるのは真っ白な雪原と雪で遊ぶ子供達。
子供達が木にタックルし、上から雪がどさりと落ちる。
ほんとにあったんだ、雪降る公園。
私は公園へ足を一歩踏み入れる。
ザクッと足が沈んだ。
「……本物だ」
ちゃんと冷たいし、溶ける。
一瞬人工雪かも? って思ったけどそんな技術があるなんて聞いたことない。
「ど、どう? シフォンちゃん。ほんとにあったでしょ?」
ほれみろ、とフィナちゃんが言ってくる。
「う、うん」
奇妙な感じだ。太陽の光は痛いくらいに強いのに目の前には降り積もった冷たい雪がある。
子供達が雪だるまをつくっているのを見て、私はうずうずする。
ベニエ村にいたころ、私は庭に積もった雪でよく雪像をつくっていた。
雪像づくりはすごく楽しい。
何をどんな感じに表現しようかなって考えているうちに一日が終わっていたことなんてしょっちゅうあった。
ベニエ村ではよく雪が降るのに対し、モンブライトではあまり降らない。
降っても、雪像を作れるくらいには積もらない。
そして、今目の前にたくさんの積もった雪がある。
つ、つくりたい〜!
私の創作意欲に火がついた。
「それじゃ、帰ろっか」
今にも公園に飛び込みそうな私の横でフィナが飄々とそう言った。
「え……遊ばないの?」
「え、シフォンはこんなに小さな子が集まってる中で遊べるの?」
……確かに、公園は幼稚園や小学校低学年の子たちで溢れていた。
「私たちはこの子たちよりも数段大人なんだから遊び場を奪うようなことしちゃだめだよ」
フィナはやれやれ、という感じで言う。
「はい……」
私は泣く泣く雪を諦めた。
◆
その日の夜、私の目はパチリと覚めていた。
あの雪が忘れられない。
あの雪をああしてこうして、愛剣双葉の雪像をつくりたい。
あっ、我がきょうだい、妹のロールと弟のオランを作ってもいいかも。
……夜なら、あの公園も空いてるよね?
私はベットからでてそっと部屋の外へでた。
廊下はがらんとしている。
私はこっそり寮を抜け出した。
夜でもいくらか暑い。
熱帯夜なのだろうか。
私は走ってあの公園へ向かう。
歩いて30分か、なら走れば10分もかからないだろう。
◆
私は、公園に着いた。
そして、公園に1人の少年がいるのを目撃する。
少年は、公園を、ゆっくり、ゆっくり、歩いていた。
少年の周りには、不思議なことに、雪がチロチロと降っている。
月明かりが少年とまわりの雪を照らし、私が見たその光景はとても神秘的だった。
少年はやがて私に気づく。
綺麗な銀髪で、銀色の瞳。
まわりに降る雪がとっても似合っていた。
少年は、私を見ると少し驚いた表情を見せた。
「シフォンさん」
その少年――ラズベリル・ガナッシュは私の名前を呟いた。
「あ……名前、知ってるんだ……」
「だって、僕たちクラスメイトじゃん」
ふふっ、と、ガナッシュはおかしそうに笑う。
「シフォンさんは、僕のこと知ってる?」
柔和な表情、穏やかな仕草。
それらに少し緊張してしまう。
「う、うん。あなた、有名人だし」
「それを言うなら、シフォンさんも相当有名人だと思うよ」
「……へ?」
「クラスメイトを病院送りにした問題児」
「……」
そ、それを言われるのは耳が痛い。
「あはは、ごめんね。ちょっと意地悪だったかな。大丈夫、僕の中であの事件はガレルが100%悪いから」
「いや、あれは私が魔術を制御できてなかったから……」
「シフォンさんとガレルが仲直りした後ね、教室では表にださなかったけどガレルすごく落ち込んでたよ」
「えっ、なんで?」
「シフォンさん、ガレルに謝ったでしょ。それがガレルには『あなたを風魔術で吹き飛ばしてごめんなさい。あながあんなにも弱いとは知らなかったんです』って聞こえたみたいだよ」
なんでそんな曲解するかな……
「つまり、ガレルは自分が弱いからダメだったって考えてるらしい。強ければ、風魔術にも耐えれたって」
既視感のある考え方だな。
「ガレルはさ、向上心が高いだけで根はいいやつなんだ。だから、あんまり嫌わないであげて」
「うん、大丈夫。それは分かってるから。……随分とガレルと仲がいいんだね」
「まあ、ガレルとは家の付き合いで幼稚園から一緒だったからね」
そこまで話し終えると、私の視線はガナッシュのまわりに降っている雪にうつされる。
「……ああ、これか」
私の視線に気づき、ガナッシュが雪を手に取る。
「それは、ガナッシュが出してるの?」
「うん、僕の魔術」
やっぱり、雪魔術使いというのは本当だったんだ。
「どうして、雪を降らしているの?」
「僕の5歳の弟がさ、雪、好きなんだ。だから、夏でも遊べるように雪遊び場をつくってあげてるんだ。あ、ちなみにこの公園はラズベリル家の所有物だからちゃんと許可は得てるよ」
「そうなんだ……」
ガナッシュは公園から出てきた。
「それじゃ、僕は帰るから。この公園で遊ぶのは自由だけど、結構冷えるから気をつけてね」
そう言って、ガナッシュは街の闇に溶け込むように消えていった。
とりあえず私は雪で像を作ろうとしたけど、薄着すぎたのか、寒すぎて断念した。
雪、冷たい。
寝る前、私は雪魔術について考える。
雪を降らせる魔術……どうやってるんだろう。
見当もつかない。
今度、機会があれば聞いてみるか。