-009- 仲直り
ガレルに対して高位魔術を使った私は2週間出席停止という処分をくらった。
「はぁ……」
お母さんから何回も中位以上の魔法は取り扱いに気をつけろって言われてたのに……
ガレルは気を失う直前にしっかりと受け身をとっていたみたいで生活に支障はないらしい。
高位の魔術は容易く人を殺せてしまう。
端的に言えば、私は殺人未遂犯だ。
「やっぱり、退学、かな……」
おそらく今頃学園は私の本処分を決めているとこだろう。
退学になったらお金を出してくれているお母さんとお父さん、応援してくれている村のみんなに申し訳がたたない。
「はぁ……」
私は今日何度目かもわからないため息をついた。
◆
2週間が経ち、出席停止期間が終わった。
私は学園長室に呼び出されていた。
「反省した?」
胡散臭い髭をはやした学園長は私にそう聞いてくる。
「はい」
「ん。じゃあ授業行っていいよ」
……え?
「い、いいんですか?」
「うん。反省文ももらってるしね」
「しょ、処罰とかは……」
「出席停止されてたじゃん」
「それだけ……? 退学とか、私、そういうの覚悟してたんですけど……」
「退学ぅ? 小学生の喧嘩なんかでそんなんしないよ」
学園長は呆れたように言う。
小学生の喧嘩って……この人学園長のくせに高位魔術の危険性が分かってないんじゃないか?
「ほらっ、とっとと授業行った。僕忙しいの」
「失礼しました」
私は学園長室をでる。
退学というのはどうやら私の杞憂だったみたいだ。
私が教室に向かうと、すでに授業が始まっていた。
そっと中を伺う。
みんないつも通り授業を受けていた。
そんな中、ガレルが頭に包帯を巻きながら授業を受けていることに気づいた。
……私に吹き飛ばされたときの怪我だろうか。
私は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
どう言う顔でガレルやクラスのみんなに会えばいいのだ。
今回の事件はすでにクラスに広まっているだろう。
クラスのみんなは私を高位魔術を振りかざす暴れん坊と思うようになったかもしれない。
そして怪我をしたくないから、私を避けるようになるかも。
そしたら私は嫌われ者へ……
教室に入るの、怖いなぁ。
みんなが私を拒絶するかもって考えると足が動かない。
私は、教室の前からそっと逃げた。
◆
朝起きて、野原に行って、ランニングと剣術魔術の練習をして、帰って誰にも会わず寝る毎日が続く。
トレーニングしている間は余計なこと考えずに済むけど、それが終わった夕暮れ時、虚しさが込み上げてくる。
私は今日も魔術と剣術の訓練を終え、帰ることにする。
夕日に照らされる町で一人孤独に歩く。
……寂しいな。
一ヶ月ほど前、クラスのみんなと仲良く学園生活を送っていたのが夢のように遠い出来事に思えてくる。
「あれ、シフォンちゃん?」
「っ!」
びっくりして声のした方を見ると、町のパン屋さんのせがれ、ブレッドが立っていた。
「久しぶりだねぇ」
「う、うん」
「最近シフォンちゃんが来ないからお母さん寂しがってたよ」
「そ、そうなんだ……」
「……」
「じゃ、じゃあ私はこれで」
「待って」
ブレッドはそそくさと立ち去ろうとする私を引き止める。
「なにかあったの? シフォンちゃんひどく泣きそうな顔してるよ?」
「べ、別に何もない」
「嘘だ」
ピシャリと否定された。ブレッドはジトーとした目で私を見つめてくる。
「シフォンちゃん、僕の家にいこうよ」
「え……でも」
「おいしいパンたくさんあるよ」
「……いく」
センチメンタルになっていても食欲には勝てないのだ。
◆
「はい、特製ふわもちパン」
「ありがとう」
私はブレッドが渡してきたパンをハムハム食べる。
「どう? おいしい?」
「うん」
「ほんと? うれしいなぁ。それ、僕が昼間焼いたやつなんだ」
「えっ、そうなの? 全然気づかなかった」
「あはは、そう言ってくれると嬉しいよ。それだけお父さんの味に似せれたってことだからね」
私は1分もしないうちにパンを食べ切ってしまった。
「それで?」
「ん?」
「何か辛いことがあったんじゃないの?」
「……」
ブレッドは優しく尋ねてくれる。
「辛いことって人に話すだけでだいぶ軽くなるらしいよ?」
……ブレッドになら、いいか。
「実は――」
私はブレッドに何一つ隠さず話した。
私が魔術でクラスメイトを傷つけたこと、拒絶されるのが怖いこと、それで今は不登校状態だということ。
「ふ〜ん」
「……ブレッド、真面目に聞いてる?」
「聞いてるけどさ、シフォンちゃん被害妄想激しすぎだよね」
「ふぇ?」
「どうして事件が起こったのかクラスのみんなは知ってるんだよね? だったら責められるべきはシフォンちゃんだけじゃないっていうのはすぐにわかるでしょ」
「う、うん」
「なによりさ、こんな優しくてかわいいシフォンちゃんをそう簡単に嫌いになれるとは思わないよ、僕は」
「か、かわいいとか急に言うな!」
将来女たらしになるのではなかろうか、ブレッドのやつ。
「ま、とにかく勇気をだしてみんなと喋った方がいいよ。なんだったら僕が一緒に行ってあげようか?」
「いやブレッド別の学校だし……」
「あはは、冗談だよ」
しばらく話し込んだあと、私はお礼を言ってブレッドの家をでた。
ブレッドのおかげで今まで重くのしかかってたものが取れた気がする。
人に話すだけで軽くなるってのは本当なんだな。
その日、寮に帰ると私の部屋のドアに紙袋がかかっていた。
どうやらAクラスのみんなかららしい。
中にはみんなからの手紙と果物が入っていた。
私は手紙を一つずつ開けて読み始める。
『シフォンちゃん、みんな待ってるから早く戻っておいで!』
『シフォンさんがいないと教室がつまらないです』
『シフォンちゃん、早く戻ってきてほしいよぉ』
みんなからの言葉が胸に沁みる。
私は耐えられなくて泣き始めてしまった。
『シフォンさんの霧魔術見てみたいです!』
『もっとお話ししたいよ! はやく学校おいで!』
『よければ剣術を教えてほしい……なんてお願いしちゃダメかな?』
みんな、私のこと、そんな風に思ってたんだ。
胸の中で感動が込み上げる。
私はたくさんの手紙の中にガレルからのものがあるのを見つけた。
そっと開く。
『シフォンへ 強引なことしてごめんなさい。シフォンの居ない学校はつまらないのではやく来て欲しいです。 シャルロット・ガレル』
ちょっと笑ってしまった。
文面と現実の差が激しすぎる。
私に対して敬語だなんて、現実じゃありえないな。
手紙を全部読み終わった。
みんなから嫌われてないのが分かってほっとした。
戻ってきて欲しいと言われてうれしかった。
決めた。明日は学校へ行こう。
◆
「し、しつれいします……」
翌日。私はそろりと教室に入った。
「あ! シフォンちゃんだ!」
「ほんとだ!」
あっという間にクラスメイトに囲まれ、私は身動きがとれなくなる。
「みんな、ありがとう。ごめんね、心配かけて」
「うんん、よかった戻ってきてくれて!」
ああ、すごくあたたかいな、この教室は。
みんなとわいわいしていると、ひとりの男子生徒と目があった。
「……ガ、ガレル」
私がそう呼ぶと、ガレルは難しい顔で私を見つめた。
「……ご、ごめんなさい」
ぺこりと頭を下げると、ガレルは口を開いた。
「謝るなよ。今回に関しては、俺が悪い」
「……」
「……だから、その」
ガレルは少し躊躇ったあと、
「ごめんなさい」
頭を下げたのだった。
「うん、いいよ」
謝り返すのは何か失礼かと思い、私はガレルの謝罪をすっと受け入れることにした。
「よかったなぁガレル! シフォンさんに許してもらえて。お前めっちゃ凹んでたもんな」
「それそれ。シフォンさん、こいつここ一ヶ月まじで元気なかったんだぜ」
「おいバカ! お前ら余計なこというな!」
「うお、ガレルがキレたー!」
どっと、笑いが教室をつつむ。
私もつられて大声で笑ってしまった。
やっぱり、学校は楽しい!