15・愚痴と自己紹介
「ああ。やっと、こっちを向いてくれた!ねぇ、もう一回聞くけどさ、
キミの隣のこの席って、本当に私が座ってもいいんだよね?」
「.........ニコ♪」
――コクン。
俺は緊張でドキドキが止まらない心音をグッと抑え、ルナリーナの
この問いに最高の笑顔を浮かべながら、言葉はひと言も発する事なく、
ただ静かに小さく頭を縦に振って、ルナリーナの言葉を肯定する。
「そっかぁ、なら遠慮なく座るね♪」
再度確認をしてくるルナリーナに、キョウヤがにこやかな笑顔で小さく
頭を下げると、ルナリーナは改めて椅子に腰を下ろす。
「イヤ~ホント、このクラスを見つけるのに物凄く苦労しちゃったよ~。
だってさ、学園から渡された案内パンフには各クラスの場所が一応書いて
あるのに、何故かここ...Fクラスだけは手抜きレベルの省略で書かれている
から分かりにくくてさ、そのせいで散々迷ちゃったよ♪キミもこのFクラスを
見つけ出すのに結構苦労したクチなんじゃない?」
「......ニコ♪」
――コクン。
「あはは、やっぱりキミもそうなんだねぇ~♪このFクラスのある場所ってさ、
ホント見つけにくいよねぇ~♪」
「......ニコ♪」
――コクン。
「だよね、だよねぇ~♪ふう。それにしてもこのクラス...何かちょっと
暑くな――って、ああ!よく見たらこのクラス冷暖房が無いじゃん!?
た、確か他のクラスには冷暖房が完備されているはずだよ。うう...
これって思いっきり、差別じゃないのさ!ねぇ、キミもそう思うよね?
思うよね?」
「......ニコ♪」
―ーコクン。
「だ、だよねぇ!それに付け加え、このクラスの環境もかなり酷い
有り様だよ!だってさ、所々壁に穴が空いているし、セキュリティが全く
皆無の鍵無しロッカーだし、それにひと時代前くらいの黒板と黒板消し、
そしてひび割れが目立ちまくっている窓ガラスたち。ハァ...良くもまぁ、
こんな悪辣な環境を提供しておいて差別のない理想なる学園だよ~!
ホント、これって弁解も出来ないレベルのあるまじき差別だよね?
ねぇ、キミもそう思わない?そう思うよねっ!」
「......ニコ♪」
――コクン。
「そうだよねぇ!よし!今度、理事長の所に出向き、文句と愚痴のひとつでも
言ってや―――あ、そうそう。私の自己紹介がまだだったね?これはうっかり、
うっかりだよ、たはは♪コホン!では改めて...えっと私の名前はね、ルナリーナ...
『ルナリーナ・ヴァンフォーレス』っていうんだ!これからよろしくねぇ♪」
「......ニコ♪」
――コクン。
「それでキミの名前は?私も名乗ったんだから、当然キミも教えてくれるよね♪」
「......ニコ♪」
――コクン。
.........ん?
な、名前を......教えて??
ええぇぇぇぇ!?名前を教えてぇぇぇぇぇっ!?
し、
しまったぁぁぁぁぁ―――――っ!
俺はこの回避不可能な危機的状況に、思いっきり動揺してしまいパニくって
しまう。
ヤ、ヤベェェェェェェ―――――ッ!?
名前を教えるには、ルナリーナと会話をしなきゃいけないじゃん!
だけど、ルナリーナと会話をしようもんなら、ヒロイン登録がされてしまう
可能性がぁぁぁぁ―――っ!?
ひえええぇぇぇぇ―――――っ!?
どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう、
どうしよぉぉおぉぉぉ―――――うっ!!
どどど、どうすればいい...どうすればいいんだぁぁぁぁっ!
どうすれば、この危機状況から脱する事ができる!?
一体どうすれば、ルナリーナと会話をしないで自分の名前を伝える事が
でき―――ん?
............こ、
これだぁぁぁああぁぁ―――っ!!
俺は胸ポケットにふと目線が行き、そこに入っていた『ある物』に気づくと、
それを勢いよくバッと取り出し、そして自分の名前が載っている欄を
ルナリーナに向けて見える様に突きつける。




