11.トラウマ
結局その心配は杞憂に終わった。
「レイラさんですか! いやー素敵なお名前だ!」
そう絶賛するスティーブを見て、俺が孤児院で虐められていたレイだということがバレずに済んで、とりあえず安堵した。
とにかく一刻も早くこの場から立ち去らねば、俺の頭はそれでいっぱいだった。
しかしスティーブは俺の顔をじっと見つめてきた。
不自然に目線を逸らすわけにもいかず、我慢して見返す。
「あ、あのー何か?」
「い、いや、何でもない。……なんか昔の知り合いに似ているような気もして。もしかしてご兄弟とかいらっしゃったりしませんか?」
明らかに俺のことを考えているようだった。
流石にこれ以上話をして根掘り葉掘り聞かれるのは良くない。
「いいえ? 私は一人っ子ですよ。兄弟はおろか従兄弟なんかもおりません。ではヴィンセントに確認してまいりますね」
そう言って俺はさっさとその場から逃げ出したのであった。
◆◇◆
その日、俺は体調不良を理由にバイトを早退した。
片道2時間もかけて通勤したのに……。ばっちり女装したというのに。
俺は廃墟で急いで女装を解いて孤児院に戻って、自室のベッドにもぐりこんだ。
「あり得ないあり得ないあり得ないあり得ない、なんで今更スティーブに会うんだ?」
スティーブには石を投げつけられる他にも、私物を漁られごみ箱に捨てられたり、無理やりパンツを降ろされたりもした。
そのうち孤児院を出ていく相手だから、出て行ってしまえば会うこともない相手だから……そう思えばこそ耐えられた。
しかしまさかバイト先でエンカウントするとは思わなかった。
俺はこの時、スティーブから受けた虐めを俺自身が思っている以上にトラウマに感じていたことに気が付いた。
スキルを使ってやり過ごすことも忘れてしまうくらいに。
一応これでも生前の年齢を合わせて、人生30年以上やってきている。精神的に随分大人であるとは思うけれど、まさかここまで精神的に拒絶反応が起こるとは思っていなかった。
虐めダメ、絶対。
「やっぱりギルドは駄目だ。アイツがハンターである以上は、同業者はマズイ。やっぱりどこか遠く、もっと遠いところで仕事を探そう。ギルドの皆には悪いけれど……」
取りあえず、任期満了までは責任を持って働こう。
そう思って俺は目を閉じたのだった。
◆◇◆
翌日もバイトだった。
流石に今日も休むわけにはいかないと思い、テンションは底辺だったけれど出勤した。
ギルド長に任期満了で退職する旨を、なるべく早く伝えようと思ったからだ。
心苦しいがせめて、ちゃんと引継ぎをして綺麗に気持ちよく辞めたかった。
しかしそんな俺の出鼻をくじくかのように、今日も奴は姿を現したのである。
「おはようごさいます、レイラさん」
「……オハヨウゴザイマス」
「昨日は体調不良でお帰りになられたと聞きましたが、大丈夫でしたか?」
「エエ、ダイジョウブデス」
「良かった! もしよければ一緒に食事でもしませんか? お昼休憩は何時くらいになりますか?」
「スミマセン、オベントウナノデ」
片言になりながら、何とか受け答えをする。
俺は早く帰ってもらおうと、スキルを使用した。しかし――。
『スキル“魅了”は100%発動しましたが、“誘惑”は打ち消されました。相手の意思が強いです』
と、脳内アナウンスは非情な結果を告げてきた。
マズイ……スティーブは俺を女だと本気で思って口説いてきている。しかも“誘惑”がかからない。操れない。
これではただでさえ高かった好感度を、スキル“魅了”で更に爆上げさせただけだ。しくじった!
そんな時、天の助けが現れた。
「お前、今日も来ているのか」
そうぶっきらぼうに言ったのは、ギルド長のヴィンセントさんだった。
普段は人当たりが良い彼が、そういうつっけんどんな言い方をするのは珍しい。
昨日俺が早退した後、2人の間に何かあったのだろうか?
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