10.想定外のエンカウント
ギルドの受付嬢兼クレーマーハンター処理係としてバイトすること、10ヶ月が経過した。
任期はあと2ヶ月、ギルド長からは延長したい旨伝えられているが、俺はとても迷っていた。
◆◇◆
元々16歳になって孤児院を出るしかなくなったら、普通に働く予定だった。働いているうちに、よさげなパトロンでも捕まえて貢がせるつもりだったのだ。
だからこのままギルドで働き続けても良かった。
実際に、ギルド長からの申し出は破格だった。
「頼む、レイラ! もう少しだけうちのギルドを助けてくれ! 給料は通常の倍出す。それにプラスして住まいの手配と、家賃の支払いもギルドが負担する!」
ちなみにギルド長は俺のスキルでどうこうできる相手ではない。レベルが違いすぎる。まったくスキルが効かなくて、俺もまだまだなのだと思い知らされる。
と言うわけで、ギルド長の申し出は純粋に俺という戦力が失われるのを憂いてのことだった。
どうもギルド長は、昔は最高ランクのS級ハンターで『大盾のヴィンセント』と呼ばれていたそうだ。しかし怪我が元で引退し、故郷のアガサの町でギルド長をしているとういうことだった。
そりゃ俺の付け焼刃のスキルなんて通用しないはずだ。地の精神力が違いすぎた。
評価されるのは嬉しいし、ここまで惜しんでくれるとなると退職の意思を告げるのは心苦しい。
「そうですレイラさん! お願いです、だから私たちを見捨てないでください!」
「レイラさん!」
「レイラさん!」
「レイラさん!」
もうみんな俺を引き留めようと必死である。それだけ今までクレーマーハンターに悩まされてきたということだ。
ここ1年男のクレーマーハンターは全部俺が引き受けてきた。おかげで俺のスキルはかなり上がった気がする。
ギルド職員たちはこの一年間夢のような職場環境を体験してしまったせいで、もう俺なしには生きていけない身体になってしまったのだ……。罪深いことをしてしまった。
◆◇◆
しかし俺には想定外の問題が降りかかっていた。
ギルドで働き始めて9ヶ月くらい経ったある日のこと。
なんと、アガサのハンターギルドにあのスティーブが姿を見せるようになってしまったのである。孤児院で俺を虐めていた奴だ。
だから俺はこのギルドでは働いていけないと思ったのだ。
最初にアイツの姿を見た時には驚いた。
「あれは? なんでこんなところに!?」
約2年前に孤児院を出ていき、ハンターになったであろうスティーブ。
王都の方の大きなギルドに所属するのだと、聞いてもいないのにベラベラ話していた。だから王都から離れた中規模の町であるアガサで遭遇するなんて夢にも思っていなかった。
「おっ、落ち着け。落ち着くんだ俺! 今の俺はレイラだ、女装してるんだから気づかれるはずがない、平常心だ平常心だ」
俺はアイツが別のカウンターに行くことを心から願った。
しかし願いかなわず、奴は俺のカウンターへ真っ直ぐ進んでくる。冷や汗が止まらない。
「あの、お嬢さん。こちらのギルド長にお会いしたいのですが」
昔と打って変わりスティーブが紳士的な態度で俺に話しかけた。
あまりの気持ち悪さにげろ吐きそう……うえっぷ。
それでも俺は受付嬢の意地で、ほほえみを絶やさず詳しい要件を聞くことにした。
「申し訳ございません、当ギルドのヴィンセントにどのようなご用件でしょうか?」
「おっと、失礼しました。俺たちは王都のギルド長からの使いで、ヴィンセント殿にお話があってまいりました。こちらが王都ギルド長からのお手紙になります」
そう言って王都のギルド長からの正式な使いであることを証明する手紙を見せてきた。
見た限り不審な点は無い。
「かしこまりました。ヴィンセントに確認してまいりますので、少々お待ちください」
良し、このまま中座してあとはヴィンセントさんに任せてしまおう。
そう俺は考えて、一刻も早くこの場から離脱しようとした。しかし――。
「あの、すみませんっ」
「なっ、なんでしょうか?」
スティーブが俺を呼び止めた。
一体何なんだ!? 俺は秘密がバレるんじゃないかと冷や汗だらだらだった。
「あの、もしよかったらお名前だけでも教えていただけませんか?」
「……レイラと申します」
俺は迷った末に仕方なく名前を言った。
本名のレイ、偽名のレイラ。うっかり間違えないように同じような名前にしたことを、後悔した。
俺がレイだということがバレてしまわないかと……。
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