第4楽章 「姉妹の生い立ち~二人の生駒~」
国鉄京都駅前のバスロータリーを出立して、牙城大社の自家用車に揺られる事、およそ15分。
京都市二条通堀川西入二条城町。
大政奉還と大正天皇大典御饗宴という近代日本の2大イベントの舞台となった、この元離宮二条城こそ、私と美里亜さんの出席する茶席の会場なのでした。
より正確に申し上げるなら、城内の清流園という庭園に建てられた和楽庵において、此度の茶席が催されるのです。
「あっ…あの、美里亜さん…?その、私…『消耗品も含めて手ぶらで構わない。』との御言葉に甘えて、御着物の用意は致さなかったのですが…」
絹掛さんに開けて頂いたドアから降車した私は、何とも澄ました微笑を浮かべている双子の妹へと、震える声で質問を投げ掛けるのでした。
私が今こうして袖を通している遊撃服は、人類防衛機構に所属する特命遊撃士の制服です。
国際的軍事組織の制服という性質上、戦闘服や式典での正装としては勿論、在籍校の通学服や冠婚葬祭の礼服等、どんな局面でも憚らずに着用出来る点が、大きな長所ですね。
しかしながら、茶席に参加する際の御召し物としては、いささか癖のある装いなのでございます。
私を御覧頂ければ一目瞭然ですが、遊撃服はセーラーカラーの白ジャケットと黒いスカート、そして黒いニーハイソックスとローファー型戦闘シューズの一式で構成されております。
黒いスカートと黒いニーハイソックスの境目から、太股の白い素肌が覗いておりますよね。
遊撃服のスカートは格闘戦の妨げにならないよう、かなり短い丈にデザインされているのです。
派手な立ち回りを演じれば、スカートの中身が見えるのも日常茶飯事。
しかし、私達が着用している下着はナノマシン配合の強化繊維製で、遊撃服の一部との解釈が可能です。
それに加えて、他の特命遊撃士の方々にしても、皆さん同じ物を御召しなのですから、羞恥心を感じた覚えなどございません。
されど、畳の上で正座の姿勢で執り行う茶道において、膝の見えるスカートは御法度。
ましてや、ニーハイソックスで大半を覆っているとはいえ、太股の付け根近くまでの丈しかない遊撃服のミニスカートにおいては…
「御心配には及びません事ですわよ、姉様。和服は勿論、懐紙や楊枝に至るまで、全て私共で取り揃えております故。御車代や御食事代に関しても、今日の姉様が身銭を切る御心配は、一切御座いません。」
声の震えに不安を隠せない私とは対照的に、自信に満ちた微笑を浮かべた美里亜さんは、何とも頼もしげに太鼓判を押すのでした。
瓜二つなのは、顔の造作と背格好だけ。
一卵性双生児の姉妹である以上、遺伝子学的には同一人物のはずなのに、自信の有無から性格の陰陽、ひいては日常の所作に至るまで、私と美里亜さんはまるで正反対。
これらの差は、やはり幼少時の環境に起因するのでしょうか?
今を去る事15年余り。
牙城大社の宮司一族である嵐山の分家は、大社の大巫女を継がせるべき女児の誕生に恵まれず、ほとほと困り果てていたそうです。
そこで本家に産まれた双子姉妹の一方を養女に貰い受ける運びとなったのです。
この時に養女に出されたのが美里亜さんで、本家に残された片割れが、この私なのです。
待望の大巫女候補として、分家の方々が美里亜さんの縁組を歓迎した事は言うまでもありません。
分家の方々に大切に育てられ、次期大巫女として人の上に立つ者に相応しい立ち振舞いを身に付けたからこそ、美里亜さんは自信に満ちた鷹揚な方に育たれたのではないでしょうか。
その一方、本家筋である実家に残された私には、「伝統ある旧家の長女は、かくあるべし。」とばかりに、厳格にして苛烈な躾と教育が課せられたのでした。
習い事や礼儀作法で僅かでも過ちを犯したり、少しでも不平や不満を漏らしたりすると、両親や使用人の方々からの厳しい叱責が待っているのです。
決して邪険に扱われた訳ではないのですが、こうした厳格な教育方針には、何とも苦労させられました。
人様の顔色を伺わずにはいられない、今日の私の内気で小心な性根は、こうした幼少時の経験に由来するのかも知れません。
両親や使用人の方々に責任を押し付けるのは良くない事だと、重々承知しておりますが…
ここまで申せば、美里亜さんに気後れしてしまう私の思いも、幾分かは御理解頂けるのではないでしょうか。
生まれた時と遺伝子を同じくしながら、屈託なく幼少時を謳歌し、大らかに育たれた私の片割れ。
そんな美里亜さんへの羨望と、それを浅ましく思う「防人の乙女」としての我が自尊心。
そうした諸々の懊悩が、我が胸中に去来してしまうのです。
美里亜さんには、何の罪も責任も無いと言うのに…
「御昼は、牙城大社の経営する料理旅館に京懐石を用意させましたよ。日本料理に合う国産ワインも取り揃えております故、きっと姉様の御気に召すでしょう。もっとも、私が姉様と御相伴するには、あと3年は御預けなのですけど…」
人類防衛機構の所属でない美里亜さんは、成人年齢に達するまでは飲酒を認められていないのです。
それに引き換え、特命遊撃士としての適性を見出だされた私は、生体強化ナノマシンによる改造措置を受けた小学6年生の時から、お酒は日常生活に欠かせない必須品。
このような些細な所にも、育った環境の差は如実に現れて来るのですね。




