第3楽章 「京のワルキューレ、その名は京洛牙城衆」
こうして私達を乗せた黒塗りの外国車は、茶会の席に指定された二条城の清流園を目指して、烏丸通をひた走るのでした。
先程までは妹が腰を落ち着けていた運転席側の後部座席には、私が座らせて頂く事となりましたよ。
色々と気後れする事の多い道中ですが、こうして招かれた以上、今の私は主賓という事なのですね。
「姉様、紹介致しますわ。こちらは絹掛詩乃さん。牙城門学園中等部2年2組に在籍ですので、私の後輩にあたる方です。姉様とは初めてで御座いますね?」
双子の姉である私に上座を譲る形で左隣へと移動した美里亜さんは、手にした扇子で助手席の側を示すのでした。
その何気無い仕草は、能や雅楽の舞いにも通じる「和の気品」に満ちており、我が妹とはいえ、知らず知らずのうちに凝視してしまいますね。
「えっ…?あっ、ああ…はい…」
そうして我に返り、妹の所作の美しさに目を奪われていた事に思い至った私は、バツの悪さと気後れに、見苦しくも返事を言い淀んでしまうのでした。
「初めまして、絹掛詩乃と申します。昨年の春、晴れて牙城大社の巫女として正式にお仕えする運びと相成りました。京の平和を守るべく、粉骨砕身する所存です!」
一番の下座である助手席に腰掛けたまま、器用にこちら側へと首をねじ曲げた絹掛さん。
その可愛らしい美貌には、誇りと希望に満ちた笑いが広がっているのでした。
千々に乱れた私の心を、知ってか知らずか。
「あっ、ああ…!あの、その…」
その屈託の無い笑顔の輝かしさは、今の私には直視し辛い物でしたよ。
未だ、先の気後れから旧に復してないというのに…
このままでは、自他共に認める所の内気な気弱さが、またしても頭をもたげてしまいそうです。
「はあ…初めまして、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局所属の特命遊撃士、生駒英里奈少佐と申します。」
そのため、絹掛さんに向けた自己紹介は、私自身でも情けなくなる程に、弱々しくて頼りない物となってしまったのでした。
私と致しましては、これでも精一杯の勇気を振り絞り、人見知りを捩じ伏せたつもりなのですが。
このような時に登美江さんがいらっしゃったなら、どれ程心強いでしょうか。
私の実家でメイドと秘書を兼任されていらっしゃる白庭登美江さんは、千里さん達と巡り合うまでの私にとって唯一と申して良い理解者で、現在でも私にとっては姉代わりと呼べる程の心許せる仲なのです。
しかし、登美江さんには父の秘書としての業務があったため、今回の京都行きには惜しくも同行出来なかったのでした。
「あの…ところで、絹掛さん?」
そうは申しましても、せっかく絹掛さんが提供して下さった会話の糸口。
このまま機会を逸するのだけは、何としても避けたい物です。
「いかがなされましたか、英里奈御嬢様?」
応じる声は、丁寧でありながらも朗らかで快活。
絹掛さんもまた、私には無い長所をお持ちの方なのでした。
「その…絹掛さんは京洛牙城衆の戦巫女として、正式に戦闘に参加されているのですね?」
当たり障りも無い職業上の話題というのも、何とも芸が無い話なのですが、これも大目に見て頂ければ幸いです。
何しろ、美里亜さんを養女に引き取った嵐山の分家が宮司を代々務め、絹掛さんが氏子として所属されている牙城大社は、京都の治安を陰ながら守護している自警組織「京洛牙城衆」の総本山。
現在の組織体系が整ったのは、私の御先祖様である生駒家宗公が健在だった安土桃山時代ですが、京洛牙城衆の原型は、遠く平安の世に見出だす事が出来るのです。
人類防衛機構や人類解放戦線はおろか、その前身組織である日本軍女子特務戦隊が結成される遥か以前から、美里亜さんや絹掛さんの先人達は、陰陽道や修験道、ひいては仙術や忍術を複合した「超神術」と呼ばれる力を使役して、悪の脅威から京の都を守護してきたのですから。
駆使する力の源こそ異なるものの、私達が所属する人類防衛機構とは、大義を共有し得る「同志」と呼び合える存在なのです。
「はい!おっしゃる通りです、英里奈御嬢様!京都を管轄区域とされている人類防衛機構の皆さんとも、懇意にさせて頂いているんですよ!懇親会や親善試合等で御一緒させて頂く事も多いのですが、皆さん実に親切で気さくで、素晴らしい方ばかりです!」
一か八かの苦し紛れで振らせて頂いた話題に、絹掛さんは快活に応じて下さったのでした。
会話の流れが途絶えずに済み、私と致しましても胸を撫で下ろす思いですよ。
「京都支局の方々とは定期的に交流の場を設けているですが、他の支局の方となると、なかなか御会いする機会が御座いませんでしょう?」
「うっ…!み、美里亜さん…」
美里亜さんには申し訳ないのですが、自分と全く同じ顔と向き合うというのは、どうにも落ち着かない物です。
世に大勢いらっしゃるであろう、他の双子の皆様もまた、今の私と似たような心持ちなのでしょうか。
それとも、幼くして別々の家庭で育った私だからこそ、このような心境になったのでしょうか。
どなたか私に御教授頂ければ幸いです。
「絹掛さんったら、姉様が堺県第2支局の特命遊撃士である事を聞き付けるや、『是非とも一度、お目にかかりたい物ですね。』と、事ある毎におっしゃるんですからね。」
「それは内緒の御約束ですよ、美里亜御嬢様…」
面白そうに笑う美里亜さんとは対照的に、助手席の絹掛さんは、何とも不服そうに膨れるのでした。
「は…はあ…」
私には最早、曖昧な追従笑いでお茶を濁すより他、取るべき術は残されておりません。
美里亜さんったら、私の事をどのように吹聴していらっしゃったのでしょう?
正直に申し上げれば、私は然程、人様からお褒め頂けるような立派な人間ではないのですが…




