第2楽章 「双子の妹は次期大巫女~県境は姉妹を分かつ~」
私を乗せた新快速の列車が国鉄京都駅のホームに停車したのは、あれから間もなくの事でした。
新幹線も停車するターミナル駅という事もあり、国鉄京都駅の建物は非常に広くて大規模で、圧倒的な存在感と威圧感を兼ね備えた巨大ビルディングとして聳え立つのです。
「こちらの改札口、でしたね…」
吹き抜けの彼方を覆うガラス天井を仰ぎ見ながら、おサイフケータイのアプリが起動されたスマホをかざし、他の旅行者と足並みを揃えるようにして、私は自動改札を通り抜けるのでした。
駅ビルの1階テナントに入居した土産物屋の店先からプンと漂う、お香や八ッ橋の個性的な芳香を肺腑に吸い込みますと、京の都に降り立った事を改めて実感致しますね。
観光案内所や地下街エントランスを視界の片隅に留めながら前進すれば、その先には白くて巨大な塔を戴いたビルが聳え立つのですが、これこそが京都タワーの威容なのでございます。
一見すると奇抜で未来的なタワーではございますが、白いロウソクを彷彿とさせる独特のデザインには和の趣を感じさせ、古都の街並みとは不思議な調和を醸しているのでした。
市内を一望出来る展望室を備え、内部には土産物屋や飲食店が軒を連ねている京都タワーは、本願寺や東寺等と並ぶ京都市の代表的な観光スポットと言って差し支えがありません。
しかし、それらの観光地らしい施設や店舗だけではなく、書店や100円ショップ、さらには手芸用品店等がテナントとして入居し、地下では銭湯まで営業しているのですから、京都タワーは単なる観光スポットではなく、日常的な商業ビルとしても近隣住民に受け入れられているのですね。
もっとも、本日の私にとって入り用なのは、京都タワーと向かい合わせたロータリーなのですけれど。
「ここですよね…美里亜さんは、まだ…?」
市バスをお待ちの観光客の方々に遠慮して、ロータリーの端に陣取った私は、待ち合わせの時間より少し早く到着した事に気付いた事に、ささやかな後悔の念を抱くのでした。
どうせ時間をもて余すのならば、駅のコンビニでスパークリングワインでも仕入れてきて、気付け薬代わりに飲むという選択肢も悪くはなかった…
もっとも、茶会の席で御酒臭い息を吐いていては顰蹙を買ってしまいますので、生殺しのような量しか頂けないのですが。
「取り敢えず、到着した旨を美里亜さんに御伝え致しましょうか…?しかし、私の都合で早く到着してしまったのですし…」
一応スマホを取り出したものの、連絡するかしまいかと思案に暮れていた私。
「あっ…!」
そんな私の逡巡を中断させたのは、私の目前に停車した、見るからに高級そうな黒塗りの外国車でした。
「美里亜さん…」
より正確に言い直すならば、外国車の後部座席に悠然と腰掛けた、豪奢な和装に身を包んだ少女の横顔に、私の逡巡を中断させられたのでした。
どうやら小心者な私の性質を踏まえた上で、早目に来て下さったようですね。
こうした身内ならではの心遣いには、誠に頭が下がる思いです。
「こちらです、若様。」
助手席から降車したのは、中学生程度と思わしき、巫女装束を纏った女性の方でした。
後部座席に掛けた和装の少女の、側用人と護衛役を兼任しているのでしょう。
後部座席のドアを開くと、巫女装束の少女は三つ編みに結った黒髪を揺らしながら、車内の少女に恭しく一礼するのでした。
それも当然至極の事でしょう。
後部座席に掛けた和装の少女こそ、京都市は嵐山に御宮を構える牙城大社の、宮司家の跡取り娘。
氏子を多く抱えた大社だけでなく、名門私立校である牙城門学園や温泉宿等、多岐に渡る事業を精力的に切り盛りする、嵐山の名士が愛娘とあれば、護衛が付くのも無理からぬ事。
一介の公安職に過ぎない私とは、生きる世界が違うのですから。
「姉様の前では『美里亜』と呼ぶように。昨日、そのように申したはずですよ、絹掛さん?」
車外を一瞥した和装の少女は、すぐさま巫女の少女から視線を外すと、軽く目を伏して不興そうに吐き捨てたのです。
その所作の自然さは、この少女が他者に命令を下す事に慣れていて、多くの人々の上に立つ役割にいる事を、どんな言葉よりも如実に証明しているのでした。
「し…失礼を致しました、美里亜御嬢様!」
「ホホホ…それで良いのです。過ちを速やかに改められる従順な素直さ…それが貴女の良さですよ。」
慌てて呼称を改めた巫女の方に気を良くしたのか、和装の少女は上品な美貌に満足そうな微笑を浮かべるのでした。
袂から取り出した扇子で口元を隠す所作の然り気無さが、いささか時代掛かった育ちの良さを如実に感じさせます。
「は…はい!この絹掛詩乃、お誉めに与り恐悦至極であります!」
こちらの巫女の方はどうやら、絹掛詩乃さんとおっしゃるそうですね。
「そんなに恐縮されずともよろしいのですよ、絹掛さん。それより、あまり姉様を驚かせないよう心掛けて下さいませ。私がたっての御願いで御招きした大切な御客様ですし、私と違って、至ってデリケートな御心の持ち主ですから。」
絹掛さんを窘める和装の少女の言葉に、一切の悪意が無い事は、私にもよく分かります。
先程の「デリケートな御心」が、「内気で気弱」という私の性質を可能な限りオブラートに包んだ言葉である事も、重々承知しております。
私への形容は紛う事なき本心の現れであり、その口調には気遣いと憐れみさえ含まれていたのですから、恨みに思う事など全くのお門違いです。
しかしながら、それが嘘偽りの無い本心で、私自身が自覚している事実だからこそ、より一層に骨身に堪えるのです。
ましてやそれを、血を分けた肉親から告げられるのですから。
私の内なる葛藤も、きっと皆様に御理解頂ける物と存じ上げております。
「かしこまりました、美里亜御嬢様!」
何とも快活な御返事ですね、絹掛さん。
その朗らかさと屈託のなさと来たら、物思いに耽っていた自分を恥じ入ってしまう程ですよ。
「さて…こうして遠路遥々と京の都へと御越し下さいまして、誠に感謝致しますわ。」
巫女装束の絹掛さんにエスコートされて、和装の少女は外国車から静かに降り立つのでした。
美しい花模様を散らした赤地の振袖に、紺一色に染め上げられた女袴。
高級な外国車の後部座席に座り慣れ、上質な西陣織の和装を着こなした少女の一挙手一投足は、見る者を圧倒させる風格に満ち溢れているのでした。
それは、幼少時より教え込まれた帝王学に起因する、「指導者の風格」なのかも知れません。
しかしながら、この少女を私が畏怖する理由は、必ずしもそればかりではないのでした。
「おっ…、御久し振りです…御元気そうですね、美里亜さん…」
可能な限り平静を保って挨拶を行ったつもりなのですが、自分でも明確に気付いてしまう程に、私の声は震えていたのでした。
一方、私に向き合った和装の少女は、満足そうに数回頷くや、相も変わらず、些事を気にしない鷹揚な微笑を、細面の童顔に浮かべているのです。
それも、私と瓜二つの顔にです。
「御久し振りですね、英里奈姉様。姉様こそ、変わらぬ御健勝…本当に宜しい事。」
まるで鏡像のように私と酷似した少女は、こればかりは私と似ても似つかない、自信に満ちた強気の所作で私の手を取り、泰然自若とした余裕のある面持ちで笑い掛けるのでした。
彼女こそ、生駒美里亜。
生まれて間も無くして京都府嵐山の分家に養女として引き取られ、牙城大社の次期大巫女の座を約束された生駒本家の次女。
そして、私こと生駒英里奈の、一卵性双生児の妹なのでした。