第10楽章 「氷解する蟠り~我が妹へ捧ぐ小夜曲~」
「ねっ、姉様?絹掛さんは面白い方でしょう?」
美里亜さんの物言いから察するに、私は随分だらしない笑い方をしていたのでしょうね。
「いえ、美里亜さん…それは私の口から申し上げるには…」
「こうは申しましたけど、私は絹掛さんと御一緒ですと楽しいのですよ。心が華やぐと申しますのか、明るい気持ちになれると申しますのか。」
このように語る美里亜さんの美貌には、言葉通りの朗らかな笑顔が浮かんでいるのでした。
「姉様にとっての千里さんも、そういう方なのでしょう?」
それは正しく、核心を突く一言でしたね。
「正月にお会いした時の姉様には、ぎこちない雰囲気が御座いました。無理に明るく振る舞われているような…」
年始の御挨拶にいらっしゃった美里亜さんが私と顔を合わせたのは、1時間半が精々。
そんな短い間にも関わらず、大体の胸の内を読まれてしまうのですから、千里さんを失った私の意気消沈振りは、よっぽどだったようですね。
「しかし今は…小学6年生の時と同じような、溌剌とした明るさが、根底に感じられるのです。昏睡からの回復を遂げられた御友人と、再び同じ時を過ごせる喜びに裏打ちされた明るさが…違いますか、姉様?」
「それは…」
人間というのは、的確に図星を突かれてしまうと、何も言えなくなってしまうのですね。
「失われた時の悲しみと、回復された時のお喜びの大きさ…姉様にとって千里さんは、それ程までに大きな存在なのですね。」
「良い御友人に恵まれましたね、英里奈御嬢様。」
牙城大社の次代を担う少女に追従したのは、その忠実な腹心である所の、年若き巫女でした。
口の中の荒塩をオレンジジュースで綺麗に洗い流して仕舞われたのか、喋り方は旧に復したようですね。
「私の事でしたら、何から何までお見通しなのですね、美里亜さん。」
軽く溜め息をつきながら、私は空にしたワイングラスを置くのでした。
しっかり者なこの妹には、どうにも敵いませんね。
「まあ、『何もかもお見通し』かと問われましたら語弊が御座いますが…相応には気にかけておりますのよ姉様の事は。」
私と瓜二つの顔が見せる、照れ臭そうな苦笑。
正直に申し上げれば、普段の自信に満ちた美里亜さんには、こちらが気圧され萎縮してしまいそうな威圧感が御座いました。
しかしながら、今の美里亜さんに関しては、そこまでの苦手意識を抱かずに接する事が出来るように思えましたね。
不思議な御話もある物です。
「他ならぬ姉妹ですからね、私達は。それも同じ血と遺伝子を持つ、一卵性の双子ですから。」
何とも言いにくそうな口振りは、姉の私よりも堂々とした妹の話す内容が、本心に裏打ちされた物である事を如実に示しているかのようでした。
「御友達の事を御話される時の姉様は、私から見ても実に楽しそうですからね。私としましても、良い変化ですよ。」
美里亜さんは美里亜さんなりに、私の事を気にかけていらっしゃる。
それが確認出来たからなのでしょう。
私の中で燻っていた、美里亜さんを敬遠する気持ちは、以前よりは小さくなっていたようでした。
「まあ、いずれにせよ…姉様の御身を案じ申し上げているのは、私も同様という訳でして…何か御座いましたら、私にも御相談頂けましたら幸いですよ。」
「そうでしたか、美里亜さん…」
此度の京都行きは、出だしこそ色々思う所のある小旅行でしたが、気持ちの上では色々と収穫のあった旅路となりましたね。
確かに私と美里亜さんは、気質や嗜好の大きく異なる姉妹でしょう。
しかし案外と、上手くやっていけるのかも知れません。
「おや…どうなさいましたか、姉様?先程までよりも、私を御覧になる時の顔立ちが、柔らかくなったように思われるのですが?」
全く…美里亜さんったら、よく観察していらっしゃいますよ。
この妹を相手に隠し事をするのは、なかなか難しいようですね。
せっかく落ち着いてきた苦手意識が、またぞろ頭をもたげて来そうですよ…