第1楽章 「国鉄新快速 ~列車は京の都を目指して~」
三国ヶ丘駅で乗車した紀州路快速を、大阪駅で山陽本線に乗り換えて。
国鉄新快速のボックスシートに腰を下ろした私は、車窓を何となく眺めているのでした。
「もう…島本町に来たのですか…」
何とも浮かない表情で、頬杖をついた私。
そんな私の鏡像をボンヤリと写す車窓の向こう側では、鮮やかに澄み切った青空と、青々とした天王山の新緑とによって構成される、一大パノラマが広がっているのでした。
新緑が目にも鮮やかな天王山の麓には、白地に「出崎」と大書きされた看板を掲げたウィスキーの蒸留所が、モダンでシックな赤煉瓦に覆われた、ノスタルジックで重厚な威容を誇っているのです。
この駅で途中下車をして、蒸留所の工場見学に行けるならば、どれだけ素晴らしいでしょうか。
何しろ工場見学には、ウィスキーの試飲会も盛り込まれているのです。
そこでは市販品や原酒だけではなく、熟成前のニューポットまでもが試飲出来るのですから、ウィスキーを愛飲される方にとっては見逃せない観光スポットでしょうね。
日頃はワインを嗜んでいる私も、何とも心惹かれてしまいます。
「きっと、千里さん達の御口にも合うでしょう…」
何とも物憂い気分に捕らわれていた私に、友人達と過ごす次なる休暇の予定を、束の間ながらも考えさせてしまう。
それほどまでに、休日が持つ独特の空気感という物は、人の心を華やかにさせてしまうのでした。
殊更に暑くも無ければ寒くも無い穏やかな陽気に、雲1つない五月晴れ。
ましてや、今日のこの時が、第3土曜の午前中とあっては…
スマホのワンセグで流し見していた情報番組の受け売りで、誠に恐縮ではございますが、今日のような日を「絶好の行楽日和」と形容するのでしょうね。
私が乗車した国鉄の車両もまた、行楽目的と思われる乗客の方々によって、大混雑とまではいかないものの、相応に賑わっているのでした。
京の寺社仏閣巡りを目的とされているのか、使い込まれた御朱印帳のページを繰っておられる熟年の御夫婦連れ。
旅行雑誌を広げて観光前の最終確認に余念がない、大学生か新社会人と思われる女子会グループ。
深夜アニメの聖地巡礼なのか、缶バッジを幾つも貼り付けたカバンを膝に抱えて談笑する青年達。
乗客の方々の性別や年齢、そして各グループの関係性や目的は千差万別でしたが、明るく楽しげな表情と、穏やかで和やかな雰囲気に関しては、判で押したように瓜二つなのでした。
ただ1人、この私を除けばの話なのですが。
私、堺県立御子柴高等学校1年A組在籍の生駒英里奈と申し上げます。
袖を通した遊撃服の右肩に揺れる飾緒と階級章からもお気付きとは存じますが、人類防衛機構極東支部近畿ブロック堺県第2支局に所属させて頂いております、少佐階級の特命遊撃士という顔もまた、持ち合わせてございます。
不束な未熟者ではございますが、お見知り置き頂ければ幸いでございます。
そんな私と致しましても、「今回の道中が、不本意で気乗りしない物なのか?」と問われましたなら、それには「否!」と御答え致します。
他ならぬ、血を分けた妹からの、たっての頼み。
出席者不足の茶席に数合わせで参加する事で、姉妹の義理が果たせるのならば、安い物です。
幼少のみぎり、旧家の跡継ぎ娘に相応しいようにと、両親や使用人の方々に厳しく叩き込まれた、数々の習い事。
その一環として、私にも茶道の心得はございます。
さすがに家元の方々には遅れを取ってしまいますが、茶会の席を同じくされた方々に御不快な思いをさせない程度の自信と自負は、心得ているつもりです。
それに何より、幼くして住まいを別にした妹との久々の顔合わせに、胸が弾まないかと申せば嘘になってしまうのです。
「ふう…」
しかしながら、件の妹に思いを巡らせると、私はどうにも気が重くなってしまうのです。
こうして、溜め息を漏らしてしまう程に。
「京花さん、マリナさん…それに千里さん…どうか私に、お力添えを…」
車窓を見るともなしに眺めていた私は、心許せる親友達の面影を描きながら、今この瞬間にも彼女達が守備に着いているであろう、南近畿地方堺県堺市の方角へと、視線を走らせるのでした。
私と、私の親友達の管轄地域へと。
しかしながら、国鉄列車は私の思いなどお構い無しに、京都府を目指してひた走るのでした。
ああ、願わくは今回の茶席が、何事もなく円満に終わる事を…