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エピフォンフロンティアに愛を込めて



「やってみる?」



ハルの表情は今まで見たどんな表情でもなかった。学校で現代文を教えている彼女はこんな風に口元を緩めたりはしない。



僕はハルから渡されたギターを言われた通りに抱え、ひょうたん型のへこんだ部分を右の太ももに乗せる。



想像以上に軽かった。そして、大きかった。



「好きなように、適当に、音を出してみて。」



ハルは先程弾いた時に使った三角形の薄っぺらいプラスチック製の物を僕によこした。



「プレクトラム。日本ではピックって言う方が多いかな。」



ピックという単語は知っていたが、この三角形の物の事とは知らなかった。僕の知識は本当にこの程度だ。



無知は不安に陥る。



さっきまではそうだった。



ピックの握りもわからないまま僕は細い6本の線に打ち付けた。



音が鳴る



「、、、。」



本当に同じ楽器から出た音なのだろうか。



ハルが鳴らした音とは違っている。












恥ずかしい。



できない事が。



恥ずかしいところをハルに見せたくない。



しばらく試行錯誤しながら音を鳴らす。



鳴らせば鳴らすほど音はこもってゆく。



デジャブが起こった。それは恥ずかしさから来たもので、学校での音楽の授業で合唱中自分だけ歌詞を間違えてしまった時と同じ感覚だった。







手首が痛い。腕が痺れている。



辞めてしまおうか。やっぱり僕には難しいと言って。愛想笑いをして。










僕は溢れてくる興奮をごまかすように弾くのを辞め、顔をあげる。







「、、、楽しいですねギター。でも、、、難しいです。ありがとうございました。」



僕はそういうとギターをハルに渡そうとした。




ハルは表情を変えず僕を正面から見つめていた。



そして口を開く。






「下手だね。初心者丸出しだ。」



「そりゃ初心者ですし。」



「泉。私は今、君が思っていることを少しだけわかっているとしたらどうする?」



「どういう事ですか?」



「そのままの意味だよ。」



自分が恥ずかしいところをハルに見せたくないという事だろうか。



楽しいと思う感情を隠し、弾くことを辞めてしまった事だろうか。



それとも、両方だろうか。



「泉、わたしはこれでも君の事を3年間も見ている。だからさ、少しわかるんだ。」




「、、、。」



「下手で当たり前なんだ。初めてなんだから。そして、、、、下手でいいんだ。」



「、、、。」



「私が思うに音楽は救済だ。がんじがらめな資本主義の世の中で生きてゆくための。だから音楽ぐらい自由であっても良いと思う。」





「、、先生が音楽の教師にならなかったのって。」



僕もハルの言いたいことが少しだけわかった気がした。



「わたしは、音楽は他人から教わるものじゃないと思っている。弾き方やコードは教えるけれど音楽が何のためのものなのかは人それぞれ違うから。」



仕事としてそれでお金をもらいたくないとハルは言った。



「ちなみに私は初めてギターに触ってから、次に触るまでに1週間はかかったよ。たぶん今の泉と似たような気持だったんだと思う。」



僕は驚いた。あんなに上手いハルでもそういう時期があったのかと。そしてハルにも恥ずかしくて見せたくないと思う相手がいたのかと。



「とりあえず今日はもう寝よう。疲れた。」



ハルはそういうとギターを本棚に立てかけ大きく伸びをした。



「僕は。」



正直今更家に帰る事は出来ないと思った。



途端に現実に引き戻される。



新しい父親と呼ぶ人と知り合ってその日のうちに家族になったこと。



やりきれない気持ちが先行して勢いよく家を飛び出した事。






「泊まるでしょ?泉の家の事だってお見通しだからね。」



ハルはそういうとドアノブに手をかけた。



「あの、実は。」



僕は出かかった言葉を飲み込んだ。



ハルはお見通しだと言った。







「今日はもう寝よう。続きはまた明日ね。」











リビングに戻ると外から雨音が聞こえた。









僕はハルが敷いてくれた布団の中で今日の出来事を思い出していた。










ハルが弾いたギターの音を。











タオルケットに籠ると隣に寝ているハルには聞こえない程の音量で鼻歌を奏でる。





明日が少しだけ楽しみだ。







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