冬馬はビートルズを知らないしジョンレノンは総理大臣か何かだと思っていた。
薄暗い部屋。8畳程だろうか。
リビングから漏れた光が部屋の内部を僅かに照らしてゆく。
壁に這うような形で棚が伸びている。
それは、僕の身長よりも遥かに高く、あわや天井に届きそうな勢いだった。
「、、、本?」
僕は、壁一面の棚に収納された本を一冊抜きだそうと手を伸ばす。
「ざ、びーと、るず?」
少し埃っぽい大きめのアルバムくらいの本の表紙には
THE BEATLESとかかれていた。
適当にページを開くと、楽譜のようなものが無数に書かれていたが、小中学校の音楽の時間で習うものとは違って見たことのない暗号じみていた。
僕は知っている記号を探したが、数字しか見つからなかった。
僕は暗号が書かれたぶ厚い本を元の場所に戻し、そのとなりの本に手をかける
「なにをしているのでしょうか。」
振り返ると、ハルが立っていた。
ボーリング玉のような大きさをしたスイカを左の脇に抱え、右手にはナタのようなものを握っている。
「スイカ、食べる?」
「、、、頂きます。」
ハルは表情を変えずに振り返りキッチンの方へ歩いてゆく。
僕はもう一度部屋の中を眼球だけで見渡しリビングに出るとゆっくりドアノブを閉めた。
ハルが切ったスイカはとても美味しかった。甘みが強くみずみずしくて満足なのだが、いかんせん切り方が4等分だったので、食べ終わるのにかなりの時間をかけてしまった。
「田舎から送られてくるんだけれどね。中々1人だと食べきれないからさ。ほら、切り込み入れちゃうと劣化が早いって言うし。」
ハルの出身は確か長野だった気がする。
長野でスイカが多く取れるかは知らないが、絶品だった。街をあげてPRするべきだと思う。
「どう思った?」
「みずみずしくて美味しいです。」
「わざと?」
「え?」
僕は察したし、気を使ったつもりだった。積み上げられた音楽系の本達に、埃まみれのアコースティックギター。先程の部屋は締め切られたかのように人の温度が感じられなかった。
だから、言葉を濁した。
僕は鈍感ラノベ主人公ではない。
ハルがあの部屋を見た感想を僕にきいてきたことも、わかっていた。
「部屋ですよね。ギターが置いてあった」
「そう、さっき泉が勝手に入っていったところ。勝手に。」
「すみません。興味本位で。」
「いいよ、別に。実際気にしていない。」
ハルはそういうと、首を掻き話し続けた。
「どう思った?」
僕はなんて答える事が最善なのかを考えたが、なんとなく、それは違う気がして、部屋に入った時に感じたことを言った
「怖かったです。」
「、、、そう。どこらへんが?」
「単純に温度を感じないと言うか、お化け屋敷とも違う、、、森の中を探検していたら偶然見つけた廃墟に足を踏み入れた感じです、、かねぇ。」
僕は素直に言葉を紡いだ。
ハルは怒るだろうか。
「そう。。。ひどいね泉。人の家を廃墟だなんて。――まぁでも、わからなくもないかな。」
昨日までの僕だったら、聞かなかっただろう。なぜギターがくしゃみが出そうになるほどの埃をかぶっているのかも、なぜ、部屋が締め切られたようになっているのかも。
「――ギター弾かないんですか?」
ハルは困った顔をするでもなく、特に表情を変えない。いつも通り至極冷淡な表情。
黙ったまま数秒間が経過しただろう。その数秒の沈黙は僕にはとても長く感じた。
ハルは僕の質問には答えず、僕に問いかけた。
「泉、ギター弾いてみる?」
ハルはそういうと、僕を見つめる。
ハルの瞳は何を目論み、何を訴えたかったのかも今の僕にはわからなかった。