プロローグ3 ハルはお気に入りの傘を失くす
庭を進んだ先にある門には監視カメラがついていたので、裏口へ向かった。頭くらいの高さの門を登り僕は敷地の外へ出た。
門を飛び降りると衝撃が足裏を伝って痛みが込みあがる。
家の外観は長野県にある母の実家とよく似ている。
「――いや。」
もう友里恵の事を母と呼ぶ必要は無いだろう。
僕はもうここには戻らないのだから。
空を見上げたが、星はおろか、月も見えなかった。
僕は私物が全て詰まった黒色のボストンバックを背負いなおしとりあえず真っすぐ歩き出した。
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頭の中で考えていた計画はすぐに欠陥が見つかった。
そもそもここがどこかわからない。
前の家から車で20分という事しか情報が無い。
あの時僕を乗せたタクシーは、北に向かったのか南に向かったのか。
とにかく大通りに出ようと僕は知らない街を、道を、彷徨い続けた。
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「今は何時だろう。」
歩き続けて2時間は経っただろうか。
この時ばかりは自分がスマートフォンを持っていない事をひどく恨んだ。まさかこんなにも物を欲しくなる欲が生まれてくるとは思ってもいなかった。
スマートフォンがあれば電車の時間も調べられるし、ここが何処なのかも、時間だってわかる。
勉強時間に支障が出るとの理由で買わなかった過去の自分を、長い間責め続けた。
大通りの青看板には有名な地名が4つほど載っていたが、どこを目指せばいいのかもその時にはわからなくなっていた。
「ッテ。」
右足のスニーカーを脱ぐと、靴下が赤く滲んでいた。
左足も同じ様になっていた。
お腹が空いた
コンビニに行くと監視カメラがあるから、駄目だ。人に道を聞こうにもこの時間にまず外に人はいない。
ふと遠くの林がざわざわと揺れた。
雨が降ってきた。
僕は空を見上げた。
次第に強くなる雨足は針のように細くて、痛かった。
一体僕は何のためにあの家を出たのだろうか。
結局僕はなにもできない。
一人ではなにもできない14歳であってそれ以外の何物でもない。
「寒い。夏でも雨が降ると寒いんだ。」
僕は公園のベンチに座り込んでいた。
何が家出だ。
結局正しかったのはアキで、僕が間違っていた。
今更あの家には戻れない。物理的にも。精神的にも。
雨がまつ毛に滴って視界は滲んでいた。プールの授業の後に目を洗った時に似ている。
――あのときの涙によく似ている
ぼやけた視界の奥に人影が見えた。
警察だろうか。
僕はこの後パトカーに乗って交番にって、迎えに来た友里恵に怒られあの家に帰るのだろうか。
いや違う。
怒られもしないし、迎えにも来ないだろう。
友里恵は僕のことを自分の子供だと認識してはいないのだから。
人影が近づいてくる。
僕は逃げる力も残っていなかった。
「泉?」
俯いた視界には黒いハイヒールが見えた。
僕は顔をあげる。
そこには現国教師の小野谷ハルが立っていた。