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プロローグ2 冬馬はお金について考える



新しい父親というのは、小学生の時に担任だった後藤によく似ていた。



けれども姿かたちが似ているというわけでは無いし、言動も全く違う。

思い出の中の後藤は無理に高い声を出そうとして頻繁に声が裏返っていた気がする。



それに比べるとこれから父親になると母から紹介された人物の滝澤武利(たきざわたけとし)は、映画に出てくる喫茶店のマスターみたいな低くて立派な髭が似合うような声をしていた。



「冬馬君、アキちゃんこれからよろしく。」



「――よろしくお願いします。」



母は既に靴を脱いで家の中に消えて行った。玄関口で僕とアキはボストンバックを肩にかけ家の中に視線を向けていた。



新しく僕らが住む家は以前の家から20分とかからない場所で、同じ市内だった。



普段は落ち着いているアキだが、この時ばかりは困惑の表情を浮かべていた。眉が八の字になっている



「あの、失礼ですけどお母さんとは――。」



アキが恐る恐る尋ねると、滝澤は優越感をたぎらせた表情で言葉を返した。



そう、この優越感。この部分が後藤とそっくりなのだ。



「簡単に言うと、会社の取引相手って感じかな。――ほら友里恵さんの会社、最近調子悪いから。」



その言葉で僕は全てを察した。アキも察したのかもしれない。



経験があるのだ。親がビジネス結婚をするという事が。



ちなみに僕の実の母は友里恵ではないし、アキの実の父は僕の実の父とは違う人だ。



つまり僕はこれから滝澤武利という男を父親として受け入れ、血の繋がった人間が誰一人いない場所で家族として暮らしていかないといけない。



「――そうなんですね。これからお世話になります。」



「あぁ。よろしく。部屋は2階の部屋が何個か空いてるから好きなところを使ってくれ。」



まるで客のような扱いだった。到底これから一緒に住む、まして家族になる人物に向けての温かみ等は皆無だった。



それから僕とアキは家の中を探索した。呼吸をするのもどこか落ち着かない。

バスルームは以前の家のリビング程の大きさがあったし、キッチンの隣には百貨店のワインショップがそのままくりぬかれたかのようなワインセラーがあった。



「母さんの会社やっぱり上手くいってなかったんですね。」



アキはそういうと階段に足を踏み出す。手すりの最前には虎の形をした透明なオブジェが置かれている。一体いくらするんだろう。



「うん。そういう感じはここ数カ月していたから。」



「――。」



「――滝澤さんとは上手くやれそう?」



「どうでしょうか。上手くやれるかはわかりませんが、――私はお母さんの子供だから。」



アキは僕を振り返らずに言った。一体どんな顔をしているのだろう。

悲しい顔。怒った顔。諦めた顔。

いずれも喜びとはかけ離れているだろう。





「なぁアキ。」




「なんですか?」




僕は今夜家出をする。



一緒に来ないかと



こんな人生、散々じゃないかと



親の横暴で住む家、暮らす場所、友達との別れがある日突然訪れる。



ものの数時間前までは知らなかった人と一緒に暮らせと言われる。





普通じゃない。



こんな家庭環境、普通じゃない。




「今夜、僕は此処を出る。一緒に行かないか?」




僕はそういうとアキの返事を待った。





喉が渇く



汗がじんわりと浮かんでくる



まるで時が止まっているかのように沈黙は長く感じた。







「――部屋は広いです。フローリングです。見て下さい兄さん。」




アキはそう言うと階段から一番離れたところにある部屋に入っていった。




そういう事なんだろう。



困らせてしまっただろうか。





血のつながっていない妹のアキは、僕なんかよりもずっと大人で現実を知っていた。






僕は一言謝ると、アキは「大丈夫」と笑顔を作った。



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