冒険・じゃがいも討伐4
俺が走る後を、じゃがいもがついてくるのが分かる。
こいつら、どうやって相手を見分けているんだろう。
大きさはどうやら、人の頭くらい。それだけでもじゃがいもとしては随分大きいが、それが転がるわけではなく、地面を掘り返しながら走ってくる。
見た感じ、目はなし、耳もなし。
だが、俺の動きが分かるらしい。後を追ってくる。
……やばいな、思ったより速い……!
俺は走りながら、どうしようか考える。
知識があるタイプではない。どっちかというと閃きタイプなんだが、経験ってものが無いから閃きにしたって大したものじゃない。
とりあえず、視覚、聴覚、嗅覚、触覚と、感覚をフル動員して何とかならないか、周りの情報を探ってみる。
すると、サラサラと流れる音が聞こえてきた。
これは、小川……?
いや、農場に水を運ぶ用水路だ!
俺は考えることなく、そっちに向かって走った。
「おおりゃあっ!!」
勢いをつけて、用水路を飛び越える。
それなりの幅がある水路だ。
じゃがいもたちはその後についてきて……先頭にいたじゃがいもが、勢い余って水路に落ちた。
こいつら、ジャンプが出来ないんだな……!
水路に落ちたじゃがいもは、ジタバタともがいていたかと思うと、悲しげな叫び声をあげて、しおしおと萎れていった。
そいつは青く変色し、水路に流されていく。
「大量の水に弱い、とかか……?」
他のじゃがいもたちは、水路の脇で立ち止まり、何やら相談している風である。
その中に、一際大きい芋がいる。
あの大芋が、じゃがいもたちの核ではないだろうか。
「ああもう! お芋邪魔!」
ピギィーっとじゃがいもが叫びながら蹴り飛ばされていった。
登場したのはアリサである。
俺たちがベッド代わりに使っていた麻布に、女魔術師を詰め込んで担いでる。
「アリサ! こっち!」
俺が手を振ると、アリサが持っているランタンがこちらを照らし出した。
「よかった!! ロッド、無事だった!」
アリサがぱたぱたと走ってくる。
人を一人上に乗せているとは思えない動きだ。
彼女が普段走っている姿と変わらない。
しかも彼女は、恐らく意識せずにじゃがいもを蹴飛ばしたのだろう。
人の頭ほどもあるじゃがいも。結構な重さがあるはずだ。
これは、アリサのパワーがじゃがいもたちと戦うために重要な役割を果たすかもしれない。
遠くで聞こえていた、ベテランパーティたちの戦う音は静かになっている。
全滅したのでは無いと思う。
多分、息を潜めてじゃがいもに反撃する機会をうかがっているとか。
俺たちも、女魔術師を連れて、安心できるところまで移動した。
つまり、しっかりと踏み固められた大通りの真ん中だ。
じゃがいもたちが明らかに進行できていない場所。
「あのね、ロッド。私、解毒の祈りはまだ教えてもらってないって言ったけど……。多分、できるんだよね」
「できるのか!」
女魔術師を地面に降ろして、アリサは決意を固めた表情で言う。
「うん。あの、それはでも、知識神様にお祈りするわけじゃなくなっちゃうから……」
「ああ……」
自らに宿った力の超神に祈り、魔法的な効果を発揮するということだろう。
……というか、アリサの祈りは、あれって多分、知識神に届いてないんじゃないか? いや、むしろ力の超神が途中で祈りを聞き届けて、勝手に魔法の効果を顕しているんじゃないかと思う。
つまり、アリサがどれだけ真剣に知識神に祈っても、それらを叶えるのは全部力の超神という可能性が……。
「”いと賢き……ううん、いと力強き神よ。その身に穢れを宿した者に救いを……”」
『オウケイ』
あの声だ!
いや、この間、酒場で回復の魔法をかけてもらった時は俺の脳内に響いてるんだと思ったけど、これ普通に聞こえるぞ!?
力が強すぎて、現実の世界に干渉してきているとか、そう言う事なんだろうか?
だが、あの時と違うのは、これは知識神へ捧げた祈りではなく、アリサに宿った力の超神への祈りなのだ。
ちなみに信仰する対象と、祈りを捧げる対象が違う場合、神官は自分の神様から罰を与えられる事になるらしい。
具体的には、試練的なものが課せられることになるとか。
アリサはその覚悟をした上で、一番身近な力の超神に祈りを捧げたのだ。
祈りは即座に聞き届けられた。
アリサの右腕が、分厚い布地を通してなお分かるほど、まばゆく輝いたのだ。
ソラニンという毒にやられ、意識を失っていた女魔術師。
彼女の顔色が、急速に戻っていく。
あれ? これって毒消しをしているだけじゃない。血行促進とか、何か副産物っぽい効果がかかってるんじゃないだろうか。
……あっ。
「アリサ、アリサ」
「う、うん、分かってる」
祈りを捧げる姿勢のまま、アリサは頑なに女魔術師を見ようとしない。
「これ、一回り体が大きくなってるよな? 筋肉……」
「それ以上いわないでー!」
『ナイスバルク!』
『デカイよ!』
周囲から幻聴が届く。
いや、これ絶対、力の超神に従う天使だろ。なんでこんな天使引き連れてるんだ……!
天使たちの掛け声の通り、女魔術師は意識を失ったまま、実に見事な鍛え抜かれた肉体に変貌していた。
俺の経験だと、この状態は一時間くらいで戻るはずだ。
仮に今、意識を取り戻したとしても、彼女はすぐに失神するね。間違いない。
このマッチョはいわゆる知的な女性には刺激が強すぎる。
「ああっ……、ごめんなさい魔術師さんっ! でも、でもこれしかなかったの……!」
ヨヨヨヨヨ、と泣き崩れるアリサ。
「アリサは悪くないぞ。これは仕方なかったんだ。必要な犠牲だった……!」
そんな訳で、しばらくして女魔術師は意識を取り戻したのである。
彼女は、身につけていたローブのあちこちが伸びきり、だるだるになっているのをしきりに不思議がっていた。
「まずは、お礼を言うわね。助けてくれてありがとう、二人とも。特にアリサさんは、実力のある神官だったのね……」
「い、いえ、こちらこそご迷惑を……」
アリサが変な汗をかいている。
女魔術師、またも首かしげる。
「それでね。ロッドくんから聞いたじゃがいもの情報は、とても有用なものだったわ。なぜ、じゃがいもは水に落ちただけで萎れてしまったのか。それを私なりに推測してみたの」
彼女は、言うなればアリサをそのままパワーアップさせた知識タイプの冒険者だ。
知識に加えて、知恵と経験がある。
じゃがいもの芽にやられてしまった辺りは、じゃがいもが毒入りの芽を飛ばしてくるという、前例が無い攻撃に戸惑ってしまったからかもしれない。
「彼らは、転がるのではなく、根を使って移動しているわ。ここまでは分かるわよね?」
「はい。アリサもそこは指摘してましたし、あいつら、地面が固くなってるところは走れないみたいですね」
「そうなのよ。つまりこれは、彼らが根を深く張るのではなく、浅く張っているという事になるの。そして、浅いところにある根が地面を掘り進みながら移動する。本来じゃがいもは植物だから、そこまで活発に動き回るエネルギーは無いはずだわ。だけれど……」
「うん、私たちが出会ったじゃがいも、まるで動物でした。凄い速さで……」
「しかも、俺が走ったら、それをちゃんと感知して追ってきました」
「そう、それよ。それら全ては、彼らの根っこに秘密があると私は睨んでいるわ。これを見て」
女魔術師が取り出したのは、さきほど水に落ちて流されていったじゃがいもだった。
芋部分は水を吸って変色し、ぶよぶよだ。
全く動かなくなっている。
「この根がね、見ていて。ほら。こっちに切り込みを入れているんだけど、水につけると地上にある根から、凄い勢いで水が出るでしょ」
用水路につけられた根の逆側を女魔術師が持っているのだが、切り込みだという場所から噴水のように水が溢れ出してくる。
「つまり、じゃがいもたちは、とても効率的に水を吸い上げる事ができるみたいなの。これは、地面の中の栄養も一緒だと思うわ。そして、地面に張られているから、地上の振動を感知できるのではないかしら」
振動を感知して、対象を追いかけていたのか!
「犠牲になった家畜たちは、血や肉、内臓から水分を吸われて干からびていたのよ。私を襲ったように、ソラニンで家畜の息の根を止め、そして家畜を苗床のようにしていたと私は考えるわ。つまり、この根こそがじゃがいもの能力であり、そして弱点……!」
「じゃあ、それを皆さんにも伝えたほうが……!」
立ち上がった俺を、女魔術師が止めた。
「だめよ。私たちはじゃがいもによって分断されているわ。悔しいけど、夜の農場を支配するのはあのじゃがいもたちなのよ。連絡を取ろうとして彼らに感知されたら、集中して攻撃されてしまう。君は逃げ切れるかもしれないけれど、私や、ましてやアリサちゃんでは……」
いや、アリサは割りと大丈夫だと思う。
だが確かにその通りだ。
「じゃあ俺たちだけでなんとかするしか無いか」
「うん、私がんばるよ!」
アリサがやる気のある顔をして、杖をぶんぶん素振りする。
その杖、総金属製で結構な太さがあるから、下手な子供よりも重いと思うんだけど……まるで木の枝みたいに振るなあ。
……いや、この杖でぶん殴って、片っ端から用水路に落とすってのはどうだろう……?
そんなことを思いついて、幼馴染を見ると、
「私がんばります! 知識神神官として、じゃがいもたちと戦います!」
「そうね! 私たちのじゃがいもに対する知識こそが、勝利をもたらすに違いないわ。頑張りましょう、アリサちゃん!」
女魔術師と、大変盛り上がっている。
……そのパワーで戦えとは言いづらい状況だった。
「仕方ない、俺も手伝うか……」
だが、いざとなったら超神様にお出まし願うしか無いかもしれない。
そんなことを考えるのだった。