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冒険・じゃがいも討伐3

 早めの夕食は、家畜の乳と肉、農場の野菜をたっぷり使ったシチューだった。

 ホワイトシチューだ。

 これはすごい。

 ゴージャスだ。


「はふっ、はふっ、あつっあつっ」


「おお、落ち着けアリサ! 別に誰かに取られないから!」


「ふぇ、ふぇも(でも)、あふいうちがおいひいからっ」


「確かに! ぅあつっ、うまっ」


 役人さんの住まいに招待された俺たちは、彼と一緒にシチューを平らげた。


「いや、若さというのは凄いな。私一人だと、シチューを作ったら今後三食シチューになってしまうんだけど、すっかり無くなってしまった」


 用意されているパンもまた、この農場の麦を使っている。

 色々な作物が栽培されている場所なのだ。

 町の胃袋を満たすために、とても重要な場所なのは間違いない。

 だから、ここで騒ぎが起こって、家畜や作物が育てられないなんてことになったら、俺たちがいた町や、あるいは国が大変困る事になる。


「ああ、これは君たちに利益供与しているわけじゃない。私のあくまでも好意だから、その辺りははっきりさせておこう」


「はい、ありがとうございました。とっても美味しかったです」


 食後の知識神への祈りを終えたアリサが、にっこり笑う。

 俺は、アリサの祈りに応えて力の超人がポワーっ一瞬浮かんできたのが見えたが、無視することにした。


「それで、悪いんだがベッドは私のものしか無くてね。君たちには、今は使っていない馬小屋を用意してある。この麻布を藁の上に被せれば、ちょっとしたベッドになるはずだ。来年にならないと馬が入ってこない小屋だから、今は清潔なものだよ」


 そう、俺たちは夜の見回りに備えて、真夜中になるまで寝るのだ。

 馬小屋なので、部屋を分けるなんてことは出来ず、またもアリサと一緒に寝ることになる。

 年頃の男女がいいのか……とか思うが、まあ俺が間違いを起こしたらアリサが捻りつぶしてしまうだろうから、間違いは起こるまい……。

 俺の性欲とかが、生存本能に打ち勝てばあるいは分からないが。


「ま、また一緒だね?」


「ああ……。い、一応敷居があるから、別々のところに寝るとかは出来ると思うけど」


「な、何かあったら大変だし、一緒にとこにしておこうよ」


「そ、そうだな」


 役人が、何か微笑ましいものを見るような目を俺たちに向けてきていたのが、記憶に残っている。




「仮眠みたいなものだけど、睡眠の質ってとっても大事なのよ。ロッド知ってた?」


「そうなのか……!」


「そうなの。同じ時間寝るのでも、リラックスして眠るのと、緊張したまま寝るのだと、疲れの取れ方や起きた時にどれだけ頭がスッキリしてるかが全然違うのよ」


 熱っぽく主張するアリサの手には、ゆったりした寝巻きが握られている。

 なるほど、着替えるんだな。

 俺は一々頷いて、外に出て行った。


「いいよって言うまで戻ってきちゃだめよ!」


「お、おう」


 返事をしつつ、俺はスッと足を忍ばせて馬小屋に入っていく。

 音がしそうなものがある場所は把握した。

 今なら無音で侵入できるぞ。

 そっと、アリサの着替えを覗き……。

 おおっ……。

 おおーっ……。

 ほほう……。


「ロッド、ちゃんといる?」


 着替えながら、アリサが声を出してきたので俺は飛び上がりそうになった。

 慌てて背を向けて、着替える場所から離れつつ、


「あ、ああ、ちゃんといるよ」


 返事をした。

 ちなみに視界には、まだ今さっき見た真っ白なものが焼きついている。


「寝て起きたらさ、いよいよ仕事だね……! なんだかドキドキしてきちゃった」


 俺だってドキドキしてる。別の意味だけれど。


「そうだな。だから今はなるべくしっかり寝て、夜からの仕事に備えよう! もう行っていい?」


「ちょちょ、ちょっと待ってて! わわーっ」


 慌てたらしいアリサの声がして、すぐ後でメキメキーッと何かがへし折れる音がした。

 敷居を破壊したな。




 俺は盗賊の資質があるらしい。

 手先は器用だし、目端が利くし、腹時計が正確だ。

 というわけで、きっちり決めた時間帯に目が醒めた。

 どこでもぐっすり眠れる程度には寝つきがいいのも、俺の長所だ。

 そして物音がすれば、割とすぐに跳ね起きる事ができる。

 俺に盗賊としての技を教えてくれた師匠が、褒めてくれたものだ。

 力が無くても、魔法が使えなくても、冒険者をやっていくことは出来るのだ。

 俺が持っているのは、そういう大事な資質なんだと。


 目覚めて横を見る。

 アリサはぐうぐうと夢の中だった。

 彼女も育ちがいいはずなのに、どんな環境でもすぐ寝てしまう気がする。

 昨夜もハンモックで熟睡していたしな。

 案外、力の超神が宿ったのは、彼女と相性が良かったからかもしれない。


「アリサ、アリサ」


 肩を揺さぶると、彼女はムニャムニャと言った。

 半覚醒状態だ。

 俺は油断無く身構える。


「アリサ、仕事だぞ。起きろー」


 柔らかなほっぺたをぺちぺちする。

 アリサはまた、ムニャムニャ言いつつ、腕を伸ばしながら(・・・・・・・・)寝返りを打った。

 俺はちょっと大げさなくらい、跳びながら後退する。

 ついさっきまで俺がいたところに、寝返りを打ったアリサの手が直撃する。

 すると、藁が猛烈な勢いで飛び散った。

 爆発音までした気がする。


「ひぃやぁー!?」


 自分で立てた音にびっくりして、アリサが目覚めた。

 いやあ、とんでもない威力である。

 寝ぼけていて、力をコントロールしようという気持ちも無かったから、ナチュラルな彼女のパワーが発揮されてしまったのだろう。

 すっかり藁は吹き飛ばされて、馬小屋中に散らばっている。

 アリサの腕があたった部分は陥没し、そこから螺旋を描くような破砕痕が広がっていた。

 彼女は跳ね起きた後、それを見て、ゆっくり俺の顔を見て、ひきつった笑顔になった。


「お、おはよう、ロッド」


「おはよう、アリサ。じゃあ、俺は外に出てくるので着替えて。それから、片付けよっか」


「うん、そ、そうしよう」


 俺の盗賊としての資質、もう一つ。

 それは、慎重で油断しない事。





 フル装備になったアリサと共に、夜の農場へ繰り出す。

 灯りなんか全く無くて、空には星が瞬く程度。

 今夜は月の無い夜だったか……。

 月は、知恵の超神が生み出したと言われている。

 エレメントを象徴する(この際、諸説あるオーバーロードを抜いて)三柱の超神は、世界にとって重要な様々なものを生み出したそうだ。

 だが、あまりにも大きな存在過ぎて、人が信仰するには曖昧に見えてしまう。

 だから、彼らの従僕とされる第三位の職能神が、それぞれあてはまる人々によって信仰されている。

 月は、慈愛神が担当だったかな。

 今夜はさしずめ、慈愛のない夜ということになる。


 用意してきたランタンを手にする。

 そこで思い出して、俺はポケットから小箱を取り出した。


「アリサ、これあげるよ」


 さりげない風に言ったが、ちょっと声が上ずった。

 いかん、かっこ悪いぞ。


「えっ、それなに?」


「もらいもんだけど、役に立つからさ。使ってみてよ」


「え、え、え? うわわ! ゆ、指輪っ!!」


「手、出して。握らないでよ。俺の手がつぶれちゃう」


「うっ、うんっ……」


 おおお、アリサの手が物凄く熱くなっている……!

 しかも随分力んでいるようだ。力を入れないように力むとは、これいかに……!

 指輪をはめていくのだが……サイズはやや大きいから、親指じゃないとガバガバだな。

 左の親指に嵌めてやる事にする。


「目標を貫く……! な、なるほど。ロッドの気持ちに応えられるように、私がんばるよ……!」


 なんだか一人で合点してしまっている。

 それはそうと、力む余り、なんだかアリサの周囲の風景が歪んで見える。

 力の超神のパワーで空間を歪めている……!?

 まさかな……。


「それはティンダーリング。石の回りに刻まれた呪文を唱えると、火口石を使ったよりちょっと大き目の火花が出るから」


「うん、それは大丈夫。やったことあるから……。”魔神の小指、妖精たちの金切り声で、チカッと光る”」


 指輪から火花が飛んだ。

 それはランタンの中に入ると、油を吸った芯に灯を点ける。


「よし、じゃあ行こうか!」


「うんっ!」


 俺たちが並んで向かうのは、昼間見た、掘り返されていた通路だ。

 あそこがじゃがいもたちの通路だとすれば、きっと今夜も通るに違いない。

 何故なら、あそこ以外に目立つじゃがいもの通過痕は見当たらなかったからだ。


 そして、俺の見立ては正しかった。

 向かう先から、激しく争う音が聞こえてきたのだ。


「うわあああ!!」

「盗賊がやられた! あのじゃがいも、速いぞ……!!」

「くっ、一撃が重い……!! 防ぎきれ……ぐわあっ」


「やばそうだ。行こう、アリサ! 離れるなよ!」

「うんっ!」


 俺たちが走っていった先で、見覚えのある女性が倒れていた。

 顔が青い。


「これ、毒にやられてる……!?」


 症状を見て、アリサが即座に判断した。

 それは女魔術師だった。


「まさか……じゃがいもが、ブレスを……」


「喋っちゃダメです! あの、ええと、解毒の祈り……はまだ習ってないけれど……」


 アリサが女魔術師を診ているうちに、俺の耳は駆け寄ってくる耳慣れぬ疾走音を聞き取っている。

 そいつらは、俺たちを囲むように周囲から走り寄り、ぐるぐると回転を始めた。

 この音にはアリサも気付いたようだ。

 青い顔をして立ち上がる。

 自然と、俺と彼女は背中合わせになった。


「毒……毒……。そうだ、忘れてた……」


 アリサが呟く。


「じゃがいもには、毒があるの。このじゃがいも、その毒を自在に扱えるんだ……! 気をつけてロッド! ソラニンが来るわ!」


 早くも危機的な状況に陥った冒険の中、俺はじゃがいもに含まれる毒素の名前を、初めて知ったのだった。

 だが、今はそれどころじゃない。

 どうやってじゃがいもは、相手に毒を与えてくる?

 俺だって、じゃがいもの芽を食ったら腹を壊すというのは知っている。

 だが、それなら奴ら、口に飛び込んでくるのか?

 落ち着け。

 さっき、女魔術師は何と言っていた?

 ……ブレス。

 つまり吐息だ。

 じゃがいもが呼吸をするか?

 俺が知る限り、芋が呼吸してるなんて聞いたことが無い。

 なら、あいつらは、一見ブレスに見えるような、何かを飛ばす攻撃(・・・・・・・・)をしてくるんじゃないのか。

 何かって言うなら、毒だろう。

 毒はソラニン。

 芽に含まれているなら、そりゃあ飛ばすのは芽だろう。


「アリサ、伏せろ!」


「!? ……うんっ!」


 俺はしゃがみ込み、一瞬遅れてアリサがしゃがみ込んだ。

 その直上を、何かが飛んでいく。

 俺たちを通り過ぎたあたりで、そいつはぺちっと地面に落ちた。

 芽だ。


「じゃがいも……じゃがいもの弱点……」


 アリサがぶつぶつ言っている。

 じゃがいもたちと戦うための手段を思い出そうとしているのかもしれない。

 ならば、俺はアリサがそれを見つけ出すまでの間、じゃがいもの芽……じゃない、目をそらすだけだ。


「よし、じゃがいもども! こっちだ! こっちに来い!」


 俺は大声を上げて、駆け出した。

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