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冒険・じゃがいも討伐1

 幸い、冒険者ローンのお陰で軍資金はあった。

 俺はここから当座の食事となる保存食と、必要な道具を一式、それから衣類を買った。

 ローン返済は、報酬から天引きされる。

 これは冒険神の神殿が幸運神神殿と提携しているため、自動的に行なってくれるサービスだ。

 というわけで、手元にある金は自由に使っていいわけだ。


「ロッド、その……私も、下着新しいの買っていい……?」


「お、おう……!」


 もじもじして言われるとどう対応したものか困る。

 だが、アリサはパッと表情を明るくすると、買い物分のお金を受け取って走っていった。

 正確には、お金を握ると握りつぶす可能性があるので、手にした伸び縮みする袋に入れていった。

 彼女の下着も特別性なのだそうで、まあ、大変頑丈な代物らしい。

 そんな変わった下着を作っているところがあるのか……。


「なんだ、ロッド! お前生意気に女なんか作りやがって」


 ニヤニヤ笑いながら、雑貨屋の店主が俺を肘で小突いてくる。

 俺は盗賊で、色々小道具が入用だから、この雑貨屋はよく利用しているのだ。

 保存食や丈夫な衣類、ロープに網にたいまつ、火口箱。

 冒険に必要な道具は一通り揃う。

 冒険神の神殿とも提携しているから、パーティリーダーであれば割引が効くというのを今日知った。

 悪いことばかりじゃないな、パーティリーダー。

 という訳で、俺はここの店主と顔見知りなわけだ。


「や、そんなもんじゃないっすよ。幼馴染で、こないだの冒険でたまたま再会できて……それで、一緒にパーティを組んだんです」


「ほおー。神様も粋なはからいをしてくれるなあ。しかも知識神の神官様じゃねえか。あの聖印だと、まだまだ侍祭だろ? ちょっと仰々しい装備をしてるが、かなりの別嬪(べっぴん)さんだよなあ。それでお前、放っておけなくなってパーティリーダーになったのか。おいおい、頑張れよひよっこパーティリーダーさん! んじゃあ、これは俺からのパーティリーダー就任祝いだ」


 小さな箱をもらった。

 これはなんだと開けてみると、


「おっ、おおおおお、おっさん、これ……!」


 指輪である。

 質素な作りだが、それでも、女性をパーティに迎えた祝いが指輪とか……!


「ティンダーリングだ。こいつを填めて呪文を唱えりゃ、火がつくってやつだぜ。おっと、町中では外せよ? お上にとっちゃ、放火魔の代名詞みたいなマジックアイテムだ」


 便利だが、悪用もできるマジックアイテムだ。

 値段は、相場ならそこまで高くはないが……決して安いものでもない。


「いいのかよ、もらっちゃって……」


「代金は今後とも、うちを利用してくれりゃいいぞ!」


 いいものをもらってしまった。

 ほくほくしながら、どっしり重くなった背負袋とともにアリサを迎えに行く。

 教えられた、下着を買う店とやらに行ってみたら、何の事はない。ここは防具屋ではないか。

 アリサが、やっぱり背負袋を膨らませて出てきたところだった。


「おう、いいのは買えた?」


「うん、ばっちり。大きさも合わせてもらっちゃった」


 合わせてもらった……?

 脱いだんだろうか。

 悶々と妄想してしまう。


「それからね、今回のお仕事の相手はじゃがいもでしょ」


 アリサが袋をごそごそする。

 そこから、何本かの鉄の尖ったものが出てきた。


「それは?」


「鉄串! やっつけたら、焼いて食べちゃおう」


「なんとワイルドな……!!」


 だが、アリサが思ったよりもポジティブなのが分かってちょっと安心だ。

 昨夜はちょっとナーバスになってたんだろう。

 これから仕事だから、昨日のことを引きずらないでくれているのは嬉しい。


「よし、じゃあ乗合馬車が来てるから急ごうぜ」


「うん!」


 俺は自然に手を差し出していて、アリサはその手を握ろうとして……。


「あ、あぶないあぶない!」


 パッと離れた。


「私、細かい力加減できないから、手を繋いだりとかもできないので……」


「あ、そっか……。そこからなんとかしないとな……」


 ちょっと微妙な空気が漂う中、出発となった。




 今回の冒険に向かうのは、俺とアリサの他に、普通のパーティが一つだ。

 そっちは、戦士が二人、盗賊らしいのが一人、冒険神の神官が一人と、魔術師が一人。

 戦士の一人と魔術師が女の人で、全体的に見てもバランスがいいパーティだった。


「なんだ、二人きりでパーティなのか? それもまだ子供じゃないか。大丈夫なのか?」


 向こうの盗賊が、心配して聞いてきた。

 馬車に揺られる道行きの途中だ。


「あ、はい。昨日パーティになったんで」


「そうかあ……。その歳でパーティリーダーとはねえ。あれだぞ。無理しないで、コツコツ小さい冒険をしてローンを返していったほうがいいぞ」


「はい、そのつもりです。無茶したあげく、アリサを残して死んだら、すげえ寝覚め悪いんで」


「もう! ロッド、死ぬとか言わないの!」


 アリサが怒った。

 向こうのパーティの人達は、なんだか笑っている。


「いいなあ。俺にもあんな頃があったなあ」

「あら、リーダーはもっと考えなしに突っ込んで行くタイプだったんじゃないの?」

「お二人に、冒険神の加護がありますように」


 うん、いい人たちみたいだ。

 特にパーティリーダーは、冒険神の神殿で登録されているから、いつでも神様にチェックされている状態だ。悪いことなんかできない。パーティメンバーの悪行は、即自分に帰ってくるから、よく出来たパーティリーダーの仲間たちは、モラルなんかもしっかりしてることが多い。


「ところで、皆さんはなんでこの依頼を受けたんですか? 失礼ですけど、あんまり報酬も高いわけじゃないのに」


「ああ、それか」


 答えたのは、パーティリーダーの男性戦士だった。


「俺たち、普段は魔物(モンスター)を討伐してるんだけどな。最近そいつらの動きが怪しいんだ。なんというか、数が多くてな」

「例年であれば、魔物がよく出て来るシーズンというものがあるわ。だけれど、今年はそれを無視して、年中魔物が大量に湧いてきているの。私の見立てでは、今回向かうじゃがいも農家が魔物が湧き出すところに近いから、なにかあるんじゃないかと思って」


 言葉を繋いだのは女魔術師。

 モンスターが増えている?

 それは初耳だった。

 昨日まで俺が所属してたパーティは、そこまで危ない所に行ったりはしなかった。

 だから、モンスターたちの動きなんてよく分かっていない。

 この人達、けっこう凄いパーティなんじゃないだろうか。


「ろ、ロッド……。私、じゃがいも焼いて食べようなんて言ってたのが申し訳なくなってくるよ」


 アリサが情けない声を出した。


「気にするなって。俺たちまだ初心者みたいなもんなんだから、教われることは教わりながら行こうぜ」


「うん、そうだね」


 思えば、じゃがいもが動き出して家畜を襲うという、今回の依頼。

 これも、モンスター大量発生に関わっているとするなら、あまり油断できる依頼じゃないかもしれない。

 俺は気持ちを引き締めることにした。

 だが、結局現地へ向かうまでの道のりで、変わったことなんて何も起こらなかった。

 行き先は、農家がたくさん集まっている地域で、この国の食べ物を集中的に作っている場所だ。

 それだけに、食べ物目当てのモンスターに狙われやすく、冒険者の仕事にも事欠かない。

 依頼はたくさん出ているから、冒険者を運ぶ馬車はいつも行き来している。

 農作物や家畜を運ぶ荷馬車と、何度かすれ違う。


「でも、しょっちゅう依頼を出してるんですよね? それで、農家の人達は報酬のお金って大丈夫なんですか?」


 俺はふと疑問に思って口にした。

 すると、盗賊の人が教えてくれた。


「それはな、ここは国が管理してる農場でもあるから、報酬は国が肩代わりしてるんだ。そのぶん、農家は国に税金として差し出す農作物を多めにするわけだな。そこらは上手く行ってるんだよ」


「へえー」


「でも、依頼を出すほど税が増えるから、そのバランスが難しいっていうのが農家の方たちの悩みなんですよね?」


「おっ、さすがは知識神の神官だな。お嬢ちゃんも詳しいな」


「へえ」


 俺は驚いて、アリサを見た。

 幼馴染はちょっと得意気な顔をして、俺を横目で見ながら胸を張った。

 彼女の知識神神官らしいところ、初めて見たかもしれない。

 あと、彼女のドヤ顔は可愛い。

 俺は新たに、アリサを守らねば、的な思いを強くしたのだった。

 かくして。

 じゃがいも討伐が始まる。








「うわあああ!!」

「盗賊がやられた! あのじゃがいも、速いぞ……!!」

「くっ、一撃が重い……!! 防ぎきれ……ぐわあっ」


 闇夜を駆け抜ける、重い物の疾走音。

 背中合わせで立つ俺たちの横では、青い顔をして倒れている魔術師の女性。


「忘れてた……」


 アリサが呟く。


「じゃがいもには、毒があるの。このじゃがいも、その毒を自在に扱えるんだ……! 気をつけてロッド! ソラニンが来るわ!」


 早くも危機的な状況に陥った冒険の中、俺はじゃがいもに含まれる毒素の名前を、初めて知ったのだった。

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