再会はパーティ結成とともに
「実は認証の儀式の時ね……」
アリサは語り始めた。
それは、毎年行なわれる、新たな侍祭を認証する儀式だったという。
例年のように、アリサの父である大司祭が祈りの言葉を述べると、壁面に飾られた、知識神のシンボルが光り輝いた。
これは、書物を紐解くフクロウの頭をした学者の形をしている。
それが輝き、知識神が直々に、分け身である天使をそれぞれの新米侍祭たちに遣わすのだ。
だが、今回は様子が違ったのだ。
突如として、全く関係ない方角にある壁が光り輝いた。
「な、なんだ!?」
大司祭は目玉が飛び出るほど驚いていたという。
ありえないくらい眩い輝きで、知識神の神殿は埋め尽くされ、何も見えないくらいの状況。
こんな事態はもちろん、前代未聞だ。
その中で、アリサは何かとても神々しい存在が自分に向かって降りてくるのを感じたという。
これは、知識神様が直々に加護を授けてくれるのでは。
神官である両親の教育の賜物か、アリサはとても敬虔な信者だった。
目が眩むような輝きの中、アリサは必死に祈ったらしい。
すると、
『ユーの祈りは届いたよ! とてもグッドだね! HAHAHAHAHA!』
という声が響き渡り……。
アリサの二の腕には、この紋章が浮かび上がっていたのだという。
「そ、そ、それは……!! 力の超神の紋章……!!」
大司祭はさらに目玉が飛び出るほど驚いたらしい。
ちなみにこの司祭、知識神をイメージした、ふくろう頭の学者にそっくりな顔をしている。
目玉が大変大きいので、アリサは父親の目が転がり落ちるのではないかと心配したらしい。
だが、大司祭が驚愕するのも仕方がない。
力の超神とは、至高神に次ぐ位階の、極めて高位の神格なのだ。
簡単に説明すると、
第一位:至高神カーミィ:全てを生み出した最高神。真っ白な髪と髭で顔の肌が全く見えない老人の姿で描かれる。伝承によると、たまに地上に落っこちてくるらしい。
第二位:エレメントを象徴する三柱の超神:知恵、技、力の三柱。あまりにもそれぞれの要素に特化していて、異質なため、人間とは接触を持たないとされる。
ちなみに正確には四柱とする説もあり、全てに秀でた超神、オーバーロードがそこに加わるというものだ。オーバーロードは強力すぎる己の力をよく知っており、わざと自らにハンディキャップを加える事で、フェアな戦いをするそうだ。だが、この神は常に地上にいて、彼を宿す事ができる、卓越した存在と行動を共にしているという。
第三位:職能を象徴する神々:知識神や戦神、武神、盗賊神、魔神などなど。一般的な信仰の対象になる神々。
この、第二位がポロッとやってきて、アリサに宿ったわけだ。
それはもう、大事だ。
これが知識神信仰の総本山に知れたら、アリサは連れて行かれて色々調べられる事になるだろう。
ことによれば、体の中や魂まで探られてしまうかもしれない。
知識神の信者は知識欲旺盛で、好奇心に満ちているものなのだ。
これは危ない、ここに置いておいてはとても危険だ、ということで、大司祭は愛娘を旅に出す決意を固めたそうだ。
そして……アリサの素性を話さず、とある冒険者のパーティに加入させたと。
「で、そこをクビになったの……」
ヨヨヨヨヨ、と嘆くアリサ。
あれってもしかして、大司祭のコネだったのか……。
「アリサ、ここはもう乗りかかった船だ。俺も君のためにパーティを抜けたから」
「ロッド……! 私のために……! ……でもこれからどうしよう」
「どうしようか……」
うーむむ、と唸る俺たち二人。
まだ酒場である。
すっかり先程の喧嘩騒動も落ち着き、冒険者たちはめいめいに盛り上がっている。
彼ら、熱しやすくて割りと冷めやすいのだ。
あ、そうそう。
俺の体ももとに戻った。問題は、衣服が引き伸ばされてちょっとだるだるになっていることか。
買い換えるにしても出費がきついな。
「とりあえず、仕事を探さなくちゃな。アリサ、俺とパーティを組もう」
俺は提案した。
「そ、そうだね。パーティ組まなきゃお仕事を受けられないものね。じゃあ、どっちがリーダー?」
「俺だろうなあ。登録料は払えないから、冒険ローンを借りてこないと……」
「こ、幸運神の神殿で借りるの!? あの人達は鬼よ! 神官の皮をかぶった鬼よ! 身ぐるみ剥がされちゃう!」
「しかし、そもそもそうしないと生活費も危ういからな……」
「ううっ、ご、ごめんなさい、私のせいで」
ヨヨヨヨヨ、と嘆くアリサ。
そんな彼女の肩を、光り輝くマッチョマンがすごい笑顔でぽむ、と叩いた。すぐ消えた。
フランクな感じでいきなり出現しないで欲しい、力の超神様。
「まあ、なんとかなるよ。とりあえず登録してくる」
俺は席を立った。
冒険者というのは、信用商売だ。
パーティは、言わば一つの事業を行う集団。
パーティリーダーが経営者になって、他のパーティメンバーを雇っているという体になる。
パーティリーダーは、冒険神の神殿と魔法を使った契約を交わすことになる。
これによって、彼はパーティを組織する資格を与えられる。
正規のパーティリーダーが率いていないパーティは、表向き仕事を受けられないし、冒険者とも認められない。
ということで、俺はパーティリーダー登録をしようと考えたのだ。
酒場の隅には必ずカウンターがあり、冒険神殿の出張所となっている。
そこには、メガネの女性が座っていた。
「いらっしゃいませ。お仕事の依頼ですか? それとも受注ですか? 資格証はお持ちでしょうか」
「あの、パーティリーダーになろうと思って」
「新規のご登録ですね? ありがとうございます。では、こちらの書類に記入をお願いしたいのと、登録料が必要になります。読み書きはできますか?」
「あ、はい。うちが小売だったんで、一通りは仕込まれてます」
「それは結構なことですね。ではこちらにご記入を。ところで失礼ですがとてもお金をお持ちのようには見えないのですが、登録料はどうなさいます?」
「あの、ぼ、冒険者ローンで」
「かしこまりました。では担当者をお呼びします」
冒険神の神官が、カウンター脇に付いていたボタンを押す。
すると、ブブーッという魔法的な音がした。
「ご利用ありがとうございます! いつもニコニコ、皆様のお買い物を支える幸運神神殿でございます!」
揉み手をしながら、チョビ髭の神官が走ってきた。
「冒険者ローンのご利用ですね! ご融資額はいかほどで! 登録料きっちりでよろしいですか? パーティメンバーの装備を整えるためにも、少々多めにご都合させていただいてもよろしいのですが。ああ、失礼します。お手を拝借。幸運神様があなた様の魂に制約の奇跡を掛けられますので……」
「あ、はい、じゃあちょっとだけ……」
トントン拍子で話が進む。
俺みたいに、若くしてパーティを結成する人間は案外多い。
そして、そういう若い冒険者の卵は、先立つものを持っていない場合がほとんどなのだ。
そんな連中にホイホイと金を貸す幸運神の神殿。
彼らは、俺たちの魂を担保にして金を貸してくれる。
もし、借金を返しきらないままに俺たちが死ねば、魂は強制的に幸運神に召し上げられる。
そして、幸運神が暮らすという天界にて、借金と利息分のタダ働きをするのだ。
いやあ、ゾッとする話だ。
「はい、それでは登録いたします。こちら、冒険者の規約です。目に余る規約違反がありましたら、あなたの魂に対して、冒険神様が制裁を加える形になります。生まれてきたことを後悔するくらい苦しいそうなので、気をつけてくださいね」
「あ、は、はい」
「それでは、新たなパーティリーダーの活躍をお祈りしています。行ってらっしゃいませ!」
「いつでもご融資しますよ! またのご利用を!」
うへえ。
人生に凄い重みを背負ってしまった気分だ。
だが、今現役で活躍している冒険者たちは、よほどの金持ちや貴族の生まれでも無い限り、この道を通ってきているのだ。
かくして、俺はパーティリーダーの資格を得た。
我がパーティのメンバーは、俺、そしてアリサの二人きり。
「ひとまず……今日はもう仕事を受けられないからさ」
俺は外を見た。
既に日が暮れている。
酒場が繁盛している時間なのだし、そもそも俺もアリサも、冒険から帰ってきた状態なのだ。
手持ちが少ないが、金を稼ぐのは明日にしたほうがいい。
「宿泊しよう。部屋は、別々……」
言いかけたら、アリサがずいっと迫ってきた。
「部屋を別々にしたらお高いよ……! 一緒に泊まろう……!」
「なん……だと……!?」
「し、仕方ないのよ。私達、パーティをクビになったばっかりで、お金無いんだから……! 何があるか分かんないから、今は節約しないと!」
「うん、もっともだ。で、では一緒の部屋に……!」
「う、うんっ……! だけど、間違いは起こさないでね……! 私、ほら、この力だから、こう、プチッとやってしまいそうで……」
「……気をつける」
そんなわけで。
俺たちは二人で一つの個室をとり、宿泊することになったのだった。
長い夜が始まった。