再会は輝く筋肉とともに
神様チラっと出ます
「すまないが……パーティから抜けて欲しい」
突然の解雇通知だった。
アリサは一瞬、何を言われたか分からず、笑顔のまま固まって、かくんと首をかしげた。
「……はい?」
「だから、うちのパーティにはもう、君は必要ない。むしろ、何をするのか分からない、制御不能の怪力神官なんていられると迷惑なんだよ……! 見てくれ! 洞窟は崩れてしまった! あれではもう、奥を探索することも出来ない! そしてこの俺の怪我だ! 大赤字だよ今回は!」
「あ、あうあうあー」
アリサが口をパクパクさせる。
「ということで、君はクビだ。全く、知識神の神官というから、少しはその知識や治癒の奇跡にも期待していたというのに……」
アリサのパーティが、彼女を置いて去っていく。
我が幼馴染は、ガックリと膝を突き、打ちひしがれた。
うーむ。
「俺たちのパーティに迎えてやるって訳には行かないんですか」
俺が問うと、俺の雇い主である戦士は肩をすくめた。
「冗談だろ。あんな爆弾みたいな神官、仲間に加えてたら命が幾つあっても足りないぜ。あっちのパーティの戦士を見ただろ? あのお嬢ちゃんが振り払ったゴブリンに巻き込まれて怪我をしたんだ。癒しの奇跡がなかったら、死んでてもおかしくないぜ」
俺が見回すと、うちのパーティメンバーも同じ意見のようだった。
「うちは神官は、戦神の神官がいるし……間に合ってるからねえ」
「きれいどころがいるのは嬉しいが、下手に手を出すと粉々にされそうでなあ……」
「ち、知識神の神官のくせに、武に秀でているとはけしからん! 却下ですぞ却下!」
あっ、アリサが捨てられた子犬のような目で俺を見ている。
そんな俺の胸のうちを過ぎるのは、過去に彼女と交わした約束である。
『アリサをまもってあげる!』
うむ……。自分に嘘はつけないよなあ……。
俺は、雇い主に頭を下げた。
「すんません。じゃあ、俺、あいつをほっとけないんで抜けます。あの、違約金は月賦でよければ……」
雇い主は呆れた、という顔になった。
「なんだ、お前あのお嬢ちゃんの知り合いか。そりゃあ難儀な知り合いもいたもんだなあ……。いいよいいよ。今回の仕事は不意になったし、お前さんの出番も無くなったんだ。違約金はチャラにしておいてやる」
「すんません」
「いいってことよ。しっかし、なんだろうなああの怪力。一体、何をどうすりゃあんな馬鹿力になるんだろうなあ……」
俺のパーティであった面子も去っていく。
そんな訳で、崩れ落ちた洞窟跡に、俺とアリサが残された。
「……よ、よう、アリサ。久しぶり」
「う、うん、久しぶりだねえ、ロッド」
ぎこちなく笑みを交わす、俺とアリサ。
そして、彼女はガックリと肩を落とした。
「また私……クビになっちゃった……」
「うむ、俺もお前もな……」
とんだ再会もあったものだ。
俺たち二人は、とぼとぼと手近な町に戻ってきていた。
故郷に程近い町で、周囲に洞窟や遺跡が点在することから、冒険者や探索者を相手に商売している町だ。
「再会を祝して、乾杯」
「かんぱい」
アリサと二人で、杯をぶつけ合う。
互いに金属のゴブレットだが、アリサだけは自前の非常に無骨なやつだ。
「その、薄い金属だと、ちょっと力を入れると曲がっちゃうので……」
大変恥ずかしそうに言う。
よくよく見れば、彼女が身につけている知識神の神官服も、布地が分厚い。
聞けば、鎖帷子を編みこんで頑丈さと厚みを出しているそうで、そうでなければ破けてしまうのだそうだ。
彼女が手にしている、知識神を象った杖も同様。
総身が鍛造された、堂々たる鈍器だ。
洞窟の中では分からなかったが、こうして灯りの下で見てみれば、実に無骨な鈍色の輝きを放っている。
「アリサ……何があったんだ?」
俺は意を決して尋ねてみた。
もしかして、話したくないような出来事があったのかもしれない。
だが、アリサの事をよく知らなければ、彼女に何かをしてやることもできない。
アリサはちょっと迷った風にうつむいて、ゴブレットに満たされた薄めたぶどう酒をすすった。
ここのぶどう酒は、若い冒険者向けに薄めたものが売っていて、きれいな水を加えているからちょっと割高だ。その分、果実の汁を絞って入れてくれていて、お値段相応という気がする。
アリサは、ぶどう酒を飲んでちょっと落ち着いたらしい。
「あの、あのね。……ロッド、引かないでいてくれる?」
いきなりそれだった。
引くってなんだ。なんだか不穏な気配がするんだけど。
だが、また捨てられた子犬のような目で俺を見つめてくるアリサに、何もいえない。
その目は卑怯だと思う。
「あ、ああ。全部話してくれよ。俺にできることがあったら、何かしてあげたいから」
「うん……っ!」
パッとアリサの表情が明るくなった。
俺もちょっと嬉しくなる。彼女の笑顔は、見るものの心を暖かくする力がある気がする。
「あのね。神官は、一人前の侍祭として認証されるとき、神様の御使いである天使を宿すことになるのは知っている?」
「ああ、一応。さっきの俺がいたパーティにも、戦神の神官がいたしね」
かの戦神の神官は、戦の天使を宿した聖なる印を身につけていた。これを媒体にして、神の力を変換して神聖魔法という力を使うのだ。
それはアリサも一緒のはずだ。
「私もね、侍祭の認証を受けるとき、みんなと一緒に認証の儀式に臨んだの」
そこで、彼女の目が遠いものを見る目つきになった。
「そしたらね、天使様じゃなくて、なんだか凄いのが降りてきちゃって……」
言いながら、彼女がいじるのは聖なる印ではない。右の二の腕……?
「凄いのって、どういう……」
俺が言いかけたところでだ。
すぐ近くで飲んでいたらしい冒険者同士が、いきなり大声を張り上げ始めた。
「ああ!? なんだと!? 俺が退治したオークが弱いだと!? どのツラ下げて言ってやがるんだ!」
「へっ、うちらが狩ったのはヘルハウンドだぞ? 子牛ほどもある火を吐くあいつとやりあえば、緑の肌の化け物なんざ前座も前座だね」
「犬っころ退治じゃねえか! んなもん、骨を投げてそいつにかじりついている間に棍棒でぶん殴りゃおしまいだろうが! ぜんっぜん大したことねえよ!」
「なんだとぉ!? オークがブレスを吐くか!? 火のブレスの熱さも知らねえ冒険者が、いっちょまえに腕自慢なんかしてるんじゃねえよ!」
「なにぃ!」
「やるかぁ!」
殴り合いが始まった。
どうやら、二つのパーティの戦士たちが、互いの腕自慢を話し合い、酔いから白熱しすぎてしまったようだ。
酒場での喧嘩は日常茶飯事。
周りの冒険者たちは、手馴れた風にテーブルをどけて、喧嘩の観戦と決め込んでいる。
中には、どっちが勝つか賭けを始めるものまでいる。
「あ、あわわわわ! ロッド、どうしよう……!」
「落ち着こうアリサ! 別に俺たちに関わってくるわけじゃないし、ここは静かにテーブルを移動して……」
「食らえ!」
「ぐわーっ!!」
そんな話をしていたら、殴られた戦士がこっちによろめいてきた。
ちょうどアリサの目の前である。
「ひ、ひいーっ」
アリサは悲鳴をあげながら、ゴブレットを振り回した。
い、いけない!
ずどんっ、と腹の底に響く音がして、ゴブレットが戦士に当たった。
「ごへえっ!?」
戦士の大きな体が宙に浮いた。
そこに、アリサが遮二無二振り回す、返しのゴブレットが炸裂。
「ぶへえぇぇぇぇっ!?」
戦士が吹っ飛んだ。
高い天井の梁まで飛んで、引っ掛かった。
一瞬の出来事だ。
しん、と酒場が静まり返った。直後、おおおおおおおっ、と大変盛り上がる。
酒で陽気になっている上に、冒険者という日々、やれモンスターだ、迷宮だと非常識と向き合っている連中だ。
「可愛いお嬢ちゃんが参戦したぞ!」
「俺は断然あの子に賭けるね!」
「知識神の神官って強いのねえ。がんばれー!」
「えっ、えっ、えっ」
「ちょ、ちょっと待てよ!?」
俺とアリサの事情なんて誰も気にしない。
気が付けば、やる気満々の酔っ払い戦士vsアリサという構図になっていた。
「ひ、ひええー! ロッド助けてえ」
アリサが大変情けない顔をして俺にしがみ付く。
こ、こうなれば仕方ない。ここで出なければ男がすたる。
「お、俺が代理で出るぞ」
「ほう! ヒョロい兄ちゃんが俺とやり合おうってのか! いいぜ、どこからでも来いよ!」
対する酔っ払い戦士は、俺よりも頭一つ分はでかく、体の厚みも横幅も、俺を大きく上回る。
これ、正面から仕掛けただめなやつだ!
だが、周囲は野次馬に囲まれ、まるで闘技場みたいになってしまっている。
俺はやけくそになって、
「お、おりゃああー!」
拳を固めて殴りかかった。
だが、俺の拳が届くよりも早く、視界一杯に戦士の拳が迫る。
やっべえ、リーチが全然違う!
思考に体の動きが追いつかない。
果たして、戦士の拳骨は俺の顔面を直撃し、二つ向こうのテーブルまで俺を吹き飛ばしたのである。
「ぐえー」
俺は呻いた。
「ロッドー!?」
アリサの悲鳴が響く。
テーブルは倒れ、酒や料理はぶちまけられ、俺は目が回り、大変なありさまだ。
「きゃあ、は、鼻血!! ま、待ってて! 今回復の祈りをするから……!」
俺の頭が持ち上げられ、柔らかいものの上に乗る。
これって、膝枕か?
うむむ、鉄臭いにおいのせいで、アリサの匂いが分からない。
「”いと賢き我が神よ。傷ついたものに、叡智の癒しを与えたまえ……”」
『オウケイ』
!?
今、俺の脳裏に野太い男の声が響いたぞ!?
ぼんやりする目に、アリサが纏う光のようなものが見える。
それは、彼女が宿した知識神の天使……なんかではない。断じて。
だってそいつは、身の丈がオーガほどもある、逆三角形の鍛えに鍛え、鍛え抜かれたものをさらに鍛え上げた筋肉によろわれた、白い歯が印象的な日焼け笑顔のナイスガイ……っぽい光だったのだ。
しかも、物凄く神々しいものを感じる。
俺の頭が、一気に明瞭になった。
目のピントも合う。
まだちょっと鼻先はジンジンしているから、アリサの使える癒しの祈りは、そこまで怪我を癒しきれないのかもしれない。
だが。
「なんだか……物凄く腕が張ってる気がする……!」
俺は立ち上がった。
「おお、ヒョロい兄ちゃんまだやるのか? だが俺との体格差が……体格……差……?」
おかしい。
酔っ払い戦士の目線が、近い位置にある。
ええと、これはつまり。
俺の体が大きくなってる?
『デカい! デカいよ!』
『キレてる!』
何やら掛け声が飛ぶ。
これは、俺の周囲を光が飛び回っていて、そいつらが上げているみたいだ。これは……天使……?
周囲の冒険者たちも、唖然としている。
「ひ、ひょええー」
アリサが腰を抜かしている。
「だ、だがだ! 体格がでかくなっても、まだ俺の方がでかい! これでどうだあ!」
つかみ掛かってくる酔っ払い戦士。
「うおわっ!?」
俺は咄嗟に、腕を突き出していた。
その手が戦士に当たり……。
「ぐはあーっ!!」
酔っ払い戦士が錐揉み状態になりながら吹き飛んだ。
な、なんだ、これは……!?
周囲は大盛り上がりである。
アリサがよろよろ起き上がり、なんだか半笑いの曖昧な表情。
「あ、あはは……。私の祈りって、こうなっちゃうのか……」
「ええと、つまりこれが、アリサの状況なわけ?」
「……うん。ロッドも見えたでしょ。あれが、私に宿っている存在。天使どころじゃない。神様なの。それも……知識神様よりもさらに上位だって言う……力の超神」
そう言って、腕まくりをして見せたアリサ。
彼女の二の腕には、華麗にポージングを決めた男を象った紋章が浮かんでいた。
そいつは間違いなく、俺が光の中に見た、あのマッチョなナイスガイだったのだ。