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再会はダンジョン崩落の中で

 ……どうしてこうなった。

 俺は記憶を辿ってみる。

 あの頃は、まだお互いに幼くて、交わした約束は絶対果たされるのだと信じられていた頃は、こんな日が来るなんて思ってもいなかったのに。



「おおきくなったら、ぼくはきしさまになるよ! それで、アリサをまもってあげる!」


「ほんとう!? じゃあね、じゃあね。わたし、ロッドのことずーっと、ずーっとまってるね?」


 記憶の中で、無邪気に笑いあうのは、まだ幼い俺と幼馴染のアリサ。

 アリサはふわふわした黒髪の少女で、その頃からとても美しかったように思う。

 彼女は知識神の神官の娘で、将来も両親と同じ神官になる未来が決まっていた。

 俺はと言うと、しがない小売商の次男坊である。

 手先は器用だったが、体は小さく、腕力なんてからっきし。

 同い年のガキにも喧嘩で勝ったことが無いような貧弱さだったから、アリサに告げた言葉なんざ、今思えば笑い(ぐさ)である。

 だがまあ、あの誓いは今の俺を支える大事な要素になっているんだよな。


「やくそくしよう!」


「うん……!」


 幼い手と手が合わされて、二人の子供は空を見上げて誓う。


「ちしきしんさま、そしてしこうしん、カーミィさま。ぼくたちはちかいます」


「わたしは、ロッドといっしょにいけるようになって」


「ぼくは、アリサをまもります」


 他愛も無いおまじないだ。

 例えば結婚するカップルが、互いの信じる神と至高神に永遠の愛を誓い合うような。

 形式化した儀式なのだ。

 ただ、今になって思うと、この至高神というやつが随分気まぐれだったのだと思う。

 こいつは、どんな願いであっても、それがどれだけ他愛も無いものであっても、興が乗ると叶えてしまうものらしい。

 程なくして、アリサは神殿に入った。

 俺はアリサとの約束を守るため、騎士の修行をしたいと父に申し出たが、


「いいかロッド。平民が騎士になるには、目玉が飛び出るほどの金を積まなきゃならんのだ。お前の兄さんの学費もあるんだから、無茶な事を言うもんじゃない」


 という現実に叩きのめされ、さらには騎士には家柄が必要という事実も知り、三代遡っても小売商の俺は、早くも夢への道を断たれたわけである。

 ……であるが。

 そこで諦めるほど、俺はお利口さんではない。

 独学で、町にやって来る旅人……探索者、あるいは冒険者と言うらしい。彼らから武器の扱いを学び。

 町の外に溢れているという、悪漢や魔物の知識を学び。

 財宝が眠るという迷宮に仕掛けられた、悪辣な罠とそこに巣食う邪悪な生き物の事を学び。

 力だけではどうしようもない状況を覆す、交渉術だとか詐術と言った手段を学び。


 気付くと立派な盗賊になっていた。

 ……って、おい。

 そう。

 俺は戦士にすらなれなかった。

 背は伸びたものの、相変わらず、体格は人並より大きくなかったしな。


 かくして、再会の時はやって来る。

 俺は一介の冒険者となり、未だ戦士になるべく剣の腕を磨いていた。

 何度かの冒険を潜り抜け、だが決まったパーティに所属せず、俺は流れの盗賊としてやっていたのだが。


「えっ……。もしかして、ロッド……!?」


「アリサ……なのか……?」


 とある洞窟探索。

 かち合った二つのパーティ。

 そこで、俺たちは再会した。

 運命的な再会である。

 ……だが。


「オオオオオアアアアア!?」


 絶叫をあげながら宙を舞い、洞窟の壁面に頭からめり込んだのは、あれ、人食い鬼(オーガー)だよな……?

 今、アリサに突き飛ばされてぶっ飛んだような。


「いけない、ダメよロッド! 危ないわ、こっちに来ちゃだめ!」


「キシャアアアアッ!」


「アリサ、後ろ!」


「えっ!? きゃあっ」


「オギャアアアアアアッ!?」


 アリサの背後から襲い掛かってきたゴブリンが、振り返ったアリサが咄嗟に振り回した杖に当たり、ポキポキ音を立てながら、不自然なブーメラン型に曲がりつつぶっ飛んだ。

 あっ、途中でアリサの仲間らしい戦士を巻き込んだな。

 仲間たちが、アリサからザザッと離れる。


「おいおい、洒落にならねえぞ……!!」


 俺は咄嗟に、アリサの元に走った。

 こんな空気が淀む洞窟の中にありながら、アリサの周囲はほのかにいい香りがしたような気がする。

 間近で見た彼女は、記憶の中の幼い姿から随分と成長していた。

 背は伸びて俺の肩ぐらい。

 黒髪は長く艶やかに、腰までの長さ。これを紐で結わえている。

 知識神の聖なる印が下がっている胸元は、柔らかに盛り上がり……。

 っと、アリサをじっくり観察している場合では無い。

 俺は彼女の背後から近寄ってきていた、刃物を手にしたゴブリン目掛けて短剣を投げつけた。


「ギャッ!?」


 おっ、当たった。ラッキーである。

 ゴブリンは短剣が突き刺さった肩を押さえて後退する。


「あ、ありがとう、ロッド……! そ……そのぉ……。大きくなったね……?」


「あ、う、うん。アリサも背とか、色々大きくなって」


「うん……」


「おーい!? 二人で何を青春してやがるんだ! 緊急時だぞ!」


 俺の雇い主の声が響く。

 そうだった。

 今は洞窟内、住人であるモンスターたちと戦っている最中だ。


「ゴオオオオッ!!」


 叫びながら襲い掛かってくるのは、一際大きいオーガである。

 目指す相手はアリサ。

 一見して、一番小柄で、華奢で、ひいき目抜きにも可愛らしい。


「やらせるかよっ」


 俺は決死の覚悟で、短剣を抜きながらアリサを庇うように立つ。

 盗賊が正面勝負なんて、自殺行為だ。

 だが、あんなとんでもない化け物に、ようやく再会できた幼馴染をやらせるわけに行くかよ!


「いや! ロッド、逃げて!」


「ダメだ! アリサ、お前は俺が守る!」


「違うのロッド! 私の正面から逃げて(・・・・・・・・・)!」


 ……はい?

 俺は頭で理解できないながらも、先ほど見た、アリサがオーガを突き飛ばした光景、ゴブリンを吹き飛ばした光景を連想する。

 俺の体は、自然と横に動いていた。

 さっきまで俺がいた場所を、何かが抜けていく。

 石だ。

 こぶし大ほどの石が、飛んでいった。

 少ししてから、空気を裂く音がする。


「……えっ」


 爆発音と同時に、俺たちに向かってきていたオーガの胸にどでかい穴が空いた。

 オーガは一瞬だけ、目をぱちくりさせると、次の瞬間には胸をぶち抜いた石がまとう、とんでもない衝撃波に巻き込まれてバラバラに砕け散った。


「な、なんだよ、これは……」


 俺の頭が理解を拒絶する。

 だが、冒険者として多少積んできた俺の経験が語っていた。

 目にしたものを信じろ。

 どれだけ信じられないことでも、目の前で起きた事は真実だ。

 つまり。

 アリサが石を投げて、オーガを殺した。

 恐る恐る振り返った。

 そこには……。


「ひええええええ……! こ、こわ、怖かったぁぁぁぁーっ!!」


 腰を抜かしてへたり込むアリサの姿があった。


「で、で、でも、ろ、ロッドが無事で、よ、よか、良かった」


 歯の根も合わないほど怯えている。

 だが、彼女は無理に笑顔を作って見せた。

 それは、俺があの時、守りたいと思った笑顔のままだ。



 ゴゴゴゴ、と腹の底に響く音がする。

 足元が揺れ始めた。


「やべえ、洞窟が崩れるぞ……!!」


 アリサのパーティの盗賊が叫ぶ。

 我が幼馴染が投擲した石は、オーガを消し飛ばし、その先にある壁面に巨大な穴を穿っていた。

 その穴が、凄まじい勢いでひび割れていく。

 ひびが壁面を覆い、天井を走り、地面を砕き……。

 俺は咄嗟に、へたり込むアリサを抱き上げる。


「きゃあっ!?」


「掴まってろ!」


「で、でも……!」


 アリサは胸元で手をぎゅっと握ったまま俺を見つめ返した。

 まあいい。

 思ったよりも軽い彼女を抱えたまま、俺は出口へと急ぐ。

 両パーティの面々もだ。

 外に脱出した瞬間、洞窟は音を立てて崩れ落ち、ただの瓦礫の山となった。

 呆然と見つめる、冒険者たち。

 俺だって唖然としてる。

 ただ一人だけ状況を理解しているらしいアリサが、俺の腕の中で呟いた。


「また……やっちゃった……」


 彼女に一体、何が起こったか。

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