ゴミ箱の次は槍
そっか…僕、ドラゴンになったのか…。
この散らばってる卵の殻みたいなのは…僕が入ってた卵のものなのかな。
…親も近くにはいないみたいだ。
さて…これからどうしようか…。
僕はそう思いながら、ヨロヨロと立ち上がり、うーん、と伸びをしてみた。
すると、僕の背中に折りたたまれていた大きな翼がバサッと開いた。
…あ……そっか…ドラゴンだから、翼も尻尾もあるのか…。
なんとなくでも、結構動かせるものなんだなぁ…。
まぁ、自分の体なんだし、当たり前か。
グルグルとその場を回ってみたり、翼を動かして少し自分の体を浮かせてみたり、尻尾を振ってみたり。
一人で…あ、いや、一匹でそんな風に大体の体の動かし方を確認した。
どうやら僕の体は、殆どが真っ白な鱗で覆われていて、尻尾の先の方だけ、薄い桃色から赤にかけて、色が変わっているようだった。
ここでひっそりと暮らすのもいいな。
そうしたらもう、ゴミ箱をぶつけられる事も無いだろうし。
僕はゆっくりとその場に座る。
こんなに雪が積もってるのに、全然寒くないし、雪を触っても冷たく感じない。
…本当に僕は、もう人間じゃないんだなぁ。
生まれ変わったのに前の記憶が残ってるなんて、おかしな話だ。
少し眠ろうかな。
そう思っていた時、微かに人の話し声と、足音が聞こえるのに気づいた。
…こんな雪山に、人……?
「こっちだ、こっちに確かに白い翼のようなものが見えた」
「スノードラゴンか。討伐の依頼書通りだな」
耳を澄ませば、人間の言葉が聞き取れた。
…討伐……?
…今度は僕、ゴミ箱じゃなくて槍とか投げつけられちゃうのかな…。
それはちょっと嫌だな…。
僕はのそのそとゆっくり立ち上がり、さらに森の奥に隠れようと歩き出した。
その時、僕の周りに突然炎が燃え上がった。
『え?』
驚いて右前脚を上げて炎に触らないように引っ込める。
「あそこだ!!」
「だけど尻尾が赤いぞ? 依頼書のやつじゃない!」
「依頼書のやつじゃなくても、ドラゴンはドラゴンだ。討伐するぞ!」
人間の声が、さっきよりもすごく近く感じる。
「俺が炎魔法で仕留める!!」
その声の方に視線を向けた時には、目の前に炎の球体が迫っていた。
咄嗟にそれを避けることが出来なかった僕は、顔にもろに火を受けてしまう。
だが……。
『…あれ…? 熱くない…』
僕はそう首をかしげた。
僕の言葉はドラゴンの鳴き声となって消える。
その鳴き声に、冒険家は怯んでいるようだ。
「何故炎が効かない!?」
そんな冒険家の声を無視して、僕は首を振ってみる。
さっきの…気のせいかな?
僕はそんなふうに思い、僕の周りを取り囲んでいる炎を試しに踏んでみた。
すると、僕自身にはなんのダメージもなく、踏んだ炎は消え、そして僕の前足を向けた先が大きく凍りついた。
……地面が凍りついた。
あぁ、じゃあ滑って逃げようか…?
僕はそう思い立つが早いか、自分で作った凍りついた道をすーっと滑って人間から離れる。
…これ、ちょっと楽しいかも…。
そう思いながら、森の奥に入った時、僕の後ろ足に痛みが走った。
『痛っ…!』
驚いて後ろ足を見ると、大きな槍が突き刺さっている。
さっきの冒険者たちが投げたものが当たったようだ。
「逃がすな!!」
そんな声が後方から聞こえる。
本当にゴミ箱の次は槍を投げつけられるハメになってしまった。
滑ってもダメなら、飛んでみるか…。
僕はそう思い立ち、翼を広げて大きく羽ばたかせる。
するとすぐに森の一番高い木よりも上へと上昇する
下の方で冒険者たちが何か言っているが、もう聞き取れないぐらいまで離れてしまった。
…このまま、安全なところまで行こう。
僕はそのまま、高度を下げずに飛び続けた。
どれぐらいの時間飛んでいたのだろう。
翼が疲れることもなく、どれほど長い時間だって飛んでいられるような気もするが、もう太陽は沈み、月が地上を照らしている。
これぐらい暗ければ、僕も目立たないかもしれない。
僕はゆっくりと高度を下げて、眼下の景色を確認した。
そこにはもう雪はなく、少し紅葉した山々が広がっていた。
その山の一角に、僕は少し派手に着地した。
と言えばまぁ聞こえも悪くないが、実際は着地に失敗して頭から地面に突っ込んだだけである。
後ろ足に刺さっていた槍は足を振るだけでポロリと抜けて、傷も全く深くないようなので放っておくことにした。
さて…今度こそ少し眠ろう…。
そう思うと僕は体をゆっくりと丸めて、その場で数時間熟睡するのだった。