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それぞれのクリスマス

作者: 吾桜紫苑

「ねーねーノワ、くりすますってなーに?」

 昼食の席で唐突に投げ掛けられた問いに、ノワールは食事の手を止めた。怪訝そうに眉を寄せる。

「クリスマス? ……フウ、どこでそんな単語を覚えてきた」

「ノワール、気にするのはそこなのか?」

 呆れ気味に合いの手を挟んだ師匠には目をくれず、幼い言葉遣いの抜けきらない少女の返事を待つ。少女——フージュは首をこてんと傾げてしばらく考え込んだ。やがて、ぱっと顔を上げる。

「青目のおにーさんが言ってたよ? くりすますはどうするんだって。ねえ、くりすますってなーに?」

「あいつがクリスマスね……」

 知人の顔を思い浮かべつつノワールは眉を寄せる。いつも気怠げな表情を浮かべている少年が、季節の行事を楽しむような性格には思えなかったからなのだが、ピエールには呆れ気味に反論された。

「別に珍しくもないだろう。あの世界にも同じ風習はあるぞ」

「何故クリスマスがあちこちの世界で普及しているのかの方がいっそ謎ですが」

「そりゃお前、あちこちの世界に駐在する魔法士が、自国の文化を懐かしんで広げたからだろう」

「魔法文明の普及には慎重なわりに、その辺は雑ですね……」

 今度はノワールが呆れた表情になったが、ピエールは何を今更という様子で昼食に戻る。ノワールも肩をすくめ、いつもの如くこの老人に妨害をされつつも何とか食べられるものに仕上げた食事に手を付けようとしたところ、袖を引っ張られた。

「ねー、だからくりすますって何ってばー!」

「ああ、そうだったな……クリスマスは、お前の出身地の宗教が祀る神の生誕日を祝う日のことだ。12月24日の夜から25日にかけて、家族で食事やケーキを囲んで祝うのが本式だな」

「ほんしき?」

「俺の国では何がどう歪んだか、恋人同士で過ごす日になってる」

「こいびと?」

「……まあ、気にするな」

 まだまだ精神年齢が幼いフウには早い話だったかと、ノワールは言葉を曖昧に濁す。説明するのを面倒がったのに気付かれたか、ピエールには生温い目を向けられたが無視した。

 ざっくりとした説明に取り敢えずフウは納得したようだったが、説明不足を見逃す気にはならなかったらしい師匠が口を挟む。

「これノワール、いくら行事とは言えもう少しちゃんと説明せんかい。あのなフウ、クリスマスにはもみの木を飾り立ててツリーと呼び、リースと呼ばれるわっかの飾り物を家のドアに飾る。そしてツリーに置かれた靴下には、24日……クリスマスイブの夜に、トナカイが引くそりに乗って現れるサンタクロースがプレゼントをいれていくのだよ」

「メルヘンな説明してどうするんだじじい、実在しないものを語って信じさせる年か」

 流石に16やそこらの少女にする説明じゃないとノワールはツッコミを入れたが、目をきらきらと輝かせるフウには届かなかった。

「サンタクロース? どうやってプレゼントを置くのー?」

「それは、誰も解けない謎なんじゃよ」

「すごーい!」

 手を叩いて喜ぶフウとその様子をほこほこと孫を見るような様子で見守るピエールを半目で見て、ノワールはぼそりと一言。

「……アホらしい」

「何か言うたか? 馬鹿弟子」

「いえ、別に」

 そっけなく返して、ピエールが説明している間にさっさと食事を済ませたノワールは立ち上がった。そのまま片付けようと踵を返したところで、またもフウに裾を掴まれて妨害される。

「何だ?」

「ノワ、私クリスマスしたい!」

「はあ?」

「そういえば今日だな、クリスマスイブ」

 ピエールの声に何と無しにカレンダーに目をやれば、確かに12月24日だった。

「……今からですか? 面倒臭い」

「面倒臭いってお前なあ……自分も昔はやっただろうに」

「覚えてませんよ、そんなもの。大体いい年して騒ぐものでもないでしょうに」

 溜息混じりの詰りに素っ気なく返したが、ぐいぐいと裾を引っ張るフウには通じなかった。

「やってみたーい! リースとか、ツリーとか飾って、サンタクロース待つのー!」

「……16にサンタを信じさせた感想をどうぞ、じじい」

「可愛いじゃないか、面倒見役としては夢は叶えてやらんとなあ」

 飄々と笑う師匠は、どうやら「サンタクロース」のお膳立てまで押しつける気らしい。こめかみを引き攣らせたノワールは、無言でフウを引き剥がした。

「……飯くらいは何とかしてやる。フウはそこの料理下手を飾り付けを教わって勝手にやってろ。まかり間違ってもトラップなんか作るなよ、飾りだけだ飾りだけ」

 以前、似たような流れで邸がトラップだらけになったのを思い出して、ノワールは釘を刺す。盛大に叱られたのを思い出したのか、少しテンションの落ち着いたフウが頷いた。

「はーい。飾りを作りながら、マスターをちゅうぼうに近づけなければ良いんだよね?」

「そうだ、よく分かったな」

「ノワがお料理する時は、マスターの足止めするのが私の仕事!」

「よし」

「……お前達、師匠に酷い言い草だな」

 渋い顔をするピエールのぼやきに、冷め切った視線を向けて吐き捨てる。

「目の前の緑かかった物体が生成された元凶がほざけ。七面鳥なんか初めて扱いますからね、あんたの妨害を受けながらでは流石に食べられるものを作りきる自信がありません」

「それが酷い言い草だというに……」

 嘆くのを無視して、ノワールはさっさと厨房に足を向けかけ……大事なことを思い出す。

「……まずは食材の買い出しか……」

「忘れとったんかい、馬鹿弟子。折角だ、フウも連れて行けよ」

「はあ……飾りも買ってこいと……」

 本格的に面倒になってきたが、こうなってはピエールもフウも引き下がらない。観念しつつも、ノワールは深々と溜息をついた。




*****




 クリスマス。

 家族で団らんを過ごす人もいれば、恋人と熱い夜を過ごす人もいるだろう、24日。ちょっとばかり日程がずれる人もいるかもしれないね、平日は社会人の皆様はお仕事だもの。ゆっくり過ごせる休日に代わりに楽しむ人も多いよね。

 まあ中には、ぼっちで寂しく過ごす奴も、独り者同士でやけくそのように騒ぐ集団もいる。それはそれで、イベントとしては案外楽しいものだと聞くけどさ。

 僕はと言えば、勿論こんな素敵な夜を過ごすチャンスを逃すわけもなく。毎年素敵なおねいさんとお洒落なレストランで上品なディナーを楽しみ、そのまま熱い夜へと持ち込もうという駆け引きを……なーんて火遊びを楽しんでたわけだ。

 今年も当然、同じように楽しませていただこうという予定だったんだけど——

「ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております」

「……ありがとうございましたー」

 にこやかかつ丁重な挨拶をする店主様に合わせた僕の挨拶が、ちょっとばかし投げやりになってるところから察してもらえると思う、うん。

 丁寧に頭を下げてお客様を見送った店主様……もとい眞琴さんが、完全に客足の途絶えた店内でくるりと僕に向き直る。いつものシニカルな笑みを浮かべ、わざとらしく小首を傾げた。

「どうしたんだい? 涼平。今日はいつになく元気がないね」

「うん、そーだね。それが何でか分からない魔女サマじゃないと、僕は思うんだけどね」

 じっとりとした目を向けると、眞琴さんはくすくすと楽しそうに笑う。うん、これは完全に確信犯だね。知ってたけどさ。

 というわけで、今年は土曜日曜が24日25日という絶好の遊び日和な暦であるにも関わらず、『知識屋』は通常営業していたのだった。お陰で店員である僕も当然のように駆り出され、貴重なクリスマスイブは見た目にこやか中身腹黒な、うさんくさーい魔術師たちをお客様としてお迎えしなきゃならなかったって訳。

「もー、なーんでクリスマスイブまで働いちゃうのさ。そこは楽しくイベントを楽しんでもいいと思わない? ほら、ハロウィンみたいにさ」

 あの時は眞琴さんだってとっても楽しそうにチビ達と遊んでいたんだし、クリスマスも祝ったって良いじゃない。僕もその方が普通に楽しい。

 え? 火遊びは良いのかって? ……まあそっちの方が楽しいけどさ、眞琴さんみたいな美人とのんびり過ごせるならそれもまた乙なものじゃないか。

「あはは、面白いなあ涼平は。私がクリスマスを祝うわけないだろ?」

「え?」

「だって私は『魔女』だもの。キリストの生誕を祝うなんておかしいじゃないか」

「……いやー、そこは気にせず祝うのが眞琴さんクオリティじゃないかなーって思ったりするんだけど」

 思わずつるっと本音を漏らして、締まったと思ったけどもう遅い。にっこりと眞琴さんが、チェシャ猫の如き笑みを浮かべた。

「おや、そう来るか。涼平は少しばかり、ウィッチクラフトの勉強が足りなかったようだね」

「やめて!? もう魔術書の課題は渡されてるんだから勘弁して下さいお願いします!」

 にこやかに魔術書に手を伸ばす眞琴さんに慌てふためいて懇願する。いや、もう本当に最近スパルタが過ぎて頭ぱーんってなりそうなんだってば。ただでさえ大学が冬休みなんだからって課題増えてるのに、これ以上は絶対無理だと断言できるね。

「ふうん? まあ、そのうちしっかり勉強してもらうけどね。それはそうと、クリスマスを祝うかあ……」

「あれ? 何か反応薄い?」

 意外に思って聞いてみれば、眞琴さんは肩をすくめて驚きの発言。

「私や薫が通ってた高校は、大体26か27日まで冬期補習があったからね。それこそ課題に追われて、ゆっくりクリスマスを楽しもうって雰囲気でもなかったんだ。まあ、全く祝わずにいたわけじゃないけど」

「……わあお、進学校おっかない」

 なんてこった、この世にクリスマスまでお勉強しようなんて高校生がいるなんて。ひたすら遊ぶことしか考えてなかった僕には、想像も付かない世界だね。

「じゃあずっと眞琴さんはお祝いなし? 何か寂しいね」

「うーん、そもそもうちは仏教だしねえ。ない事が当たり前だったからなあ」

「おおう、ここで宗教問題が入ってきますか」

 考えてみれば、魔術の勉強しただけで勘当しちゃうような家が、クリスマスなんてお祝いするわけもないのか。

「……昔は、遊んでもらってたんだけどね」

「へ?」

 珍しくしみじみした口調でそんな事を言うので驚いて視線を向けると、眞琴さんはどこか懐かしむような目で遠くを見ていた。

「私を妹のように可愛がっていてくれた人がいてね。その人が折角の行事なんだからって、お招きに預かっていたんだ。料理上手な人達だったから、なかなか豪華だったよ」

「へえ……」

 魔女様の幼少期……とか、ちょっと想像つかないけど。眞琴さんが珍しく柔らかい表情をしているから、その人達は本当に眞琴さんを可愛がっていたんだろうね。

「まああっちにも家族があるし、今はね……。高校からは家の手伝いもあったし」

「クリスマスなんてないのね」

「お正月の準備があるもの」

「成る程納得。それはそれで日本らしいけどね」

 除夜の鐘を煩いって言う人もいるみたいだけど、僕は好きだね。なんか、ああ年末だなあって思うじゃないか。そう言うと、眞琴さんはちょっと嬉しそう。ううむ、美人の笑顔は眼福だね。

「はは、まあね。そう言うわけで涼平も諦めて」

「えええ、そうきますか……」

 がっくりと大袈裟に肩を落とす僕に、眞琴さんは珍しく声を上げて笑った。




 お店の片付けと魔術のお勉強が終わって、帰り道。いつものようにバイクを押してとことこ歩く僕の肩には、いつものようにのんべんだらりとくつろぐ雑鬼達。

「……キミタチも暢気だよねえ。今日は神様のお誕生日だよ?」

『おれら妖だぞー』

『そうだぞりょーへー、お祝いする理由はないだろー』

「じゃあケーキもなしで良いよね」

『それはちがうぞりょーへー!』

『そーだそーだ!』

『美味しいものを食べるイベントは逃しちゃだめなんだぞー!』

「調子良いんだから、もー……」

 わあわあと騒ぐチビ達にぼやくけど、まあ無駄だよね。完全に人間のお菓子のおいしさを知ったチビ達は、ころっと自分の都合の良い主張を繰り広げている。

「よーするにおかし食べれれば良いんでしょ。もー知らないよ、雑鬼のくせに虫歯になっても」

『むしばってなんだー?』

「あーそこからか……。虫歯ってのはねえ」

 お菓子大好きなお子様の誰もが恐れるオソロシイ病気について説明しようとした僕は、——背筋を駆け下りた冷たい感触に思わず凍り付いた。

 ……うん、物凄く覚えがある。これは間違いなく、節分の夜に味わったおっかない感覚だ。

「ちょーっともう、クリスマスイブに、それはないと思うんだけどなあ……!」

 自分の運のなさに泣けてくるけど、泣いてる場合じゃないよねこれ。素早くバイクに跨がった僕に、チビ達がささっとひっつく。

「しっかり捕まっててよっ!」

 かくして、僕のクリスマスイブの夜は、女性との熱いランデブーがわりに、捕まったらぱくっとされそうなおっかない何かとのチェイスで更けていくのだった。なんだか最近こんなのばっかりだよ、とほほ。




***




 クリスマスイブ。

 恋人がいる人は楽しく熱く語り合うらしく、小さい子どものいる家族連れなら暖かく盛り上がるらしい夜。非リア充達が爆発を祈りまくってやけ酒してるとも言われてる。

 俺がそんな悲喜こもごもの一夜の過ごし方を聞いて思うのは唯1つ。——何でそんなに騒ぎたがるんだよ、お前ら。

 考えてみろよ、季節は真冬、しかも夜だぜ? 『寒いね』とか言ってひっつき合うくらいなら、あったかな自分の部屋でオフトゥンぬくぬくしてた方がよっぽど幸せじゃねえか。サンタは良い子の元に来るっていうなら、良い子でお布団に入ってた方が良い子だろ。なら絶対にオフトゥンぬくぬくすべきだろう、そうだろう。

 あ、勿論美味しいディナーは大歓迎な。現代高校生にとって、デカいローストチキンはご馳走です。お袋様は「食べ盛りが満足するまでなんて出せないわよ」とか言って代わりに唐揚げが並ぶけど、どのみち上手いから問題無し。

 ホールケーキも毎年用意してくれるお袋様は、クリスマスの本質を良く理解してくれてると思う。何故か常葉が湧いて出てはケーキを取り合いしやがるけど、まあそれくらいはご愛敬だ。今年は竜胆に気が散ってくれたのか、いつもよりケーキ食えたしな。

 おっと、話が逸れた。まあとにかくだ、美味い飯食ってオフトゥンにもぐり、ぬくぬくと幸せを貪るのが俺のいつものクリスマスな訳だ。とっても良い子だろ? サンタが来てもおかしくねえじゃん。

 まあこの年でサンタ信じるわけねえし、お袋様からのプレゼントをもらって嬉しいって年でもないから、プレゼントがもらえなくたって特に気にしないけど。良い子には良い夜が訪れるべきだなーって、それくらいは思うわけだ。俺にとっての良い夜なんて、オフトゥンでお昼近くまでゆっくりしてえってささやかな希望なんだしさ。

 だから、だからだ。

「断じて今夜は鬼が出て良い夜じゃねえだろ!? 何でイブの夜まで仕事しなきゃなんないんだよ帰りたい!!」

「あー……瑠依が今日は一際うるせえ……」

「鬼が行事なんざ気にして出てくるわけないだろ、アホ」

 吠えた俺は悪くないし、それに対して冷ややかな俺の相棒達はひでえと思わないか。

「ああああ空気読めよ、今日くらいオフトゥンしたいじゃん、なんで出てくるんだよバカじゃねえの……」

「すげえ、鬼に空気読むこと要求してら」

「馬鹿の発言聞いてると耳が馬鹿になってきそうだな」

「何その新しい悪口!」

 クリスマスイブとて、疾の毒舌の鋭さは全く鈍らない模様。帰りたい。

「ぐだぐだ言ってないでさっさと終わらせるぞ……ったく、連絡よこせって言ったのそっちだろうが。連絡したらしたで文句言いやがって」

「そう言うなよ、ごねる瑠依担ぎ上げるの大変だったんだぞ。……﨑原さんがやけに盛り上がってたし」

「変態はほっとけ」

「いや……うんまあ、待っててもらうよう言い聞かせたけどな」

 遠い目をする竜胆だけど、逃げようと暴れる俺の襟首を掴む手は小揺るぎもしなかった。くそう馬鹿力め。

「おら、いつまでも駄々こねてねえでさっさと行くぞ。幸い今回の鬼は臭いが強いから簡単に追える」

 軽く小突く竜胆の言葉に、思わず胡乱げな目を向けた俺悪くない。

「なあ竜胆……くっきりはっきり臭う時って、大体敵さんとっても厄介なこと多いって言ってなかったか?」

「言ってたな。瘴気が強いから臭いも強い、なら鬼としては当然厄介だろうな。……この混沌とした空気に酔ったか」

「混沌て、疾さん」

「事実だろ。なんでこの国は一緒に過ごす恋人がいるいねえで騒いでるんだ、クリスマスは家族で過ごす日だろうが」

「おう、まさかの真っ当発言」

 竜胆が鼻を頼りに歩き出すのを追いつつ、らしくもなく常識発言をする疾に目を向ける。そういや、こいつ帰国子女だっけ。

「何、疾も家族で過ごしてたのか?」

「クリスマスだけは家に戻れってうるせえ」

「……それに素直に従ってるとか驚きなんですが」

 親の言う事は聞くのか、この自由人。驚愕の目で疾を見ると、物凄く鬱陶しそうな顔をされた。

「まあ、行事なんざぶっちゃけどうでもいいんだが……とはいえこの国は訳分からん。なんでクリスマスメニューと称してローストチキン売ってんだ、クリスマスと言えばターキーだろ。ラフランスもねえし」

「どこの国でも七面鳥が手に入ると思うなよ!」

「百歩譲って代用品としてのローストチキンはともかく、フライドチキンを宣伝してるのには目を疑った」

「いいじゃんケン○ッキー美味いじゃん!」

「クリスマスメニュー扱いで宣伝する理由にはなってねえな。そもそも、ミサに行くでもない仏教信仰者がキリストの生誕を祝うって何だ」

「え、それ言ったら負けじゃね? 八百万の神の一言で万事解決です」

 全ての神様を平等に祀る日本のスタイルは、平和主義で良いと思ってる。宗教戦争とかとっても面倒臭そうじゃん、歴史の教科書読んだだけで帰りたくなる。あんなの余所の国だけで十分です。

「万事解決ねえ……」

 はあ、と何故か溜息をついた疾は、そこでぱっと顔を上げた。妙な表情で行く先をガン見してるので、釣られて顔をそっちに向ける。

「……へ?」

「何だあれ……?」

 臭いに集中してた竜胆も気付いたらしく、戸惑いの声を上げた。そうだよな、あれは100年生きてる竜胆でもおかしいと思うよな。

 竜胆の嗅覚はばっちり鬼を追っていた。鬼と聞いて想像するまんまな見た目の妖が、どす黒い気を纏いつつ、一般人——見る限り魔力持ちっぽいけどひたすら逃げてるからそう分類——を追いかけてる。バイクで全力逃げてるけど、鬼相手じゃ普通に追いすがられるんだよな。

 ここまでは割と珍しくない。この場合、疾がちゃちゃっと人払いの魔術で一般人を逃がして、俺が鬼の瘴気を呪術で落とし、竜胆が仕留めるってのが定石ってか、まあ大体とる戦術なんだけど。たまーに助けに入った術者と疾が盛大に喧嘩し出すけど、それもまあコミで戸惑う理由にはならない。帰りたくはなるけど。

 そこまでやる事が分かってて、俺や竜胆、疾までもがぽかんと突っ立ってる理由。それは、逃げてる方にあった。

「あーもーまだ追ってきてるし、またガソリン切れおこしそうやばい……!」

『おいつかれるぞー』

『つかまったらくわれるぞー』

『おれら善良な妖とは違って、あいつおっかないからなー』

「だから善良な妖ってもう定義がおかしいとか、ああもう言ってる場合じゃないから!」

 悲鳴を上げながら——その気持ちはよく分かる、俺なら普通にお布団潜りたい——なかなか見応えのあるバイクテクで逃げ続けるそのおにーさんは、1人乗りのくせに叫ぶように会話をしていた。誰とって?

「……なあ、疾?」

「なんだ」

「俺の目と知識が間違ってなきゃ、あれ、その辺でひなたぼっこしてる雑鬼だよな?」

「そうだな」

「竜胆……雑鬼っていちお、鬼だよな?」

「鬼だな」

「……2人の中で、雑鬼と仲良く会話する人間って聞いた事ある?」

「「ねえな」」

「ですよねー……」

 無害とは言え妖、それも鬼の仲間に分類される、雑鬼を全身にひっつかせて会話してるんだよ、あのおにーさん。

 そりゃ雑鬼ってその辺の気でひなたぼっこしては気まぐれに人間を脅かしてるよーな、俺らが見てもスルーする弱い生き物だけどさ。とはいえ歴とした妖、それも生粋の鬼。あんな普通に仲よさげに喋る相手じゃない……はず。

 鬼と関わる人間なんて普通はあり得ない。あり得ないけど、世の中大体例外ってもんがある。それが確か……あれ、なんだっけ。

「鬼の仲間って何か肩書きなかったっけ」

「……鬼使い。そう呼ばれる部類だな」

「ただでさえ力のある鬼を軍隊としてまとめ上げる、非常に厄介な存在だな。普通なら当然、狩る対象だが……」

 疾が珍しく判断に困ってる。分かるぞ、俺も何かどうしていいのかわかんなくて、帰りたくなってるから。

「雑鬼なんて無害中の無害だよなあ……しかもあれ、操ってるわけじゃねえっぽいよな?」

「ああ。見る限り、契約や使役はしてねえな」

「……つまり、雑鬼とただ仲良し?」

「雑に言えばそうなる……そうなるな」

 俺はこの夜、疾が戸惑いながらも肯定するなんて物凄くレアなものを目の当たりにした。何これ別人じゃねえよな?

「けしかけたところで悪さ出来やしねえよな、雑鬼だから」

「せいぜい驚かす程度だな。つっても小さいから気付きづらいっつうか……俺たまにうっかり踏んづけるくらいだぞ」

「ちょい竜胆、何か可哀想じゃねそれ」

「曲がりなりにも鬼だから大丈夫だって。……鬼に追われてくるくらいだし、こっちに喧嘩売ってくることは無さそうだな」

「まずねえな。……いっそ見なかったことにするか、局長に説明すると面倒なことになりそうだ」

 この疾に厄介事としてスルーさせる存在がこの世にいるなんて、誰が想像できただろうか。あの人すげえ、俺ちょっと尊敬する。

 え、俺? 勿論直ぐ帰れるならそれに越したことはありません。

「じゃあとっとと鬼倒してとっとと帰ってオフトゥンしようぜ!」

「今回ばかりは同意。どう見ても厄介事の臭いがするしな」

「ま、これはしゃーねえか」

 1番真面目な竜胆のオーケーが出た所で、俺達はめいめい構えていつも通りに鬼を狩った。

 皮肉にも、何やらムキにでもなってたのか夢中になっておにーさんを追いかけてた鬼は、疾の銃弾一発であっさり死んでくれた。見向きもせずに真っ直ぐ走ってる奴とか的だよな。

 おにーさんは鬼が倒れたのにも気付かないまま、一目散に逃げてった。あの逃げ足はちょっとしたものだと思うけど、そもそも鬼使いとしてあれはどーなのか。いや、俺らの仕事増えないから大歓迎だけどな。

「おい、仕事してないんだから報告位はやれ」

「お願い待って!? あのおにーさんのこと上手く誤魔化せる自信ねえよ! 局長ばれたら面倒なことになるぞ!」

「……ちっ」

 厄介事を全力で避けていくスタイルとなった疾が珍しく素直に付いてきてくれたお陰で、報告もさらっとすんだしな。さあ、お家に帰ろうお布団だ。



***



 局長への無難な報告を終え、これ以上馬鹿が呼び寄せる厄介事に巻き込まれる前にと、さっさと帰宅した疾はシャワーを手早く浴び、気怠げに息を吐きだした。

「はあ……」

 タオルを首にかけたまま、壁際の棚からボトルとグラスを取りだしテーブルに運ぶ。どかりと椅子に身を投げ出した所で、ソファに放り投げていた端末が鳴った。座ったまま手を伸ばして画面を見れば、見覚えのある番号が浮かんでいた。疾は無言で画面に指を滑らせ、耳に当てる。

『Joyeux Noël!』

 どこか浮かれた少女の声が流れ込む。淡く苦笑を滲ませ、疾は電話に応じた。

「Joyeux Noël. ……浮かれすぎて時差忘れたか、妹よ」

『私は妹って名前じゃないわよ。それに、勿論分かって電話しましたー。また母さんのひとり勝ちか』

 小生意気な物言いをする少女の言葉尻に、眉を上げる。

「なんだ、かえで。またお袋達と賭けでもしてたのか」

『まあね。この時間帯で起きてるか、寝てて直ぐに出ないか、寝てたけど直ぐに出るかって。というか、何で起きてるのよ。そっち深夜でしょ』

「明日休みだからな」

 端的にそれだけ答えて誤魔化す。鬼狩りとなったことはまだ家族の誰にも言っていないし、この電話相手——妹である楓には、ばれるまで告げる気はない。

『うわあ、答えまで予想通りか。どうせまたタチの悪いトラップでも作ってたんでしょ』

「さてな」

 適当に応じつつ、ボトルに手を伸ばす。片手でコルクを止める針金を外しながら、声に耳を傾けた。

『そんなもの作るくらいなら、こっちで盛大に作った敵の後始末くらいして欲しかったんですけど? お陰で日々逃げ回る毎日よ、妹に報復回すなって言ってやって頂戴』

「どうせ毎日逃げ回ってるんだろ、そのまま逃げ続けてろ。妹狙いで攻撃してくる姑息な輩まで、相手してやる価値はねえな」

『……ねえ、そこは可愛い妹の為に頑張ろうとか思わないわけ?』

「可愛い妹なんか覚えがねえなあ。対価を払うってなら何とかしてやるが?」

『やめて、兄さんに「依頼」して碌な結果になったことない』

 物凄く嫌そうな声に思わず笑いを漏らす。心地よいテンポで口撃を仕掛けてくる小生意気な妹は、最近なかなかに頭が回るようになってきたようだ。やり返して言い込めるのも一捻り必要になり、疾としては楽しくなってきている。

 軽口を叩き合いながら、コルク栓を抜き放つ。軽快な音は、電話の向こうにも響いたようだ。

『おーい、今の間違いなくコルクを抜く音よね。まさかと思うけど、シャンメリーで我慢する殊勝さは』

「ねえな」

『日本の飲酒は20才からでしょ』

「知った事じゃねえよ」

 あちこち世界を渡ってルールの緩い地で酒の味を覚えてしまった疾には、今更だ。

『母さんに言いつけてやろっと。かーさーん、兄さんがまた飲んでる!』

 何やらしばらくやり取りする声を聞きつつ、ボトルを傾けてグラスに注ぐ。黄金色に輝くシャンパンの泡を見るともなしに眺めていた疾は、やがて電話口に戻ってきた楓の声に意識を戻す。

『日本に住むなら日本のルールを守りなさい、だって。郷に入り手は郷に従え?』

「じゃあお袋に言っとけ。アンタも高校時代に酒飲んでたんだろってな」

『へ? 真面目な母さんが、未成年飲酒とか……ちょ、母さん逃げたー!? え、どういうこと!?』

「情報収集が足りねえな、妹よ」

『だから妹って名前じゃないって……というか母さんの過去とかどこから探ったのよ、疾兄さんそこまで人間やめちゃったの!?』

 物凄く人聞きの悪い——その上どこかの馬鹿の最近の口癖をほざいた妹に、思わず口を曲げる。

「お袋をサシで出し抜けるほど人間やめてねえよ。世の中情報網はあちこちにあるってだけだろ」

 単に父親を酔い潰して聞き出しただけだが、ばれると対策をとられるのでそうやって誤魔化しておく。妹は論外として、家では母の次に疾が酒に強い。

 ついでに、母親が初めて酒を飲んだ時の逸話は、もったいなさ過ぎるのでもうしばらく黙っておこう。もうしばらく良い交渉カードになりそうだ。

「で? 賭けの為だけに電話してきたのか?」

『半分以上そうだけど。クリスマスは帰って来いって言ってたのに無視した薄情ーな疾なんてほっとけば良いのに、心優しいお母様とお父様が心配してるようだからね? せめて声くらい聞かせてあげればいいのに』

「……子離れしろって言っとけ」

『わあ薄情。……とはいえプレゼントくらい贈りなさいよー。母さんが贈れない上に届かないってしょげてたわよ』

 軽やかにからかう声で、それでも咎める色を宿して告げられた言葉に、電話口に届かないよう小さな溜息を漏らす。

「気軽にフランス往復なんか出来るかよ、飛行機何時間だと思ってんだ。空輸も高えし、プレゼントより高い金払うのも馬鹿馬鹿しい」

『それはまあ、分かるけど。……今度帰ってくる時はちゃんと持ってきなさいよ、じゃないとご飯作ってあげない』

「飯で釣るかよ」

『ふふん、私の手料理よ。釣れるでしょ』

 自信満々に言い放つ妹に、また苦笑する。確かにあの手料理は絶品だからな、と密かに惜しむも、返す言葉は変わらない。

「ま、いつかそのうちな」

『うん、日本語苦手な私でも知ってる。それ帰る気ないって意味でしょ』

「ないわけじゃねえよ」

 そう、そのうち、いつか。やるべき事を全部追えたら、また。

「ま、その時は手土産くらいは持参するさ。覚えてたらな」

『意図的に忘れそうな気配……ちゃんと持ってきてよー、母さん達待ってるから』

「あーはいはい」

『うわ、てきとー。まあ夜にあんまり邪魔してもなんだし、そろそろ——あーっ、母さん1人でケーキ食べようとしないでっそれすっごく時間かかったんだから!!』

 騒々しい叫び声に思わず耳を離した疾は、なんだか愉快な気分になった。くつくつと笑い、一言だけ呟く。

「——メリークリスマス」

 楓が放り投げた端末を律儀に受け止めただろう父親に向けて、敢えて日本語で言った疾は、返事を待たずに電話を切った。

 会話に気を取られて忘れていた、幾分か泡の抜けたシャンパンを呷る。爽やかな味が口に広がった。

 騒々しい電話が、賑やかな空気を少なからず部屋に残したか。いつもは静寂ばかりがふりつもる1人の部屋が、なんだか華やいだように感じる。

 静寂にも1人にもすっかり慣れたが、戻れば当たり前のように騒々しさの中に放り込んでくる。自分勝手に生きる疾を受け入れながら、それでも当たり前のように一員として扱う妹、黙って電話を聞いているくせに会話には入って来ない父親、色々お見通しだろう癖にどこか抜けている母親。確かな家族の温もりを、否定するほどひねくれてはいない。

「……ま、そのうち、な」

 小さく、不敵な笑みを浮かべて呟き、疾は2杯目のシャンパンを空に掲げた。

「——Santéかんぱい



***



 聖なる夜に、それぞれのクリスマスが訪れる。

 


 Merry Christmas.

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