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キューソネコカミ

作者: sein

 どこからともなく香ってくる動物のにおい。

 古びたコンクリートのゲート、鉄格子で作られた門には、”神凪かみなぎ動物園”と看板が掛かっていた。

 入り口ではアジアゾウが二頭、客をもてなすかのように長い鼻を揺らしている。

 その様子を、リュックを背負った老夫婦が孫と一緒に楽しげに眺めている。よくある光景だ。


「有、この私の実験台をやめたいですって! そんなこと許されるわけないでしょう」

 動物園の平穏を叩き壊す、甲高い女性の大声が響きわたる。

 彼女は目的の場所へ歩きながら、隣の有と呼ばれた男に向かって言葉を投げつけ続けた。

 黒縁メガネをかけ、さわやかな短髪、端整な顔立ちの彼は黙ってそれを受け止める。

「私のような天才が作ったシステムのテストなんて滅多にできるもんじゃないんだからね。こんな幸運を捨てようなんて、信じらんない!」

 肩口までに切りそろえられた髪を跳ねさせ、かわいらしいドングリ型の目を白黒させながら、怒りを露わにしている。

 有は、幼なじみのいつものテンポに親しみを覚えつつも、自分の強い決心を曲げる気は無かった。どんなに辛辣に当たられてもそれは変わらない。

「楓、そういわれても俺はもう決めたんだ。もう協力はしない」

 楓は、胸にチクリとした痛みを感じながら、有を見る。彼からの真っ直ぐな視線が降りかかった。

「べっ別にあんたなんかの代わりはいくらでもいるけど、長い付き合いだし、今更、人間関係作り直すのも面倒だから困るのよ!」

 苦しい言い訳、そんな言葉が楓の脳裏をよぎった。かすかに頬が紅潮している。

 そんな言葉を浴びせたいわけではない、そんな焦りを彼女は感じていた。

「だから、今日はその話をじっくりしたいと思って、ここにきたんだ」

 有は幼なじみのその行動に、親しみと懐かしさが交錯した気持ちを覚える。

 慣れ親しんだこの動物園がそうさせるのだろうか。子供の頃から、よく通った。

 軽く錆の浮いた一つ一つの檻に、二人の思い出がある。

 目的の場所にたどり着くまでの間、いつもの空気が有を和ませる。

「楓、わかってくれ。俺はこれ以上おまえのそばに居たくないんだ」

 楓はその発言にますます上気し、結果どんどん早足になっていく。

有はそれに歩調を合わせ、言葉をかけるがもう楓の耳には届かなかった。


 たどり着いたその場所は、他とは様子が違っていた。

 鉄筋で骨組みがくまれた透明なドーム、そしてその中にコンクリートの直径一○○メートルほどのステージが用意されている。

 ドームの上には怪しげな照射装置が取り付けられていた。

 明らかに古びた動物園には、不似合いな施設だ。

「有、こうなったら勝負よ。負けたら私の言うことを聞いてもらうからね。勘違いしないでよ、あくまでこの実験のためなんだからね」

 すらりとのびた白魚のような指で、楓は有を指しながら宣言した。

 怒りは収まっていないようで、頬は紅潮したままだ。

 そして、その手をステージの方へと向ける。

「私の開発したアニマル・ジェネレータ・システム……A・G・S。この動物園を盛り上げるために作り上げたのよ。なのに、あんたが居なくなるなんて認めないわ!」

 有はその迫力に気圧される。明らかに普段の彼女のテンションでは考えられなかった。

 本当に怒っている、止まるわけがない。そう確信した有は腹を決める。

「……わかった。それで気が済むなら付き合おう」

「そうこなくちゃ、早速始めるわよ」

 そう言うと楓は緑色のリストバンドを、有に投げ渡す。

「使い方はイヤってほどわかってるわよね」

「この半年間、こればかりやってたからな。他のゲームもやりたいってのに、まったく」

 そんな軽口を交わすと、二人は左手にリストバンドをし、時計のような形になっているスイッチを押す。

 緑色の光がドーム内を埋め尽くし、ドーム上の照射装置が作動した。

 二本の光の束が動物園内を走り始め、二つの檻を選び、その主の体を包み込む。

 その光はステージ上にもどると、有、楓それぞれの体に収束していく。

 完全に光が消えると二人の手にはそれぞれ武器が握られていた。

 有の両手には黒と白のサバイバルナイフが、そして楓の手には黒い刃に茶の柄の付いた長刀が握られていた。

 楓は長刀を振りながら、満足げに語り出す。

「動物園という環境を生かす、特性武器化というオリジナリティ。ああ、何という天才なのかしら、私は」

「まぁ、ここまではいいんだけどな。ワンダメージ与えないことには勝負が終わらないってのが難点だ」

 有はそんな自慢げな幼なじみに、壁々としながらつぶやいた。不満げな彼に対して、楓はうれしそうに長刀を振り回す。

「しかし、あいかわらず地味なチョイスね。そんなので私の全国レベルの長刀にかなうのかしら?」

「まぁ、身体能力的には俺の方が上だからな。それに俺には俺の戦い方がある」

 有は、ナイフのグリップや長さを確認し、軽く準備運動を始めた。

「まぁ、このアトラクションの経験値ではあんたの方が上だからね。私には奥の手があるけど」

 楓は準備運動をしている彼を見ながら、自分も長刀を片手に持ち、屈伸運動をしながら答える。

「覚悟してるさ」

 そうして二人は、ステージ上で距離をとり始めた。

 背を向けた状態から、振り向く。

 遠くの猿山から猿の鳴き声、近くのプールのお腹の底から響くような、ガーというカバの鳴き声が聞こえてくる。

 不適な笑顔を浮かべる楓、対して真剣な表情の有、対照的な二人が向かい合う。

 楓は、長刀を八相に構える。攻撃特化、刃を下に構え、ほぼ攻撃する寸前の状態だ。

 対して、有は二本のナイフを逆手に持ち、中腰に構え低い体勢をとる。

 マーシャルアーツによくある構え……さらに胸の前にナイフを構えると楓の攻撃に備えた。

「さあ、始めましょうか」

「ああ、異論はない」

 刹那、楓の長刀の特性が発動する。豹の能力、超スピードだ。

 本来なら、アジア系の曲刀や槍に変換されるはずだが、そこは開発者、裏コードを使ってもっとも得意な長刀に変換している。

 豹の最高速度は、時速一○○キロを超える。

 一瞬で50メートルはあろうかという距離を詰めていく。

 斬撃―― 超速度からの刃の閃きが有に襲い掛かる。

 次の瞬間、白黒のナイフが長刀の描く漆黒の剣線を弾き、楓の懐に飛び込んだ。

 左手の純白のナイフを、相手の柄につっかえ棒のように引っ掛け逆側へと駆け込む。

 楓は、そこからまた距離を取る。長刀は距離をとったほうが有利なのだ。

「やるわね。さすがは天才ゲーマー。体術すら一流ってことか」

「戦いの最中に軽口とは余裕だな」

 有は、両肩の力を軽く抜き、首を横にストレッチさせながら答える。

「ま、長い付き合いだしな。何度も稽古の相手もしたから、攻撃の癖ぐらいはわかるさ」

 そんなことを聞いた楓は、赤く染まった顔を隠すために軽くうつむいた。

 そして有には聞こえないように、静かにつぶやく。

「まったくもう、そこまでわかってるくせに鈍感なんだから」

 様子を見ていた有は勝負所と判断し、わざと挑発するように話しかける。

「さて、もう終わりでいいかな。お前の渾身の一撃を避けたんだからこれ以上はないよな?」

 予想通り、激昂し顔を真っ赤に染めて楓は言い返した。

「そんなわけないでしょう、私はこんなもんじゃないわよ!」


 怒りに燃えた楓と火に油を注いだ有は、再び対峙した。

 楓は、相手に間合いを悟らせないための構え、脇構えを取る。

「間合いがわからない状態での、超高速の一撃ならかわせないでしょ。今度こそ決めてあげるわ」

 有は腕の力を抜き、ナイフを持つ手をだらりと下げる。

 自然体、ステージの上を吹く風に身を任すかのようにただそこに立っている。

「あんたね、それどういうこと、あたしをなめてるの?」

 怒りのあまり堪えかねた楓が、低い掠れた声をかける。

「今の俺には、これがベストだということさ。幼馴染殿」

 さらに、燃え滾る炎にふいごで風を送り込む言葉。

 次の瞬間、楓は超速度で有へと一撃を加えにかかった。

 一瞬の攻防、有はカウンターで自らの武器の特性を解放する。

 白黒のナイフ、ハリネズミの特性。

 無数の刃が有の両腕から放たれた。

 そして、その中の一本が楓の頬の脇を通過する。

 それによって断たれた髪の毛が、風と共に舞い上がる。

 二人の両手から、武器が消える。システムが髪を切ったことをダメージと感知したようだった。

「窮鼠、猫を噛むってな。まぁ、こういうこともある気をつけろよ」

 開発者の裏コード、豹のスピード、長刀の腕、総合的に負けるわけのなかった楓は我を失い、ペタンと座り込む。

 有は、それに合わせてしゃがみこむと楓の頬に手を当て、傷がないことを確認した。

 彼は、ほっとした様子で楓の頭を撫でると立ち上がって声をかける。

「これで、俺は自由の身ってわけだな」

 それを聞いた楓は、表情をくしゃくしゃにして泣き出した。

 駄々っ子のように有の服にしがみつく。

「どこかに行くなんて許さない。何なのよ、もう」

 有は重たい足枷となってしまった幼馴染を振り返り、付け足すように語り始める。

「俺はお前のそばにいると、どうもお前を傷つけてしまうからな」

「そんなの関係ないわよ。だって、こうでもしないと私のほう見てくれないじゃない!」

 気持ちのすれ違い、罰の悪い空気が流れる。

 有のほうが空気に耐えかねて、困った顔でして切り出す。

「俺はハリネズミみたいな男だけど、一緒にいてくれるか?」

 楓はくしゃくしゃな顔をさらに笑顔へと変える。

 相手を見ると、ばつが悪そうな子供のころのままの有がいる。

「私はネコみたいだけど、そこだけは変わらないんだからね!」

 涙は枯れ、最高の笑顔で有に抱きついた。 。

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