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炎の剣

<これまでのあらすじ>

 ごく普通の少年アズハと、血の繋がらない妹のココネは、カズリの祭儀を執り行う山へとたどり着いた。

 時間を共に過ごすうち、ふたりの距離は少しずつ縮まってゆく。

 しかし、ココネが旧世界を滅ぼした「悪魔の燃水」を使う一族という告白に、アズハは言葉を失う。

 ココネを置き去りにするようにその場を後にしたアズハは、ココネの悲鳴を聞き、踵を返す。

 だが、そこで目にしたものは、世界を腐らせる根源『闇の滴』だった。

 アズハは傷ついたココネを抱え、全力で逃げだした。

 だが――危機は去ってはいなかった。


 アズハは荒れた山道を駆け降りながら、しがみ付くココネを絶対に落とすまいと両腕に渾身の力をこめた。

 決して軽くは無いココネを抱え、背後から迫る『闇の滴』から必死で逃げる。

 運動不足で悲鳴を上げる全身の筋肉を奮い立たせ、荒れた山道を下ってゆく。


 後ろを振り返り、化け物の気配を大分引き離したと判断したアズハはガクリと膝をついた。


「くっ! ……くそ、もう限界だ」


 地面に両膝をつき、険しい顔でその場にしゃがみこんだアズハは、ハァハァと荒い息を吐きながらも、ココネをゆっくりと座らせる。


 警戒するように周囲に視線を巡らせると、そこは先刻アズハが白い骨を踏み砕いた辺りだった。少し開けた広場のようになっていて、もう少し進めば街道にも辿り着く。


 小雨がポツポツと火照った頬や額を濡らしてゆく。辺りは薄暗く、生ぬるく湿った風が山から吹き降ろしていた。


「とりあえず……ここまで来れば大丈夫……、ハァ、ハァ」

「アズハ、無茶だよ……抱えて逃げるなんて……」

「てか、お前意外と重いのな」

「……! もうっ」


 ココネぽっと頬を染め片頬を膨らませた。それは、アズハが初めて見る女の子らしい自然な表情だった。


「おかげで、もう体力限界だけどね」


 アズハの明るい口調に、ほっとした顔を見せたココネの眉根が、再び苦痛に歪んだ。


「足首、痛いの?」

「うん、けど平気……」

「平気なもんか、歩けなかったくせに」


 ココネの足首はますます赤く腫れあがり、痛々しい。

 アズハは自分の服の裾をビリビリと破くと、ぎこちない手つきでココネの足首をぐるぐると結び、動かないように固定した。


「これで少しはいいだろ」

「あ、ありがと……アズハ」


 ココネの泣き腫らした瞳はエメラルド色に澄んでいて、綺麗だとアズハは思った。

 だが――次の瞬間、目が大きく見開かれ、視線がアズハの背後を凝視する。


「アズハ! あ、あれ!」


 ココネの悲鳴ともつかない視線の先ををアズハは追う。

 二人が居るその先の、街道に抜ける唯一の道の真ん中で、ぶるん……と何か黒いものが蠢いた。

 地面が徐々に盛り上がり、その表面が波打つ。

 それは一箇所に寄り集まり、小山のような塊となった。

 生き物を食べた後なのか色は血のように赤黒く、先ほどとは違う別の『闇の滴』だ。


「も、もう一匹いたのか!?」


 アズハはココネを庇うように立ち上がった。


 先ほど襲ってきた固体よりは小さく見えたが、それは地面いっぱいに薄く広がって獲物を待ち構えていたのだ。

 周囲に転がっていた小動物の白骨は、コイツの仕業だったのだ。

 もし、アズハが知らずに足を踏み入れていたら、一瞬で足元を捉えられ、生きながらにして骨だけにされていただろう。

 ゾッとするような死の恐怖が、アズハとココネの心に忍び寄った。


 赤黒い塊は道幅いっぱいに広がり、獲物を待ちきれないとばかりに、食椀をゆらゆらと動かしはじめた。


 アズハは赤黒い化け物から目を離さず、手近な木の枝を拾い身構えた。

 長さは一振りほどしかない、ただの木の棒。武器とさえ呼べないこんなものでも、無いよりはましだ。


 ――やるしかない。


「僕がアイツをおびき寄せる。ココネは動かないで!」

「そんな、あぶないよ!」

「動きは遅いんだ、追いつかれないようにまた……二人で逃げればいい!」


 アズハが荒い息のまま、笑みを浮かべた。

 ぶるるん、と『闇の滴』は急に向きを変えて、二人の居る方へと動き出した。


 ――ココネの血の匂いに反応しているんだ!


 おまけに、先ほどの固体よりも動きが早い。

 アズハは意を決し、赤黒い闇の滴に駆け寄ると木の棒で思いきり殴りつけた。


「このっ!」


 しかし、まるでタコか何かを殴りつけたかのように、ぐにゃりとした手ごたえが伝わるだけで、闇の滴がダメージを受けた様子は無い。

 一瞬ぎゅうっ、と縮こまるがすぐに蠢きだす。

 闇の滴は攻撃の主であるアズハには興味を示した風は無かった。その進行先には、うずくまるココネが居た。そこは既に10メルテも離れていない。

 ココネは祈るような面持ちでアズハの奮闘を見守っている。


「くっそ! この! こっちだってば!」


 もう一撃、渾身の一撃を加える。闇の滴が反射的に凝縮し、小さくなった瞬間、アズハはくるりと踵を返し、ココネの元に駆け寄った。


「だめだ、引き離せない! 走り抜けよう!」


 ココネに駆け寄り、その身体を持ち上げようと渾身の力を籠めた。

 だが――アズハの体力は、既に限界を超えていた。

 一歩、進んだ所でよろめき、片膝をついた。


「力が――――!」


 限界だった。もうココネを持ち上げる力は残っていなかった。

 顔を歪め、渾身で叫んでも、ふらつく足はいう事を聞いてくれない。


「後ろ!」


 ココネの悲鳴にアズハはハッと振り返った。

 異常に伸びた闇の滴の食腕が、ジュルリと卑猥な音を響かせて、アズハの足に絡みついた。その冷たくネバついた感覚に、思わず悲鳴が漏れた。


「うぁあ!?」

「アズハ! アズハ!」


 ココネがアズハにしがみ付いた。

 細い肩が震えていた。美しい銀髪が頬をくすぐり、アズハは思わずその背中をぎゅっと抱きしめた。

 自分が食われている間にココネだけでも逃がせないだろうか? とアズハは意識の片隅で考えた。

 だが、闇の滴の速度は歩く速度より早いのだ。這って逃げられはしない。


 ――ここまでなのか。僕は……妹一人、守れないのか?


 雇われ戦士だった父の豪快な笑顔が浮かんだ。

 ココネに何かあったら、承知しないからね! と、送り出してくれた母が頭の奥でアズハを指さし叫んだ。


「くっそおおお! こんなところで死ぬとか、嫌すぎるだろッ!」


 アズハは絶叫した。

 その時――凛とした声が、耳元で囁いた。


「アズハ……これを、使って」


 ココネが首から下げていた瑠璃色のガラス瓶の栓を引き抜いた。

 それはココネが肌身離さず身に着けていた御守りだった。

 中からドロリとした、黒い水があふれ出した。

 嗅いだことのない異臭が鼻を衝く。


「まさか!?」

「うん……これが――悪魔の燃水」


 ココネは静かにそういうと、瞳を僅かに細めた。唇をぎゅっと結び、端正な顔には強く迷いの無い表情が浮かんでいる。


「わたしはアズハと……帰りたい。死にたく……死にたくないよ!」


 ココネはそう言うと、アズハの持つ木の棒にその液体を振りかけた。

 ドロリとした黒い液体が――悪魔の燃水と呼ばれる禁忌が木の棒に染み込んでゆく。それはまるで悪魔の呪いを受けたかのように、黒々としたシミをつくった。


 ココネはアズハを真っ直ぐに見つめ、こくんと頷いた。

 アズハの瞳にはもう、迷いの色はなかった。


「悪魔の力でもなんだって構わない! 僕はッ――」


 ――ココネと二人で帰るんだ。絶対に!


「火打石を!」ココネが叫ぶ。

「背中、布袋の中に!」


 ココネはアズハの背中の布袋に素早く手を突っ込んで、火打石とヒモで結ばれた金属棒を取り出した。

 火打石を強く打ち付けるが、手が震え、上手く火花を散らせない。

 

 ――ジュウッ!


「うがぁあああッ!?」


 激しい痛みがアズハの足を痺れさせた。闇の滴が消化酸を吐き出して、捕らえた獲物を溶かそうとしているのだ。

 その食腕は今や左脚の太ももまでを覆いつくし、別の食腕がココネの傷ついた脚をも捉えていた。


「アズハ、しっかり持って!」


 ココネがアズハの手を掴み、一緒に勢いよく火打石と金属を叩き付けた。

 ギィン! と、鋭い音と共に、アズハの持つ木の棒めがけて火花が散った。

 次の瞬間、爆炎――としか形容できない勢いで、木の棒が猛然と火を噴き出した。


「どぉわあああああ!?」


 思わずアズハが絶叫するほどの火勢。それは、まるで炎の剣だった。



(つづく)

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