迫る闇
<これまでのあらすじ>
ごく普通の少年アズハと、血の繋がらない妹のココネは、カズリの祭儀を執り行う山へとたどり着いた。
時間を共に過ごすうち、ふたりの距離は少しずつ縮まってゆく。
しかし、ココネが旧世界を滅ぼした「悪魔の燃水」を使う一族という告白に、アズハは言葉を失った。
困惑の色を浮かべたアズハの瞳がココネに向けられる。
「確かに使ったわ。でも私達はただ……、襲われていた兵隊さんを助けたかっただけなの」
「その中に、僕の父さんが居た……」
「うん……」
「けど! 悪魔の――旧世界を滅ぼした炎の力を使うなんて!」
「ぁ…………」
アズハの鋭さを帯びた言葉に思わす俯き、ココネは唇をぎゅっと噛んだ。
冷たい風が銀色の髪を揺らし、整った横顔に影を落とす。
ココネはそれ以上言葉を紡がなかった。
アズハはココネを攻め立てるように放った言葉を、こぶしの奥に握りしめた。
――ココネにそんな事を言ったって仕方ないのに。
後悔と後味の悪さを、いつもの仏頂面で覆い隠す。
「ごめん。もういい」
「アズハ……」
「雨が降りそうだ、帰ろう」
重苦しい空気のなかアズハは辛うじてそれだけ言うと、色褪せてゆく祭儀場にくるりと背を向けて麓に向けて歩きはじめた。
◇
暗闇が忍び寄っていた。
いつの間にか日は翳り、幾重にも折り重なる深い木々の向こうから霧のような湿気が漂い始めた。
街道まで出るにはまだ長い道のりがある。今にも雨が降り出しそうな暗い空を時折見上げながら、二人は荒れた山道を降り急いだ。
アズハは早足でひたすら山道を下ってゆく。
しかし来た時とはうってかわり、無言のまま先を急ぎ、ココネを気遣う様子を見せなかった。
ココネはアズハに遅れまいと必死に背中を追うが、徐々にその差は開いてゆく。
登り道では、遅れがちなココネに嘆息しつつも手を差し伸べてくれたアズハは、まるでココネから逃げるかのように一人で進みつづけた。
ココネは必死に兄の背中を追った。
だが、体力差のあるアズハとの距離は開く一方だった。
幾重にも折り重なる木々に遮られ、ついにアズハの後ろ姿を見失ったとき、
「ま、まって……あっ!」
ココネは木の根に足を取られ倒れ込んだ。その瞬間、ココネの足首から嫌な鈍い音が響いた。
激しい痛みを感じその場にうずくまる。
「……痛ッ!」
立ち上がろうと細い脚を踏ん張るが、よろめき、再びその場に座り込んだ。足首はみるみる赤く腫れ上がり顔色は苦痛にゆがむ。
目を凝らしても、生い茂る草木に遮られ、アズハの姿はもう見えなかった。
「痛いよ……」
呻きとも嗚咽ともつかない声は、ざわめく木々の梢にかき消された。
◇
カサリ、と足元で乾いた音がした。
「……骨?」
アズハの足元にはまだ新しく異様に白い動物の骨が散らばっていた。
登ってくるときに見た骨とは別の、真新しいものだった。
――来るときはこんな物、無かったはずだ。
アズハは胸騒ぎを覚えた。
小動物だったらしい骨の残骸は、まるで何かが舐めとった様に異様に白く周囲からは浮き立ってさえ見えた。
ざわざわと周りの木々が不気味な音を立て、ポツポツと冷たい雨粒が降り始めた。
迫る闇が不安を増殖させてゆく。
足元の白い骨。悪魔の力と繋がりをもつ一族の少女――妹として共に暮らす、ココネ。
悪魔の力に関わったものは滅ぶ。旧世界がそうだったように。
――だから、父さんは帰ってこないんじゃないのか?
全てが薄気味悪く混ざり合い、頭の中でそんな薄暗い妄想が渦巻く。
だが――。
暗く冷たい混沌の中で、ココネはその瞳に暖かな光を湛えていた。
まるで一輪の花のように。
誰も頼る者がいない場所で、アズハにだけ向けられる可憐な笑み。
――そうだ……僕はバカか。
アズハは目を見開いた。瞳に光が戻り、頭の中の霧が晴れてゆくのを感じる。
――僕を信じてくれたからこそ、あんな秘密を打ち明けてくれたんじゃないか!
「……ココネ!?」
はっとして後ろを振り返る。
だが、背後に居たはずのココネの姿は無かった。
アズハはもう一度その名を呼ぶが、返事は無い。
背後には無言の薄暗い森が広がっているばかりだ。悪寒が首筋を這った。
アズハは次の瞬間、踵を返すと山道を全力で駆け登った。
木の根に何度も足を取られながら、手も、足も、すべてを使って四足の獣みたいに駆け上がった。
「ココネどこだよっ!?」
突き出た木々の枝で身体のあちこちが傷つくのも構わずに、全力で山を駆け登る。
――はぐれたとしても、そんなには離れてはいないはずだ。
その予感は、確かにすぐに的中した。
「きゃぁあ――――ッ!」
ココネの悲鳴が耳朶を打った。
その声が火急を告げていることは明らかだった。
木の枝を払い除けて見えた大きな木の根元に、うずくまるココネが見えた。
ココネは慌てた様子で木の幹を背にして、必死で何かから逃げるように足掻いている。
「一体どうし――――!?」
アズハは駆け寄りながら叫び、そして言葉を失った。
ココネの居る場所の、更に上からゆっくりと近づいてくる、黒々とした塊が見えた。
それは牛ほどの大きさで、ヌラヌラと光る粘液質に覆われた泡立つ青緑の塊だった。
不気味に蠢き、ココネを目指して動いていた。
「や、闇の滴!?」
ブジュル……と、不気味な音が響いた。
(つづく)




