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「アップデート終了。ラウンジのガルズとサーラ07へログインOKの指示しとくよ。今日の当番は?」

「第3班が待機中。ガルズとサーラ07のログインを確認。ちゃんと見ておけ」

 いいなあ。

 ゲーム担当がうらやましい。

「サーラ26、顔に出てるよ」

 おっと。

 いっけない。

「ねえ、シェイド。あなたもゲームデザイン手伝ってくれないのかな?」

「また今度な」

「プレイヤーでもいいよ。あなたとまた組んでみたいんだけどなあ」

「それはずっと先だな」

 ちぇっ。

 つまんない。


「サーラ26、支援AIを待たせてるんじゃないっ!」

 サーラ02はすぐに怒るけど実は私と一番相性がいい。

 それに何といってもカワイイ。

 童顔の黒人青年で瞳がやや青みがかっていて、髪の毛は短く切り揃えている。

 何といってもナノポッドから出て来た後なんか、肌がまるで黒曜石のように輝いていて凄く綺麗なのだ。


 私は彼よりも肌の色素が薄い。

 簡単に表現するなら南米ラテン系のイケイケお姉ちゃんだ。

 色目を使ってくるサーラだって何人かいるんだから。

 でも肝心のサーラ02はあまり関心を示してくれない。

 それはシェイドも同じだ。

 こいつら、私のナイスボディに反応しないとは男の機能に障害があるとしか思えない。


 サーラは全部で29人いるけど、外見は皆、元々のDNAから外見を大まかに設計し、医療ナノマシンで作り上げたものだ。

 生理的に安定するのに個人差はあったけど、全員が1週間以内で馴染んでいた。

 再生医療も真っ青の早さだ。

 一つにはテスト中のガイザードオンライン3を利用し、神経系統は全てナノマシンのバックアップを受けて構成させたのが大きいと思う。

 この肉体の感覚はガイザードオンライン2とは比べ物にならない。

 この感覚を長い間独占していたサーラ07に殺意が芽生えそうだ。

 まあそれも今は許せる。

 仮想ウィンドウに写るサーラ07は典型的な白人男性だ。

 いい男なんだよねえ、これが。

 反対側のウィンドウにガルズの本体が見えていた。

 私ですら溜息が出そうなほどの典型的なゲルマン系美人だ。

 本当、あんな下種な父親の血を引いて生まれたとは思えない。


《B-2です。ナノマシンの生体リアクタンス調整終了。設定権限はプレイヤーに移動しました》

「ガルズとサーラ07のプレイ追跡を開始」

 いいな、いいな。

 私も一緒にプレイしたい。

「ねえ02、私たちは次にログインできるの何時だっけ?」

「もう2日先だ。いいから仕事してくれよ?」

 もう。

 サーラ02だって楽しみにしているに違いないのだ。

 第3班のメンバーがナノポッドに入ってる所を凝視してたの、私は知っているんだから。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


《第3班ログイン完了。B-2にて支援体制管理に入ります。F-0からF-5をスレイブ》

「26了解。アップデート変更箇所のフォロー、行きます!」

「02了解。26のバックアップとプレイ評価精査を開始」

 ゲームの進行させていくサーラ達と支援AIの声を聞きながら、ふと考えていた。

 サーラ26は比較的年齢が若いせいか、人格形成が肉体に追いついていないのかも知れないな、と。

 まあはしゃぐのも仕方がないだろう。

 サーラ達は皆、人間でありながら兵器としてこの世に生み出された存在だ。

 最初は脳と脳幹、脊髄しかなかった。

 拡大EUはもちろん、地球圏連合にあっても禁忌のライフサイエンス解禁をガルズの父親は破ってしまっていた。

 その試みは地球圏連合の技術開発局との裏取引の一環で行われていた事が分かっている。

 ズブズブだった。

 幸か不幸か、ナノマシンによる遠隔操作技術が凄まじい速度で導入されていき、サーラ達は戦場に投入されることもなく、試作戦車に数回搭載されただけに終わっていた。

 その後、サーラ達は並立有機コンピュータの代替品として扱われ続けていた。

 維持コストが安かった、という理由でだ。

 酷い。

 酷いよな。


 そんなサーラ達が夢中になってプレイしていたのがガイザードオンライン2だった。

 いい息抜きになったことだろう。

 そしてガイザードオンライン、ガイザードオンライン2、そしてガイザードオンライン3はある目的だけの為に作られたものだった。

 ガルズ1人を父親がその無聊を慰めるために作り上げたものだった。

 そこだけは人間らしい行動だったと言えるだろう。

 ガルズの本体、そしてサーラ達とガイザードオンライン3の全サーバーを回収したのは、オレが現実に戻って3日後だった。

 まだ脳内に怒りが渦巻いていたから、急襲した時のオレの荒れようは傍目で見たら大変なものだった、らしい。

 A-1からD-2まで、8基の支援AIが全会一致で火力過剰と判定していた。

 敷地を全面的に溶解し尽くした程度だし、過剰じゃないと思うんだが。

 ガルズの父親をその場で殺さなかったのが不思議だった、と一致した見解も得ている。

 そうかね?

 その時に様々な資料を回収しているのだが、ガルズの父親が仕掛けていたハニートラップの全容を確認した時は頭が冷えたものだ。

 とことん、冷えた。

 こう言ってはなんだが、人間、酷い事ができるのは心が冷え切っている時ではないかと思う。

 ガルズの父親の心に侵入して全てを暴いた後、心理攻撃を加えた。

 彼の性的欲求を逆手にとってトラウマを植えつけた。

 恐怖を煽りながら狂気に陥らないように加減するのは大変でしたよ。


 彼の顧客リストは政財界、芸能界、アングラ組織にまで拡がっていた。

 ナノマシン技術によるバーチャル・リアリティ。

 その質感の高さを性的サービスに用いたらどうなるか、その威力の凄まじさを見せ付けられた思いだった。

 理想の容姿、理想の反応、理想の感触を備えた理想の恋人。

 それを自由自在に編集できるとなれば、リピーターが増えるのは簡単な事だったろう。

 最初は実在の男女がナノマシンによるバーチャル・リアリティを通じて交際を深める所から始まっていた。

 男は様々な女をデータ上で抱き続けていた。

 女も様々な男にデータ上で抱かれ続けていた。

 男同士、女同士もあった。人間って色々と嗜好があって恐ろしい。

 そしてそれらの実データは加速度的に膨れ上がり、実際には存在しない架空の存在すら誕生していた。

 編集するのも自由自在の理想の恋人だ。

 いくらでもパターンを揃える事が出来ていたし、複数を相手にすることもできていた。

 皮肉な事に凄まじい売上だったし純利も高かったようだ。

 アングラ組織も積極的に女性のデータを送り込んでいた。それだけで多額のキャッシュバックが行われていたのだ。

 試しに編集済みデータを一度体験してみたが、嵌まる気持ちは分からなくもない。

 自分自身が感じる快感まで編集しているバカな客までいたのだ。

 現実の肉体がドライオーガズムになるまで続けた例もあったようだ。

 そして、オレの身の回りにいた男達が全て篭絡されていたとは。

 笑えない。

 正直、笑えない。

 軍人も、弁護士も、弁理士も、お堅いイメージが総崩れだ。

 本当に人間って生き物は欲望には逆らえないのだと思い知らされた。

 その一方でガルズやサーラ達の肉体再生に一役買っている事も否定できない。

 要は道具も使い様って事なのだろう。


《A-1より報告。火星衛星軌道上の退役巡航艦ラス・ラーズの運行開始時間です》

「変更はない。そのまま放置」

《了解》

 コロニーに収納してあった様々なゴミは纏めて捨てる事にしてあった。

 無論、その中には人間も含まれている。

 無重力対応の特例措置は意図的にしていないから、地球に到達する頃には誰もまともに動けなくなっている事だろう。

 お気の毒に。

 一部の軍人達や禁忌に触れたお馬鹿さんもまともに社会復帰は不可能だろう。


「これで少しはスッキリするのでは?」

 サーラ01の感想には完全に同意する。少しは溜飲が下がるだろう。

 彼は男のオレでも見惚れるようなイイ男だ。彫りの深いペルシャ系イケメンである。 

 他に08、15、22の合計4名がオレに付き従っている。

 24時間体制で、だ。

 どうやら彼らは秘書役を自任しているようなのだ。

 他のサーラ達はZXT004コロニー内設備の管理とゲームサーバーの運営、ゲームテスター、ナノマシン研究開発の3つに業務を分けて担当している。

 こちらは4班3交代で回している。班は6名で構成されており、メンバー交代も彼らで勝手に決めているようだ。

 その辺りはもう任せてしまっている。

 サーラ07だけはテスターに専念させていた。まあオレと直接顔を合わせるのは時間を置く方がいいだろう。

 ガルズが現実世界で歩き回るようになる日も近い。

 彼女の気分次第だが、既に肉体は完全に再生されている。

 再生医療も顔色なしの裏技である。ゲーム内の体感データを基準に体組織をナノマシンで組み上げたのだ。

 反物質内包型ナノマシンで作ってあるからデータ欠損もない筈である。ハッキリ言って自信作だ。

 経過観察は必要だろうが、問題が出ていないのは確認済みだ。

 今すぐに出て来られても大変なんだけどな。

 状況説明をちゃんと出来る自信がない。


 サーラ08が入室してくる。

 彼女はアーリア系の美女に見える。物静かな印象だが存外毒があるような娘だ。

 彼女こそがオレの知っている『双天』のサーラに一番近いだろう。

 背後に新しいナノポッドと敷設機器を従えている。

 自動機械が予め定められた場所にナノポッドを設置し始めた。

 この部屋もこれで満杯だな。

「これでこの部屋の予定数は充足します」

「手持ちはあといくついけそうだ?」

 支援AIに確認する。

《反物質内包型ナノマシンに対応するナノポッドはあと17基です》

 全然足りないな。

「やっぱり地球圏に戻って生産設備をもうちょっと調達するか。今の生産ペースはどうだ?」

《3日に1基といった所です。資材は問題ありません》

「設備増設は可能だったかな?」

《可能ですが現在行っているナノポッド生産を3ヶ月は止める事になります》

「痛し痒しだな」

 サーラ08がまるで表情を変えずに指摘してくる。

「地球圏に証拠を残す真似はしたくない、と昨日言ってませんでした?」

「そうだっけ?」

 サーラ01にも苦笑された。

「派手な真似は嫌われる。そうも言ってましたね」

「そうか?」

「人間は都合の悪い記憶を忘れることが出来みたいですからねえ」

 彼も遠慮がない。

 まあいいか。彼らが好意を持って協力してくれている事も確かだ。


 サーラ08にはまだ確認したい事があるようだ。

「今日は能力実験はいいので?」

「昨日までに試したいことは全て試したさ」

「マイクロ・ブラックホールの実験は追試をまだやってませんけど?」

「あんな危険な真似は1回やれば充分だ」

 あれを中和するの大変だった。

 本当に、大変だった。

「ZXT004コロニーに随伴させている氷塊ですが表面に酸素の発生を確認してます。予定通りです」

「荷電粒子がいい感じで強いからな。ナノマシンを使うより安上がりだろうさ」

「確かに。付帯設備にも空気を充填するのに十分なストックがあります」

「二酸化炭素は金星でドライアイス化して採取したのがあったな?やっぱり不足するのは窒素か」

「天王星で採取した氷から多量のアンモニアが得られますしそこから作れます。同時に酸素も水素も炭素もついでに採取できますけど?」

 転移は便利だ。

 便利すぎる。目印さえあれば太陽系外にも行けるだろう。

 怖くて準惑星エリスまでしか行ってないけどな。

 ただ、結構色んな所に足を伸ばす事が出来た。

 木星表面にだって生身で行ける。最初はちょっとした勇気が必要だった。

 知覚できる範囲であれば転移するのに距離は全く関係がない。

 全ての惑星といくつかの衛星には知覚できるようにポイントを作ってあるから転移するのは更に楽になっている。

 様々な場所に実際に行く事にしていた。

 誰も見た事がない光景を生で真っ先に見る事が出来るのだ。

 これこそ冒険心を満たす行為というものだろう。


 とは言え、最初にコロニーごと転移するのはしんどかった。

 いきなりアステロイドベルトの外まで跳んだ。距離は問題ないが、大質量ごと跳ぶのは慣れが必要だった。

 今ではそれにも慣れた。3日ほど前に天王星衛星軌道上から地球公転軌道上までコロニーごと転移している。

 感触ではあるが往復もできそうだった。

 現在のコロニーの位置は、太陽を挟んで地球と反対側の軌道を維持している。


 それにしても。

 ゲーム世界の魔法が殆どそのまま使える事に何の意味があるのだろう?

 指輪の事も気になる。

 どうしても意識が向いてしまう。

 罠、なんだろうか?

 罠、なんだろうな。

 それならそれでいい。罠であることを覚悟の上で罠ごと噛み砕くだけだ。


 現在、サーラ達に手伝って貰い、ナノマシンによるテラフォーミングの可能性を探っている段階だ。

 何故かって?

 する事がなかったし興味があったから、としか言いようがない。

 反物質内包型ナノマシンと組み合わせる事で、飛躍的に安いコストで地球の汚染地域浄化することはもちろん可能だ。

 事前テストをするべく食糧自給プラントをベースに実験施設を増設している。

 やはり規模を少しでも大きくして実験はしておきたい。

 これにはちょっと時間が必要だ。

 その先は火星、金星が候補になるだろう。

 火星は十分に実現性があることがラボレベルでも結論付けられている。

 金星はハードルが高い。地表の気圧も温度が高いし風も凄い。

 二酸化炭素の分厚い層がどうしても邪魔をするのだ。

 その二酸化炭素もオレは強制的にドライアイス化させて宇宙に放り投げる事ができたから、先々は上手く行く方法が見つかるかもしれない。

 今、アイデアとしてあるのは天王星で削り取った氷塊を直接金星地表に連続して転移させる案だ。

 うん。

 乱暴にも程があるよな。

 でも時間をかけて削り出して一斉にぶつけるというのはいいかもしれない。


 それらにも増してオレの心に引っ掛かっている事があった。

 パーノールが残した言葉だ。


「ボクは本当にアリの数を確実に減らす方法を試みた。少し時間がかかるのが難だけどね、一旦は上手くいったよ」


 そう。

 確かに奴はそう言っていた。

 奴は一度、人間の世界に介入していた筈なのだ。人間が大幅に減った時期に。

 思い当たる時期ならある。

 人類が宇宙をも生活の場にしようとしていた黎明期、人類は100億人に達しようとしていた。

 200年程昔の話になる。

 その人口が一気に10億人前後にまで激減した戦争があったのだ。

 そのあたりに何かしらの手掛りが残っているかもしれない。

「やれる事もやりたい事も多すぎる。優先順位をどう付けるか、難しい所だな」

 独り言みたいに呟いたが01も08も機敏に反応していた。

「その日の思いつきでもいいじゃないですか。下手の考え休むに似たりって言うんですよ、そういうのは」

 08は容赦がない。毒もたっぷりと含まれている。

「なんにせよフォローしときますよ」

 01は頼もしい限りだ。

 今までと同様、頼りになりそうだ。


《D-1です。スレイブしているG-0からG-3まで確認取れました。覚醒します》

 おお、もうそんな時刻か。

「サーラ08、着替えの用意は?」

「出来ています。シャワーの案内は私が致します」

「別室で食事の用意もしてあります」

 予定通りだ。

 今日はまた一つ、区切りの日となるだろう。

 部屋に並ぶナノポッドのうち、4基の蓋が開いていった。

 4つの人影が上半身を起こす。


「あ、あの。ここがご主人様の故郷ですか?」

 相変わらずサーシャの反応は初々しいな。でもここでご主人様はないぞ。

「そうだ。それとここではご主人様、はなしだ。マスターと呼んでくれ」

 そう、まだマスターの方がマシだ。

「わーちょっとだけ大人になってるのー?」

 ラクエル、相変わらずかっるいな。

「まあそうだな。この姿が本来のオレだと思ってくれ」

「で、ここでも暴れる事ってできるんだろうな?」

 カティアは男前な上に物騒だな。

「期待に沿えないかもしれないぞ?」

「そうですか。ではこれから私達は何をすることになるのでしょう?」

 サビーネはここでも真面目だ。

 今日の表情はいつになく柔らかく感じる。


「冒険、だな。オレと一緒に色々な場所を巡る事になるぞ」

 そうだ、彼女達と一緒に地球に行こう。

 そしてパーノールのいる場所に至る道を見つけるのだ。

「まあその前に風呂と夕飯だな。用意してあるぞ」

「飯!」

 カティアの声に皆笑っていた。

 オレも久しぶりに笑う事が出来た。


 また新しい冒険が今日から始まるのだ。

拙い文章で申し訳ありませんでした。

なんとかこれにて完結です。

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