相克
「それで?暫く戻って来れない、と」
「まあな。多分、長くなるからサーシャ達と一緒に迷宮で遊んでろよ」
「それ、押し付けてるって言わない?」
あらやだ。
自然と笑い顔になりそう。
いっけない。平常心、平常心。
彼が何かプレートを投げて寄越す。補助プレートだ。
「オレの転移先ポイントを登録してある。【相転移の杖】で色々行ってみることだな」
あらま。
私が持ってるのバレてた?
「で、サーラも一緒なの?」
「ああ。伝言があったか?」
「まあね。ねえ、何か訳あり?」
「訳あり、だな」
「教えてくれないの?」
「言えない」
こいつめ。
嫌な笑い顔をしている。
古い知り合いだけどこんな笑い方は必ず何かあるのよねえ。
サーシャちゃん達とはうまく行っている。
私のほうでは冒険には支障はない。
でもねえ。
サーシャちゃん達にちゃんと説明できるの?
まさか私にその役目を押し付ける気じゃないでしょうね?
「さっきサーシャ達には説明はしておいた。故郷に一旦戻るってことにしてある」
「それで済ますつもり?」
「押し切ったよ」
この馬鹿。
女の子の扱い方ってものをまるで知らない。
前作では私は男性キャラだったから意識することはなかった。
サーシャちゃん達が可愛そうになってくる。
本当に男って馬鹿だわ。
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ホールティの賑わいは更に加速していた。
オークの繁殖場から引き上げた女性達は数倍に増えたが神々の加護は強力になった。
今、この町を陥落させるにはドラゴン級の戦力でもなければ歯が立たないだろう。
上空には青銅竜と黄金竜が舞っており、大地には3人のサイクロプスが守りについていた。
無論、町にいる人間には気が付かれないように、である。
町には神官団がいくつか既に駐留しており、冒険者や傭兵にも何人もの神官が混じっている。
彼らにはこの町で傷ついた女性達を癒す際により大きな加護が与えられるように神々が調整していた。
とてもではないが帝国の連中では手を出せないだろう。
『あれで良かったのかな?』
フロスト・ジャイアントの声が脳内に響く。
オークの繁殖場を潰すにあたっては彼らの助力を得たので楽に進めることができた。
彼らの幻覚攻撃は本当に便利だ。
オレはゴーレムだけを相手するだけで良かった。
他の魔物は全て幻覚で操られてしまい、オレは背後から斬り掛かるだけで済んだ。
捕らえられていた女性達も全て幻覚で誘導して転移までしてくれたのだから負担もさほどなかった。
ゲートは全部、潰させて貰った。
悪いな、サーラ。
「十分。助かりましたよ」
彼らは基本、人間の事情には首を突っ込まないのが掟なのだそうだが、オレの依頼があるのならいいんだとか。
本当にそれでいいのかね?
まあ助かっちゃっているんですが。
冒険者ギルドのある天幕を覗き込むとジエゴの爺様が難しい顔つきで考え込んでいた。
何か問題でもあったのかね?
一瞥だけを残して天幕を後にする。
このホールティも拠点としては十分な規模の施設が揃いつつある。
同時に長期間に亘って統治を誰がどう進めるのか、各国で揉めつつあるらしい。
どうせなら冒険者ギルドで面倒見てやればいいのに。
新品の天幕で営業している飯屋でお茶を啜っていると早速待ち人が来た。
軽戦士の男と神官戦士の女の組み合わせだ。装備は目立たないが逸品である事は疑いようがない。
なにしろあの鍛冶神ヘパイストスの鍛えた代物なのだから。
彼らの名前はルシウスとラシーダ。
帝国の一員だった彼らは今日からは冒険者、ということになる。
「登録は済んだか?」
ルシウスが無言でリストバンドを示した。少し心配だったが問題ないようだ。
現帝国の皇帝陛下の一子が冒険者、か。
まあ都合よく記憶は操作されているようだし問題はなかろう。
「神託によれば後は貴公の指示に従え、とあったが?」
「私共に何をさせたいのでしょう?」
「まあそう急ぐなって」
彼らはもうお互い以外を持たない身の上だ。
その上、神々の虜ですらある。
英雄の器、としてどう利用されるのか、知れたものではないが、これはこれで幸せと呼べるのかも知れない。
知らない事が幸せってことなんだろうか。
結果を見てみないことには判断のしようがない。
「ここホールティを中心に稼ぐ事だな。そのうち一緒に冒険する仲間を増やすのもいいさ」
「いや。そうじゃなくて。稼いでどうするか、なんですけど」
ふむ。
こいつらも真面目だな。
「いいから、さ。気楽に稼いで人脈でも作って置けよ」
「本当にそれだけ、なんですか?」
「そうさ」
なんか不服そうに見えるが大丈夫かね、この二人。
「神託、なんだろ?いいじゃないか、楽で」
「逆にどうすればいいのか分からんな」
言われたことだけやればいいってものじゃないのだよ。
オレがニヤニヤ笑っているのをあきらめ顔で見返してくる。
心中では本気でオレのことを軽薄な奴だと思っていることだろう。
「いいじゃないか。日々楽しく過ごしてていいし」
「それはまたいい加減な」
「いいから。たまに教会に寄るの、忘れないでね」
それだけ言い残すとお茶のおかわりを頼みに行く。
ルシウスとラシーダはもう諦め顔だ。
「では本当にいいのですか?」
「まあな」
彼らは互いに目を向けるとお互いを促すようにしていたようだが、諦めてくれたらしい。
揃って一礼するとオレの目の前から去っていった。
暫く待つと老人と老婆がオレの目の前に座る。
お茶を追加して頼んでおいて良かった。
「彼らの未来って予測できるの?」
老婆に聞いてみた。やはり興味は尽きない。
「彼らにあるのは選択肢だけ。そして正解もない」
聞くだけ野暮ってことか。
「英雄とその従者にしては何かパッとしないんだけど?」
老人にも聞いてみた。本当にそれだけかな?
「英雄の星は変わらぬ。その証は行動によってのみ示されるだけだ」
なんか具体性がないと理解し難いな。
ちょっとだけ、さっきのオレの行為に反省の念が沸いてくる。
「で、どうかな?」
上空のドラゴンからも念話が飛んでくる。
『英雄譚の始まりはこのようなものであろうよ』
適当すぎる。
この世界の歪みを正す存在としての役割を果たすには不遇な気がする。
『彼らを通して我等もまた世界を見渡し正す存在になりえる』
『その価値は変わらない』
まあそうなんでしょうけど。
目の前に佇む二人の神は泰然としたものだ。
「では貴方達も彼らを守護するので?」
「然り」
「祝福も試練も与えることになろう」
厳しいのね。
二人の神々、ゼウスとヘラの夫婦はそう言い残すとオレの目の前から立ち去った。
彼らもまたこの世界の歪みを一身に引き受けているのだろう。
『本当に我等が介入してはいけないのかな?』
ドラゴン達は皆積極的に動こうとしたがるようになっていた。
神をも殺す力をいいように発揮されても世界が壊れてしまいそうで怖い。
巨人たちが思慮深いのと対照的だ。
「まあ任せてったら」
『見ているだけならばいいかな?』
「介入はやめてね。あれでも昔からの知り合いなんでね」
約束の日は近い。
もう一つ片付けないといけない。
押し切った、とはいえサーシャ達はオレとの別れが名残り惜しいようだ。
どういった態度をとったらいいのかも分からないし。
ガルズは呆れ顔のままだった。
一番泣いていたのはやっぱりサーシャでした。
最後の夜はサーシャ達の枕になるしかなかった。
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で、決闘の当日の訳だが。
ガルズがサーシャ達と大トンネルに行った後、ラクラバルの冒険者ギルドでサーラと差し向かいでお茶を飲んでいた。
気まずい。
まあ今は会話は必要ないんだけどな。
「ガルズにはちゃんと話は通してあるんでしょうね?」
念押しすんなよ。
アレはアレで何か気がついているんだろうが何も言って来ない。
それに頼もしい方々に引継ぎもしてあるから万全だ。
「問題ない」
いささか剣呑な雰囲気がある。
さすがにもう隠そうとしないか。
「さすがにここでやり合うのは感心しないぞ」
「まさか。ちゃんと場所は用意してある」
そうでなきゃ困る。
サーラの本領発揮となると魔法生物の創造と召喚だ。
ラクラバルのような街中でオレとやり合うのは彼女には不利なだけだ。
そんな事はしないだろう。
「じゃあ移動するか」
サーラも無言で応じる。
互いに牽制しながら町を出る。
サーラが転移のオーブに黒い道標を差し込んだ。
転移先はどうやら開けた荒野だ。どこかしら懐かしい気もする。
遠くの山々は火山のようだ。噴煙がいくつか上がっている。
それに寒い。
オレが寒いのは嫌いだって知ってたか?
「懐かしい場所ではないかな?」
声色が女のものではなくなっていた。
男のものになっている。
「懐かしい、か。覚えていないな」
「すぐに思い出して貰う」
なんだっけ。真面目な話、覚えていない。
「お前は私の弱点を知っているのだろう。だが私も知っている」
サーラが王錫と長剣を手に持っていた。
呪符が周囲に舞い始めている。
やはり召喚魔法で攻めて来る訳か。
問題はその数だ。尋常ではない。
「ただの召喚魔法ではない。見るがいい」
呪符が地面に舞い落ちると巨大な影が次々と現れてきた。
どこかで似た風景を確かに見ている。
あれは何だったのか。
思い出した。
闇の使者の集団だ。
ここはその戦場だったのだ。
現れてくるのも闇の使者だ。いや。
デーモンであることは間違いないが様子がおかしい。
アンデッドだ。
前作で受肉化した闇の使者であるデーモンを倒した後、その死体は全て封じたのは知っていた。
だがこんな形で利用していたとは。
デーモンだけではない。
天の御使いであるエンジェルもいる。こっちもアンデッドだった。
アンデッドのみで構成された軍勢が目の前に現れていた。