調整
参ったな。
サーシャ達と仲良くなってくれたらいいとは思ってたけどな。
懐き過ぎだろ。
性格が変わりすぎじゃないか?ガルズ。
彼女はリグリネの宿屋に1人で逗留していたそうだが、そこを引き払ってオレ達の宿に来ることになった。
おしゃべりの続きがしたい、とは彼女の弁だった筈だが。
オレなどそっちのけでサーシャ達と話し込んでいた。
夕飯の間も喋りっぱなしだった。サーラもその様子には閉口していたようだ。
このハイテンションが継続するから困る。
「じゃあ借りていくわね」
風呂にも一緒に行っちまうし。
入れ替わりでオレも風呂に行ったが、戻ってきたらサビーネに縫い物を習ってるし。
オレとおしゃべりはしなくていいのかね?
サーラはガルズの様子を暫く見ていたかったようだが、一言断るとログアウトしていった。
まあこれでいいのかも知れない。
おかげで神々や巨人、ドラゴンと話を摺り合わせる余裕も出来ていた。
色々と分かってきている事もあった。
間違いない。
サーラが鍵だ。
あいつを救う方法は果たしてあるんだろうか。
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やっぱりパーティを組んで冒険するならある程度人数がいた方が楽しい。
このラクラバルの雰囲気も良かったってこともあるけど。
ただドワーフ族は私に出会う度にビックリするみたい。
私が希少種だからなんだけどね。
レイジオにはドワーフ族の冒険者が少なかったからこういう体験も少なかった。
やっぱり目立っちゃうよね。
今日からはシェイド達とクレール山脈の大トンネルに行くことになっている。
シェイドは変な顔してたけど。
いいじゃないの、私が行きたいんだから。
魔法陣を潰すのも久しぶりだったけど、やっぱりある程度はスリルもないと楽しめない。
観光するにも色んな場所に行って見たいな。
私が持っている【相転移の杖】はこれまであまり有効に使っていない。
ずっとレイジオ周辺で冒険を続けていたからなんだけど、これからはもっと他の風景も見に行ってみたい。
シェイドなら色んな場所にもう行っていることだろう。
そいった事にかけては彼はやる事が早い。
サーラが掲示板に今日は来れないって書き込んであったのが残念だった。
彼女はたまにある事なんだけど、せっかく久しぶりに会ったのに冷たいんじゃないかな?
明日はちょっと強引でもいいから誘ってみよう。
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ガルズがオレ達のパーティに参加するようになってもう十日ほど経過しただろうか。
彼女はあっという間にオレ達の連携に馴染んでしまっていた。
元々このゲームでやり込んでいたとはいえ早いよ。
洞窟探索ではサーシャ達に追いつけるか心配だったが杞憂でした。
彼女のブーツにチート機能を付けてたのはオレだって事を失念してました。
ドワーフとしては破格のスピードで駆けていく様は希少種のせいかドワーフに見えない。
その機動力と組み合わされる攻撃の破壊力はカティアをも上回っているだろう。
体格が小さいだけにちょっと違和感がある。
機動力に関してはサーラも問題はなかった。
彼女の竜翼のローブには飛行呪文が付与されている。これもオレの手が入っている。
機動力優先のオレ達の戦術によく合わせて死角を潰すように属性魔法を使いこなしていた。
相変わらず隙がない。
本職である暗黒魔法と魔法生物の召喚は出番なしだ。使う前に近接戦闘で殲滅してしまうからなんだが。
魔法陣潰しで壁ゴーレムを作り上げる所しか見ていない。
まあ彼女の場合、問題があるのは毎日冒険に付き合っていない事だろう。
いや、むしろ常時このゲーム世界に居る事がおかしいんだけどな。
だがそれもいい。
利用させて貰うだけだ。
そしてオレは以前から暖めていたプランを実行することにした。
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まずい。
時間が足りなくなっていた。
破綻している部分をごっそりと削ってもまだ足りない。
彼だ。
彼が現れてから集中できなくなっている。当然だ。
それも承知で彼をこの世界に引き留める。覚悟はしていた筈なのに。
狂い始めた流れを修正できなくなっていた。
帝国側の分断は完全に想定外だった。
元々、王子同士の内紛で帝国が弱体化させる筈だったし、修正は可能だと思っていた。
それでもルシウスという手札を失ったのは替えが効かない失態になった。
英雄の器として用意していたのだから修正が効かないのも当然だ。
クレールの大トンネルで停滞させていた戦線も撤退させたが、これに併せて裏切り行為が重なった。
完全に想定外だったのだ。
何かが狂っていた。
思い通りにキャラが動いてくれていない。
帝国側に戦力を供給していた拠点はホールティだけではない。
まだ修正は可能だろう。
帝国に攻め込んでいる遠征軍も一枚岩ではない。内紛の仕掛けもある。
まだ挽回できる。
北の拠点グランに終結させてある戦力をホールティにぶつけるのだ。
まだゲートは生きているのは確認済みだ。奇襲で奪回できずともいい。
帝国本土からの親征まで、時間を稼ぐだけでいいのだ。
一旦、完全にログアウトして管理者権限を使えば修正は容易なのは分かっている。
でも他のメンバーが利用できないように管理者権限をロックしたのは私だ。
自業自得。
分かっている。
元々、この世界が作られた理由をも踏みにじった事も分かっている。
彼女を欺き続けていることも。
雇い主を欺く事には何の痛痒も感じないが、気分は落ち着かない。
私の生殺与奪は結局の所、雇い主が掌握しているのだから。
グランの城砦は普段通りに見えた。
ここで繁殖させているオークの軍勢はホールティの規模を上回る。
もう1箇所、バキラの城砦にも同規模の繁殖場がある。
それにまだ私には究極の手札が残っているのだ。
修正せねば。
この世界を支えなければ。
だがグランの城砦の中は大きな変貌を遂げていた。
オークの死体で充満していたのだ。
護衛で残していたヘルハウンドもオーガも同様だ。全てズタズタに切り刻まれていた。
ゲートを設置してあるホールに足を向ける。
まさか。
ホールの守護を任せていたアイアン・ゴーレムは跡形もなく鉄塊になってしまっていた。
塔はどうなっているのか。
5つある塔全てに護衛のゴーレムやアンデッドを配置してあった。
拠点防衛を考えるのであれば塔の魔力がある限り、無限増殖する仕掛けもある。
塔は一つ残らず瓦解していた。
一体どうやって。
「悪いな。ここは潰させて貰ったよ」
背中から声をかけられた。
バカな。
何も魔力の変動を感知できなかった。
時空魔法で常時結界を張っていたのに気がつかなかったとは。
でも理解は出来ていた。
実際に起きていることを否定してみた所で意味はない。
「貴方の仕業、ですか」
シェイド。
何でこの男はおとなしくしてくれないのか。
「もう1つあったろ?そっちも先刻潰してきたよ」
まさか。
いつの間に。
「なあ、サーラ。全部オレに知ってることをブチ撒ける気はあるか?出来れば穏便に行きたいんだが」
「穏便にですか」
「まあ、な」
この惨状を見渡してみる。
各地から集めた女達がいない。死体は全て魔物のものだけだ。
確かに彼の精神魔法は応用が効くのだろう。
それでもあの人数をどうやって転移させたのか。
ゲートは私にしか使えない筈だ。
「疑問はお互いあるだろうさ。でも難しい話はナシにしないか?」
「何を言いたいのか分かりませんね」
こいつは。
本当に大嫌いだ。
「お前さんはガルズを本気で大切にしてる。だからこそさ。内々に解決しとこうかと思ってるんだが」
「そこは同感ですね」
「いいねえ。お互い同意できる事があるのならどこで妥協できるかも分かるってもんだな」
妥協、ね。
碌な結果になりそうもない。
「何が望みです?」
「お前さんが抱えてるモノを全て」
「傲慢に過ぎます」
「分かっているがね。そこは妥協ナシだ」
ふざけている。
この男はどうにも掴みどころがない。
そしてイラつく感情を止められそうにない。
「どこまで知っているのです?」
彼の真意を少しでも探っておかねば。
彼女に類が及ぶようならばここで手札を使うべきなのかも知れない。
「お前さんが運営管理者なのは確実、だな」
嫌な所を突いてくる。
「それなのにこの世界には管理者がいない。ガルズ相手には管理者がいるように偽装してたみたいだが」
彼はつまらなそうに話を続ける。
彼の仕草全てが嫌いになりそうだ。
吐き気も覚えるほどだ。
「お前さんはログアウトもしないでプレイヤーとしてこの世界を調整しようとしてる」
「どうして?」
「その理由を知りたいのはオレだぞ?」
どこまで知ってるのか。
どこまで。
「いい加減全部白状してくれないかな?サーラ」
答えたくない。
答えるものか。
「お前、何人もいたサーラのうちの誰だ?」
知っていた。
何で。
「そりゃ分かるさ。前作ではガルズが常時ゲーム内に留まる有様だったが、お前もそれに匹敵するプレイ時間でレベルアップしてたろ?」
そうだ。
プレイする順番を奪い合うほどだったのだ。
許されていたプレイヤーアカウントは1つしかなかったのだから。
「理由は知らない。だが明らかに複数の人間が1つのプレイヤーアカウントを使いまわしていたよな?」
そうだ。
ゲーム世界で過ごす時間だけが安らぎだった。
「まあ昔のことはいいさ。今お前がこのゲーム世界で何をやってるかだよ」
「話すと思う?」
「いいや」
「じゃあどうする?」
「決闘で負けたらお前さんが話すってことでどうだ?」
全くこの男は。
子供じみている。
「場所と日時はそうだな、お前さんに任せるよ。好きにしていい」
「彼女には何て伝えるの?」
「オレもお前さんも暫くはログアウトしてるとでも言えばいいさ」
「その間、彼女は1人?」
「サーシャ達がいるさ。今日は彼女達5人で大トンネルに行ってる」
そうか。
彼女に配慮してくれているのは感謝しておこう。
でも決闘では容赦しない。
「お互いに戦闘スタイルは知っている。そして互いに相手が知らない奥の手もある。それでいいよな?」
「ええ」
分かっているのか?
シェイド、貴方に勝ち目なんかない。
ある筈もない。
今の私ならかつてのカウンターストップ全員が相手でも負けることはないだろう。
それだけの手札が私にはある。
「では私が勝ったらどうする?」
「お前さんの好きなようにしていいさ」
「そう」
悪くない。
彼女にも最大の配慮ができるだろう。
「では3日後で。場所は一緒に転移する方向でどう?」
「いいよ」
「ラクラバルの酒場で待ってる」
「おう」
彼の姿は私の目の前から一瞬で消えていた。
どうしてうれようか。
想像するだけで笑いがこみ上げてくる。
勝利への手順はもう手の内にあるのだ。
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あいつは勝利を確信していることだろう。
オレの戦闘スタイルの弱点を知り尽くしている。
オレが1対1では不利なのは承知していた。
それでもあいつが知らない手札がこっちにもある。
それにこれは単なる決闘ではない。
オレにとってこれは制裁なのだった。