邂逅2
いくつか雑事を片付けるのに手間取ってしまった。
この頃はやる事なす事に不満がある。うまく平衡を取れている筈だったのに。
AIの動きを読みきれるとは思わないが、想定の範囲を超える動きが目立ち始めていた。
彼の動きが気にならない訳ではないが、初期状態から短期間で情勢を左右できるとも思えない。
例えあのチート装備があっても、だ。
彼にはここでずっとプレイして貰う。そう仕向けないといけない。
全ては彼女のため。
全ては彼女の命のため。
私の雇い主が彼女をどう思っていようが関係ない。
彼女はこの世界のバーチャル・リアリティを満喫していることは明白だ。
本当は調整のためにログアウトするべきなのは分かっている。
でもそれでは管理者権限をロックしてまでこの世界に留まっている意味がない。
なんとか。
なんとか、彼女のために辻褄を合わせないといけない。
それに私のためにも。
彼の動向にはもっと意識を向けておくべきだった。
そう後悔したのはレイジオで彼と出会ってしまった時だった。
「あら、サーラ。珍しいお客様が来たわよ?」
見れば分かる、
彼は私が設定した外見のままだ。どうやって私達に辿り着いたのだろう。
偶然。
そう、偶然に違いない。
なにもかも恵まれているというのに運勢まで恵まれているのか、この男は。
憎しみの表情が浮かびそうになるのを必死で耐えた。
仕様の所為で前作よりも表情が現れやすくなっているのだ。
「・・・シェイド?」
彼は見覚えのある鎧兜の姿だ。彼も私の装備で確認したことだろう。
言葉遣いには注意を払わないといけない。
私は彼の要求を袖にし続けている。
そうする事で彼の苛立ちを煽ろうと思ってしてきたことだ。
詰問されるかもしれない。
彼女の前で詰問されるのはマズい。
どうにか回避しないといけない。
「お久しぶりね、シェイド。お元気そうね」
彼は前作とさほど変わらない印象だ。
目立たない顔つき。
前作よりも低くなった身長の所為で更に目立たなくなっている。
彼は目立つような活躍を嫌う傾向がある。面倒を引き受けるのを極端に嫌っていたように見えた。
そのくせ集団戦では戦力の底上げと後方撹乱に徹するなど汗っかきな面もあった。
楽に勝つことが彼のスタイルの基本のようであったが、寧ろ楽に勝つために事前に知恵を搾り出すのが楽しそうに見えていた。
正直、私も彼の正体を知るまでは好感を持っていた。
彼の正体が知れた今となっては怒りすら覚える。
例え当時、彼が何もしらなかった学生だったのだとしても。
「やあ。お前さんもテスターなのか?調子はどうだ」
私は彼の伝言を無視し続けている。
なのに彼のこの社交的な態度はどうなんだろう。
演技なのだとしたら寧ろありがたいが、裏に何があるのか怖い。
にこやかに笑っている姿にすら怒りが湧く。
いけない。
彼女の目の前だ。
自重しなければ。
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サーラはほんの少しだけ笑みを浮かべてシェイドに目礼を返す。
彼女はいっつもクールだ。
戦闘でも乱れることがない。
でもねえ、少しは愛想が良くないと嫌われちゃうんだから。
前作でも彼女は同様だったし、シェイドもサーラがそんな娘だってことは最初から承知してる筈。
あまり気を回しても仕方がないのかも。
「サーラは相変わらずのスタイルなの。おかげで助かってるのよ?」
「なるほど。それなら2人で迷宮攻略も難しくないんだろうな」
「そ。彼女の召喚する魔法生物で壁を構築して私が押し切ってるわね」
「・・・精霊魔法は?」
もう。
嫌なこと聞かないでよ。
「私?あんまし鍛えてない、かな?」
「鍛えとけ。何の為に希少種選んでるんだ?」
「いいじゃない。体動かさないと私ってば死んじゃう!」
「サーラが壁を作ってるうちに後方から精霊魔法で叩けばいいだろ?」
もう。
サーラと同じこと言ってるし。
もうこの話題やだ。
話を変えよう。
「ね?昔話もいいと思うけどこれから一緒に迷宮行かない?」
サーラの顔は全く動こうとしない。
少し覗き込むと唇の端に笑みがこぼれた。
「いいですとも」
サーラの声は普段から抑揚がない。
でも私には何故か感情の起伏が分かるようになっていた。
サーラったら、なんで動揺してるんだろう?
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レイジオの広大な町を出るとサーラの転移魔法で迷宮入り口に跳んだ。
その迷宮は難易度で言えば中級といった所らしい。
サーシャ、カティア、サビーネの【半獣化】が進んでいた。
オレも探索用に魔法を構築していく。
【知覚強化】【知覚拡大】【身体強化】【代謝強化】【自己ヒーリング】【魔力検知】【念話】【重力制御】【野駆け】そして【自己加速】も念じておく。
サーシャ達4人、ガルズ、サーラと一人ずつ【感覚同調】念じながら肩を叩いていく。
臨時の7名パーティだ。相乗効果は高くなっていることだろう。
オレが【ライト】、ガルズが光精ウィル・オ・ウィスプを召喚して暗闇を照らした。
さすがにクレール山脈の大トンネルのように広くはない。地面も走るには向いていない。
入ってすぐは真っ直ぐな洞穴が続いていた。
先行する冒険者パーティが突き当たりを右に進むのが見える。
左に行こうとするとガルズが制止した。
「そっち行くといきなり上級になるわよ?」
「2人ならそうだろうさ。今は7人いる」
「えー」
「オレだけなら兎も角サーラもいるだろ。心配ないさ」
そう。
あまり弱い魔物相手では測れない事がある。
【思考分割】を更に2つ作り上げておく。1つはガルズ、もう1つはサーラの感覚をモニターし続けるためだ。
「サーシャ、先導してくれ」
普段どおり、普通に攻略していけばいい。
サーシャ達にはそれしか指示をしていない。
ガルズとサーラについては古い知り合いとしか説明していない。
例によってサビーネが疑念の目を向けてきたが無視した。
古い知り合い、なのは事実だ。
今のオレが若い外見のままだから疑念を持たれるのも当たり前だよな。
でも何か納得してくれたみたいで助かった。
さて。
迷宮、となると久しぶりだ。
楽しめるといいが。
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えっと。
シェイドが引き連れているんだから冒険者として有能なんだろうな、とは思ってました。
思っていた以上に凄い。
サーシャちゃんは狼人族だ。
嗅覚が鋭い。魔物の匂いをいち早く察知するし追跡もできるようだ。
罠に対する察知能力も高いみたい。
ちっちゃくて可愛くてもうたまんない。
是非お友達になりたい。
カティアさんは虎人族。
このパーティでは一番体格がいい。格闘戦を繰り広げる様は誰かさんみたい。
『剛腕』のグレーデンにそっくり。なんか懐かしい。
実際にウッドゴーレム相手に戦っている様子は本当にそっくり。
頼りになる兄貴って感じがする。
ラクエルさんはエルフだ。
どうやら【シルフィ・アイ】で偵察もこなしているようだ。
『暁』のジュリアも火力特化する前がこんな感じだった。
精霊使いとしては私より明らかに上位なんだと思う。
直感で、分かる。
サビーネさんは人馬族だ。
人型でもスタイルがいいけど半人半馬でもスタイルがいい。
特に胸には憧れる。弓矢も使ってたけど邪魔にならないんだろうか。
バグベア相手に突撃する姿は格好良かった。
私だって冒険者として負けてないと思うけどね。
シェイドの精神魔法の効果はパーティ全体に波及する。
戦力の底上げの効果は私にも大きな恩恵を与えているのは分かっていた。
戦斧の一撃でオルトロスの足を両断してしまう位には強化されていたみたい。
バグベアとは1対1でやらせて貰った。
サーラは心配そうに制止したけど自信はあったし。
得物をポール・ウェポンに持ち替えてバグベアに挑んだ結果、あっさりと蹂躙してしまった。
「絶好調だな」
シェイドの評価はうれしいけどね。
上から目線?
シェイドの戦い方は相変わらずだ。
ショートソード2本を操ってMPを補給している。
バグベア相手なら生かさず殺さず嬲り殺しだ。正直、見ていて気分がいいものじゃない。
でも彼のスタイルはずっとこうだ。
ちゃんと理由付けがあるのだ。
そして、たまに理解できない行動をとることも私は知っている。
でも人間って皆そんなものかも知れない。
何から何まで完璧な人間なんていないって思うし。
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楽しそうだ。
私が彼女にこのゲーム世界でプレイする喜びを与えている。
それこそが私の支えだった。
だが今の彼女はどうだろうか。
楽しそうだ。
彼と一緒に冒険をするのがそんなに楽しいのだろうか?
私にも見せていない笑みを浮かべている、そんな気がした。
あいつさえいなければ。
その微笑みは私だけのものだったのに。
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その迷宮にある魔法陣は随分と広い場所にあった。
巣食っていたジャイアントスコーピオンは10匹程いた。
それをまたアッサリと排除するんだからもうね。
サーラが壁キャラでインスタント・ゴーレムを2体作り上げてくれたけど殆ど出番なしだった。
サーシャちゃんの速さとか凄いし。
私だって2匹に止めを刺したけど、それだって既に虫の息だったからだ。
シェイドの戦いぶりは前作のままだ。
確信が持てる。
彼の実力は恐らくはカウンターストップ状態の頃のままだ。
サーラもなかなか実力の底を見せないけど、彼女もカウンターストップ状態だろう。
そこだけは同意できない。
アルファ・テストならば経験値の上限でもゲームが楽しめるか、検討する必要があるってのは分かるけど、さ。
やっぱり成長させていく楽しみがないと私はつまんないな。
彼が魔方陣の石版を外したようだ。
ガーディアンが現れようとしていた。かなり大きな相手だ。
足元から実体化していた。
オーガのようにも見えたがオーガよりも一回り大きいようだ。胸の辺りが出現するのと同時に腕も現れてくる。
何か大きな得物を持っていた。斧だ。
もしかして、ミノタウロス?
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ミノタウロスか。
難易度から考えたらオーガを確実に超える魔物だ。
彼女にはまだ荷が重いだろう。
防御結界魔法の準備を進めながら彼の動向に目を向ける。
魔物が出現し終えると彼から念話が飛んできていた。
(牽制はオレがやる。足元に攻撃を集中させて転がしてやれ)
大きな魔物相手にどう戦うのか。
あっという間に魔物の肩口に転移すると首元に剣を叩きつける。
いきなり一撃を食らった魔物が彼の牽制攻撃に怒りの咆哮を上げて首を巡らせていく。
足元がおろそかになった。
その隙を逃さず彼の戦闘奴隷達が時間差をつけて殺到する。
人馬族の娘が突撃で右脚を大きく削いだ所で魔物が大きく傾いた。
無事な左脚にはいつの間にか蔦が絡み付いていた。
よく見ると木の上位精霊のエントだ。魔物は半身を固定されて思うように動けなくなっているようだ。
彼女もポールウェポンを魔物の脚に叩きつけていた。
思いっ切り。
真剣な眼差しで。
無事だった左脚があっという間にズタズタになっていく。
当然だ。
そのポールウェポンは破壊力判定で最高と言っていい代物なのだ。
彼女はカウンターストップには程遠いレベルでしかなく、武器の能力を全て発揮できている訳ではない。
それでもこの破壊力だ。
蔦に上半身まで絡みつかれた魔物が地面に叩きつけられた。
結局、魔物は手に持っていた斧を一度も振るうことなく絶命していた。
彼も魔物をザクザクと切り刻んでいたようだ。
その表情をずっと、私は見ていた。
軽薄な笑い顔のように見えた。
ただ作業をするだけのつまらなそうな顔にも見えた。
そんな彼の表層心理が私にまで伝わってくるのが不愉快だった。
私のほうで彼の【感覚同調】の効果を選択的に排除している。私の真意など彼に伝わる筈はない。
その顔を私に見せるな。
でも私が最も恐れているのはそんなことじゃないのも分かっていた。
彼女に、ガルズに私の心の中を見透かされることだ。
恐ろしい。
こんなに醜い感情を抱えている。
知られるのが恐ろしい。
何よりも恐ろしかった。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
そうだね。
知られたくないことを知られるのって怖いよね。
それでもね。
知らないことが恐ろしい。
ボクは今、とっても怖い思いをしている。
理解できる範疇を超えようとしている。
それはとても勇気が要るんだと知ったんだけどね。
やっぱりボクは確証がないと動けない性質らしい。
さあ、もう少しだ。
望む形ではないにせよ結果は出てしまう。
出来ればボクの予測の範囲を超えてくれたら申し分ない。