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邂逅

 廃墟の町に転移する。

 女神アテナと縫い物をしていたサーシャとサビーネが剣術を習い始めていた。

 暇だな。

 それに平和だ。

 だがヘルメス神が連れてきた2人に神々が興味を持ち始めていた。

「この者達に新たな星の巡りが見える」

 女神ペルセフォネーがそう言うと女神アフロディテが2人に手をかざす。

「あら。いいわあ、この子達」

 何で猫撫で声みたいに言うんだ?

 恋人同士なのが好みなのかも知れない。

「生きる事はまた戦い続ける事に等しい。彼らにはまた別の戦いがあるだろう」

 軍神アレスの言い回しはまるで予言だ。

「父神ゼウスの残滓が見えますね」

 女神アテナの顔はなぜか曇ったままだ。ゼウス?

「この娘はゼウス神の信徒ですね。ならばこそ我らは救いの手を差し伸べなければ」

 女神ペルセフォネーがそう締め括った。

 そして視線をヘルメス神に向ける。

「既に祝福を与えているとは」

「機を見るに敏、と言って欲しいですな」

 ヘルメスはとぼけた顔だ。

 意味が分からないな。

「これでは貴方に預けるしかありませんね」

 ヘルメス神が会心の笑顔を見せた。

 益々こいつらが人間にしか見えなくなってきた。


 いつのまにか女神ペルセフォネーの両脇に人影が浮かんでいた。

 2人の神が幻影のように立っている。

 すぐにその姿は現実味を帯びていった。

 鍛冶神ヘパイストスと女神ヘスティアだ。

「我が信徒が見つけました」

「場所はレイジオじゃな」

 おお、見つかったのか。

「指輪を通して誘導できます」

「遅れて済まんな」

 いえ、早いでしょ。

「では事前に決めた通り貴方にお任せしましょう」

「助かります」

 さて。

 ようやく事態に進展が見込めそうだ。

 サーシャ達を集合させる。

「普段どおり振舞っていていい。交渉事はオレがやるから楽にしてていいぞ」

 それだけ先に念押ししておいた。

 【転移跳躍】を念じる。

 逃がすものか。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 相棒が来ない。

 ログアウトなんでしょうけど今回はちょっと長い。

 前作でもサーラは頻繁にログアウトする方だと思ったけど、すぐにゲームに戻ってくるのが常だった。

 ああ、いけない。

 プレイヤーのプライベートに興味を持つなんていい趣味じゃない。

 とは言っても私と彼女以外のプレイヤーっているのかしら?

 良く分からない。

 運営掲示板もプレイヤー掲示板も私以外に書き込みがないのだ。

 運営の返信はあるけど、他のプレイヤーの書き込みが何もないのはやはり寂しい。

 アルファ・テストなんだしプレイしている人数はある程度絞っているのだろうけど。

 サーラも分からないと言う。


 それでもこのゲーム世界は楽しい。

 前作のようにプレイヤー同士で盛り上がることはないけど、世界の持つリアリティは新鮮だった。

 いつまでもここに居たい。

 いや、前作からデータ引継ぎでこの世界に飛び込んで以来、私は一度もログアウトしていなかった。

 ログアウトするなんて勿体無い。

 迷宮に潜って探索するのも好き。

 でも何もしないで美しい風景を眺めて過ごすのはもっと好きだ。

 海辺で波が寄せては返す様子はいつまでも見ていたかった。

 その波の音も新鮮だ。

 波と戯れるのもいい。海水の冷たさも心地よかった。

 転んで海水を少し飲んでしまって塩辛さにビックリもしたけど、いい思い出だ。

 サーラがいるしテスターなんだから探索も戦闘もやらなきゃいけないんだろうけど、もう一回海には遊びにいきたい。

 あとは山もだ。

 高山には巨人族がいるからあまり近寄るなってサーラは言うけど、山の空気はおいしいって言うじゃない?

 森には何度も行った。

 すごく安心する匂いに囲まれて私は幸せだった。

 何度でも行きたい。いいえ、いつまでも居たくなる。

 バーチャル・リアリティで観光ってサービスはきっとあるんでしょうけど、これ以上のものがあるとは思えないもの。

 アルファ・テストなんて全部省略して観光サービスを先にやって欲しいな。

 私、きっとそこから出られなくなりそう。


 今いるのはちょっとした酒場のような場所だ。

 レイジオのギルドはセンスがいい。飲み物もアルコール以外が充実している。

 一通り飲み物は試してみたけどやはり紅茶が一番。

 この世界は10世紀から12世紀あたりを基準にしているっていうけど、ならば紅茶はあってはならない飲み物だ。

 トマトもジャガイモも本来はおかしい。

 さっき食べたスパニッシュオムレツにはジャガイモがたっぷり使ってあったしトマトも添えられていた。

 でもそんな細かいことは気にしちゃこのゲーム世界も楽しめない。

 食生活が充実しているのならそれに越したことはないよね?


 相棒がまだこない。

 もう一杯、お茶を頂くことにする。

 カウンターでおかわりを貰ってゆっくりと周囲を見回した。

 そうね、この一杯を飲み終えるまでにこなかったら掲示板に伝言を残してソロで迷宮に行こう。

 ソロでも適当に攻略できそうな場所ならこのレイジオの南には幾つもある。


「やあ、一人かな?」

 あらやだ。

 一人でいると冒険に加わらないかとお誘いを受けることはよくあるけど。

 また断らなきゃいけなにんかしら?

 これだけが面倒でやだなあ。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼女は一見するだけで分かった。

 いや彼、というべきなんだろうか。頭が痛い。

 見間違えようがない。装備している鎧兜はオレ達と同じ竜革の製だ。

 特徴的なのはブーツだ。機動性の低さをカバーするために幾つかの魔法式を組んである。

 そのために形状がオレ達のとは全く異なっているのだ。

 盾も同じ素材の特製だ。楕円形だが基本的に方形の盾と同じ使い方をする。

 盾の裏手に戦槌がセットしてある。

 さすがにポールウェポンは【アイテムボックス】に入れてあるのだろう。

 戦斧も見当たらない。


 オレと同様に姿形が変わっていた。

 変わりすぎ。

 前作では典型的なドワーフ男性だったんだが、今は希少種のドワーフに見えるぞ。

 しかも見間違いじゃないとすれば女性だ。

 装備に見覚えがなかったら分からなかっただろう。

 一人でニコニコと笑いながらお茶を飲んでいる。太平楽だな。

 でもこっちの話に付き合って貰わないといけない。

 それに久しぶりだ。

 彼、いや、彼女はオレが組んだ中でも一番の古株プレイヤーだ。

 『鉄壁』のガルズ。

 懐かしさを込めて話しかけた。

「やあ、一人かな?」


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 何よ、こいつ。

 若い男1人に女4人のパーティーだ。

 それだけで反発したくなっちゃう。

 私までパーティに入れてハーレムを充実したいとか思ってるバカなら死んで欲しい。

 身長は人間の男にしては小さめ。でも私よりかは大きい。

 女の子達はそれぞれ個性が際立っている。

 4人中3人の首に【隷属の首輪】があるのを私は見逃さなかった。

 この男は。

 女の敵に決定。


 一番左端の娘は巨躯と言っていいだろう。

 その雰囲気は明らかに獣人族だ。

 まるで男のような迫力だけど胸の膨らみは見間違えようがない。

 その隣の娘は金髪エルフだ。

 この娘だけ【隷属の首輪】がないようだ。この男の本命ってことなんだろうか。

 エルフの例に漏れず凄い美貌をしている。

 正直、うらやましい。

 右端の娘は甘い印象を受ける美人だ。

 スタイルがいい。特に胸の膨らみに見入ってしまう。

 うらやましい。

 でもそれだけに私の敵意が消えてくれない。

 その隣の娘はちっちゃかった。

 か、かわいい。

 愛玩犬のような雰囲気がある。抱きしめてモフモフしたい。

 いや、モフモフされたい。こんな娘とお友達になれたらいいな。


 本当、こんな娘達に囲まれて冒険しているだなんて。

 目の前の男に改めて敵意が沸いていた。

 この女の敵め。

 きっと全員にあんなことやこんなことをしているに違いない。


「ああそうだ、お前たちはこの町で買い物でもしておけ。この町は品揃えがいいぞ」

 そう言うと男は小さな袋を右端の美人に渡した。

 あれ?

 結構気さくな感じもするけど。

 なんだろう。なにか引っ掛かるんだけど。

「はい。集合はどうなさいますか?」

「お前達の居場所なら全て分かる。気にするな」

 女の子達が冒険者ギルドから出て行く。

 ああん、もう。

 かわいい女の子とお話してみたかったなあ。

「・・・」

 無言で私の正面の椅子に男が座った。何よ。

 そこに座る許可なんかした覚えないわよ。

「ああ、なんて言えばいいのかな」

「そうね、何を言ってやればいいのか私も分からないわね」

 ふん。

 礼儀も知らないのかこの若いのは。

「まあ定番で自己紹介からいこう。オレの名前はシェイド」

「へえ、そう。シェイド、ね」

 闇と恐怖を司る精霊の名前だ。今や私も精霊使いの端くれで馴染みが深い名前よねえ。

「そう私は」

「ガルズ」

 え?

「聞き覚えはあるよな?ガルズ」

 えっと。

 何で?

「まさか性別が変わっていても名前はガルズなのか?男につける名前だと思うが」

 まさか。

「そりゃあオレは顔が平凡な造りだったがね。オレはお前の装備品でちゃんと分かったぞ」

 まさか。まさか。

 男が鞘ごと剣を机の上に置いた。

 さらにもう1本。

 一対のショートソードだ。あの部屋で、あの武器庫で懐かしく眺めた品だった。

 それにこの剣を鍛えたのって私だわ!なんで気がつかなかったのかしら?

「本当に、あのシェイド?」

「どのシェイドだろうな。闇の精霊じゃないぞ」

 分かるってそんなの。

 そう。

 貴方も来ていたんだ。

 アルファ・テスターを依頼するなら確かに適材でしょうね。

「懐かしいわね、まさか貴方とここでこうしているなんて」

「オレもだよ」

 なんでだろう。

 確かにうれしそうな表情をしているように見える。

 でも何故か緊張が解けきれていない。

「気がつくのが遅い。鈍ったか?」

 く、悔しい。

 反論したいけどできない。

 ちょっとだけ意地悪なのは変わっていない。

 そんな所まで昔と一緒だなんて。少しは大人の態度になっててもいいじゃないの。

「あ、じゃあ貴方ってば、私の装備を見て気がついた?」

「まあな」

「昔から目聡い人だったわよねえ」

「さっきオレと一緒にいた4人」

 えっと。

 何を聞いてるの?それって質問?

「鈍すぎる。4人の鎧は見たのか?」

 え?

「お揃いだったろ。見えてなかったか?」

 ええっ!

「まさか、全員プレイヤーなの?」

「そんな訳あるか。全員ノンプレイヤーキャラだ。【隷属の首輪】は見えてたか?」

「いや、さすがに見えてたけど」

「他に何を見てた?」

 もう何よ。

 答えにくいったら。

「・・・まあいいか。あまり変わってないようだな」

 何それ。

 今の微妙にバカにしたでしょ。いつか仕返ししてやる。


「いつからこっちに?」

「まあ1ヶ月って所だな」

「へえ、順調なの?」

「順調?まあ順調と言えば順調なんだろうけどな」

「私はもうすぐ2年かなあ」

「2年?」

「そう。2年の間に3回のアップデート。私はログアウトしたのはその3回の前だけ」

「ほう。ベテランだな」

 そうかなあ。

 この世界は何をやっていてもいい。

 武装はいきなりトップクラスの代物を揃えたから手元に資金は余っていた。

 戦闘をできるだけ回避して観光旅行をしてる事も多かったし。

「貴方だって前作からデータ引き継いだらベテランじゃないかなあ」

「それはそうだが」

「それにしても何で小さくしたの?」

「キャラ作成過程はなかったからな」

 え?

「チュートリアルもない。ラウンジもなかった。未だにプレイングメニューは出ない」

「バグ?」

「さて。それはどうかな?お前は大丈夫なのか?」

「平気。プレイングメニューは前作より洗練されていて使い易いし。精霊魔法選択も別メニューで簡単だよ?」

 彼と私とでは仕様が違ってるんだろうか。

 後で運営掲示板に書いておこう。


「で、なんでそのキャラになった?」

 う。そこ聞いてくるの?

「最初はやっぱりドワーフ族で考えていたら選択できるようになってたってだけ。選択できるから外見作成までやってみたんだけど」

「外見作成?」

「うん。可愛いかったからそのまま決めちゃった」

 彼が改めて私の姿を見る。

 兜を被ってなかったら相当いけると思うけどな。

「男のドワーフ姿を見慣れているからな。随分と変わったものだな」

「素直に褒めてよ」

「可愛かったからつい、か」

「なによ」

「確かに可愛らしい姿だ」

「ハイエルフも選択できたんだけど私はやっぱりドワーフよねえ」

「こだわりがあるんだな」

「当然でしょ」

「魔物を思いっきりぶっ叩きたいだけだろ?」

「当然よね」

 そう。

 体を思いっきり動かすのって気持ちいい。


「痛覚はどうしているんだ?」

「設定時に選択できたけど私は有りでやってるわよ。さすがにこのまま全てのユーザーに公開するとビジネスは大変だろうけど」

 そう、痛みも私には新鮮だった。

 視覚も、聴覚も、嗅覚も、味覚も、そして触覚も全て私には宝物だ。

 これに換えられるものなんて私にはない。

「ここでプレイする前はどうしてた?」

「カイザード・オンライン2をずっとやってたわよ」

「ずっと?」

「そう。ずっと。プレイヤーは私以外に1人しかいなかった」

「ずっと、だって?」

「そうよ。ここのアルファ・テストでも私ともう1人だけだったわ」

「あいつ、だな」

 ああ、シェイドには分かるのね。

 そう、私は今2人パーティを組んでいる。

 相棒は前作でもよく一緒にプレイしていたものだ。

「サーラ、か。彼女は相変わらずなのか?」

 やっぱり知っていた。

 ああ、武器庫を見てきているなら知っていてもおかしくないけどね。

「そう。ログアウトしてる事もあるけど大体は彼女と冒険中」

「最初からか?」

「装備だけはチートだけど」

「チート、か」

 あら。

 何か引っ掛かるの?


「で、『鉄壁』のガルズ。今後の予定は?」

「それ、今の姿じゃ恥ずかしいからよしてよね、『風伯』のシェイド」

 私がやり返すと彼は少し考え込んだ。

「そうだな。『双天』のサーラも嫌がるかな?」

「どうかしら。一度呼んであげたらいいんじゃない?」

 そういえば前作でシェイドとサーラの仲は悪くなかったと思うけど。

 彼に反発してたのって『巡察』のジュディスだけよね。

 その彼女だって本気で嫌いだった訳じゃない。


「サーラとはここで待ち合わせな訳か」

「そう。この一杯を飲み終えたらソロで迷宮にでも行こうかって思ってたけど」

 きっと今の私は幸せそうな笑顔を見せている。

 彼はうれしくないのかしら?

 旧交を温めるって雰囲気が感じられない。

 あたしの誘いを断るんじゃないでしょうね?

「貴方となら文句なし。一緒に行ってみない?戻ったらまたおしゃべりしたいな」

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