罠3
(あ、でもこの姿で戦うのは大丈夫なのですか?)
念話で伝わってくるサーシャの疑念も分かるけどな。
戦ってみりゃ分かる。そう言えばいいのか?
(牙を、爪を使え。体当たりもいい。吼えてみても構わない)
サーシャとカティアがしなやかに体を動かしていく。
ゆっくりと、無駄が無い。
その動きそのものが美しいと思えた。
死地にいるのに何を考えているのか。
(ラクエル、精霊は複数召喚できるか?)
返事は無い。いや。
彼女の首飾りとして掛けられていた精霊のオーブがバラバラに解けて珠そのものが彼女の周囲を回り始めている。
ラクエルの表情は驚愕に染められていた。呆けている場合じゃないぞ。
(えーと、これ全部使っていいのかなー?)
(支える自信があれば幾らでも)
ラクエルの表情が急変する。さっきカティアが見せた肉食獣の笑みに近い。
(囲まれてます。包囲されたままでは不利ですが)
サビーネが気丈にも確認を促してくる。内心、驚愕と恐怖で溢れているのが分かる。
無理しなくていい。
(塔へ行く。だがその前に包囲してる奴らは全部潰すぞ)
そう、ここで無理しなきゃいけないのはオレだ。
巨大な石像の動きを注視する。
大きさはオーガをも超えている。外部から魔法式を挿入されたゴーレム。
動きそのものは遅い。
塔の方を見てみる。
地上ではインスタント・ゴーレムが群れを為している。大きさはバグベア程度。
こっちの動きは速い。
塔の上空を旋回するガーゴイルはどうか。
数える気がしない。空を埋め尽くす勢いの大群。
空から一斉に襲ってこられたら厄介極まる。
【思考分割】を念じる。どこまでオレが耐えられるか自信などない。
だがそうすべきだと何かが告げていた。
【感覚同調】に上乗せしてオレ自身の精神魔法の同調強化効率を最大になるように調整する。
全員、支えきってみせる。
両手に持つショートソードに【収束】【粒子加速】【空間遮断】【渦流閉鎖】【位相反転】【共振】【誘導】を念じる。
前作では鉄板の組み合わせだ。
様々な色の魔法式が浮かんでは消えていく。空間そのものを震わせていくのを確かめた。
剣をそのまま手放す。
オレの周囲を剣そのものが周り出す。
遠隔操作の剣でありながら盾。
MPを吸収しながら敵を裂き、物理攻撃にも魔法攻撃にも高い防御性を持たせてある。
これだけの広範な能力を発揮させるために魔法式をわざと固定化していないのだ。
こいつがオレにとっての生命線だ。昔も、そして今も。
【雷雲生成】を念じてこの閉鎖された空間に意図的に電位差を発生させる。
(ラクエル、雷精ライオットでガーゴイルを抑えろ!)
ラクエルの周囲からは様々な精霊が顕現し始めていた。
雷精ライオット4匹と火の中位精霊フェニックスパピー2匹が宙を舞い始めた。
強力な電位差を得てライオットの力が増幅されていくのが分かる。
プラズマ状態の球形になると塔から殺到するガーゴイルに襲い掛かった。
遅れてフェニックスパピーも続く。
オレの分割された意識がラクエルと同調して【ファイア】を付加する。
フェニックスパピーは黄色化を一気に通り越して白色化し、徐々に青白い光を放つようになっていく。
空中でまともにガーゴイルとぶつかる。魔法にはある程度抵抗性を持つガーゴイルだが、素材の石塊ごと蒸発してしまった。
雷精ライオットとぶつかったガーゴイルは接触箇所を分解されてしまい地に落ちていく。
一番手前にまで迫っていた女神ヘラの石像は全身を蔦で覆われていた。
蔦がただ覆うだけでなく石像に食い込んで行っては石像の各所を砕いている。
あっというまにヘラ神像が石塊と化した。
蔦は高速で人型にも似た巨人を形成していく。木の上位精霊のエントかよ。
そのエントに体当たりを試みたゼウスの神像の足元が盛り上がると巨大な亀が現れた。
但しその首はドラゴンにも似た凶暴な形状を誇っている。
前脚も後脚も。そして尻尾も巨大で太い。甲羅にまで鉱石結晶のような突起物で縁取られていてまさに全身凶器だ。
地の上位精霊ベヒモスもかよ。
転んだゼウスの神像を踏みつけるとその一撃だけで上半身が砕け散っていた。
ラクエルの両脇に2つの影が顕現しようとしていた。
いつものカーシーではない。
恐竜と馬のキメラのような体にカエルを連想させる首。愛嬌を感じさせる奇妙な姿だ。
水の中位精霊のケルピーだ。
足元に水流が渦巻くように湧き上がるとラクエルの周囲に水のカーテンを作っていく。
防御担当か。
いい選択だな。
ラクエルは弓矢でインスタント・ゴーレムを射抜き始めた。その1本1本に火精ラマンダーが宿っていることが分かる。
インスタント・ゴーレムに取り付いたサラマンダーもフェニックスパピー同様に白熱化してゴーレムを溶かしていった。
ベヒモスの巨躯が一気に膨れ上がった。オレの【ストーン】の同調効果が現れ始めていた。
そのベヒモスを飛び越えてヘルメスの巨像がオレ達に迫る。こいつは結構動きが速いな。
サーシャが威嚇の咆哮を巨像に叩き付けた。
巨像の腹が砂となって崩れていく。あっという間に上半身と下半身が両断されてしまっていた。
(これは?)
サーシャが戸惑うのも仕方ないよな。
(いいぞ。牙と爪も凄いからな。それより)
サーシャに近寄って腰のダガー1対を抜く。
(足を止めるな。小物を自由に片付けてこい)
突如として目の前からサーシャが消えた。
オレの脳裏に彼女の闘争本能が強く伝わっていた。そして怒りと歓喜も。
破壊衝動に駆られるようにインスタント・ゴーレムの群れに突っ込んでいった。
カティアも遅れてサーシャに続く。
困ったことに彼女は愉しんでいた。
破壊していい相手に不自由していない事に歓喜してやがる。
だが同時にサーシャを始めとした仲間を助ける為、体を張る覚悟も伝わっていた。
男前すぎる。
サビーネは木の上位精霊エントが足止めしているデメテルの神像に突撃を敢行している所だった。
たった一撃で神像の膝から下が喪失されていった。
突撃槍に付加されている【渦流閉鎖】と【重力収束】の相互効果で空間そのものを捻り切っているのだ。
そして彼女の姿はいくつも重なって見えている。鎧に固定されて付加した【ミラー】の効果だ。
サビーネの高速移動が加わるとまるで彼女が何人もいつような錯覚に陥りそうになる。
倒れたデメテル像はサビーネの突撃を再度受けると上半身をごっそりと持っていかれていた。
地上戦は優位に立てる。
オレが支えていられる間なら、と条件付だが。
ラクエルがケルピーを引き連れて高速で移動を始めていた。
巨像、そしてゴーレムとガーゴイルの乱戦状態に陥っていく。
連携が取り難い。いや、これが罠を仕掛けた敵の狙いなのだろう。
オレも足を止めていては危うい。
相変わらず上空の空間の歪みを越えて跳べそうに無い。
サーシャが持っていたダガー1対に【収束】【重力共鳴】【重力収束】【質量崩壊】【位相反転】【誘導】を念じると手を放す。
サーシャの座標に対して距離固定して自由運動するように【誘導】を調整した。
ダガーもまたショートソードと同様に宙を飛んでゴーレムとガーゴイルを相手に殺戮を開始した。
オレにポセイドンの巨像が迫っていた。
ギリギリまで引き寄せる。【魔力検知】でその魔法式を観察する。
考えるのを、止めるな。
それが例え死地であっても、だ。
誰が言っていた言葉だったのか。
思い出した。『賢者』のキロンだ。
衝突する寸前に【転移跳躍】でラクエルの隣に跳ぶ。
(ロングソードを借りるぞ)
こいつにはMP吸収が最初から固定で付与されている。【フィールドアーマー】は選択式だがこいつは組み換えが効く。
全属性変換の魔法式を起動させるには外部から常時魔力を供給する必要がある。
【アイテムボックス】から魔結晶を取り出して剣の柄元に嵌めこんだ。
オレが同調して送っている魔力が一気に増幅した。
同時にこいつにも【誘導】を念じて手を放す。
ラクエルの周囲を精霊のオーブと共に回りだした。
召喚された精霊達の戦力にも寄与する筈だ。
オレも最前線に出る。
サビーネの隣へと【転移跳躍】すると刀を抜き放つ。
神像2体が並んでサビーネに襲い掛かろうとしていた。だがサビーネの速さにまるでついていけない。
だが気を抜くわけにいかないだろう。
巨大な相手は巨大というだけで脅威なのだ。
いかに防具が優秀でもダメージのほんの一部が通るだけでも即死しかねない。
デカい連中には早めに無力化してもらうに限る。
日本刀の素性は知れない。
以前に【ヒート・ウェポン】が付与できていたのだから迷うことは無い。
【空間偏移】と【位相分割】を付与してやる。
謎だらけだのこの刀は刀身が届いていない場所をも斬ってきている。
物理防御力や魔法防御力の高い相手でも両断し、再結合を許さない斬撃強化の組み合わせだ。
サビーネを追いかけようとして隙を見せている石像に迫る。
多分、女神アルテミスの神像だろう。弓矢を持っているからな。
両足首に連続で刀を撃ち込んで股間をすりぬける。
別の巨像が目の前に。
半裸の艶かしい巨像は左脚をサビーネに砕かれていた。
左膝から地面に倒れ込むついでにオレは潰されそうな位置にいた。
構わず左手を巨像に向けてかざす。
【振動】を応用した【質量共鳴】。
巨像そのものが一瞬震えたように見えかと思うと、砂と化して崩れていった。
失敗した。
砂が邪魔で視界が塞がってやがる。
【渦流閉鎖】を反転させて大量の砂を吹き飛ばす。
強化された五感を総動員して状況を確認する。
巨像でまともに動けているのは半数といった所だ。ついでに背後に巨大な質量が感じ取れる。
オレの正面からサビーネが突っ込んできていた。目の前で跳び上がる。
彼女の獲物はオレの背後にいる女神アテナの神像だった。【重力制御】の効果も加わってその跳躍力は凄まじい。
サビーネの視覚には巨大な盾が写っている。
かまわず突っ込んでいく。
アテナ神像の盾を完全に貫通して上半身をも貫通する。
だが着地した所を狙われた。
完全武装した姿のアレス神像がサビーネを蹴りやがった。
彼女の意識は刈り取られていなかった。危なかった。
サビーネの打撲ダメージは相当減衰されていた。ありがたい。
同調を意識的に上げて彼女の【自己ヒーリング】の効率を上昇させる。
ついでに痛覚も肩代わりした。
痛いな。うん。
こんな痛みを彼女に与えやがったのか。
湧き上がってくる感情が止まらない。
怒りを抑えて戦うことも出来る。
だが怒りを煽って力に上乗せして戦うことだってできる。
(平気か?)
(大丈夫です。戦えます)
サーシャ、カティア、ラクエルにも援護が必要だ。
さっさとこのデカブツ共には退場願おう。
アレス神像の肩へと【転移跳躍】すると首元へ一撃を与えてやる。
肩口から飛び降りながら斬り下ろしてやった。
文字通り真っ二つになってアレス神像が地面に倒れ伏した。
女神の神像が全て沈黙し、男神の神像も無力化されつつある。
今もヘパイストスの神像がベヒモスに全身を砕かれていった。
アポロン神像はサビーネに蹂躙されつつある。
鎧兜は竜鱗が生み出す反射光で派手に彩られていた。
『深淵竜』サードニクス・ドラゴン・オブ・ディープバレー。
『水晶竜』クリスタル・ドラゴン・オブ・ビブレスト。
これに2体のフロスト・ジャイアント。
彼らを素材として作り上げたこの鎧兜は、封印解除状態であれば中位ドラゴン並みの戦力にまで底上げしてしまう代物だ。
外見もまた然りだ。
サビーネの姿は実に美しく映えていた。まるで色違いのクリスタル・ドラゴンのようだ。
地上に倒れたアポロン神像はサビーネの蹄に踏まれる度に全身に亀裂を生んでいた。
あっという間に岩塊と化した。
神々の神像が全て無力化したというのに。
まだ不安が拭えない。
(サーシャとカティアを助けに行け!)
ラクエルとサビーネに指示を出しておくと【転移跳躍】でカティアの元へと跳ぶ。
インスタント・ゴーレムの残骸であろう石塊の小山が出来上がっていた。
カティアはその小山の頂点で群がってくるゴーレムを片っ端から屠っている。
牙がゴーレムに食い込むとゴーレムの魔法式に沿って亀裂が生じて分割されていく。
爪がゴーレムに刻まれたかと思うと3枚の薄板を生成しながら全てを両断する。
『剛腕』のグレーデンとはまた違う形態の戦い方になっているな。
カティアの背中からクレイモアを引き抜く。
一時的に日本刀とクレイモアに二刀流だ。
【転写】を念じて日本刀とクレイモアに宿る付加魔法を相互に複写していく。
クレイモアに向けて【位相反転】【誘導】を付け加えて念じると手を放す。
(カティア、このクレイモアに意識を少し向けろ)
カティアの意識を魔法式が読み取っていくのが確認できる。
これで彼女の意識に従って【誘導】されていく筈だ。
上空のガーゴイルは全滅していることは分かっていた。
残っているのはインスタント・ゴーレムのみ。
塔の外壁はまだ落ち続いていて新たなゴーレムが生まれている。実に厄介だ。
遂にサーシャがゴーレムの群れを突破して塔に到達した。
彼女の周囲に宙を舞うダガーを向かわせる。
(サーシャ、ダガーを意識しろ)
ダガー1対もまた彼女の意識に従い攻撃と守備を担う筈だ。
早速、ゴーレムの放つ一撃をダガーが形成する不可視の盾が受け止める。
もう一方のダガーはそのゴーレムの腕をまるで飴のように両断した。
サーシャがゴーレムの群れに向け咆哮を上げる。
奇妙な重低音を残してゴーレム数体が吹き飛んだ。
サーシャだとそうなるのか。
その鎧兜の前の持ち主『呪殺』のテレマルクの場合、呪符魔法の極意となる【言霊】が使われていた。
分かっていたとはいえ随分と違ってしまうものだ。
塔の入り口の扉は閉ざされ魔力で封印が施されているのが見えていた。
構うものかよ。
日本刀で二撃を与えて扉は魔法式もまとめて吹き飛ばした。
中に入る。
この塔がどのような魔法式を駆使しているのか知る必要があった。
不安がまるで消えない。
【魔力検知】で情報を拾っている筈だが何かを見落としているような気がする。
サビーネから念話が飛んで来た。
(神像が蘇ってきてます!)
え?
(あ、ゴーレムもです)
(ガーゴイルもかよ)
(神像はまだエントとベヒモスで抑えに行くよー!)
驚愕に不安、そして疑念がオレの中で生じていた。
さっきまで確かにこの塔からは魔力を感じることができていた。
【魔力検知】で駆式になって漂う様も見ている。
まさか。
この塔は空虚だった。
魔力を伴う存在は何一つなかった。
では今起きている現象は何なのか。
いけない。
考えるのを止めるな。
必ず突破口はある。
塔の中を壁沿いに掛けていった。
角度をつけて壁を斬り付ける。刃のイメージを伸張させていきながら。
塔が根元から滑り落ちていった。倒れていく塔に構わず土台の方に残った切り口を見る。
偽装魔法式の痕跡はない。
考えろ。
考えるのを止めるな。
可能性を潰していけ。
表に出るとゴーレムの残骸も元の姿に戻ろうと魔法式が駆動しているのが見えていた。
サーシャ達はそれぞれが戦いを継続している。
戦いそのものは圧倒しているが、このまま圧倒し続けることが果たして可能だろうか?
無理だ。
最初にオレのMPがガス欠になるのではないか。
力技で延々と戦い続ける訳にいかない。
くそっ、こんな事を一体どうやって。
戦闘しながら考察し続けなければいけない。
戦う方はどうするか。
強引だがあの手を使おう。
神像も、ゴーレムも、ガーゴイルも、生成している素材ごと始末してやる。
【知覚強化】と【知覚拡大】を使って空間認識を確実なものにする。
どこにどれだけの質量があるのか、脳内にイメージで把握できた。
手近に迫っていたゴーレムの群れを認識する。
そのまま【空間遮断】を念じ半円フィールド状に次元結界を設定した。
結界を維持していた領域を一一瞬に反転して空間の一点に集束させていく。
質量のあるものは全て次元の彼方へと飛ばしてやる。