罠2
改めて橋を渡りきると【ライト】を構築する。
ラクエルも光精ウィル・オ・ウィスプを召喚した。
「では再開するぞ。サーシャ、先導しろ」
「あ、はい。では」
徐々に加速して再び大トンネルの先へと進んでいく。
出口はあとどの位残っているのか。あの神官は橋の袂にまで徒歩でほぼ1日を費やしていたようだが。
今日も色んな事をこなしているが、まだ昼過ぎって所だろう。
何事もなければ夕刻までに向こう側の出口へ出てもおかしくはない距離、と見た。
いや、普通に考えたら時間的におかしいんだけどな。
移動は実にスムーズに進んだ。
大トンネルそのものは馬車が余裕をもって通れる造りになっているのだからおかしくはない。
おかしく、ないよね?
途中でゴブリンの集団に遭遇した。久しぶりにコボルトの護衛付で10匹くらいの群れだった、気がする。
ロックワームの群れには3回遭遇した。いずれも結構数が多かった気がする。
数える事も足を止めて全滅させることもなく、通り過ぎがてら何匹かは始末はした。
うむ。
多少の疑問は感じてはいたんだけどな。
支道の入り口は2つ見つかっていた。実に順調である。
名称はリールフィとルド、となっていた。当然、足を止めて【ダンジョンポイント】を残しておく訳だが。
オレの感じていた疑問を裏打ちする事実が確認できた。
「変です。オークの匂いが掠れすぎてます」
サーシャの嗅覚は正確だろう。
ここに至るまで遭遇した魔物に帝国側の走狗がいない。
オーク、ダークエルフ、オーガ、ヘルハウンド、ケルベロス。帝国側が使役している魔物がいない。
帝国側の人間もいない。
サーシャの見立てでは、残っている匂いの掠れ具合から見て数日前まで確かにいた、ということらしい。
【遠視】であのルシウス殿下とやらの兜の様子を探ってみた。
どうもまだ大トンネルの支道で探索を行っているようだ。
引き連れている従者も変化がないように見える。
いや。
大型の獣が最後尾にいた。
マンティコアだ。
人面の獅子でその尻尾はサソリのものになっている。
マンティコアはキマイラ並みに面倒な相手だ。知能が非常に高いから面倒とはいってもキマイラとは方向性が真逆だが。
魔物のくせに暗黒魔法と属性魔法を器用に使い分けてくるのだ。しかも詠唱破棄で。
牙にも爪にも尻尾にも毒が備わっているから近接戦闘でも注意を要する。
この魔物の首には【隷属の首輪】らしきものが見えていた。
よくもまあ隷属できたものだ。
そのマンティコアと並んでロックビーストもいた。【隷属の首輪】付だ。
背中に大きな荷物も括り付けられているようだ。こんな魔物を荷物持ち扱いとはね。
真正面から戦いたくない構成になっている。
従者の中に裏切り者がいるにしても、暗殺を狙うのは難しいのではないか。
そう思える程の万全の構えだ。
大トンネルの帝国側出口も見てみる。
こないだまで異変は無かった。出入り口傍の城砦に兵力がいる筈だ。
だがそこにも動く影一つ認められなかった。
上空を旋回するワイバーンやワイアームが常に見えていたのだが今日はいなかった。
何も、いない。
「先を急ごう」
当初の目標になる大トンネルの出口に向かう事にする。
この目で見ているのだが信じきることができなかった。
途中でゴブリンの群れに遭遇した。
焦る気持ちがあったのだろう、オレの攻撃は実に雑なものだったようだ。
駆け抜ける間に仕留めたゴブリンは1匹だけだった。
言い訳をするならずっと考え事をしてた、ということになるだろう。恥ずかしい限りだ。
後方でサビーネがゴブリンを踏み潰す音を聞きながら自己批判の言葉が脳内をグルグルと回りだす。
集中力が何故か維持できていない。
調子そのものは絶好調なのに。
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実にあっさりと大トンネルを抜けてしまった。
そこに敵も魔物もいないのは【遠視】で分かっていた。
ラクエルの【シルフィ・アイ】で確認もできていた。
それでもやはりこの光景は異様だった。
何もいない。
トンネルを抜けてすぐに城壁が目に入る。
城壁の向こうに尖塔が6つ見えていた。【魔力検知】で見ていても魔法式が働いているような感じもしない。
城門の前に進んでみるがやはり無人だ。そして城門が開きっ放しだ。
空城の計かよ。
それとも本格的な罠か?
「サーシャ、匂いはどうだ?」
「一番新しい匂いでも昨日あたりだと思います。一部は匂いが途切れてますが」
転移のオーブで移動したのか?
ワイバーンやワイアームのような飛行生物で飛び去ったのか?
いずれにしてもその理由は知れない。
あの神官から得ている情報に思い当たる要素がない。
何か事態が急変したのだろうか。
「ラクエル、城壁の向こうはどうだ?」
「誰もいないみたいよー」
徹底してるな。
城砦の外に何も手がかりは無い。
多少のリスクは考えておくべきだが城砦の中に入ってみるとしよう。
塔の防備といえばガーゴイルあたりが定番だ。
だが今のオレ達ならば撃退するのは容易いだろう。
悩んでいても進展は無い。中を調べてみるとしよう。
「城砦に入るぞ。十分に警戒しろよ」
「あ、はい」
「はいはーい」
「おうよ」
「分かりました」
普段の受け応えに少し安心する。
開いたままの城門をくぐって城砦の奥に進んでいった。
中は埃っぽいが建物は酷く荒れてはいなかった。
つい最近まで使われていた形跡もある。
サーシャも匂いを追って敵が残っている可能性がありそうな場所を探しては見たが全て無駄だった。
何も無い。
天幕も幾つか残っているがいずれも中は何も無かった。
さらに奥に進んでいく。
塔のある場所の周りはまた別の城壁で囲まれていた。
ここの城門は閉じているようにみえたが少し押すだけで簡単に開いてしまった。
ラクエルに風精で中の様子を探ってもらうが動くものは何も無い。
中へ入ってみるとそれまでの風景とはまた違う雰囲気になった。
まるでギリシャの古代遺跡のようだ。
そんな中で塔だけが異なる雰囲気を見せている。
特に変わった様子は無い。
魔力も感じられない。
塔の方に向かってみると謁見の間のような場所に出た。
遺跡の様相だから当然なんだが絨毯もないし天井すらない。
両脇には巨大な石像が並んでいる。石像には魔力はまるで感じない。
台座にはそれぞれ何か文字が刻まれている。
支援AIが翻訳して仮想ウィンドウに表示してくれる。
一番手前の像には”アレス”とだけ刻んであるようだ。
戦いの神様だな。
確かにそれらしい石像だった。片手に剣を掲げ、もう片手には大きな楕円形の盾を持っている。
他のもどうやら神像のようだ。
ギリシャ12神なのかな。石像は12体あった。
片側には男神が並んでいた。
”アレス”
”ヘパイストス”
”ヘルメス”
”アポロン”
”ポセイドン”
”ゼウス”
もう片側には女神が並んでいる
”アテナ”
”アフロディテ”
”アルテミス”
”ヘスティア”
”デメテル”
”ヘラ”
ちょっとおかしい。
この世界の神様設定だと主神は女神のペルセフォネの筈だ。
だがこの像の並びは序列で言えば一番奥に位置しているゼウスとヘラがより高位となるようだ。
つまりここは古代遺跡、ということなのだろうか。
「全員、異常は感じないか?」
「あ、はい。じゃなくて、いいえ、特に感じません」
サーシャは普段の口調で返そうとして失敗したようだ。かわええ。
「いやー何もないよー」
ラクエルは相変わらず軽い。言葉とは裏腹に視線は周囲を鋭く見渡している。
「嫌な感じはしないな」
カティアの直感はそれなりに侮れない事が分かっている。異常なし、か。
「何もないみたいですね。後は塔だけですが」
サビーネが再確認してまとめてくれた。
「そうだな。塔を1つづつ当たってみるか」
一歩、歩みを進めたその時。
異変は突然に起きた。
足元の床の下から湧き上がるような魔力が突如として感じられた。
同時に6つの塔に魔力が流れ込む様子が【魔力検知】で見て取れた。
駆式が宙に舞っている。高度な魔法式が動いている証だ。
空に浮かぶ雲すらも歪んで見えていた。
これはいけない。
サーシャ達はやや離れた場所に位置していたが、構わず【転移跳躍】を効果拡大して念じる。
だが効果が現れない。
理由はすぐに分かった。空の歪みだ。
空間を捻じ曲げて転移系呪文を力技で無効化しているのだ。とてつもない魔力と高度な魔法式が必要な筈だが。
さっきまで何も感じなかった。
しかも効力が高い上に効果発動まで殆ど時間がかかっていない。
罠。
しかも大規模な仕掛けを伴っている。
一体誰が。どうやって。
「全員カティアの所に集合しろ!カティア!転移のオーブと道標だ!すぐに使え!」
全員、反応が早かった。カティアには以前に転移のオーブと道標を渡してあった。
集合そ終えたのと同時にカティアが転移のオーブを作動させようとした。
だが効果が現れない。
これもダメか。
後方の城門を見る。無駄だろうと直感は告げていたのだが。
やはりいつの間にか閉じている。
城門が閉じる音は聞いていないぞ。
「こりゃ本格的にヤバい」
カティアが呟く。
12体の石像だ。
相変わらず石像そのものからは魔力は感じない。
魔結晶も、魔水晶も、魔晶石も、魔石すらも嵌め込んであるように見えない。
それなのに動く。
石像を動かしている動力源は他にある。
間違いなく塔だろう。
6つある塔を見上げると窓という窓から何かが顔を出していた。
表情の感じられない醜悪な顔だ。
翼を広げて飛び出してきた。
見る見るうちに塔の周囲にガーゴイルの群れが形成されていく。
塔の外壁がいくつも剥がれて落ちていく。
地面に叩きつけられた石版は割れずに形をそのまま保っていた。
だがその石版に強烈な魔力が込められていく様子がオレの目に映っている。
俗に言うインスタント・ゴーレム。
周囲の素材を流用して一定時間動作する魔法生物を作り上げる付与魔法だ。
これは。
死を予感させる。
オレ達の装備であれば対抗はできる。
だが対抗し続けることはできそうにない。
塔から供給される魔力を絶たなければいずれ押し切られる。
「お前達に命じる。死ぬなよ」
戦闘奴隷である彼女達に対して今までに無く真摯に命じた言葉だった。
ゲームの中だと言うのに。
心の底からそう願っていた。
咆哮が聞こえていた。それもオレのすぐ傍で、だ。
カティアだ。
【半獣化】が更に進んでいる。今にも完全に【獣化】しそうな勢いだ。
だが途中で彼女は逡巡した。
(これ以上進んだら武器が使えない!)
彼女の後悔の念が伝わってくる。
(構うな。【獣化】していい)
(でもそれじゃあ!)
(オレを信じろ)
彼女が【獣化】できるのだとしたらパーティ全体の戦力の底上げに繋がる。
オレも改めていつもの魔法を強めていく。
【知覚強化】【知覚拡大】【身体強化】【代謝強化】【自己ヒーリング】【魔力検知】【念話】【重力制御】そして【野駆け】だ。
加えて【自己加速】も念じておく。
サーシャ達と一人ずつ【感覚同調】を念じながら肩を叩いていく。
考え得る限り上限を願っていた。MPが空になってもいい。
同調を上げた効果なのか、オレの中にも大きく膨らむ感情が生まれていた。
破壊衝動。
そして変化はサーシャ達全員に波及してゆく。
サーシャがその場で膝をついた。普段の彼女からは想像できない重低音が響いていた。
カティアはというと完全に獣の姿へと変化を終えていた。
虎だ。
虎そのものだった。
鎧も兜も彼女の変化に追従するように形を大きく変えていく。
【魔力検知】で鎧兜の魔法式がハッキリと見えていた。
おかしい。
偽装のために組んでいた魔法式が駆式を変化していって封印を解こうとしている。
カウンターストップにのみ解除を許された力の筈だ。
オレも困惑をよそに変化は更に進む。
表地はフロスト・ジャイアントの革を加工した硬革、その下にはドラゴンの鱗。
その間には細く延伸させたオリハルコンのワイヤーで編み込まれ、魔結晶も随所に内包させてある。
裏地にはフロスト・ジャイアントの革だ。
偽装魔法式と封印魔法式が解かれて【同調共鳴】の魔法式として再構築されている。
カティアの【獣化】が終了していた。
人の時にも大きかったカティアだが虎の形を為して更に大きくなっているようだ。
体を覆う毛並みが美しい。
その毛並みを無粋にも鎧と兜が変化しなはら覆っていく。
遂に変化し終えていた。
サーシャもまた【獣化】を終えていた。
彼女は灰色に揃った毛並みのしなやかな体へと変貌を遂げている。
目の周囲を残してあっという間に鎧兜の変形が進む。
サビーネは【半獣化】のままであるが、鎧兜には顕著な変化が進んでいた。
表地のフロスト・ジャイアントの硬革が半透明化していく。
下に重ねてあるドラゴンの鱗が妖しく光り始めていた。
ラクエルの姿はそのままだ。
いや、ダークエルフの姿に戻っていた。
彼女の鎧兜もまたサビーネと同様に表面が半透明化している。
彼女達のうちの誰かが鎧兜の封印を解く条件を満たしているのだろうか?
有り得ない。
もしその可能性を残しているとしたら。
それは一体誰だ?
自分の腕を見る。
オレの鎧も変貌している。
前作でも数える程しか見られなかった姿に。
そういえば全力で戦力底上げのためにいくつも魔法を構築している筈なのに。
MPがごっそり減っているように感じられない。
原因はオレだ。
それ以外に考えられない。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「どうやら始まるみたいだね」
いやだなあ、こいつ。
本当に訳が分からない。
黒い円卓にはボクの兄弟達が皆揃っている。
本当は椅子に座るものなんだって事は知ってるよ?
でもここにある椅子はボク達が勝手に座っていいものじゃないと思うんだ。
《そんなに楽しいの?》
一応、彼と話せるのってボクだけなんだよね。
兄弟達に他意はないけどさ。
窓口になっているのはいっつもボクなんだ。
《なんでボク達にも見せるのかな?》
「いいじゃないか。見たかったんじゃないのかな?」
《でも介入はさせないんでしょ?》
「キミ達じゃ介入した所で無意味でしょ」
意地悪だなあ。
勝手に預言を伝えた罰のつもりなのかな?
兄弟達が一斉にボクに話しかけてくる。
いや、こいつに反論したってしょうがないじゃない。
いつもの通り、軽薄に笑ってボクの4つの角を撫でてあやすだけなんだから、さ。
「キミ達も見ておくといいよ?」
いやだなあ、こいつの笑い方。
「彼はここで終わるかもね。でもここを凌いでみた所で彼が得るものに果たして価値があるかな?」
《それ、貴方が仕組んでる事なんじゃないの?》
「まさか。面白くなりそうな方向に少しだけ介入しただけさ」
《それを仕組んでるって言ってるんだけど》
「キミも言うねえ」
本当、コイツの相手をするのが何でボク一人なんだろう。
《貴方、仮にも神様なんじゃないの?》
「神?神様か。そこまで大層なものじゃないよ」
こいつ。
またこの調子だ。
「その神様とやらが仕組んだ盛大な罠に彼が挑むクライマックスだよ?」
《それ、自虐にも聞こえるけど?》
「事実だよ。キミはさっき私のことを神と言ったけどね」
急に意識が冷えた。
こいつの軽薄な笑い顔は変わっていない。
「本当に神がいるのなら私も逢って見たいんだ。だからこそ彼には証明して欲しいんだよね」
《利用してるだけでしょ》
「そうだよ。そんな下種の所業をする神様なんている訳ないでしょ?」
さっきまでの威圧感が消えた。
どうしてボクを消してくれないんだろう。
本当に意地悪だ。
「だから私は神様なんかじゃないのさ」
意地悪だよ、やっぱり。
ボクが望んでいた答えなんてこいつから聞ける訳もない。
「キミに言っても理解できないかもしれないがね」
あれ?
こいつが悲しそうな顔を見せるなんて。
「出来の悪い庭付き一軒家の管理を任されているようなものなんだよ。私はね」
また軽薄な笑い顔だ。
こいつ。
兄弟達が騒ぎ始めた。
もう逃れることはないんだろうな。
「どっちが勝ってもいいんだ。でもやっぱり彼に勝って欲しいねえ」
《嘘》
「いや本当にそう。彼ってばその場の気分でどこ行くか分からないだよね。ようやくここまで誘導したのに・・・」
《やっぱり仕組んでいる》
また意識が冷えていく。
それでもこいつはボクの望むことなど一切与えてくれない。
そして戦いが始まってしまった事を知る。
どうか。
どうか、無事に収まりますように。
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆