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 ようやくオーガの姿が見えてきた。革製らしき鎧兜を身につけている。

 体格も並みのオーガではない。

 オーガを先導するダークエルフとの対比でそう見えているだけなのかもしれないが。


 ダークエルフは坑道が塞がれているのをどう見るだろうか。

 (来たぞ。出入り口で待て)

 念話で指示を出しておく。

 塞いである出入り口の両脇に分かれて身を潜めた。

 息を殺して様子を窺う。


 どう次の行動をするのか、判断を下すのは当然ダークエルフだ。当面はその行動を注視さえしていたらいい。

 例の首飾りは首に掛かっている。

 最悪のケースはオーガが前面に立ってダークエルフが後方から支援される構図だ。

 先手でダークエルフを片付ける。

 それが今回の肝だ。

 オレ達側で鍵を握るのはなんといってもラクエルになる。

 既に呪文発動の準備を進めていてオレの合図を待っていた。


 もう10歩。


 急に光精ウィル・オ・ウィスプの光によって坑道が照らされた。

 塞がっている事を十分認識したことだろう。


 あと5歩。


 ダークエルフは精霊の力を借りて周囲の状況を調べるに違いない。

 探査に使うであろう精霊は地精ノームの可能性が高い。

 ラクエルの操る闇の中位精霊カーシーの存在に気がつくまで幾許かの時間を要するだろう。

 もっと近くに寄ってノームの力を強めて調査したいのなら。

 必ず近寄ってくる。

 手を当ててくれたら最高だ。

 入り口に蓋をした岩盤に潜んでいるのはカーシーだけではない。

 地の中位精霊のノッカー。

 木精ドライアドが4匹。

 さすがにラクエルの負担は大きい。

 平気な顔をしているが念のためにMP回復用に黄のオーブと魔晶石を渡してある。


 ノッカーにやらせる精霊魔法は【トンネル】だ。ノームでも出来る精霊魔法だがノッカーの方が効率はいいだろう。

 ドライアドにやらせる精霊魔法は【アイビー・プリズン】になる。

 地精ノームの力でカーシーとドライアドも問題なく岩盤の同居させてある。

 計画通りに進んで欲しいものだ。

 オーガは相当に手強そうに見える。それは防具を身に付けているからだけではないように感じられた。


 ダークエルフが岩盤に手を伸ばして。

 手をついた。

 (やれ)

 念話で合図を送る。


 蓋をしておいた岩盤の真ん中に一気に穴が開く。

 ほぼ同時に蔦が互いに絡み合うように伸びていくとダークエルフの腕に次々と絡みついた。

 そのままオレ達の方に引き込んで来る。


 入り口脇で控えていたカティアがダークエルフの腕を掴む。

 同時に絡み合う蔦が解けて行った。

 カティアが反対側の壁に向けて放り投げた。おい、やり過ぎ。

 地面に叩きつけられたダークエルフにサーシャとサビーネが迫る。

 サビーネが後脚だけで立ち上がり前脚で踏みつけた。

 ダークエルフの右脚に直撃したようだ。動きを止める方法については任せてたんだが随分と強引だな。

 右脚の膝から先が吹き飛んでるようにも見える。

 幻覚かも知れない。きっとそうに違いない。

 ダークエルフも気丈なものだ。腰のダガーを抜いてサビーネの脚に一撃を加えようとするのだが。

 その腕は肘から先がなくなったいた。

 サーシャは右手のダガーで攻撃を加えて左手のダガーがダークエルフの喉元に押し当てられている。

 まだ殺しちゃダメだってば。


 支道を塞いだ穴からオーガはなんとかすり抜け、こちら側の坑道にその威容を現していた。

 オーガは咆哮を上げて威圧してこない。突撃もしてこない。

 ダークエルフも巻き込まれるのだから当然だ。

 ダークエルフが残っていた左手で例の首飾りを握り締めている事は承知済みである。

 オーガがゆっくりと一歩踏み出した。


 さらにもう一歩。


 だがその次の一歩はなかった。

 単純明快、拵えてあった落とし穴に引っ掛かってくれた。

 オーガにとっては極薄い岩盤を踏み抜き穴の底へと落ちていく。

 だが全てが思惑通りとはいかなかったようだ。

 オーガが思っていた以上に大きい。

 穴の縁に手をかけたら登ってくることができそうだ。

 (サーシャとサビーネはダークエルフを抑えていろ)

 穴に近寄ると早速オーガの右手が穴の縁にかかっていた。


 オレは両手にそれぞれショートソードを抜くと【収束】と【粒子加速】を念じておく。

 人差し指の関節目掛けて右手の剣を撃ち込んだ。

 人間の胴体をも上回る太さのオーガの指が両断された。

 苦痛の咆哮を残して再びオーガは穴の底に落ちた。


 それでもオーガは再び穴の縁に左手をかけてきた。

 健気だ。

 【隷属の首輪】で自由意志を縛られていては従うしかないんだけどな。


 今度はカティアがクレイモアを親指に叩きつける。

 ラクエルはロングソードを小指に撃ち込んでいた。

 それぞれが2撃、攻撃を加えた所でまたもオーガが穴の底に落ちた。

 地面に斬りおとされた指の一部が転がっている。

 お見事。

 卑怯って素敵だ。


 それでもオーガは更に4回、穴から這い出ようと試みた。

 3回までは指を斬り落とされて穴の底に落とされた。

 終いにはジャンプして穴から出ようと試みたが、坑道の天井にぶつかって穴の底に消えた。

 気の毒に。

 こっちはまともに戦う気は最初から無いのであった。


 このまま穴の底にいるオーガを弓矢と魔法で嬲り殺しにするのも面倒だ。

 こいつは防具も身に付けているってこともあるし。

 改めてこうして身近に見てみると、オーガが着込んでいる革鎧には魔法がかけてあるようだ。

 【魔力検知】で魔法式が鎧を覆うように構築されているのが確認できる。


 (ラクエル、毒は呪文にあるか?)

 毒生成の呪文は暗黒魔法であれば大抵あって然るべきだ。

 さほど高位の魔法ではない。中堅どころだろう。

 (あるけどー?)

 (剣に付与して毒を与えられるか?)

 (もちろん。吹きかけることもできるよー)

 ここまできたら接近するリスクは徹底的に排除するか。

 (噴霧でいけるか?)

 (噴霧でしかできないよー?)

 (毒の種類は?)

 (神経毒と出血毒があるよー)

 お前はヘビか。

 (オーガを即死できそうか?)

 (どっちも無理だねー)

 そらそうだ。

 神経毒ならば呼吸不全に陥る筈だ。その効果を促進する手段がふと思いついた。

 (そうか。合図をしたら神経毒を使え。オレは下準備をしておく)


 精神魔法で落とし穴に蓋をするように結界を生成する。

 そのまま【収束】を念じて穴の中の空気を一点に集約させていく。

 空気を求めるように身悶えしはじめるのにそう時間はかからなかった。

 一瞬、結界を解く。

 (今だ、やれ)

 (はいはーい)

 ラクエルが両手をオーガに向けてかざすと、何かの液体が球状に発生してオーガの顔に向かっていく。

 顔の手前で霧状に気化した。

 すかさず結界を張り直してオーガの足元のの方に空気を集約させ続ける。

 オーガには毒霧を吸い込む以外の選択肢がなくなった。


 (サーシャ、サビーネ)

 (あ、はい)

 (なんでしょう?)

 ダークエルフにはもう用事がない。

 (そいつは息の根を止めておけ)

 反応は早かった。

 サーシャがダガーで喉元を裂いた。

 サビーネは逆手に持ち替えた突撃槍を左肩口に突き下ろした。

 間違いなく即死だ。


 あとはオーガだが急ぐ理由もあるまい。

 穴の底で苦しそうな呼吸を続けている。だがその呼吸も次第に弱々しいものになっていった。

 暫く様子を見ていこう。

 カティアは手持無沙汰な筈だが穴の中のオーガの動きを凝視していた。

 オーガが苦しみ悶える様子を見守るだけの簡単なお仕事です。


 かなり時間がかかったような気がする。

 遂にその時は訪れた。

 オーガは断末魔のように体中が震え続け、口からはだらしなく舌が飛び出して垂れ下がってきていた。

 地面を転げまわる。

 腹を満たした魔物を吐いているようだ。

 地面に自分で吐いた吐捨物に顔をうずめるように倒れ込んでしまった。

 そのまま動こうとしない。

 それでも暫く待つ。

 結界を外して【収束】も解呪する。

「毒はどうだ?」

「あ、もう効き目ないと思うけどー?」

 毒が不活性化してるなら問題なかろう。もし毒の症状が現れても白のオーブがある。

「えっと、もう終わったんでしょうか?」

 サーシャがダークエルフから回収した例の首飾りと魔水晶をオレに渡しながら聞いてくる。

「終わってるぞ」

 上の空で答えた。

 ちょっと悩んでいた。

 このオーガの死体はどうしようかね。

 

 ラクラバルへ一緒に転移して持ち帰るか?

 オーガの場合、パイアボアと違って肉は食えない。

 指先以外はほぼ無傷だし、皮は剥いで加工すればいい防具ができるだろうけどさ。

 皮だけここで剥いで持ち帰るか?

 皮を剥いだ死体を穴の中に放置ではアンデッドになりそうだよな。焼くにしてもデカ過ぎる。

 剥ぐのにだって手間がかかるし。

 何もせずここに放置?

 後からやってくるドワーフと戦うゾンビオーガの姿が脳裏に浮かぶ。


「あ、あの。大丈夫ですか?」

 おう。

 今、決めたぞ。

「ん?おお、大丈夫だ。このオーガの死体だがちょっと悩んでしまってなあ」

「皮は相当いい値段になると思いますが」

 うん。サビーネの言う通りなんだけどね。

「いや。皮は剥いで売ることはしない」

 皆がオレの顔を覗き込む。

 な、なんだよ。

 確かになんでもかんでも換金を真っ先に考えているけどさ。

 お前らの目は珍獣を見る目になってるぞ。

「じゃあ放置ー?」

 それもないぞ。

「いや、捨てるだけだ」

「勿体無くないですか?」

 いや、大した意味も無いけどな。

「警告に使う。ついでだからケルベロスの死体も一緒に捨てる」

 言い訳じみた理由もくっつけておく。

 ちょっと言ってみたんだが理由としては十分だな。

 警告、か。

 本当は嫌味だろうな。


 ケルベロスの死体にはまだ魔物が寄っていなかった。

 死体の上に登るとオーガの死体にマークした【ムービングポイント】目掛けて【転移跳躍】する。

 穴の中は2つの巨大な死体が折り重なって積まれた状態に。

「よし。全員来い」

 ケルベロスの死体の上にサーシャ達が登ってくるのを確認する。

 心の中では転移先は決めてあった。【遠視】を念じて周囲の状況を確認しておく。

 誰もいないようだ。


 重たい荷物もあるので【転移跳躍】を拡大して念じる。

 跳ぶ先は帝都ドネティークだ。


 王宮の庭園は昼間に見てみるとその表情が全く違っている。

 敵方の本拠地ではあるのだがいい趣味をしている。

 そんな庭園に2つの巨大な死体だ。奇妙な対比にしか見えない。

 背の高い植物の壁が死体の発見を遅らせてくれるだろう。

 (ラクエル、【姿隠し】を頼む)

 (はーい)

 【姿隠し】効力が現れるとゆっくりと移動を始める。

 死体を放置した辺りはいずれ警戒されることだろう。庭園の反対側の端に移動すると【フィールドポイント】を仕掛けておく。

 王宮側を見回してみる。

 渡り廊下を衛兵2名が歩いてゆく。

 オレ達に気がつかないのはもちろん、魔物の死体に気がつく様子も無い。


 これで魔物の死体処理を帝国に押し付けておける。

 オーガの皮と装備品は惜しいけどな。

 帝都に不安を煽る事が出来ればなおいいが、そこまで期待しないでおこう。


 本質はゴミのポイ捨てだし。

 こんなんでもカルマを積んで悪落ちに一歩近づくのかな?

 違う気もするが。


 帝都に長居してもいいが高位のダークエルフがいるかもしれないしさっさと退散しよう。

 【転移跳躍】を念じて大トンネルへと跳んだ。

 大トンネルの探索の続きと行こう。

 跳んだ先からは橋の全容が見える。ストーンゴーレムの残骸が石塊となって散乱したままだ。

 新たな帝国側の戦力はいない。

 しかし大トンネルもそろそろ反対側の出口に着いてもいいだと思うのだが。


 前作に比較して移動時間の感覚がおかしいので正確なことが言えないのだが。

 あの神官から得た情報は膨大ではあるのだが、細かいことは忘却の彼方で掘り起こしきれていない。

 いくつか興味深い事がある。

 簡単に言えば帝国側もまた一枚岩でないようなのだ。分かってはいたが事態はより深刻なようである。


 あの殿下とやら、ルシウス王子には暗殺を狙う一味がいること。【弑逆の魔結晶】持ちの神官は例外なく狙ってる事が分かっている。

 そのルシウス王子がこの大トンネルで冒険者紛いの事をしてるのは、魔法陣のガーディアンを隷属させて戦力とするため。

 そして何匹かは成功している。どうもこの王子様は優秀な戦士としての実績も十分にあるようだ。


 誰が黒幕としてこの王子様の暗殺を指示しているのかは分からない。

 【弑逆の魔結晶】持ちの神官は例外なく暗殺を狙っているようだから、教会が主導、或いは協力しているのだろうか。

 そして帝国と対峙する連合軍も内部はバラバラだ。

 この戦争の先行きは混乱必至ではなかろうか。

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