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蹂躙2

 しかしこれは酷い。

 橋の各所で柘榴の実がはじけたような光景が広がっている。

 血の匂いも濃い。

 サビーネに顔や胸を踏みつけられて即死したオークはまだいい。

 腕や脚を踏み抜かれたオークは死に切れていない。

 無論、戦闘を継続できそうなオークは皆無だった。

 サーシャ、カティア、サビーネに止めと魔石の回収を任せておく。

 オレとラクエルは慎重にローブ姿の男に近寄っていく。

 どう始末してやろうか。


 肉の焼ける匂いが漂ってきていた。

 ほぼ半身が焼け爛れていながらも男はまだ生きているようだ。

 今も片目のあたりをフェニックスパピーがつついている。

 その度に新たな悲鳴が響く。やたらと五月蝿い。

(ラクエル、火精はもういい)

 火精フェニックスパピーの姿が消えるのと同時に男が祈りのポーズをとろうとする。

 刀を抜くと左手の手首から先を切り飛ばした。

 転がる手首には腫瘍のように盛り上がった奇妙な石のような物が埋まっている。

 【弑逆の魔結晶】だろう。

 老人の顔に浮かぶ表情が変わっていく。何かを覚悟した顔だ。

 オレは老人の頭を左手に掴み右手の刀で老人の太ももを突き刺した。

 新たに頓狂な悲鳴を上げる。


 いかん。

 このまま殺すなんて勿体無い。

 色々と情報は仕入れておくとしよう。

 だからといってオレは拷問なんてしない。

 強奪するのがオレの性分に合っている。

 精神魔法で【接触読心】を構築し、男の表層心理を探っていった。

 体が訴えてくる痛みの感覚がオレにも感じられる。だが、その感覚をすり抜けて感情の領域に一気に到達した。

 憎しみと怒りの塊のような情動が強い。まともに思考を探るには少々厄介だ。

 (ラクエル、闇の精霊シェイドをこいつに送り込めるか?)

 (ご主人様まで巻き込まれると思うけど大丈夫ー?)

 (オレに構うな。やってくれ)

 ラクエルの掌の上に黒い球体が唐突に出現した。闇の精霊シェイド。

 オレと同じ名前を持つ恐怖の感情をも司る精霊だ。

 そのまま黒い球体を男の肩にぶつけていく。球体が男の中に吸い込まれたその瞬間。

 オレの頭の中にも変化がもたらされた。


 男の中では憎しみと怒りを上回る勢いで恐怖が膨らんでいた。

 いや、上書きされていた。

 かろうじて抵抗していることが感じ取れるがそれも心の隅に押しやられていた。

 オレにも恐怖の波動が響いてくるようだ。痛くない筈なのに痛みがある。

 男に残っている感情を表現するならば、それは怯えだろう。

 心が重たく感じられるが、男の表層意識が容易に読み取れる。


 思惑通りだ。


 情報を根こそぎ貰っていくとしよう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 彼の記憶全部を脳内で上映するのはやめておこう。

 そんな時間もない。

 なんか意味もなく暴れたくなるだろうしな。

 とりあえず帝国の連中に下種を極めているようなお馬鹿さんがいることだけは心に刻んでおく。


 この男もある意味可哀想な奴だ。だが狂信者というものは自分が不幸だと自分で気がつくことはあるまい。

 恐怖に震える老人の顔を見る。自我を保つだけで精一杯な様子が伺える。

 (ラクエル、こいつはオレが始末する。いいか?)

 本当はラクエルの獲物なんだろうけどな。

 (?いいけどー?)

 (シェイドは引き上げなくていいか?)

 (死んでからでも帰ってこれるから大丈夫ー)


 刀を抜き。

 脇構えから袈裟掛けに撃ち下ろす。

 男に埋め込まれていた【弑逆の魔結晶】は原形を残さぬようタンガロイメイスで粉々にしていく。

 哀れな若者の死体はラクエルが改めて火精サラマンダーを顕現させて骨まで焼かせた。

 オレも【ファイア】で同調して加勢する。


 この男は老人なのではなかった。

 まだ前途があった筈の若者だったのだ。

 自ら望んで呪いを身に受けて狂信者として生きることを選択したのだ。

 そして狂信者として死んだ。

 オレが殺した。


 オレが自ら彼を殺したのには大した意味はない。

 敢えて理由を付けるのだとすれば、これで忘れないで済みそうだったから。

 ゲーム世界での出来事と割り切っていられそうになかった。


 で、サーシャ、カティア、サビーネはオーク全てから剥がし取るべきものは全て剥ぎ取っていた。

 まあ魔石なんだけど。

 他にドロップアイテムに水晶が12個あった。こっちが嬉しい成果だろう。

 オーブ類作成の材料調達が出来た。目出度い。

 ダークエルフからは魔水晶ではなく魔晶石が回収となった。大して強くなかったって事なんだろう。

 ドロップアイテムは黒曜石。水晶よりもレアな筈なのにガッカリなのは何故だ。


「サーシャ。オーガとケルベロスの匂いは判別できそうか?」

「あ、はい。新しい匂いが残ってますから平気です」

 追跡できそうか。

「よし。こいつらの残りが支道のトンネルに餌を求めて入り込んでいる。狩っておくぞ」

「大トンネルを進むのではありませんでしたか?」

 うむ。

 サビーネの指摘は想定内だ。

「どうせ冒険者なり傭兵なりが排除しなきゃならん相手だ。先にオレ達で狩っておく」

 一緒にいるローブ姿の男とダークエルフも排除すべきなのは言うまでもない。

 ついさっき、連中を狩る理由も増えたことだし。

 外道相手に容赦する必要などあるまい。


 ファーゴの入り口まで【転移跳躍】で跳ぶと普段の隊列で追跡を始めた。

 (では行きます)

 (できる限り飛ばしていいぞ)

 (あ、はい。飛ばします)

 サーシャを先頭に駆け始めた。

 異常な事態にはすぐに直面することになった。


 速い、と思ったことは何度もあった。

 速すぎる、と思ったこともあった。

 サーシャの移動速度が速いのは今に始まったことじゃないが、全員がサーシャかと思える程に速い。

 サビーネが蹄で巻き上げる石礫なんかは後方ですさまじい音を反響付きで響かせていた。最後方にいるから問題ないけどな。

 サーシャの速さに関してはこれまでと比べても常軌を逸している。

 所々で壁を駆け登り、天井を利用してまた壁を駆け下る、なんてことをしてのけているのだ。

 わざと長い距離を走って位置を調整するにはいい方法なのだろう。これも一種のマスタング方式だな。

 足の遅い爆撃機を護衛する戦闘機がジグザグに飛行して進行速度を合わせる方法だ。

 サーシャに本気で引き離されたら全員置いてけぼりになるのは間違いない。


 先を急ぐ途上ではいくつかの死体が散乱していた。

 恐らくはゴブリンにロックワームだ。食い散らかしながら奥へと進んでいるようだ。

 (匂いが新しくなってきつつあります)

 サーシャが注意を促してくる。さすがに警戒しながらこの速度を維持するのは危険だろう。

 (少し速度を落とせ)

 明らかに速度が落ちたんだが、それでも速いだろ?

 (もっと速度を落とせ)

 調整するのも大変だ。

 なんか今日は調子が良すぎる。


 変化はすぐに訪れた。

 (匂いが分かれました!)

 (全員停止しろ!)

 そうは言っても簡単に止まれない。

 トンネルが分かれている地点をかなり通り過ぎてしまっていた。

 一応、戻って確かめてみよう。


「真っ直ぐ進んでいるのはケルベロスと人間の匂いです。もう片方にはオーガとダークエルフですね」

 サーシャの見立てにこれまで間違った事がない。思わず唇の端に笑みが浮かびそうになるのを必死に耐えた。

 各個に叩いてやろう。

「戻ってこられても面倒だな。こっちの坑道は塞ぐことはできそうか?」

 ラクエルが即座に挙手する。

「地精で塞ぐのは簡単ですよー」

 ふむ。

 罠でも仕掛けてみようか。

 いかんなあ、どうしても笑いが出てしまう。しかもいけない範疇の笑みだ。

 ラクエルが笑っていた。きっとオレも似たような笑みを浮かべているのだろう。

 しばし声を殺して笑い続けていた。


 坑道に仕掛けを残してラクエルが坑道入り口を塞いでいった。

 元の坑道の方にも仕掛けを残してある。

 ラクエルが召喚した地精はノームが4匹、そしてノッカーが2匹だ。

 支配しているノームの数はいつの間にか増えていた。

 ノッカーは地精の中位精霊でその外見はスリムなバグベアといった所だ。

 あっというまに坑道を塞ぐし穴を掘るのも早い。

 結構豪快にに穴を掘っていき、細かいところはノーム4匹が担当した。

 あっという間に罠が出来上がってしまった。


 これは使える。

 

 目標にしているオーガはこいつで嵌めてみよう。

 先にケルベロスを片付けておくか。


 なるべく音をたてずに速度を落としてケルベロスの匂いを追って奥に進む。

 さほど時を置かずに魔物は見つかった。

 バグベア数匹を凄まじい勢いで喰らうケルベロスと例のローブ姿の男だ。

 こちらに気がつく様子はない。


 ラクエルが既に弓矢で狙いを定めていた。人間の男は任せておいていいか。

 (いくぞ)

 その一言だけで全員が加速していく。


 ローブ姿の男の後ろ頭に矢が突き刺さると炎が湧き上がる。

 堪らず地面に転げまわる男は程なく息絶えていたようだ。あっけない。

 だがこれでケルベロス1匹に集中できる。


 サーシャが一気に先行した。壁を駆け上り天井に達したかと思うと魔物の背中に着地する。

 ダガーで足元に斬り付けると背中を駆け下りた。

 背中の痛みに振り返る魔物に迫る。一瞬、背中を気にした隙を見逃す手はない。 

 左後脚にカティアがクレイモアを両手持ちにしてフルスイングした。

 右後脚にサビーネが槍を腰溜めにして突撃した。

 オレは戦果を確かめずにサビーネの右側を通り過ぎてケルベロスの首側に回り込む。

 ちょうど目の前に魔物の右前脚が迫っていた。

 刀を抜き撃ってやる。居合いもどきであるが牽制にはなるだろう。


 だが一撃で前脚は両断されていた。ちょっとビックリ。

 オーガ並に太いんだが。

 相変わらず刀身の長さを超えて斬ってるし。

 手ごたえは軽い。重みが消えたかのようだった。


 3つある首は体勢が崩れて地上を這うようになっていた。

 一番手前に見えている首に向けて袈裟懸けに撃ち下ろす。

 相手が人間ではないし肩口に向けて攻撃してる訳じゃないが。

 鼻先を掠めるような手ごたえだったのだが随分と深く斬れていたようだ。

 首一つがそれだけで沈黙する。

 真ん中の首が咽喉を膨らませてブレスを吐く様子を見せようとしていたがそれも途上で放棄した。

 凄まじい咆哮が坑道を振るわせる。

 魔物の下半身の方でサーシャ達が散々に攻撃を仕掛けているのだろう。そりゃ痛いよな。

 オレも逆蜻蛉の構えから逆袈裟に斬り下ろす。

 真ん中の首の喉元に刀身が吸い込まれていく。アッサリと胴体付近まで斬り咲いてまた一つの首が沈黙する。

 絶好調。なんだろうな?


 残った頭が暴れまくるのを回避して距離を置く。

 オレの反対側に回っていたカティアが視野の端に見えていた。

 魔物はオレに視線を注いだままでカティアに気がついていない。

 カティアの一撃も凄かった。

 さながら断頭台で死刑執行人が首を斬り落としたかのようだった。

 サイズの対比が超絶的におかしいけどな。


 ケルベロスの【隷属の首輪】から苦無で魔晶石を外していく。首3つ分で9つあった。

 枠を外して融合させていくと魔水晶2つ分になった。

 魔物本体から魔水晶を回収、ドロップアイテムはなかった。残念。

 

 ローブ姿の男、と思ってたが女性だった。

 婆様の顔つきだが首から下は妙齢の女性のままだ。

 無論【弑逆の魔結晶】が埋め込まれている。埋めてある周囲の肉だけが奇妙に引きつっていた。

 この女がケルベロスを支配し操っていたのだとしたら。

 やはりあった。

 例の首飾りだ。

 【アイテムボックス】に放り込むとタンガロイメイスを取り出して【弑逆の魔結晶】を全て砕く。

 全身は丸ごとラクエルが火精サラマンダーで焼き上げた。無論、オレも【ファイア】で同調して支援する。

 骨も残すわけにはいかない。

 呪われた神官の骨など残すと高確率でアンデッドが発生するからだ。


 ケルベロスはどうしようか。

 さすがに肉は食えそうに無い。皮はどうか、と思って下半身を見てみたらズタズタに切り裂かれてしまっていた。

 剥いで持ち帰る気分になれない。

 ケルベロスに食われていたバグベアも含めて魔物の死体はここに放置するしかない。

 アンデッドになる前に食い尽くされる事を祈ろう。


「よし。仕掛けた罠の所まで戻るぞ」

 サーシャ達に声を掛けて戻っていく。

 成果は十分過ぎるほど得られて満足な気分に浸れると思っていたのだが、その割りに何かが引っ掛かっていた。

 明らかに強くなってる、よな。

 サーシャ達もだがオレの場合は自分で攻撃していてちょっとした驚きだった。

 一夜明けたら少し強くなっていました。

 そんな経験ならあるんだが。


 罠を仕掛けておいた地点に戻ると塞いだ坑道の向こう側を見てみる。

 中に仕込んである【ダンジョンポイント】から坑道の奥を【遠視】で見張るのだ。

 坑道の中は光苔で微かに照らされている。それでもオレの目には十分に見通せた。

 視力も【知覚強化】と【知覚拡大】で強化されてるから問題ない。

 後は待つだけだ。


「少し待つ事になりそうだ。魔物が襲ってくることもありえる。交代で休んでいろ」

 全員が突っ立っていても仕方ないしな。

「ご主人様がお休みにならないのに、ですか?」

 真面目か。サビーネはどんな時でも真面目だな。

「必要なことだ。それにこの役目にはオレが一番向く。それだけだ」

 手をヒラヒラと振って休むように促す。

 カティアがサビーネの腰の辺りを抱えて強引に地面に座らせた。

「まあいいじゃん。出番は必ずあるんだし、な?」

 カティアが肉食獣の笑みを浮かべている。

「あ、では最初は私が見張りをします」

 サーシャがそう宣言するとラクエルも地面に座り込んだ。

 サビーネに体を預けて楽な姿勢をとる。

「これどうかなー?」

 干葡萄を取り出して全員に勧めてくる。

 オレもついでにご相伴に。

 味覚も強化されてるので旨いことこの上ない。

 しばしの間、舌の上で甘味を楽しむと【遠視】を継続して監視を続けた。


 次の相手はオーガだ。

 それに加えてダークエルフか。

 本来ならば一方的に勝てると思ってはならない組み合わせだ。

 それでもオレ達には余裕がある。

 だがこれは過信ではない。

 自信の表れなのだ。そして仲間への信頼をも示していた。


 しかし、だ。

 オレの目算は大きく外れているようだ。

 結構な時間を費やして待っているのに魔物が来ない。

 オーガが大食い過ぎて食事がなかなか終わらないのか。

 獲物が中々見つからないのか。

 【アイテムボックス】から黄のオーブを取り出し待機と監視を続ける。

 サーシャ達が見張りを一周するまで待つ羽目になった。

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