蹂躙
結局、10個の水晶を成形した所で一旦作業を打ち切った。
ラクエルがずっと凝視してやがった、というのはまあ言い訳だが。
MPには十分余裕はあったと思う。
でもこのまま夜更かしするのは冒険に支障が出るかも知れない。そう思うと手元の水晶を全部使い切る気分になれない。
まあ要するにオレもビビりなんだろうな。
成形した水晶の出来はどれもまあまあである。
最初に成形した水晶を【鑑定の鏡】で確認するとこんな感じだった。
【真球水晶】
・素材
・使用者MP 不要
・魔力量 基準魔石0.27
・効果 なし
・素材 水晶原石
・製作 シェイド
まあまあ、というか結構いい出来だった。
他に加工した水晶も似たようなものだ。あとは付与魔法と組み合わせる呪文で出来上がるオーブが決まる。
魔力を込めるために魔晶石も取り出した。
回復系のオーブだとラクエルの手助けがあったほうがいい。青と白と赤はラクエルがいないとダメだ。
解毒ができる白のオーブはあったほうがいいのは間違いないが、青のオーブと赤のオーブの存在価値は相対的に低くなってしまっている。
まあ黄のオーブ優先でいいだろう。
黄のオーブはMPを移動させるコモン魔法【MPトランスポート】があれば出来るからオレにも簡単にできる。
効率は悪くなるが面倒であれば魔石を差し込んでもいい。
他の色のオーブはどうするか。
ラクエルとは戦闘で何度か同調してるから大丈夫とは思うが、先ずはオレだけで出来るオーブからやるべきだな。
転移のオーブも時空魔法の基本呪文の【転移】を付与すればいいだけだ。
魔石はさほど数がないが、魔晶石でも魔水晶でも魔結晶でも代用が利くし在庫は十分だろう。
やるか。
黄のオーブと転移のオーブを交互に作っておこう。
まず使うのは付与魔法の【エンチャント-コンファイン】で、水晶そのものに魔法の結界を構築する呪文だ。
これに時空魔法の【テレポート】を水晶内部に封じて魔晶石の魔力を転写したら転移のオーブの出来上がりとなる。
コモン魔法【MPトランスポート】で魔晶石から水晶内部に魔力を転写したら黄のオーブの出来上がりだ。
作ってみるとしよう。
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調子こいてしまいました。
うまく5個づつ転移のオーブと黄のオーブが出来ちゃいました。
物足りなくなったので水晶10個を追加で加工して更に5個づつ作っちゃいました。
だがMPはさほど消化したような気がしないのだ。鎧兜をしたままなので恩恵もあるのだろうが絶好調だ。
水晶を全部加工するのはさすがに控えた。
そんなことをしている間にラクエルは一旦睡眠をとって既に起きてしまっていた。
相変わらず睡眠効率の良いことでうらやましい。
効率の悪いオレは眠くないけど強引にベッドに潜り込んで寝ることにした。
装備を外すとベッドに転がり込む。やはりすぐには寝付けない。
転移のオーブは常時10個もいらないよなあ。
3個程度残して売るのもいい。
今は高値で売れることだろう。
多分、少しニヤニヤした顔で浅い眠りについた。
窓辺にケットシーが来ていたように見えたが気のせいだ。
見なかったことにしておこう。
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昨日は風呂に入っていない。
まあ体を大して動かしてないし、朝から入ってもすぐに汚れそうだし風呂はいいか。
普段通りに宿を出て朝飯を済ませると冒険者ギルドに顔を出す。
そこは異様な活況になっていた。
主に気勢を上げているのはドワーフ族の面々だ。
匂いからして酒は入ってないようなのだが。
カウンターで担当者を捉まえて話をする。
「買取りはいいかな?」
中年の男は無言で【鑑定の鏡】を取り出す。
「転移のオーブは幾らで買取るのかな?」
「何?余っているのか?」
態度が急変しました。
「価格次第でだけど」
オレも精一杯の営業スマイルを作ってみせるぜ。
上辺だけじゃ結局ダメなんだろうけどさ。
昨夜作ったばかりの転移のオーブを7個【アイテムボックス】から取り出してカウンターに並べる。
男は7個を次々と鑑定していく。どうですか?
「うむ。1個あたり銀貨13枚でどうだ?」
カウンター後ろにある大きな文字の掲示を見る。
支援AIが自動的に翻訳して仮想ウィンドウに表示した。前に確認した時、転移のオーブは銀貨12枚だと思ったが。
”転移のオーブ求む。銀貨13枚で買取り中”
うむ。
看板に偽りなし。そしてまた買取り価格が高騰しているのか。
「こないだまでセム銀貨12枚だったろ?12枚でいいよ」
「おい、いいのか?」
「その代わりに教えてよ。ドワーフが騒いでるけど何があった?」
カウンター後ろの大トンネル踏破状況をチラ見すると男は口を開いた。
「大トンネルで帝国側と睨み合いしていた橋をワシ達側の誰かが突破したらしい。まだ掲示してない情報だ」
そうですか、良かったですね。
あの状況で橋を奪還できてなかったら泣いてる所だ。
男は転移のオーブを仕舞うと金貨3枚と銀貨9枚をカウンターに置く。
オレも周囲に見咎められないように金貨と銀貨を【アイテムボックス】に放り込んだ。
「では大トンネルに派兵を?」
「ああ、今すぐ動ける傭兵団は小規模な所だけだがな」
狩場が増えるのは喜ばしい。
「それに橋の補修依頼がドワーフ族の集落から連名で出ておる。あそこは川にスライムがおるからな」
さすがにそっちの依頼は受けませんから。
「じゃあドワーフ達が騒いでいるのは」
「大トンネルの奪還が一歩進んだのと橋の補修で腕をふるう機会ができたのと、両方だろうよ」
そりゃ大喜びですな。
一礼すると依頼を提示してある壁を覗いてみる。
以前に見たのとさほど変わり映えがしないが、依頼数が少なくなっていた。
当然、大トンネルに行くついでにこなせそうな適当な依頼はない。
仕方ないな。
橋の向こうで見つけてある支道には足を踏み入れていない。
一番奥の方ならば他の冒険者も入り込んでこれないだろう。いや、そういう事にしておこう。
ラクラバルの町を出るといつもの通りサーシャ達が【半獣化】していく。
オレもいつもの一連の呪文を念じていく。
【知覚強化】【知覚拡大】【身体強化】【代謝強化】【自己ヒーリング】【魔力検知】【念話】【重力制御】そして【野駆け】を念じる。
そして全員で手を繋いで【感覚同調】を念じた。
【転移跳躍】しようと跳ぶ先を大トンネルで最も進んでいる先であるファーゴにしようとした時。
異変があった。
ファーゴへの支道の入り口に仕掛けてある【ダンジョンポイント】からは大きな影が見えた。
【転移跳躍】を急いで中止する。
あ、危なかった。
「少し待て」
サーシャ達に一言残して【遠視】に集中する。
よく見てみるとその大きな影は鎧を着込んだオーガだった。
その後ろにも大きな影がいる。ケルベロスだ。
2匹とも【隷属の首輪】付きだった。
光精ウィル・オ・ウィスプがトンネル内を明るく照らしているようだ。
そしてこの2つの影を追うようにダークエルフとローブ姿の男が続く。
支道にそのまま入っていく。光源が遠ざかるに従いトンネル内の光苔の淡い光だけが見えるようになっていった。
へえ。
奇妙だな。
橋の袂を守備していた獣がその役目を放棄したのか?
そんな事もあるまい。
何かがあった、と見るべきだろう。
【遠視】でジルドラへの入り口を見る。支道の入り口には松明の光に浮かぶように幾つかの影が見えていた。
ドワーフが3人。重装の戦士が2人。弓兵らしき影もハッキリと見えないが数名いるようだ。
もうそこまで進んだのか。思っていたよりも早い。
ああ、なるほど。
そこまで確保したのならば、大トンネルの途中にあった広場も制圧済みなのだろう。
エサとして山積みになっていたバグベアの死体もあそこにはあった。
オーガもケルベロスも腹が減っていては従属させているにしても戦力になりようがない。
腹を満たすためにトンネルの奥へ魔物の肉を求めていった、と考えれば納得できる。
その2匹が守護していた橋を【遠視】で見てみる。
橋の袂にはそれぞれにストーンゴーレムが1体配備されていた。
ダークエルフが1匹、そしてローブ姿の男も1人いる。
あとは有象無象のオークが結構いる。数える努力は放棄した。
とりあえずたくさん、いた。
各個撃破すべきだろうか。
あのローブ姿の連中が例の神官ならば【姿隠し】ですり抜けるのはいい考えではない。
チャンスなんだろうか。
罠なんだろうか。
今見えているストーンゴーレムを上回る奴に勝っているのだから強行してもいいだろう。
問題はダークエルフ、そしてローブ姿の男だ。
特にローブ姿の男には痛い目に逢っているしな。
少し反撃してスッキリしたい。
「事情が変わった。橋を突破して大トンネルの先に進むぞ」
「橋ですか?かなりの戦力がいたと思いましたが」
サビーネの懸念は尤もだ。
「今は半減している。今の内に突破したい」
「ではチャンス、なのですね?」
「まあそうだが。前に【姿隠し】を見破った神官と同じ格好の奴がいる。そいつとダークエルフを優先して倒すぞ」
全員を見回す。
その表情に乱れはない。
サビーネも敢えて疑念をぶつけてオレの意思を確認している事は分かっていた。
最初から戦う気満々なのだ。
「では跳ぶぞ」
【転移跳躍】を念じて跳ぶ。
狩りの時間だ。
オレだけじゃなかった。皆が肉食獣の笑みを微かではあるが口の端に浮かべているのだった。
楽しそうだ。
実に、楽しそうだ。
オレは?
そんな彼女達を見ているのが楽しくて仕方がないのであった。
跳んだ先からはやや暗いものの橋の全貌が見渡すことができる。
手前に見える橋の袂にはストーンゴーレムが1体。
その足元にローブ姿の男がいる。あの忌々しい神官と全く同じ格好だ。
遠くのほうに見える橋の袂にもストーンゴーレムが1体。
その足元にはダークエルフがいた。
人間らしく影はいない。
オークはあちこちに三々五々に集まっているようだ。はっきり言って邪魔だ。
「最優先で倒すべきなのはあのローブ姿の奴だな」
全員の視線が集中する。いささかその視線が怖い。
獲物を狩る獣の目だ。
「あのローブの奴、私が貰っていいかなー?」
ラクエルの口調はいつもの調子だが言ってる内容は剣呑にすぎた。
もしかして、怒ってるのか?
お前の【姿隠し】を破った神官はもう始末している訳だが。
八つ当たりかね。
「あ、はい。当然ですよね」
サーシャが即座に同意する。
なんか全員、心の奥にドス黒い怨念があるように感じてしまうのは気のせいか?
【念話】と【感覚同調】の相乗効果が上がっているのかもしれないが。
「デカブツはいつも通りに足を潰してやればいい。手前のゴーレムはオレがやる。ダークエルフの居場所は遠いが狙えるか?」
「あたしがやろうか?」
「私が」
カティアとサビーネが同時に申し出てくる。
互いを見る。
またオレを見返してくる。
「「私達でやります」」
オレの意見を差し挟む余地はなかった。
「では邪魔なオークは片付けていいんですね」
サーシャがさらりと怖い事を。
可愛らしい外見なのだがそこは狼人族だ。狩猟民族こええよ。
「ゴーレム相手に無茶はするなよ、回避を優先しろ」
オレの指示に力強い頷きが返ってくる。
それでは宜しいか皆の衆。
狩りの時間だ。
橋の袂までは下り坂だ。加速するには丁度いい。
サーシャを先頭に普段の隊形のまま、一気に速度を上げていった。
ローブ姿の男は最後までオレ達に気がつかなかったようだ。ラクエルの放った矢が背中に突き刺さり地に倒れ伏した。
矢から炎が吹き上がり火精が顕現していく。
サラマンダーじゃなくてフェニックス・パピーが男の背中を焼きながら嘴で男の頭をつつき始めていた。
余程お怒りでしたか。攻撃に容赦がない。
サーシャが更に加速する。
速い。
いや、今までも速かったが今日は一段と速い。
ストーンゴーレムの足元にいたオーク共に襲い掛かる。
あっという間に2匹の首が飛んでいた。ダガーを操るハンドスピードも速いよ。
サビーネの放つ矢がダークエルフに向けて放たれていた。
ダークエルフは最初の矢をやや余裕を残して回避したのだが。
時間差を置いてカティアが放った戦斧がダークエルフの肩口を直撃していた。
計画通りか。
サビーネが止めの矢を放つ。胸に直撃して上半身が半ば消失して四散した。
オレはタンガロイメイスを手にストーンゴーレムに迫る。
しかしなんだ、このストーンゴーレムは。
ガーディアンとして戦ったストーンゴーレムに比べて随分と鈍いな。
遠慮なく右脚に右手のメイスを叩き込む。
片脚の魔法式が一気に四散する様子が【魔力検知】で確認できた。
左手で適当に組んだ魔法式を構築してゴーレムの右脚に手を当てて挿入してやる。
いきなり右脚が固まるかのように停止した。
暫くこいつはほっとこう。
そのまま橋を渡っていく。
災難なのは橋の中央に陣取っていたオーク達だった。
蹂躙されていた。
数を頼みに抵抗しようとしていたのだろう。
だがその数が裏目になっていた。
サビーネの足元にはオークが何匹も転がっており酸鼻な様相を呈していた。
死んでいる奴はまだマシだ。
死に切れていないオークは恐慌状態に陥って意味不明の喚き声を上げ続けている。
そんなサビーネは足元でオークを踏みつけながら突撃槍で目の前に次々と現れるオークの背中を突きまくっている。
背中を、だ。
つまりオーク共は背中を向けて逃げている訳だが。
逃げてみた所ですぐに追いつかれて一方的に屠られるだけだ。
そんなサビーネの両翼でサーシャとカティアがオーク共を蹂躙している。
殊にカティアの戦い方は徹底していた。後方に一匹も通さない構えだ。
運良く生き延びているのは橋の上から川に叩き込まれた奴くらいのものだろう。
サーシャの方では何匹かが無事にすり抜けて、サビーネの後ろに回り込もうとする見上げたオークもいた。
そんなオークもラクエルのロングソードに命を刈り取られる運命を辿るだけに終わっている。無残だ。
オークを追いたてている内にもう1体のゴーレムが迫っていた。
オレはサーシャと入れ替わるように前に出るとゴーレムの足元に突っ込んでいく。
両脚を立て続けにメイスで殴ると余計な魔法式をプレゼントしていく。
足元が定まらずよろけたゴーレムにサビーネが突っ込んできた。
無茶すんなよ。
腰の辺りを抉られたゴーレムがそのまま倒れてしまう。
ここぞとばかりに全員殺到して集中攻撃を始める。
削って、砕いて、穿って、削っていく。
オレだけが出遅れた。
タンガロイメイスをしまい両手にショートソードを構えて【収束】と【粒子加速】を念じていたからだ。
ゴーレムはまだ削り甲斐があるだろうか。
法則が見事に働いて懸念していた事態に。
ゴーレムが魔水晶を残して砕けて散った。
そしてオレは途方に暮れる。
忘れるな、もう1体ゴーレムはいる。
そのゴーレムはまだ脚が動いていない。魔法式の再構築に手間取っているのだ。
作成者の腕も推して知るべし。
見た目だけかよ、こいつらは。
転がしたゴーレムからはおいしくMPを回収しながら一方的に攻撃を当ててやった。
なんだか石工にでもなった気分だ。
ゴーレムがただの石塊に変わるのにさほど時間はかからなかった。